6話
吸血鬼じゃないよ?
翌朝、エフィムは魔道式時計のアラーム音で目を覚ました。
時刻は丁度六時になる所であった。
「寝てしまっていたか」
エフィムはそう呟いて皺くちゃになってしまったスーツを脱いだ。
そして衣装箪笥から新しい服を引っ張り出す。
着付けが終わって時計に目をやればまだ時刻は六時十五分であった。
「朝飯でも食いにいくか」
エフィムは部屋を出て食堂へ向かった。
食堂はまだ閑散としており、人も疎らな状況だった。
そういえば朝はバイキング制だったなと思い出し、入り口傍に山とつまれているトレイを手に取り朝食が並べられているコーナーへと歩みを進める。
そこには色とりどりのフルーツやジャガイモのサラダ、から揚げなど多種多様な料理が並べてあった。
それらを適当にトレイに乗せてエフィムは思案した。
果たして自分が座っても壊れない椅子があるだろうかと。
数瞬悩んだ末に、エフィムは結局中庭に出ることにした。
「やはり美味いな――」
エフィムは朝食を取りながら呟いた。
昨日も感じたことだが、ここの食堂の飯は美味い。
ものの数分もしないうちにエフィムは朝食を食べ終えてしまった。
どれも人族のサイズに合わせてあるのだからキングオークのエフィムにとっては器が小さすぎるのだ。
「お代わりといくか」
結局エフィムは三度ほど中庭と食堂を行ったりきたりした。
朝食を摂り終わったエフィムは教室に行くことにした。
八時三十分集合とのことだったが、教室には既に幾人かの生徒が集まり思い思いに喋っていた。
その中にはリザードマンと思しき生徒もいた。
人族が人族同士で集まっている中で一人ぽつねんと座っていればいやでも目に付く。
エフィムは好奇心から喋りかけた。
「一人のようだが、誰か親しい友人は出来たのか?」
エフィムの問いかけにリザードマンはふるふると首を振った。
「いや、まだ集まって一日目だしね。それに俺は亜人種だから中々輪に入っていけない」
「それもそうだ」
「そういう君はどうなんだい?」
「一人だが友人が出来たよ。キングオークが珍しいだけかもしれないがね」
エフィムは昨日のエリクとの出会いをかいつまんで説明した。
「そうか、羨ましいよ」
「よかったら俺と友人になるか? もうこうして話し合っているわけだし」
「良いのかい? いっちゃなんだが、俺は何の後ろ盾も無いぞ」
「友人とは後ろ盾の有り無しで決めるものでもないだろう。名前は?」
リザードマンは一瞬悩んだようだったが、結局は口を割った。
「ラインだよ。ライン・フォン・ビネール。そういう君は?」
「エフィム・フォン・トォバという。何だ、同じ貴族同士ではないか」
リザードマンは照れくさそうに頭をかいた。
「トォバ領ほど大きくは無いけどね」
エフィムはその台詞に王国内の貴族領を思い描いた。ビネール領、確かに聞いたことの無い領地名だった。
トォバ領は王国の中でも大きめな部類に入る。魔鉄鋼の鉱山を幾つか領地内に保持しており、鍛冶が盛んな土地柄だ。そのせいもあってか、トォバ領は遠方にもその名を知らしめていた。
「すまない、ビネール領のことは頭に入っていなかった。よければ教えてくれるか?」
ラインはその言葉に若干瞳を輝かせた。誰かに聞いて欲しかったようだ。
「ビネール領は王国の南東部に位置している小さな領地でね。主要な産業は漁業と農業だけなんだ。父が戦で武功を立ててもらった領地でね。長閑だけどいいところなんだよ」
その話を聞いてエフィムはピンと来るものがあった。
戦というのは二十年前に起こった隣国ジョゼール共和国とのものだろう。
エフィムの父も戦働きに出張ったはずだ。
それにあわせてビネールの名前が浮上してくる。
「何だ、誰かと思えば串刺し公ビネール殿の息子ではないか」
串刺し公ビネールとは、槍を獲物にして縦横無尽に戦場を駆けたリザードマンのことである。二十年前の戦で敵兵を次々に刺し貫く姿から味方からは畏怖を、敵からは恐怖を持ってそう言われた、猛将の別名である。
閑話休題。
エフィムがそういうとラインは照れくさそうに頭をかいた。
「父のことをそういわれると気恥ずかしいや。確かに俺は串刺し公ビネールの息子だよ」
そこからは打ち解けるのが早かった。
双方共に二十年前の戦についての語らいである。
「――そこで父は言ったんだ。渾名よりも領地が欲しいってね。時の王様はその豪胆さに感服して領地を授けたんだって」
「ううむ、確かにそれは凄いな。俺だったらとてもそんな風には言えそうにない」
二人の会話に花が咲いている頃、丁度八時三十分を知らせる鐘がなった。
「おっと、いささか喋りすぎたな。ではまずこれで」
「うん、これで」
エフィムはそういってラインから離れると、一際大きな椅子がある自分の席へと向かった。
「よーし、ガキども席につけー。朝のホームルームを始めるぞー」
丁度よくリリーが教室へ入ってきた。
「今日は体力づくりと座学だ。これから暫くはずっとそうだ。頃合を見て迷宮に潜ることになるが、その際はあたしの言うことに絶対服従だからな。毎年血気盛んな奴が迷宮内で死ぬことになる。臆病に生きろよー」
体力づくりに座学か、尤もだなとエフィムは感じた。
亜人種ならともかく人族での十歳といえばまだまだ子供だ。体力も相応のものしかない。獲物に振り回されているようじゃとてもではないが迷宮に潜るなど夢のまた夢だ。
かくいうエフィムも本格的な鍛錬などしたことが無い。持って生まれたキングオークの特性におんぶに抱っこだ。
鍛錬か、楽しみだな。
エフィムが心を宙に浮遊させているときでも構わずリリーは続ける。
「まずは座学だ。このサイヤーン神聖王国内には五つの迷宮がある。迷宮とは何か、から話を始めるぞ」
生徒達はリリーの言葉に思い思いの筆記用具をだしていく。
エフィムも用意しようとしたが、途中でやめてしまった。粗方のことは自領にいた際に読破した書籍類に載っているからだ。
「準備は良いな? 続けるぞ」
リリーはチョークを手に取ると後ろの黒板にジャガイモのような絵を描いた。
「これがサイヤーン神聖王国の領土、王都はここだ。そして迷宮がこことここと――ここに存在する。王都に一番近いのが難易度の一番低い森林の迷宮だ。逆に一番離れたところには熱砂の迷宮という高難度の迷宮が存在する」
他の三つも王都から離れるほど難易度が上がっていくと説明が付け加えられた。
「迷宮は入るたびに構成が変わる不思議な世界だ。何故存在するのかは不明。王立アカデミーでも仮説の域を出ない推測だけが囁かれている状況だ。だが問題はそこじゃない。問題は」
リリーはチョークを置いて向き直った。
「定期討伐をしないと迷宮から魔物があふれ出てしまうことだ。大海嘯と呼ばれる現象だが、こいつが起きると目も当てられない状況が出現する。即ち蹂躙と徹底的な破壊行動だ。過去には大海嘯で滅んだ国があるほど厄介な代物だ。それを防ぐために冒険者がいるといってもいい。誰でもいい。何人引き連れて行こうが構わない。迷宮の最奥に存在する迷宮の主を討伐することで大海嘯は防ぐことが出来る。冒険者になったからにはそいつを一つの目標にするのも良いだろう。金稼ぎよりよっぽど有意義な目標だ」
リリーの座学は半日ほど続いた。大半が迷宮に関する説明であり、有意義な時間だったといえよう。
昼を知らせる鐘がなった。
「――座学はこの程度か。明日は森林の迷宮に出現する魔物について講義を行う、時間は八時三十分、これは変わりないが各自ノートを持参しろよ。試験に出すからな。午後は鍛錬だからな、動きやすい服装に着替えて一時三十分に集合だ」
リリーはそういって出て行ってしまった。
ふむ、濃密な時間だったが少々物足りない。どれもこれも家で読んだ資料に載っている内容ばかりだ。
鍛錬に期待するか。
エフィムは伸びをすると席を立った。すると、真っ先に話しかけてくる存在がいた。エリクだ。
「エフィム君お昼食べに行こう~。半日も椅子に座ってメモを取ってたから体中がバキバキするよ」
「午後の鍛錬で身体を動かせば良いさ」
エリクと話していると、エフィムは視線を感じた。そちらを見るとラインが困った風に突っ立っていた。
「おお、ライン。丁度いい、紹介しよう。こちらが昨日友人となったエリク嬢だ。エリク、こちらはライン・フォン・ビネール。今朝友達となった男だ」
ラインはエフィムの言葉にぎこちない笑みを浮かべながら近づいてきた。
「え~と、初めましてで良いかな、エリク嬢。俺はラインと言うんだ」
「うん。初めまして、エリクって言います」
何とも微妙な雰囲気が生まれていたがそれを作り出した本人はさして気に病むこともなかった。
「よし、三人で飯にしよう。昼食は弁当制だから早く行かなきゃ目当ての弁当がなくなってしまう」
エフィムはまだぎこちない二人を連れて食堂へ向かって歩き出した。
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