36話
雄治たち勇者パーティは二三日王都に留まるらしい。
その期間がタイムリミットということになるのだろう。
パーティメンバーとの別れ。
しかもグライフの時とは違い、見送る側ではなく見送られる側だ。
こうなると俄然言い出しにくくなる。
その日の夕食時のこと。
「結局あの後どうしたんだい? 戻ってこなかったけど」
口を開いたのはラインだった。
「ああ、あの勇者がやってきた後な」
ゼルブも続く。
「ああ、ちょっとあってな。この食堂で話し合ってた」
エフィムにしてはぼかした言い方だった。
これに敏感に反応したのは終始無言だったエリクだ。
「ちょっとってなに? 僕、とっても気になるんだけど」
多少険の籠もった声でエフィムを問い詰めるエリク。
逆に言葉に詰まってしまったのはエフィムだ。
どこまで話したらいいだろうか。
勇者の祝福関連まで? それともパーティメンバーになるところまで?
嘘は嫌いだが、嘘も方便という。
エフィムは結局話せるところまで話すことにした。
「前世もち?」
「煙草がキーアイテム?」
ラインが尋ねてくる。
「前世もちってのは何なんだい?」
「俺には前世の記憶があるってことだ」
三人が驚愕に目を見開く。
「どおりで何時も泰然としてるわけだ」
ラインが納得したように頷く。
「その前世では何をしてたの?」
エリクが尋ねる。
大丈夫、想定内の質問だ。
「俺は勇者様の縁者だったんだ」
再び場を驚愕が支配した。
「じゃ、じゃあ、魔王と戦ったりしたのかい?」
ラインが尋ねてくるが、エフィムは首を横に振った。
「いや、俺は戦っていない。強いて言うなら守られる側だった」
「煙草がキーアイテムってのはどういう意味なんだ?」
今度はゼルブだ。
「ああ、前世持ちと関係があるんだが――ほら」
エフィムはそういって煙草を取り出した。
「銘柄、読めるか?」
「ヤツカ? これがどうしたんだ?」
「その銘柄は勇者様の名前で、勇者様がお創りになった煙草なんだ」
三人はそれぞれ思案顔だ。
「その煙草と前世が繋がっているんだ。煙草を吸っている間だけ、俺は前世の俺とリンクする。その間だけ、俺は勇者の祝福持ちになれるんだ」
「そういうことだったんだね」
ラインが頷く。
「この煙草にそんな効果がねえ」
ゼルブが呟きながら一本失敬する。
エリクは、終始無言だった。
夕食後の食堂で一人、エフィムは思案に耽っていた。
どうすれば角の立たない別れが出来るだろうか。
できれば、涙の別れより、笑顔の別れの方がいい。
だが、その方法が思いつかない。
こんな時、グライフならどうしただろうか。
あの颯爽とした少年なら、上手く答えが出せたのではないか。
そんな郷愁にも似た思いでいたエフィムの傍に、影が近づく。
「やあ、隣いいかな」
「ああ、構わんよ――カバンさん?」
カバンだった。
「今日の仕事はもう終わりですか?」
エフィムの問いにカバンは笑みを湛えながらいう。
「ああ、今日はもう上がっていいってさ」
「左様で」
二人の間を無言が支配する。
先に口を開いたのはカバンだった。
「何を悩んでるんだい?」
エフィムは暫しの無言の後、口を開いた。
「わかりますか」
エフィムの言葉にカバンは頷いた。
「自室にも帰らずにずっと煙草を吸ってるのを見れば、何かあったと普通は思うよ」
エフィムはその言葉に食堂を見渡してみた。
見れば、最早数えるぐらいしか生徒は残っていない。
いかんな、長考し過ぎた。
「それで、何に悩んでるんだい?」
カバンが問う。
エフィムは答えるべきか迷った。
パーティから脱退しようなどと考えていることを部外者のカバンに言ってよいものか判断に苦しんだのだ。
だが結局は打ち明けることにした。
先人の知恵に縋ろうとしたのだ。
「パーティの脱退ねえ……」
カバンは暫く悩んだ風であったが、やがて妙案でも浮かんだように手をポンと叩いてみせた。
「何か良い案でもございましたか?」
「そのまま言おう」
エフィムは体が椅子からずり落ちそうになるのを必死にこらえた。
「カバンさん、それはいくらなんでも――」
「いいかいエフィム君」
エフィムの抗議の声を遮ってカバンは言った。
「その悩みに悩んでることも含めて素直に言えばいい。君の仲間は君の苦悩を理解できない程度の仲なのかい? 違うだろう?」
エフィムはカバンの言葉に押し黙った。
――そうだな、包み隠さず打ち明けよう。
嘘が混じってしまうが、今更だ。
方便と思って耐えるしかないだろう。
明けて翌日、朝食時のこと。
皆が揃うのを待って、エフィムはパーティ脱退と勇者パーティへの加入の件を打ち明けた。
「――しょうがないか」
意外にも、一番初めに口を開いたのはエリクだった。
それも、諦めの内容で。
「いいのかいエリク? いの一番で反対すると思ってたんだけど」
問うのはラインだ。
「平気か、小娘」
ゼルブも続く。
エリクは力強く頷いた。
「うん、いいの。昨日の夜から、何か悩んでるの、知ってたから」
エリクはそういうと、パンと手を鳴らした。
「そうと決まれば、お祝いしようよ! 折角の晴れの門出だもん、赤ワインでも――」
そう言うエリクの眦から、涙が溢れ出た。
「あれ、おかしいな……おめでたい事のはずなのに――」
拭っても拭っても、後から後から溢れ出した涙をエリクは止めることができなかった。
「――エリク」
エフィムがそっとその頭を撫でる。
「エリク、無理しなくてもいいんだ」
エフィムの言葉に、エリクはその胸に飛び込んだ。
泣いて、喚いて、泣いて、喚いて、泣いて、泣いて、泣いて……。
エフィムは煙草を一本取り出すと、口に銜えた。
片腕でエリクを抱きしめ、もう片方の腕で器用にマッチで火をつける。
何時もなら辛口の煙草が、何故だろうか、ほろ苦く感じた。
「エリク、またな」
エフィムたちは、そこで別れた。
次回から章が変わります




