44話
城は王城を二回りほど小さくしたものだった。
まるで待ち人を待っているかのように城門は開け放たれている。
そんな城の前に佇む一人の影があった。
ディソバンである。
城の近くまでやってきたエフィムはそんなディソバンに声をかけた。
「校長先生、お一人でどうしたのです?」
「おお、トォバ君。いやなに、久しぶりに張り切りすぎての。一人でここまで来てしまったのよ」
ディソバンはそういうとゆっくりと振り返った。
「おお、おお、冒険者を引き連れてきたのか。思い出すのう、二百年前もそうじゃった」
ディソバンはエフィムたちの様子を見て懐かしそうに目を細めた。
「ディソバンさん、それよりも城の中に入りましょう」
急かすように言うのは雄治だ。
ディソバンはゆっくりと頷いた。
「そうじゃのう。待たせても悪いしのう」
「待たせる、ですか?」
「そうじゃ、魔王は確実に待っておる。お主らが来るのをな」
エフィムは鼻をフゴフゴさせた。
「確かに、嗅いだ覚えのある強烈な臭いがしますね」
雄治が言う。
「では、行きましょう」
各々が頷いて城門をくぐったとき、それは起きた。
「な、何だ、城門が閉じちまったぞ!?」
「これじゃあ中に入れないぞ!」
エフィムたちが慌てて後ろを振り向くと、冒険者たちが三分の一程城内に入ったのを境に城門が閉じられていた。
「何が起こったんだ!?」
慌てふためく雄治にエフィムが声をかける。
「分断工作だ。城外から魔物の臭いがする」
「何だって!?」
雄治が驚愕に顔を染めてる間に、城外からは剣戟の音が聞こえ始めた。
「クソ、助けに行かないと!」
雄治が身を翻そうとしたとき、城外から大音声が聞こえた。
「勇者様! 行って下さい!」
その声に雄治が動きを止める。
「安心してくだされ! 魔法使いもおります! 魔物になんぞ遅れはとりませぬ!」
逡巡してる雄治に庄治が声をかける。
「雄治、助けたいのなら魔王をさっさと叩きのめすのが近道だ。行こうぜ、勇者様」
「庄治さん――」
雄治は手を強く握り締めると、言った。
「皆! 魔王を倒すそのときまで死ぬんじゃないぞ!」
「オオオオオ!」
鬨の声が城外から聞こえた。
「よし、行こう」
雄治はそういって先頭に立った。
城内はがらんどうとしていた。
「皆、罠に気をつけてくださいね!」
雄治が警戒しながら奥へと足を運んでいく。
すると、大きな広間に出た。
出入り口が二つしかない正方形の広間である。
「皆のもの、来るぞ!」
ディソバンが大声を発した直後、もう一方の扉から魔物の群がぞろぞろと広間に押し入って来た。
「クソ、時間がねえってのに!」
庄治が苛立たしげに叫ぶ。
「こうなったらあたしの魔法で――」
「皐月! 皐月の魔法は駄目だ! 威力がありすぎて部屋が崩れるかもしれない!」
混乱の極みにある勇者パーティにディソバンが声をかける。
「道はわしが作ろう。ここはわしらと冒険者に任せて行きなさい、勇者たちよ」
「ディソバンさん!?」
雄治が驚きの声を上げる。
「時間が無いんじゃろう? 迷ってる暇は無いぞ若人よ。皆のもの、前へ!」
ディソバンの声と共に後方に待機していた冒険者たちが前方へと出て、勇者パーティの壁となる。
雄治はきつく唇を噛み締めた。
「――ディソバンさん、お願いします」
「ほっほ、任された。前を開けい!」
ディソバンの言葉に連動して、勇者パーティの前に空間が出来る」
「――ウィンドストーム!」
無詠唱で放たれた風の奔流は次々と魔物を圧殺し、扉までの道を作った。
「いけい、勇者よ!」
「――皆、走るぞ!」
雄治の言葉に弾かれたように駆け出す三人。
四人は一丸となって扉まで到達した。
「皆、少しの間だけ辛抱してくれ!」
雄治はそう言い残すと扉を開けた。
先頭を雄治が、次いで皐月、庄治、エフィムの順番で城の中を駆け進む。
次々と現れる魔物たちを皐月の魔法で殲滅しながら、遂にたどり着く。
そこには巨大な扉が据えてあった。
「邪魔くせえ!」
庄治がその手に持ったバスターソードで扉を両断する。
音を立てて倒れる扉の向こう側からその声は聞こえてきた。
「何とも乱暴なものよな」
そこには、玉座に座る魔王ディーキンスが一人佇んでいた。
「遂に見つけたぞ、魔王め!」
雄治が部屋に入りつつ言う。
「これでお前もお仕舞いだな」
庄治が続く。
「ぎったんぎったんにのしてやるわ」
皐月も続き。
「ああ、クソ、鼻が曲がりそうだ」
エフィムが殿として続く。
「魔王ディーキンス! 地上の人々を苦しめた罪、その死を以って購ってもらうぞ!」
雄治の啖呵に、ディーキンスはさも可笑しそうに笑った。
「何が可笑しい!」
「いやなに、我が民を散々殺しておいてそう言うのだから、やはりニンゲンとは相容れぬ存在だなと思ったまでよ」
ディーキンスはそういうと、玉座からゆっくりと立ち上がった。
宵闇色のローブを羽織り、胸には同色のネックレスをしている。
「来い勇者達よ! どちらが生き残るか、これは生存競争だ! 魔族か! それともお前たちニンゲンか!」
真っ先に攻撃したのは皐月だった。
「フレイムストーム!」
今まで何体もの魔物を屠ってきた魔法がディーキンスの身を焼き尽くす。
だが――。
「残念よな。生憎と余は魔法では死なん体質でな」
そこには悠然と構えるディーキンスの姿があった。
「嘘でしょ――」
皐月が呆然と呟く。
無理も無い、早戦力外に成り下がってしまったのだから。
「それならこいつはどうだ!」
「シャア!」
庄治と雄治が斬りかかる。
「おっと、流石に斬られるのは――残念」
ディーキンスが呟くと、庄治と雄治は何かに弾き飛ばされた。
「何だ、こいつ!?」
「確かに斬ったはずなのに!?」
そこには両腕を剣と化したディーキンスが立っていた。
「ハハハ、余は不死身よ。斬ろうが焼こうが死にはせぬ!」
「なら、叩き潰されるのはどうかな?」
紫煙を燻らせていたエフィムが吶喊した。
「ぬう――!?」
エフィムの金棍棒を受け止めたとき、初めてディーキンスに焦りの色が生じた。
「エフィム、勇者の祝福を受けしものよ――その武器、神鉄鉱で出来ておるな!?」
鍔迫り合いをしながらディーキンスが叫ぶ。
はて、神鉄鉱? 聞かない名だな。
だが、ディーキンスは怯んでいる。魔物に有効なものには違いない。
現世の爺ちゃんにも感謝しないとな!
「雄治、庄治、もう一度斬りかかれ!」
「おう!」
二人の声が唱和される。
そして今度は――。
「ぐふ……」
雄治の片手剣と庄治のバスターソードが深々とディーキンスの身に突き刺さった。
効いてるな……神鉄鉱にはディーキンスの不死身を無効化する力があるらしい。
「二人とも離れて!」
皐月の怒声が飛ぶ。
「ウィンドカッター!」
エフィムの身を掠るように風の刃がディーキンスの身を上下真っ二つに切り裂く。
「終わったか――」
「そうですね。流石にここまでやれば……」
そういって剣から手を離す二人。
――変だな。嫌な臭いが薄まらないぞ。
俺は短くなった煙草を吐き出した。
「エフィムさんのお陰で何とか勝てましたよ――エフィムさん?」
雄治が怪訝そうな表情をしているがエフィムは無視して鼻をフゴフゴさせた。
――臭いの源は――。
「ッ!? 雄治、庄治、剣を掴んで!」
皐月が慌てて声を上げるが、遅きに失した。
「――久方ぶりよの、このような姿になろうとは」
そこには、上半身を浮遊させるディーキンスの姿があった。
そして、立ったままの下半身と合体する。
「言ったであろう、余は不死身だと」
不敵に笑うディーキンスを無視して、エフィムは煙草を一本取り出した。
そして、マッチで火をつけ、紫煙を胸一杯に吸い込み、吐き出す。
「やばい、俺あの剣がないと……何もできねえ」
悔しそうに庄治が呟く。
「嘘よ、身体を真っ二つにしても死なないだなんて、チートもいいとこじゃない!」
「フハハハ! 余の勝ちだな勇者達よ! 絶望しながら死んで逝け!」
高らかに言うディーキンス。
「エフィムさん、どうしましょう!? 最早打つ手が――」
「――見つけたぞ」
エフィムはそう呟くと一歩前へ出た。
「ぬう――」
エフィムに気圧されるようにたじろぐディーキンス。
「グルオワア!」
咆哮一閃、再び鍔迫り合いの格好になる二人。
「ぬ……ぐ」
苦しそうな呻き声を漏らすディーキンス。
だが、その表情はあくまでも不敵だ。
「ふ、フフフ、確かに神鉄鉱には余を弱らせる効果はあるが、殺せはせぬぞ? 千日手だな」
「いや、そうでもないぞ? これだけ接近できれば、楽に取れる」
エフィムはそういうと、片手で宵闇色のネックレスを手に取った。
ディーキンスの表情から不敵さが消え、諦観の念を浮かべた。
「そうか、そういえば貴様はキングオークであったな。鼻の効くことよ」
「臭いには敏感なもんでな」
エフィムはそういうとネックレスを握り潰した。
それと同時に、ディーキンスの体が砂になっていく。
「ヤツカ等でさえ気付かなんだ余の本体を突き止めるとは、見事」
エフィムは煙草を一本取り出すと、砂に変わっていくディーキンスに銜えさせた。
「これは?」
「末期の一服だ。銘柄はヤツカ。洒落が効いてるだろう?」
「確かにな……のう、エフィムよ。滅び行く者の最期の頼みだ。何故お主は魂が変わる?」
エフィムはディーキンスの煙草に火をつけながら答えた。
「俺は転生者なんだ」
「転生者?」
「異世界から魂だけこの世界に来る奴らの総称だ。そして、その異世界で俺はヤツカの孫をやっていた。知ってるか? その煙草、爺ちゃんが作ったんだぜ?」
エフィムの答えを聞いて、ディーキンスはさも可笑しそうに笑った。
「そうかそうか、余はヤツカに封じられ、ヤツカの末裔に滅ぼされるわけか! 確かに末期の一服にしては洒落が効きすぎておるわ。ハハハハハハハ――」
高らかに笑いながら、ディーキンスは砂と消えた。
後には煙草が一本、落ちていた。
「雄治、庄治、皐月、俺たちの勝利だ」
エフィムは呆然としている面々に声をかけた。
「え、エフィムさん、俺たち、勝ったんですか?」
「ああそうだ。俺たちの勝ちだ」
「――やったわ雄治! あたし達の勝ちよ!」
「ああ、俺たちの勝ちだぜ、雄治」
暫し呆然としていた面々は、勝利の実感が湧いてきたのか感情を爆発させていた。
「――やってくれましたね、エフィムさん。勇者の存在感ゼロでしたよ」
その輪に雄治も加わる。
皮肉気に呟かれる言葉とは裏腹に、その顔には笑みが張り付いていた。
どやどやどやと、部屋の外も騒がしくなった。
「おい、勇者様だ、勇者様がいらっしゃったぞ!」
「おお、本当だ! 魔王の姿がないぞ?」
エフィムは雄治を小突いて見せた。
「勇者の仕事だ。行ってこい」
「本当にこんなときだけ――皆、魔王ディーキンスは俺たちが討ち取った! 俺たちの勝利だ!」
「おお、まことですか!?」
「俺たちの勝利だ! 勇者様万歳!」
「勇者様万歳!」
この日を境に、世界から魔物の脅威は消えた。
半年後、冒険者ギルド。
「でね、グライフ君とゼルブの奴が喧嘩になっちゃって大変だったの」
「あれは笑えたね。どっちも俺の槍には敵わないのに」
「何だとライン、今度勝負するか?」
「本当だぜライン君。アーミテージ流剣術の冴え見せてやろうか」
「そうかそうか、そんなことがあったのか」
そこには、エリク、ライン、グライフ、ゼルブと机を同じくするエフィムの姿があった。
「でも良かったの? 勇者の称号を固辞して。折角勇者様たちと仲良くなったんでしょ?」
エリクが尋ねる。
「いいんだ」
エフィムはそういって煙草を一本取り出した。
「俺には煙草一本あればそれでいい。勇者なんてのは柄じゃない」
その言葉に四人が四人とも頷いた。
「確かに、勇者様って柄じゃないよね」
「ああ、煙草をふかしてる姿のがよっぽど似合ってるよ」
「エフィム、一本くれよ」
「ああ、俺にもくれ」
「お前らな――」
エフィムたちの冒険はこれから始まる。
お付き合い頂きありがとうございました。
短いですが、これにてこのお話は終了とさせて頂きます。
読んで下さった方、評価、お気に入り登録して下さった方々、誠にありがとうございました。
次回作にてお会いしましょう。
また今度。




