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煙草一本  作者: 若旦那
中等部編
31/45

30話

 王都に帰還後のことである。

 エフィムは部屋で一人思案していた。

 これはなんだろうか?

 問題の品は手に握られている、黒い宝石のようなものだった。

 エフィムが部屋で鎧を脱いでいるときに落ちたものだ。

 もしや、これが迷宮の主が落とすというドロップ品か?

 だとしたら、随分可愛らしいものだな。

 もっと大掛かりなものかと思っていたんだが。

 サイズは人族のこぶし半分にも満たないだろう。

 随分と小さなものだ。

 リリー教官にでも聞いてみるか――。

 エフィムは決心すると部屋を出た。

 時刻は二十一時。

 王都帰還直後のことである。

 教官用宿舎と生徒用宿舎は繋がっていない。

 そのため、一度外にでる必要があった。

 そこで丁度エフィムはリリーと鉢合わせすることになる。

「リリー教官?」

「よおエフィム、丁度よかった」

 怪訝そうなエフィムに対して、リリーは機嫌が良さそうであった。

「何が丁度いいんですか?」

 エフィムの言葉にリリーはニヤリと笑って見せた。

「何って、ドロップ品だよ、ドロップ品。いやあ、何を落としたのか聞くのをすっかり忘れててよお」

 リリーの言葉にエフィムは納得して見せた。

 だがその野次馬根性はどうなんだ?

 エフィムはそう考えつつもこちらも丁度いいと言わんばかりに握り締めていた宝石をリリーに見せてみた。

「これですよ、これ。部屋で鎧を脱いでるときに見つけたので、どこかに挟まっていたのかも知れません」

 リリーはその宝石を手にとって――エフィムから強奪する感じで――見ていた。

「うーん、知らないなあ。何だこれ?」

 リリーの反応にエフィムはガクリと肩を下げた。

「俺から奪っておいてそれですか……」

「あはははは、悪い悪い」

 リリーは笑いながらエフィムの肩をバシバシ叩いた。

 そして、持っていた黒い宝石を返そうとする。

 その瞬間――。

 鈍い音と共に宝石が砕け散った。

「な、なんだあ!?」

 リリーが驚いて声を上げる。

 だがエフィムは強烈な臭いに鼻が曲がりそうで声を上げる所では無かった。

 しかし、強靭な精神力故か、臭いの源だけははっきりと確認することが出来た。

 リリーの掌の上、先ほどまで宝石が乗っていた部分からその臭いは発せられていた。

「何が起きてやがる!?」

 リリーは自分の隻腕を振るった。

 すると、靄のようなものが空中に漂っているのが分かった。

 その靄のようなものにエフィムの拳が振るわれる。

 だが、何かの壁に遮られるように拳は弾かれてしまう。

「エフィム! 何だこいつは!?」

 リリーの怒声が響き渡る。

「分かりません! ですが強烈な臭いです! よからぬものに違いありません!」

 エフィムも怒鳴った。

 糞! 鼻がおかしくなりそうだ!

 とにかく、こいつをどうにかしないと――。

『久方ぶりよの』

 そのとき、全世界の住民の頭に突然声が響き渡った。

『我が名はディーキンス。魔王である。我を称えよ、さすれば安寧を約束しよう』

「な、何だこの声は!?」

「リリー教官! そいつです!」

 俺は靄のようなものを指差した。

 その靄のようなものは見る見るうちに人の形を作っていた。

 その人型に何度も拳を振るうがやはり壁のようなものに邪魔されて届かない。

 やがてその人型は初老の男性の姿をとった。

 その手が無造作に振るわれる。

「ぐあ!」

「ぬううう!」

 それだけでリリーは吹き飛び、エフィムの身体には無数の傷が刻まれる。

「ほほ、よもや立って防がれるとはおもわなんだ」

 なんだこいつは!?

 立っているのがやっとじゃないか!?

「我が名はディーキンス。その勇猛さに免じて直答をさし許す。名を述べよ」

「――エフィム・フォン・トォバ」

「エフィムか。よい名だ。どうだ、我が近衛にならんか?」

 俺は震える手で懐から煙草を取り出した。

 口に銜え、何とかマッチで火をつける。

 煙草一本。

 煙草一本分でも、爺ちゃんのような強さを。

「断る!」

 俺は再び拳を振るった。

 今度は壁に阻まれることなく、ディーキンスに直撃する。

 だが、ディーキンスは涼しい顔でその拳を受け止めるのだった。

「ふむ、その魂の形、そうか、勇者の祝福を受けしものか」

 勇者の祝福? 何をわけのわからないことを!

 俺は拳に力を込める。

 だが、その力は突然肩透かしを食らったように行き場を失う。

 ディーキンスが引いたのだ。

「だが、先ほどまでの魂の形とは違うな。エフィム、お主はなにものだ?」

 ディーキンスが思案気に問いかけてくる。

 だが、エフィムには答える術が無かった。

 何せディーキンスが言ってる内容が理解できないのだ。

「俺はエフィムだ、それ以外何者でもない」

 エフィムは紫煙を燻らせながら答えた。

「ふむ、まあよい。勇者の祝福を受けし者よ、またの会合を楽しみにしておるぞ」

 ディーキンスはそういうと天高く舞い上がった。

「では、さらばだ」

 俺にディーキンスを追う術はなかった。

 とりあえず、吹き飛ばされたリリーを助け起こす。

「いててて――何なんだあいつは」

「魔王らしいですよ、自称ですがね」

 この日を境に、全世界で魔物の活発化が報告された。

 魔王復活。

 それが現実味を帯びた瞬間だった。

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