19話
そして四度目の春がめぐってきた。
この間、結局迷宮系クエストや討伐系クエストをエフィムたちは受けることが出来なかった。
優先的に中等部にまわされるため、初等部には降りてこないのだ。
エフィムたちは歯噛みしたが、どうしようもないことだった。
これも初等部の宿命かと半ば諦めていたときだった。
案内板にそのクエストを発見したのは。
「ジャイアントアントの外皮収集?」
エフィムの言葉に真っ先に反応したのはエリクだった。
「そうなんだよ! 僕が見つけたんだ」
どうだ凄いだろうと胸を張るエリク。
エフィムは取りあえず頭を撫でておいた。
えへへと照れるエリクを放っておいて、エフィムは他の二人に問いかける。
「折角の迷宮系クエストだ、受けない手は無いが、どう思う?」
エフィムの言葉に自信満々に答えたのはラインだ。
「またとないチャンスだと思うね。これでクエストを成功させれば初等部にも他のクエストが降りてくるかもしれない。後輩達のためにもやるべきだ」
一転して不安そうな表情をしているのはグライフだ。
何かあっただろうか?
「グライフ、どうした?」
エフィムは何時もどおり直截に聞いた。
グライフは珍しく歯切れ悪く答えた。
「いや、なんつーか、これ蟻どもが相手だろう?」
エフィムは頷いた。
ジャイアントアントの外皮収集なのだから当然だ。
グライフはばつが悪そうに頬をかいた。
「悪いんだが、俺が何処まで力になれるかわからなくてな。ほら、以前迷宮に潜ったときも俺はゴブリンどもしか相手にしてないしよお」
以前迷宮に潜ったときと言うのは、大海嘯の前兆の時だろう。
確かにあの時はジャイアントアントの相手をしたのはエフィムにライン、エリクの三人だ。グライフは直接対峙していない。
不安に思うのも無理も無いだろう。
だが、そんなグライフにラインは声をかけた。
「グライフ、大丈夫だよ。一年前とは剣技の冴えが全然違う。今ならジャイアントアントの外皮だって断ち切れる。俺が保障するよ」
ラインの真摯な声だった。
物事を前向きに捉えるラインとドライな見方をするグライフはなぜか相性がよかった。
自主鍛錬の付き合いもいいほうで、よく二人で鍛錬をしていた。
そのラインがいうのだから、きっとそれは真実に違いなかった。
「グライフ、ラインもこういってることだ。殻を破る意味でも挑戦してみないか? きっと価値のあることになると思うんだが」
エフィムが最後のダメ押しをした。
グライフは暫く思案気にしていたが、決めたのだろう。決意を秘めた瞳でいった。
「よし、そこまでいわれたら俺も男だ、やってやろうじゃねえか」
パーティ全員の意思統率が出来た瞬間だった。
そこからは各自が迷宮に潜る準備をすることになった。
エフィムは自室でプレートメイルに着替えていた。そろそろ空きが少なくなってきている。これ以上身長が伸びるようなら買い換えないといけないだろう。
そんなことを考えながら兜を装着する。後は金棍棒とポーションの類を持てば準備完了だ。
「よし、皆のところへ行くとするか」
エフィムはそういい残すと自室を後にした。
エフィムが集合場所の寮の前に行くと、既に三人は揃っていた。
ラインは一年前と変わらず、皮の鎧に鉄の槍と言う出で立ちだった。
装備が変わっているのはグライフとエリクだろう。
グライフは防具こそラインと同じ皮の鎧だが、獲物が変わっている。鋼製の長剣だ。切れ味は鉄の剣とは雲泥の差である。
エリクはといえば、普段着のような軽装こそ変わりは無いものの、魔力増幅のタリスマンが二個増えていた。因みにイヤリング型である。
「おお、皆すまんな。どうにも鎧を着るのに時間が掛かってしまってな。では行こうか」
エフィムの言葉に四人は森林の迷宮に向かうことにした。
その道の途中のことである。
エフィムは鼻をフゴフゴさせていた。敵発見の合図のようなものである。
「エフィム、それで何がいるんだい?」
ラインが問いかける。
エフィムはそれに答えた。
「――虫だ。それに数が多い。厄介だぞ」
エフィムの鼻はジャイアントアントの臭いを捉えていた。
それも一匹や二匹と言う数ではない。最低でも三十匹はいるかと言う大群の臭いだった。
どうするか、グライフにいきなり大群は厳しいのではないか。
そんなことを思案していたエフィムだったが、当のグライフは飄々としたものだった。
「お、それじゃあ迷宮に潜らなくてもいいわけだな。へへ、ついてるじゃねえか」
あまつさえこんなことまで言う始末であった。
「しかし妙だな。大海嘯が終わったっていうのにこんなに群を作っているなんて」
エフィムの呟きにラインが同意を示す。
「それもそうだよね。何かあったのかな」
「暫く様子を見よう。こっちだ」
エフィムは他の三人を連れて近くの茂みに身を隠すことにした。
そうして暫くの後、カサカサという乾いた音が聞こえ始めた。ジャイアントアントの足音だ。
そこには三十匹ほどのジャイアントアントの群がいた。
だが、奇妙なのはその布陣だ。
中央の何かを守るように行動している。
エフィムは茂みの中から注意深く中央部分を観察してみた。
そしてエフィムは発見した。他の三人より身長が大きく上回っているからだろう。中央部分に何があるのか見ることが出来たのだ。
「エフィム、なんだい、あれは?」
ラインも何かを見つけたのだろう、若干声を震わせながら尋ねてくる。
エフィムは自分の中にある知識を総動員してその答えを言った。
「――間違いない。女王蟻だ」
ジャイアントアントには三種類の種別がある。一般的な兵隊蟻、極少数の王子蟻、そして女王蟻である。
一般的な兵隊蟻はジャイアントアントと呼ばれ、尤もポピュラーな存在だ。王子蟻は別名羽根蟻とも呼ばれ、ジャイアントアントに羽根が付いた造りになっている。そして、女王蟻は羽根蟻を二倍ほどに巨大化させた特殊な蟻で、ジャイアントアント各種を産み落とす存在だ。
「巣分けの最中にでもぶつかったか」
「どうするの、エフィム君」
エリクが尋ねてくる。
「そうさな、冒険者としてここは――」
エフィムはニヤリと笑って見せた。
「殲滅戦だ! エリク、一番でかいのを頼むぞ!」
エフィムの言葉にエリクは詠唱に入る。
「紅蓮の炎よ、熱き旋風よ、我が言葉に従い蹂躙せよ――ファイアーストーム!」
エリクの言葉と共に炎の暴風が蟻達を蹂躙する。一度に十数匹のジャイアントアントが炎に巻かれる。
「おいおい、こんな派手にやっちまっていいのかよ? 蟻どもの外皮収集なんだろう?」
その惨状を見たグライフがぼやきをもらす。
エリクは胸を張って答えた。
「へへ~ん、三匹以上は応相談だから最低三匹いればいーんだよ」
「さいで……」
「さあ、御託は終わりだ! 殲滅するぞ!」
エフィムはグライフとエリクの漫才のようなやり取りを大声で中止させると、群に向かって吶喊した。
「グルオアア!」
女王蟻を守ろうとするジャイアントアントを右に左に叩き潰していくエフィム。
「ケエヤ!」
エフィムに続くのはラインだ。神速の突きがジャイアントアントを穴だらけにしていく。
「へへ、それじゃあアーミテージ流剣術の冴えをみせてやるか」
グライフは腰から鋼の剣を抜き放つと一番手近な蟻に向き直った。
カチカチと顎を鳴らして接近するジャイアントアント。
獲物を噛み砕こうと頭を突っ込ませるジャイアントアントだったが、それと交差するようにグライフの体がすり抜ける。
「――秘技、斬鉄」
そこには頭を綺麗に二つに切り裂かれたジャイアントアントの亡骸が鎮座していた。
「ほお! やるじゃないか、グライフの奴!」
「言っただろ! 彼は凄いんだよ!」
戦闘中だというのに余所見をしていた二人――特にエフィムは感嘆の声を上げた。
それほど見事な技だったのだ。
ジャイアントアントの討伐は順調に推移していった。
残すは女王蟻のみとなったのだ。
「でかいな」
直截な感想を漏らすエフィム。
「四メートルはあるんじゃないかな」
「流石にこんなにでかいと斬るのも骨だぜ」
「魔法で焼いちゃう?」
カチカチと顎を鳴らす女王蟻を前に三人は好き勝手いっていた。
「いや、魔法で焼くのはもったいないよ。エフィム、頼めるかい?」
ラインがいう。
確かに、これだけの大物を魔法で焼いてしまうのはもったいない。
「分かった」
エフィムは金棍棒を構えると、振り下ろした。
「いやー、金貨十枚だってさ! 儲かったよね」
エリクがホクホク顔で受付から戻ってくる。
「やっぱり女王蟻のお陰かな?」
「そうじゃねえか? なんせあれだけの大物だ」
受注所で雑談にふけっている二人を横目に見ながらエフィムは一人思案していた。
これで初等部にも依頼が降りてくるようになればな。少しはいい経験になるんだが。
エフィムの考えは後日最上の結果を伴って実現することになる。
初等部に討伐系クエスト等が降りてくるようになったのだ。
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