35話
「勇者の血縁探し?」
エフィムは怪訝そうに雄治の言葉を鸚鵡返しした。
「そうなんです。暁の女神様からのご神託で、彼の者をパーティメンバーにしろと言われまして」
そういって雄治は画面をタッチする。
確かにそこには雄治が言ったとおりの文面が書かれていた。ラインでだが。
「でも、今の俺は血縁者じゃないんだろう?」
エフィムの言葉に雄治は首を傾げた。
「そうなんですよ。今見るとそんな記述がステータスに乗ってなくて、何がなにやら分からないんです」
ふむ、さっきと今の違いか。
試しに金棍棒を持ってみる。
「どうだ? なにか変わったか?」
そんなエフィムの問いに雄治は肩を竦めて見せた。
「変化なしですね。まあ、攻撃力の値は上昇しましたけど」
金棍棒の有無じゃないのか……さて、なんだろうか?
「闘気の放出は?」
「変化なしです」
「特定のポーズは?」
「変化なしです」
試行錯誤を重ねていくが、結局ステータス画面に変化は無かった。
「――バグでも起こしたんじゃないのか?」
エフィムの指摘に雄治は首を振った。
「まさか、これは神様からじきじきに頂いたチートアイテムですよ? 現に他の項目は弄れてますし、バグとは考えにくいです」
バグでもないねえ。何が切欠なんだ?
何が俺と爺ちゃんを結んでる?
エフィムはいい加減疲れたのかどっしりと椅子にもたれ掛かった。
そして懐から煙草を取り出し、マッチで火をつけた。
その時である。
アッと雄治が声を上げた。
「エフィムさん、それですよ、それ!」
雄治は煙草を指差していった。
「煙草を吸ってるだけなんだが?」
逆に戸惑うのはエフィムの方だった。
だがと、エフィムは思案する。
最早おぼろげな記憶になりつつあるが、魔王ディーキンスに殴りかかったときも煙草を吸っていなかったか?
――吸っていた。確かにあの時も吸っていた。
「煙草がトリガーになっているのか――」
「そうみたいですね。何ででしょうか?」
雄治が尋ねてくるが知ったことではなかった。
だが判明している点が一つだけある。
それはまず間違いなくエフィムは勇者パーティに組み込まれるということだ。
「オー、いたいた」
「本当だわ。全く、中座して何をしてるかと思えば」
食堂に二人の人物が入ってきた。
小柄な少女に、筋骨隆々とした大男だ。
勇者パーティの二人だった。
「おー、本当にキングオークだ。でかいな」
「何匹焼き殺したか分からないわ」
大男は興味深げに、少女は忌々しげにエフィムを見遣る。
何だこいつらという視線を受けて、雄治は慌てて説明した。
「あ、エフィムさん。この男の方が佐藤庄治さん、女の方は加藤皐月さんといって、俺のパーティメンバーなんです」
パーティメンバー全員がトリッパーかよ。
エフィムは少々げんなりした。
「二人とも、こちらはエフィムさん。転生者で、煙草を吸っているときだけ勇者の血縁者と表示される変わった人なんだ」
そんな紹介の仕方も無いだろうとエフィムは苦笑いしながら立ち上がった。
「紹介に与ったエフィム・フォン・トォバだ。以後よしなに頼む」
エフィムはそういって頭を下げた。
つられて二人も頭を下げる。
「でも変ですよね、煙草を吸っているときだけステータス変化が起きるなんて」
雄治は思案顔だ。
だがエフィムには何とはなしにその理由が分かる気がした。
爺ちゃんと俺は煙草を介して繋がってるんだ――。
「それよりも何故オークキングが勇者の血縁者なのよ」
「煙草がキーアイテムになってるんじゃないのか?」
「煙草がキーアイテムなのは間違いないね。ただ、種族はどうしてだろうね?」
「いや、種族の方はだな――」
なにやら議論している三人を後ろに、エフィムはいったん自室へ戻ることにした。
確かな証拠を持ってくるためだ。
「あ、エフィムさん――」
雄治が気付いて声をかけるがエフィムはちょっと待っていろというだけでその場を後にした。
自室に戻ったエフィムはまずは着込んでいたプレートメイルを脱ぎ、金棍棒を置くと机へと向き直った。
「――これだ、これだ」
エフィムの手にはディソバンから譲られた日記帳があった。
これを見せて俺の素性を明かせば、皆納得するだろう。
エフィムはまた食堂へ戻るのだった。
「だから種族の壁を越えた愛があったんだよ」
「そんなわけ無いでしょう。ここは女神様の祝福があったと考える方が自然よ」
食堂では庄治と皐月の議論が続いていた。
「まだやっていたのか」
エフィムはほとほと疲れたという感じの雄治に声をかけた。
「あ、エフィムさん。いい加減に疲れましたよ……エフィムさん、何か心当たりありませんか?」
「ああ、あるぞ。先ずはこれを見てくれ」
エフィムは手に持った日記帳を雄治に手渡した。
「これは――日記帳ですね」
「ああ、書いたのは高橋八束。初代勇者で、俺の前世の爺ちゃんだ」
俺の言葉に雄治は驚愕に顔を染めていた。
「そ、そんな繋がりがあったんですか……なあ二人とも、こっちへ来てくれ」
そこで雄治はエフィムも交えて事情を説明するのだった。
「そんなわけだったのかい」
「そういうことだったのね」
二人とも納得したのか、うんうんと首を縦に振っている。
一方の雄治といえば、やはり思案顔だ。
「勇者の祝福かあ――聞いたことが無いぞ」
エフィムはその言葉に戸惑っていた。
てっきり勇者のパーティメンバーになれば与えられる恩恵だと思っていたからだ。
「ではお前たちは勇者の祝福持ちではないのか?」
雄治がスマフォを操作しながら答える。
「俺たちはですね……これです」
雄治がスマフォの画面をエフィムに見せる。
そこには、女神の祝福という文字が浮かんでいた。
「勇者の祝福とは違うのか?」
「いえ、魔素の壁の無効化と言う点では同じみたいですね。ただ、女神の祝福だと他に身体強化や魔力増強などのプラスアルファが付いてきます」
スマフォを操作しながら答える雄治。
ということは、爺ちゃんには女神の祝福などという特典はなかったのだろうか?
若返りまでさせてトリップさせたのに?
「おい、雄治。そのスマフォで女神とやり取りできるんだよな?」
エフィムは雄治に問うた。
「ええ、できますよ。必ず返信が来るわけじゃないですけど」
「なら、俺の爺ちゃんについて聞いてみてくれ。何故女神の祝福もちにさせなかったのか」
「はい、分かりました」
暫く雄治がスマフォを弄っていると、着信音が鳴り響いた。
「あ、女神様からだ」
「貸してくれ、俺が出る」
「ええ、はいどうぞ」
「もしもし?」
『――高橋達哉様ですね?』
「ああ、そうだ。貴方様は女神様でよろしいですか?」
『はい、暁の女神と申します』
「尋ねたいことがあります」
『答えましょう』
「なぜ、爺ちゃんを若返りまでさせてこの世界に送り込んだのに、祝福を与えなかったのですか」
『八束様自身の望みです』
「爺ちゃんの?」
『はい、ずるをしたら顔向けできない連中が沢山いるんだ、と仰られて――ふふ、失礼、あそこまで頑固な方は見たことがありません』
ずるをしたら、か。戦友たちのことを言ってるんだな。
糞真面目な爺ちゃんらしいや。
「では、何故俺は煙草を吸っている間だけ勇者の祝福が与えられるのですか?」
『それに関しては、亡くなられた八束様のご意思でしょう。最期の時までその身を案じておられましたから』
「待ってくれ、それじゃあ答えに――」
『煙草の銘柄を確認してみて下さい』
エフィムは慌てて煙草を取り出した。味がゴールデンバットに近いから買っているので、銘柄までは確認しなかったのだ。
そこにはヤツカと刻まれていた。
『八束様がお創りになった煙草なんですよ、それ。だからでしょうね、煙草を介して八束様の思いが達哉様に届いているのです』
「爺ちゃん――」
爺ちゃん、やっぱり見守ってくれてたんだね。
ああ、こういうときだけ特典が恨めしいや。泣くに泣けないだなんて。
「――お答えいただき、ありがとうございました」
『いえ、お気になさらず』
「お陰で胸の痞えがとれましたよ」
『――では、雄治様たちへのパーティメンバー入り、ご承諾頂けますか?』
ラインやゼルブは、どう思うだろうな。
何だかんだ言いながら、祝福してくれる気がする。
エリクはまた泣き喚くだろうか?
そうかも知れない。
でも、爺ちゃんが歩んだ道のりだ。
爺ちゃんと歩む道のりだ。
俺は煙草一本取り出すと、マッチで火をつけた。
「――分かりました。パーティメンバーになります」




