7話
俺はラーメンライスが好きです
「おばちゃん俺カツ弁当ね!」
「俺は幕の内弁当二個!」
「あこら、おいそのカツ重俺んだぞ!?」
「早い者勝ちだってーの! おばちゃん、後豚汁!」
食堂は例によってごった返していた。
カウンター付近で売り子が目に留まらぬ速さで弁当を袋に詰めて生徒達に渡している。
「これはまた、夕食とは違った意味で戦争だな」
「僕の分まだあるかなぁ」
「俺の分もまだあるか心配になってくるな」
三人は互いに頷きあって戦場へ向かった。
「俺はカツ弁当を死守したぞ」
「僕は今回も駄目だったよ……」
「俺は食べられればなんでも良いから良かったらから揚げ弁当のから揚げと交換してあげるよ」
最早定位置となってしまった中庭に陣取る三人。
食事を取り始めると何とはなしに午前中の講義の話になる。
「僕は知らないことばかりだったから凄く参考になったよ」
「ああ、それなら俺もだ。多少の知識はあったがあそこまで深く語れはしない」
「俺は領地で本の虫をやってたからな。あれ位なら訳もない」
エフィムの発言に二人は目を回していた。
「訳も無いってエフィム、君はどんな教育を受けてきたんだい?」
「そうだよ。エフィム君は自分のこととなると口が貝みたいに閉じちゃうんだから。そろそろ白状しなよ」
今度追い込まれるのはエフィムの番だった。まさか本当のことを言うわけにもいかない。
さてどうしようかと頭を悩ませていると、エフィムの目に意外な光景が映った。
リリーである。リリーが巨大な椅子を持って食堂内をうろうろしていた。
「おい、リリー教官だ。何をしてるんだろう」
「あの椅子から言って、エフィム君の場所作りじゃない?」
「ああ、どうにもそれっぽいな」
確かに雨でも降られれば中庭は使用不可、中で食べるしかない。
しかし、あそこまで面倒見が良いとは。エフィムはリリーに好感を抱いた。
「ちょっと行って来るよ。飯も食べ終えたことだし」
「りょうか~い」
「行ってらっしゃい」
体よく追求から逃れられたエフィムは未だにうろうろしているリリーに後ろから声をかけた。
「リリー教官、どうなされたのですか?」
「おお! な、何だよ、後ろから声をかけるんじゃねえよ、びびるだろうが」
リリーは若干頬を赤らめながら目線をそらした。
どうやら驚いたことを恥じているようだった。愛らしいことである。
「そうだ、生徒エフィム、これ拝借してきたから使ってくれや。適当な場所においとっからさ」
リリーはそう言いながら片手で椅子を持ち上げて見せた。
「これはご好意忝い」
良いってことよ、と言うとリリーは目の前のテーブル(窓際で眺めがいい)の椅子をずらして手に持っていた巨大な椅子を置きだした。
「今日からここはお前の特等席だな。良かったな、VIP待遇だぜ?」
にやりと笑うリリーだが、食堂中の視線を集めている俺はどうしたら良いんだろうかと頭痛のしてくるエフィムだった。
そして午後、エフィムが待ちに待った鍛錬の時間が迫っていた。
如何に書籍を読み散らかすのが趣味だといっても、エフィムもオークである。基本的に身体を動かすのは好きな部類に入る。
「よーし、全員揃ったな? 着いて来い」
一時三十分に教室に現れたリリーはそういうとさっさと教室から出てしまった。その後を慌てて追う生徒達。
十分ほども歩いただろうか。巨大なコロッセウムのような施設にエフィムたちはいた。
「よーしガキども、ここはコロッセウム、別名鍛錬の間だ。基本的に鍛錬はこの場所を使って行う。次回からは現地集合にするから道順を忘れたりするなよ」
無茶な注文だが覚えなければ迷子になるのは必死だ。それだけ冒険者養成所は巨大な造りになっている。
「時が来ればここでモンスターとの戦闘訓練も行ってもらう。しっかり覚えろよー」
そういわれればとエフィムは鼻をフゴフゴさせた。妖魔の血の匂いが濃い空間だ。それ以外の血の匂いもするのだから怪我をした生徒のものだろう。
ずいぶんと物騒な場所らしい。まあ、名前から察せられるのでエフィムは微塵も動揺はしないが。これも転生したときの特典のお陰かもしれない。
「よーし、言いかお前ら、冒険者の能力で一番大事なものは何だか分かるか?そう、体力だ。地図の通用しない迷宮を潜るのだって戦うのだって逃げるのだって、須らく体力がものを言う。と言うわけで一列縦隊を作れ」
ぞろぞろと一列縦隊を作る生徒たち。
「作り終わったか? よし、それなら手始めにコロッセウムの外壁を百周して来い」
いきなりの要求であった。生徒達がざわめき始める。
だがリリーはそんなこと微塵も気にしない。
「縦隊から着いていけない奴は後ろの奴と交代しろ。交代した分だけ追加で回ってもらうことになる。先頭はそこら辺も考えて百周しろよ。因みに後ろから追い越すのはありだ。追い越されても追加されるからあんまりちんたら走るのもなしだ」
始めの声で縦隊が百足のように動き出す。エフィムもそれに倣って縦隊から外れないように走り出す。
順調に走れていたのは最初の二十周位までだった。三十周辺りから交代してくる生徒が増えだした。
そして、気が付けば後五十周と言う辺りにまで差し掛かると先頭を走っているのは僅かな生徒とエフィムとラインだけになっていた。
エリクは早々に脱落している。
「なあラインよ。人族とはこんなにも体力の無いものなのか?」
まだまだ余裕のあるエフィムはラインにそう問いかけた。
「さあ、どうだろうね。現に俺たちと一緒に走っている奴がいるくらいだから個体差が激しいんじゃないか?」
そういうものかとエフィムは納得した。転生でキングオークに生まれ変わっていなければへばってリリーに怒られている生徒達と同じ目にあっていたかもしれない、そう考えると神に感謝したい気持ちだった。
さて、人族の中でも頑張りを見せていた連中も、六十周、七十周と周回が増えるごとに脱落していき、八十周も回る頃には走っているのはエフィムとライン二人だけになってしまっていた。
「皆だらしが無いな」
キングオークゆえの特性を棚に上げてエフィムはへばっている連中を見遣った。
皆もう走れないのかその場から動こうとしない。
「しょうがないよ、誰も彼もがエフィムみたいに頑強にできてるわけじゃないし」
涼しい顔で応じるライン。
「ラインは鍛えているのか?」
「父の指導でね。もっと危険なこともやらされたから慣れちゃったのかな」
そういうものかとエフィムは納得した。
「因みにもっと危険なこととは?」
「八歳の頃に森林の迷宮で一人置き去りにされて命からがら脱出したことかな」
想像以上にスパルタだった。
だが、それならこの体力も納得できる。
迷宮に一人置き去りにされて生還したのだからエフィムの想像以上に危険な目にあっていたのだろう。
「ビネール公は子育てに厳しいのだな」
「厳しいって言うより、一人前の戦士を作ることが目標だったみたいだよ」
ラインはそういって苦笑いを浮かべた。
そうはいっても実子を一人迷宮に置き去りにするくらいだ。
戦士どころか死んでもおかしくない状況に子供を放置するのだから、やはりスパルタだ。温室育ちの自分とはまるで違うなとエフィムはつくづくそう思った。
「それよりどうする? 後二十周あるけど、俺と勝負しない?」
「勝負? 何をかけるんだ?」
「夕飯のとんかつ定食」
エフィムは暫く逡巡してから話に乗った。どうせ走っているのは自分達だけなのだ。
何か目標があった方がやる気も出るというものだ。
「よし、その誘いに乗ってやろう」
「そうこなくちゃ。キングオークとの一騎打ちなんて早々出来ないからね」
そういってラインは走る速度を上げた。併せてエフィムも速度を上げる。
だが、敵もさる者というべきか。ラインの足は想像以上に速かった。
このままでは負けてしまう。
そこでエフィムは一計を案じることにした。
「あ、リリー教官が何か言っているぞ!」
「何だって?」
注意がそれた一瞬の間にエフィムはラインを追い越していた。
「あ、こら卑怯じゃないか!」
「戦に卑怯も何もあるものか!」
二人はそういいながらも顔には笑みを浮かべていた。
純粋に今が楽しいのだ。
「どうだ! 勝ったのは俺だぞ!」
「この卑怯者! リリー教官が言っていたのは脱落者に対する説教と明日の連絡事項じゃないか!?」
勝負は結局僅差でエフィムの勝ちとなった。
「おーいそこの二人、じゃれあうのも良いが明日の連絡事項だ」
そんな二人に面倒くさそうにリリーは近寄ってきた。
「明日もこれからもずーと朝の集合時間は八時三十分だ。午前中は座学を、午後からは鍛錬をすることになる。最初は基礎体力作りだからお前らにとっちゃ退屈かもしれないが気は抜くなよ」
見れば三々五々生徒達はコロッセウムから出て行くところだった。
どうやら今日の鍛錬は終わりらしい。
「ああ、後そうだ。お前らには別メニューでの鍛錬を考えておくから」
リリーはそういってニヤリと笑うと生徒達の後に続いてコロッセウムから出て行った。
「俺たちだけ別メニューだとよ」
「鉄球でもつけて走らされるのかな」
二人は悶々としながら食堂へ向かうことにした。
「あ~、二人とも遅いよ!」
食堂では既に定位置化しているエフィムの席にエリクが座って待っていた。
「悪い悪い。とんかつ定食が売り切れそうでな」
応えたエフィムの手の上にはとんかつ定食が鎮座している。
隣のラインもとんかつ定食だった。
「いいなー、とんかつ定食。僕が行くと押し合いへし合いに負けていっつも取れないんだよ」
そうこぼしているエリクもとんかつ定食だった。
どうやら今日は言葉とは裏腹にとんかつ定食を手に入れることが出来たらしい。
「それじゃあ、頂きます」
頂きますと唱和してエフィムたちは夕食を摂り始めた。
「それにしても二人とも凄いね。僕なんか三十周辺りから限界だったのに、二人は百周どころか最後なんて遊んでたでしょ」
「遊んじゃいないさ、勝負してただけだよ」
「うん、その通り。この卑怯者が余計なことをしなければ俺の勝ちだったのになあ」
「こいつ、まだ根に持つのか」
「食べ物の恨みは恐ろしいんだよ」
楽しい夕食のひと時はそうして過ぎていった。
エフィムは夕食の後、洗濯場に来ていた。
昨日皺くちゃにしてしまったスーツを洗うためだ。
基本的に冒険者養成所では自主独立の風があるため自分で何でもこなさなければならない。
そういう意味ではエフィムにとって洗濯板でスーツを洗うのは新鮮な感覚だった。
ボタンが取れないように、破かないように慎重に洗うエフィムの姿はさぞ滑稽だっただろう。
エフィムは洗濯が終わると自室へと戻っていった。
「――今日はラインという友人が出来ました」
ぶつくさ言いながら日記をつけるエフィムはやはり滑稽だった。
「む、もうこんな時間か」
気が付けば魔道時計が十一時三十分を指し示していた。
エフィムはアラームをセットすると、昨日の二の舞にならないように寝巻きに着替えてベッドへともぐりこんだ。
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