3話
中々筆が乗りませぬ
道中賊に出くわすことも無く、三日かけてエフィムは王都にいた。
エフィムにとっては初の王都である。
見るものすべてが新鮮で、建造物の巨大さに、道路を歩く人の多さに圧倒されていた。トォバ領とは段違いであった。
「凄い人出だな。何か祭りでもやっているのか?」
エフィムは御者に問いかけた。
しかし御者から返ってきたのはいいえの返事だった。
「祭りも何もやっていませんよ。これが普通なんです」
これが普通! 何と言うところだ。
早くもエフィムは王都の巨大さに圧倒されていた。
「もう暫くで着きますよ」
車窓から町並みを見ていたエフィムに御者が声をかける。
「分かった」
エフィムは返事をするといそいそと下車の準備をした。
「ここが冒険者養成所かぁ」
冒険者養成所についたエフィムは、巨大な石造りの建物の前で感嘆にふけっていた。
冒険者養成所とはその名の通り冒険者を養成する場所である。
最低年齢は特に定められていないが、十五歳の成人になるまで初等部というものが設けられており、それ以降は養成所に身を置いて中等部へ進学するかすぐさま冒険者として活動を始めるか決まっている。
「エフィム様、この大荷物をどうしましょうか?」
感慨にふけっているエフィムに御者が声をかけた。その両手には御者の身長ほどもある大きな荷物が鎮座しており、御者は大いに困っていた。
「ああ、それなら――」
エフィムは御者が悪戦苦闘している大荷物をひょいと持ち上げた。
「人族にとっては重すぎるからな、配慮が足りなかった、すまん」
エフィムはそういいながら大荷物を巻いていた布を取り払った。そこには人族の平均身長くらいはあろうかと言う大きな金棍棒が姿を現した。
出立の日の朝、父が持って行けと言われて渡してきたものだ。何でも祖父が愛用していた武器らしく、相応の古臭さがあった。
しかし、この金属はなんだろうかと益体も無いことを考え始めた。
エフィムにとっては見慣れた金属ではない。もしかしたら迷宮の品かもしれない。少なくともトォバ領で採掘されている魔鉄鋼製ではないことは確かだった。
「エフィム様、どうかなされましたか?」
金棍棒をじっと見つめていたエフィムに御者は声をかけた。その両手には衣類の入ったバスケットが小さな山を形成しており、それを難なくこなしていることからも御者の腕のよさが現われていた。
「すまん。軽くホームシックに掛かっただけだ。とりあえず受付に行こう。伝書鳩が正確ならばもう願書は提出済みのはずだ」
エフィムはそういうと受付があるであろう場所まで移動を開始した。
――迷ってしまった。
エフィムは途方にくれていた。
冒険者養成所は宿舎も完備しているせいか無駄に広く感じてしまう。
「エフィム様、もしかしなくても迷われましたね?」
御者がジト目でエフィムを見た。
これではいけない、さっさと受付を見つけなければ。
「次はこっちで行くぞ。臭いから大人数が居ることが分かっている」
エフィムは鼻をフゴフゴさせながらその集団が居ると思しき場所へ歩みを進めた。
「ほら見ろ、着いたぞ」
エフィムは冒険者養成所受付と書かれた垂れ幕を発見していた。
そこには年齢は様々、種族も十人十色といった風に大勢の人間がごったがえしていた。
「これはまた随分な人だかりですね」
「まあ、ここで見ていても仕方がない。並ぶぞ」
エフィムはそういうと最後尾に着いた。
結構待たされた上にキングオークがいると言うことで周囲の耳目を一辺に集めていて少々辟易としたが、やっと順番が回ってきた。
受付をしていたのは小柄な少女だった。見るだに庇護欲をかき乱しそうだったが、天界からのオプション強靭な精神力からか、エフィムには仕事の遅そうなドンくさい少女だとしか思えなかった。
「ハイ次の方……その容姿ですと、エフィム・フォン・トォバ様ですね」
一発で正体を見破られて一瞬躊躇したが、エフィムは首肯した。
「お話はかねがね伺っております。トォバ様には特別に二人一組の居室を一人で扱っていただくことになります。何も貴族様だからの配慮ではなく、キングオークが二人一組の部屋では窮屈だろうからとの配慮からです」
すらすらと原稿を読み上げるように喋る少女に対してエフィムは初対面でつけた評価を上昇させた。
亀ではなく兎の方だったか、と。
「まずはお部屋まで案内をさせていただきます。その後に入学式がございますので余り寛げはしませんけれどね」
少女はそういって席を立った。後ろに控えていた違う女性に二言三言何かを伝えると、少女は振り返っていった。
「では改めさせてきます。冒険者育成所中等部所属のアイル・アルイと申します。お部屋までご案内させていただきますね」
「忝い。おい、行こうか」
「はい、仰せの通りに」
冒険者養成所内は巨大な造りになっている。
座学などを行う本校舎、モンスターとのバトルをさせるコロッセウム、そして宿舎。
本来はこれの他にも薬草などを育てている園芸校舎や簡単な鍛冶が出来る鍛冶場などもあるのだが、今回に限っては用が無いのですべてスルーされた。
歩き始めること十五分程度、アイルとエフィムご一行はエフィムの部屋まで来ていた。
「ふむ……」
エフィムはてきぱきと衣類を収納箪笥にしまう御者を横目にアイルのことを観察していた。
隙の無い足取り、腰に佩いている剣から漂う妖魔の血の臭い。これらから判断するに目の前の少女はかなり高位な人間ではないかと勝手な推論を立てていた。
「エフィム様、仕舞い終わりました」
「ここまでご苦労、帰り道も気をつけてな」
「はいな。それでは私はこれで」
御者は軽快な足取りで歩いていった
「ではトォバ様、これより入学式が執り行われるのですからそんな物騒なものは置いて行きましょう」
物騒なものとは、馬車から降りたときに肩に担いだ金棍棒のことだろう。
一瞬迷いはしたものの、鍵も掛けられると言うことで部屋においておくことにした。
入学式とは何を行う場なのか、エフィムは内心ドキドキしながらアイルの後を追うのだった。