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煙草一本  作者: 若旦那
魔王討伐編
39/45

38話

 車上の人となり早十日。

 旅程は順調に消化されていた。

「これならば存外早く着くかも知れん」

 エフィムは車外に目をやった。

 追走する重騎兵たちの雄雄しい姿が見える。

 これならば魔物の百や二百どうとでもなりそうな予感がした。

 旅程十四日目。

 熱砂の迷宮まで目と鼻の先まで来たときに問題は起こった。

「大海嘯?」

「はい、トォバ様。先行させていた二騎が先遣隊――勇者様を護衛しているはずの騎士達が遅滞戦闘を行っているのを確認いたしました」

 エフィムは暫く思案した後、問うた。

「規模は?」

「約五、六百かと」

「魔物の主体は?」

「コボルトであると」

 コボルト。錆鼠色をした地毛に覆われた身体を持ち、犬の頭部をした魔物の通称である。背丈はゴブリンよりも若干小さく、大きな群を作るのが特徴で、通常時でも百匹程度の群で行動する。

 閑話休題。

「おいお前達、コボルト程度轢き殺せるな?」

 エフィムの問いに重騎兵のリーダーは力強く頷いた。

「コボルトの百や二百、目でもありません!」

「よし! そうと決まれば先遣隊の援護だ! 馬車を出せ!」

「ハッ」

 エフィムの言葉に馬車はゆっくりと動き出した。

「あちらです」

 暫し進んだ後、リーダーが指差す。

 すると確かにそこにはコボルトの群と格闘する十騎程の騎士達の姿が見えた。

「よし、それではお前たちは端から順に狩り取って行け。俺は徒に混ざって先遣隊を援護する」

「馬車は如何いたします?」

「この場においておく。どうせここまで魔物の群はきやせんよ」

 エフィムはそう言って不敵に笑うのだった。

 エフィムは馬車を降りると、愛用の金棍棒を担ぎ走り出した。

 目指すは魔物の群である。

 エフィムが戦場に着くと、そこには疲労困憊といった様子の騎士達十人が精一杯の攻撃をしているところだった。

「槍上げーい! 叩け! 槍上げーい! 叩け!」

 エフィムは号令を出している騎士に声をかけた。

「よお、ご苦労だった。援軍に来たぞ」

「お、おお!? 貴君は誰かね!?」

 驚いた様子の騎士にエフィムは告げるのだった。

「エフィム・フォン・トォバ! 勇者パーティの一員だ!」

 エフィムはそう叫ぶなりコボルトの群れの中に突っ込んだ。

 そして振るわれる金棍棒。

 右に振るって五匹。

 左に薙いで十匹。

 正面を叩き割って十二匹。

 暴力の台風が出現した。

「お、おお! 皆のもの援軍だ! 見よ! 重騎兵もおる! この戦闘勝てるぞ!」

 騎士達も、先ほどの疲労困憊だった様子から復活して、それぞれが腰の剣を抜いてエフィムの後に続いた。

 そこからは即席パーティの誕生だった。

 前衛をエフィムがし、騎士たちは方陣を作りその後を追う。

 端からは重騎兵たちがコボルトの群を粉砕していく。

 二つのパーティがコボルトの群を打ち砕いていく。

 丁度エフィムたちが群の中央に近づいたときだ。

「トォバ様、あれを!」

 後方にいた騎士が前方を指差す。

 するとそこには、周囲のコボルトより二周りほど大きなコボルトがいた。

 手には大きな鎌を持ち、何やら叫んでいる。

「魔族の楽園を創るのだ! お前達、もっと奮起せよ!」

「ハイコボルトです! 迷宮の主に違いありません! 如何いたしますか!?」

 騎士が叫ぶ。

 迷宮の主か、手っ取り早い。

 ここであいつを潰せばこの大海嘯も仕舞いってわけだ。

「俺が直々に相手をする! お前たちは方陣を崩すなよ!」

「了解いたしました!」

 エフィムはコボルトたちを薙ぎ倒しながら進んでいった。

 騎士達もそれに続く。

 そして――。

「よお、ご機嫌だな!」

 エフィムは眼前のハイコボルトに声をかけた。

「この木偶の坊が! 貴様のせいで群が滅茶苦茶だ! その首置いてけ!」

 言うや否や鎌が振るわれたが、エフィムは冷静にいなした。

 そして煙草を取り出すと、マッチで火をつけた。

 さあ、これで俺も勇者様だ。

 腰の道具袋に煙草を戻すと、エフィムは吼えた。

「グルオワア!」

 咆哮一閃、金棍棒が振るわれる。

 だが、敵も伊達に迷宮の主はしていない。

 素早く飛びずさり、その一撃をかわす。

 哀れにも巻き込まれた数匹のコボルトが脳漿を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

「うぬ、俺の民が! 貴様、それでも戦士か!?」

「民を大事に思うなら、さっさと死ね!」

 鎌と金棍棒の応酬が続く。

 そんな攻防が数十合続いたときに変化が現れた。

 ハイコボルトの鈍重化である。

「ゼッゼッゼッゼ――」

 肩で息をし始めるハイコボルト。

 見た目が小さいことからも分かるようにコボルトは持久力が無い。

 ハイコボルトと言えど、その点は変わらない。

 むしろ、一撃必殺のエフィムの金棍棒をかわし続けることでより一層スタミナの消費が激しかったのだ。

「終わりだな!」

「――この木偶の坊が!」

 最後の力を振り絞って振るわれたであろう鎌を粉砕しながら金棍棒が突き進む。

 それがピタリとハイコボルトの眼前で止まる。

「――なんだ、戦士の情けか?」

「違う、魔王の居所を言え」

 そのエフィムの言葉に、ハイコボルトはさも可笑しそうに笑うのだった。

「王よ! 王よ! 我らが王よ! 御身は何処!? 我ら程度が知りえるはずも無かろうや!」

 そう言ってなおも可笑しそうに笑うハイコボルト。

 我ら程度? 

 と言うことは、もっと上位種がいるってことか?

 分からん。雄治たちと相談しよう。

 エフィムは金棍棒を振り下ろした。

 ハイコボルトの笑い声はそれきり聞こえなくなった。

「おお、トォバ様が見事に敵を討ち取ったぞ!」

 後方にいる騎士が叫ぶ。

「見よ! 統率者を失い右往左往しておるわ! 皆のもの、首狩場じゃ! 奮え奮え!」

 言葉通り、先ほどまで群れていたコボルトたちが我先にと逃げ出そうとしているところだった。

 そんなコボルトたちを、騎士が斬りつけ、重騎兵が轢き殺す。

 数十分後には、コボルトの群は一匹残らず魔素へと還っていった。

「勇者パーティはどうした?」

 エフィムは先遣隊のリーダーから話を聞いていた。

「ハ、それが迷宮に潜ったとたんに大海嘯が発生したものですから、まだ迷宮内にいるものかと」

 エフィムは暫く思案すると、口を開いた。

「よし、重騎兵十騎をお前たちの輸送用に使う。お前たちは先に王都へ帰れ。雄治たちは俺が見に行く」

「ハ、ご厚意感謝いたします」

 時刻は夕刻だったが、エフィムは構わず馬車を走らせた。

 目指すは熱砂の迷宮にいる雄治たちである。

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