37話
エフィムは登城の準備をしていた。
雄治たち勇者パーティは城に宿泊しているのだ。
何とも豪奢な話である。
エフィムは畳むことの出来ないプレートメイルを着込むと、金棍棒を布で巻き、幾つかの衣服を風呂敷で包み込むとそれを背負った。
「ふむ、こんなものだろう」
そう一人ごちると、ガチャガチャと音を立てながら部屋を後にした。
宿舎を後にし、門のところまでくると、そこにはラインやゼルブ、エリクをはじめ、リリーやクラスメート達が勢揃いしていた。
「何だお前達、クエストはいいのか?」
エフィムの言葉に皆が皆苦笑いで返す。
口を開いたのはリリーだ。
「ここにいるのはなあ、エフィム。お前の門出を祝うためなんだぞ?」
「俺の門出を?」
勇者パーティに加入するのはラインたち三人にしか言っていないことだ。
エフィムは三人に目をやった。
すると、ラインが近寄ってきて一杯の赤ワインを差し出した。
「エフィム、折角の晴れの門出だ。皆にも祝わせてやって欲しい」
「それじゃあ皆、ワインは持った?」
音頭をとっているのは、未だ赤い目をしたエリクだ。
ゼルブも近寄ってくる。
「エフィム、安心しな。三人でパーティ組もうが、俺がいる。何の心配もせず行ってこい」
ゼルブの言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまうエフィムとラインだった。
だが、頼りになるのは本当だ。
エフィムは二人に呟いた。
「二人とも、エリクを頼む」
その言葉に、二人は笑って頷いて見せた。
「それではエフィム君の勇者パーティ加入を祝して、かんぱーい!」
「乾杯!」
エフィムが赤ワインを飲んでいると、エリクが近寄ってきた。
「どうした、エリク」
「えへへ、喜んでもらえたかなーって」
その言葉は今回の催し物を企画したのがエリクだと証明していた。
「ああ、最初は何事かと思ったが、嬉しいものだ」
「そっか、ならよかった」
不快ではない沈黙が二人を支配する。
先に口を開いたのはエリクだった。
「またな、ってことは、魔王討伐が終わったらまたパーティに戻ってきてくれるんだよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「そしたら、グライフ君も入れて、しょうがないからゼルブも入れて、五人で冒険が出来るね」
「ああ、そうだな」
「そしたら、そしたら――」
「エリク」
エフィムがエリクの言葉を遮って続けた。
「ありがとう」
その言葉に、眦に涙を湛えながらエリクは莞爾と笑うのだった。
「エフィム君、行ってらっしゃい!」
「おう、行ってくる」
エフィムは赤ワインを飲み干すと、片手を上げて王城へと向かって歩き出した。
別れから数十分後、エフィムは王城の前に立っていた。
「ここか――でかいな」
サイヤーン神聖王国は大国である。
その王の居城なのだから大きくて当たり前なのだが、エフィムはただただその大きさの前に圧倒されていた。
「っと、こうしていても何も始まらん。先ずは雄治たちに会わねば」
エフィムは金縛りから解けたように動き出した。
先ずはと門衛に話しかける。
「エフィム・フォン・トォバが来たと勇者様ご一同に連絡してはもらえまいか」
エフィムの言葉に門衛は落ち着き払って答えた。
「トォバ様ですね。お話は伺っております。どうぞこちらへ」
そういうと門衛の一人が先導するかのように歩き出した。
エフィムもその後を追う。
「開門!」
先導していた門衛の大音声に答えるかのように、固く口を閉ざしていた城門が開く。
「どうぞこちらへ」
エフィムは言われるがままについて行った。
そして数十分後。
エフィムは謁見の間にいた。
どうしてこうなった?
俺は雄治たちに会いに来たのであって、王様に会いに来たのではないんだぞ?
「エフィム・フォン・トォバよ、面を上げい」
「ハハッ」
そこには初老の男性が豪奢な衣服を身にまとって、椅子に深く身をおろしていた。
サイヤーン神聖王国の国王である。
「我が国から勇者様ご一行に加わりし者が現れるとは、望外の僥倖である」
「は、粉骨砕身、この身を尽くす所存であります」
王はエフィムの答えに満足したように何度も頷いて見せた。
「王よ、ご質問にお答えいただきたく存じます」
「おお、なんじゃ」
「今勇者様ご一行はどちらへ」
その問いに王は眉間の皺を深くした。
「我が国内に五つの迷宮がある事は存じていよう。その中でも一番王都より遠き熱砂の迷宮に大海嘯の予兆ありとつい先日王都を発ったばかりよ」
「では王よ、自分も是非その戦列に加わりとうございます」
王はやはりその答えに満足そうに頷くのだった。
「良くぞ申した、エフィム・フォン・トォバよ。馬車と護衛二十騎を与える。とく勇者様ご一行に追いつき、その役目を果たして来い」
「ハッ」
エフィムはそう答えると、王の前から姿を翻した。
「トォバ様、こちらにございます」
行きと同じように帰りも先導されること数十分。
エフィムの前には四頭立ての馬車が一台と、二十騎の騎士達がいた。
「トォバ様、ご武運を」
「言われずとも。先導ご苦労」
エフィムはそういうと馬車に乗り込んだ。
目指すは熱砂の迷宮。
旅程は十五日であった。




