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煙草一本  作者: 若旦那
中等部編
28/45

27話

 旅程の一日目は何事もなく終了した。

 来る途中の村々も避難が完了しているのか閑散としたもので、死体一つ無かった。

 勿論、騎士団の死体もだ。

 問題は明日の旅程だった。

 ほぼ間違いなく惨状が広がっているであろうことは中等部の学生たちにも理解できたのだ。

「問題は明日だな」

 夕食時、その話題を切り出したのはエフィムだった。

 皆の覚悟が見たかったのである。

「そうだね、避難が間に合わなかった村もあるだろうし、気を引き締めて掛からないと」

 真っ先に反応したのはラインだった。

 貴族の矜持にあふれた男である。当然の反応ともいえた。

「――うん、そうだね。弔い合戦という意味でも、僕たちが頑張らなくちゃ」

 次に反応を示したのは意外にもエリクだった。

 ゼルブがその反応を意外そうに見ている。エフィムも同様だった。

 その視線に気が付いたのかエリクが照れくさそうに頭をかいた。

「いやその、賊討伐も何回か経験したし、酷い目にあった女性達の面倒を見るのは何時も僕でしょ? それで、いやでも耐性がついちゃったっていうか、なれちゃったって言うか――わぷ!?」

 エフィムはその大きな掌でエフィムの頭を撫でた。

 そんなエフィムを不思議そうに見遣るエリク。

 エフィムは言った。

「それはな、冒険者として成長したっていうんだ。凄いな、エリクは」

「だったら子ども扱いはやめてよ~!」

 そんな二人を見て豪快に笑うゼルブだった。

 この男にはそもそも緊張すると言う感覚が抜け落ちているようだと、エフィムは思った。

 あけて翌日、旅程二日目である。

 この日も旅程は順調だった――途中までは。

 エフィムたちの目の前を散々に破壊された村が通り過ぎていく。

 避難が間に合わなかったのだろう。死体もそのまま放置されている現状だった。

「糞ったれめ」

 呟いたのはゼルブだった。

 義侠心に厚い男だ。死体が放置されているのが気に食わないのだろう。

「覚悟はしてたけど、やっぱり嫌なものは嫌だね」

 ラインが続く。

 エリクはといえば静かに目を閉じ黙祷を捧げていた。

 エフィムが念のため鼻をフゴフゴさせるが、漂ってくるのは死臭のみだった。

 そんな村を幾つか過ぎ去った後、馬車が止まる。

 時刻は既に夕刻となっていた。

「総員、下車!」

 その声に弾かれたように馬車から降りる生徒達。

 誰も彼もが義憤に燃えた瞳を爛々と輝かせていた。

「良いかお前ら! ここから徒歩三時間の場所に岩室の迷宮がある! しかし時刻は既に夕刻、バケモノたちの時間だ! よってここで夜を明かし迷宮に潜るのは明日とする! 分かったな!」

 リリーが大声を張り上げて指示を出す。

「寝ずの番はあたし達教官が行う! お前らは明日に備えてゆっくりと休め!」

 この辺りの魔物やモンスターは既に騎士団に殲滅されているのだろう。でなければ寝ずの番を教官たちのみで行うなどありえない事だ。

「明日かあ」

 悔しそうに呟いたのはエリクだった。

「しょうがあるめえ。俺たちに出来ることは今は待つことだけだ」

 そんなエリクを慰めるようにゼルブが言う。

「うん、悔しいのは皆一緒だよ。あんな惨状を目にしたんだ、誰だって今すぐにでも迷宮に潜りたいんだ」

 ラインも続く。

「ぐだぐだ言っても仕方あるまい。今は眠り、明日に備えよう」

 エフィムの言葉に三人は頷いた。

 その晩のこと。

「総員起床!」

 突然の怒声にエフィムたちは目を覚ました。

 見れば怒鳴り声を上げながらリリーが走り回っている。

「オークの群がこちらに迫っている! 総員起床!」

 エフィムたちはその言葉に寝ぼけた頭が覚めていくのを感じた。

「どうやら騎士団の討ち漏らしがいたようだな」

 ゼルブが大剣を構えながら呟く。

「でも、運がないね、俺たちのところに来るだなんて」

 ラインが続く。

「エフィム君、どっちから来てるか分かる?」

 エリクがエフィムにそう問うた。

 その言葉にエリクは鼻をフゴフゴさせながら答えた。

「あっちだ。もう見えてるぞ」

 エフィムが指差した先には多数の赤い点がチラチラしていた。

 魔物の瞳だ。

「本当だ、でも、随分と数が少ないね」

「大方、騎士団とでもやりあった後なんだろうよ」

 エリクの疑問にゼルブが答える。

「悠長なこといってないで、行くぞお前達」

 エフィムはそういうと駆け出した。

「おう」

 三人の声が唱和された。

「一番槍は俺が頂くぜ」

 オークの群れに接近した途端に、加速を始めるゼルブ。

「グアアア!」

 そして言葉通りに一番先にオークへと斬りかかる。

 一刀両断にされるオークを傍目に、エリクが詠唱し終わった魔法を唱える。

「ファイアーストーム!」

 たったこれだけでオークの群れは半壊していた。

「他愛もないね」

 エリクがその状態を見て言う。

 確かにそうだ。他愛ない。

 エフィムは再度鼻をフゴフゴさせた。

 そんなエフィムを訝しげに見るライン。

「どうかしたのかい?」

「いやなに、いくらなんでも脆すぎると思ってな」

 そして、エフィムの鼻がその存在をキャッチする。

「虫に……ッチ、狼だな。団体さんの登場だ」

 そのエフィムの反応にラインが苦笑いを浮かべる。

「狼は俺たちに任せなよ、その代わり虫をお願い」

「了解だ」

 エフィムは残党を殲滅しているエリクとゼルブに声をかけた。

「おい、虫と狼どもだ! 俺たちは先に行ってるからな!」

「おう、行って来い!」

「了解だよー!」

 明けない夜が始まった。

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