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煙草一本  作者: 若旦那
初等部編
2/45

1話

ちょっと性急に過ぎる幼年期の図

感じたのは強烈な光だった。思わずそれに怯んだ俺は咄嗟に目をつぶる。

「おぎゃーおぎゃー!」

 声を出して誰かを呼ぼうにも口から出るのは意味不明な単語だけだった。

 そんな折、耳に入ってくる言葉があった。

「奥様、奥様、しっかりして下さい!」

 奥様? て言うか誰だこの声は。

 未だに目を開けられない俺かに抱っこされているのに気が付いた。

 大事なものを包み込む温かい手だった。

「私の坊や、顔をよく見せて、アア、あの人にそっくりね――」

「おい、誰か治療師を呼んで来い! 牙付が生まれたが、代わりに奥様が!」

 強烈な光にもややなれた俺が目を開けると、そこには顔面蒼白ながらも見目麗しい金髪の美女が居た。

 というかそれしか見えないほど大きな女性だった。

 巨人だろうか? 俺は天界のパンフを思い出していた。

 剣と魔法の世界だ、巨人が居てもおかしくないかも知れない。

 だが、それにしては状況がおかしい。

 何故彼女は顔面蒼白なのだろうか。今にも倒れそうな病人のようだ。

 それに周囲も騒がしい。動き辛い首を回してみると、幾人かの白いエプロンをつけた女性陣が右往左往していた。

 ゆっくりと下を向こうとするが抱っこされている状況では巨人の腕しか見えない。

 いや、視界に移るものがあった。赤だ。鮮烈な赤色。

 何の色だろうかと思っていると、俺は巨人の女性の手から何者かに抱っこされ直した。

 そこで初めて全容がわかった。

 下半身から夥しい量の血を出血させている巨人の女性。その周りで右往左往している女性陣。

 その中でも赤毛の女性が指揮を執っているようで何とか女性の出血を止めようとしている。

 本能が囁いている。目の前の巨人の女性が俺の生みの親だと。

 とすれば俺は赤ん坊なわけだ。

「治療師は何時になったらくるんだ! こういうときは傍に控えさせておくものだろう!」

 赤毛の女性が怒鳴り声を上げる。

「何分深夜に急に産気づかれたものでして――」

 何かの手違いがあったらしい事は俺でも理解できた。

 そして嫌なことに――俺の母親の命はもう残り少ないことも。

「アア、坊や、そんなに寂しそうな顔をしないで」

 母親だからだろうか、皺くちゃであろう赤ん坊の表情に気が付くなんて。

「私のことは心配しないで、精一杯お父様にお仕えするのよ。あらあら、今にも泣き出しそうな顔ね」

 果たして泣きそうな顔を俺は今しているのだろうか。

 強靭な精神力――確かに望みはした。

 しかし、今にも死に行く母親に泣顔一つ見せてやれないのが強靭な精神力なのだとしたら、俺はこんな能力を選ばなかっただろう。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、母親から生気がドンドン抜け出していっているのが分かる。

「ああ、旦那様いけません! 血の穢れが移ってしまいます!」

「そんな物で私が止まると思うなよ! エーリーン! 無事かエーリーン!」

 どすどすと背後から巨大な足音が響いてきた。旦那様という呼称から俺の父親に当たる人物だろう。

 寸刻を惜しんで押し入って来た姿に俺は思わず声を出してしまった。

 けむくじゃらの巨漢。頭部には牙の生えた口唇、豚のような猪のような面貌。

 オークと呼ばれる種族の男がそこには立っていた。

「町一番の治療師がもうじきやって来る。それまでは耐えろエーリーン!」

「ああ、貴方、見てください。貴方と同じ牙付きの、大きな大きな赤ちゃんですよ。あれ位でしたら一月もせずに歩き回れそうな、立派な赤ん坊です」

 美女と野獣、そんな言葉が頭を過ぎる。

 と言うか、そっくりと言うことは俺の面貌もあの父と同じと言うことだろうか。

 何気なしに自分の腕を見てみる。

 毛むくじゃらだった。

「おぎゃー!?」

 今迄で一番驚いたことが目前の死に迫る母親に対してではなく自分の体のことなのだからある意味ショックだった。

「そらみろ、あの子だってお前に死んで欲しくなくて泣き喚いてるではないかもう少しの辛抱だ。堪えろ、エーリーン!」

 違う意味でわめいたのだがそうとられてもおかしくない状況ではあった。

「失礼」

 また後方から声が聞こえた。

「おお、待っていたぞバノッサ治療師! 妻を、エーリーンを助けてやってくれ」

 現れたのは白髪交じりの壮年男だった。

 バノッサと呼ばれた男は何の脈絡もなしに母親の股座をおっぴろげた。

 そして何やらブツブツと呟いているとまぶしい光が一瞬だけ部屋を包み込んだ。

「――怪我の治療は以上で終わりですが……」

「なんだ、成功報酬の話か? そんな物は後でいくらでもくれてやる。妻はエーリーンは大丈夫なんだろうな!?」

 詰め寄る父に対してバノッサは落ち着き払っているようだった。

「今夜が山です、としか答えようがありません。余りに奥様は血を流しすぎています故」

 何てことだと、父が小さな声で呟いた。その姿には哀愁を感じさせる。

「絶対安静にしていただくこと。何でもいいので食事を与えること。後は神にでも祈ってください」

 バノッサは一見冷徹に言い下すとさっさとへいぇあを出て行ってしまった。

 だが俺は確かにその瞳から諦観の念を感じ取っていた。

 それは父も同じなのだろう。

「赤ん坊をこちらへ。せめて最期の瞬間までこの子に母のぬくもりを感じさせたい――」

 父はうなだれてそう言い放った。

 そして俺は再び母親の腕の中に舞い戻った

「アア、坊や、お乳が飲みたいでしょう、今上げるからね」

 そういうや否やエーリーンは自分の上着を肌蹴させ、俺の目の前に血の通わない真っ白な乳房を差し出す。

 俺は恐る恐る乳房に口をつけた。羞恥心より何より、せめて最期の瞬間まで赤ん坊らしく振舞って母親を安心させたかった。

「ふふ、おいしいですか」

 一吸いごとに母親の中から生命力がこぼれだしているような錯覚に陥りながらも、俺は懸命に赤ん坊の真似事をした。

 少しでも孝行出来るよう。

 エーリーン・トォバ享年二十一歳。死因、出産時の多量出血のため。

 俺がこの世界に生まれて、初めて人を殺した瞬間だった。


 エフィム・トォバと名づけられた俺は順調に成長していった。半月で歩けるようになり。一月で簡単ながら言葉を喋られるようになった。

 母親殺し、この忌み名がずっと使われると思ったがそんな事は杞憂だった。乳母に預けられた俺のことを父はちょいちょい見に来てはその成長を喜んでくれた。

 そう、驚くべきことに我が父であるセウパ・フォン・トォバは領地持ちの貴族であり、母親のほかに二人の妻を持っていることが判明したのだ。

 第一婦人カルマート・フォン・トォバ、第二婦人ラダム・フォン・トォバ。

 本来はこれに俺の母親であるエーリーン・フォン・トォバが加わった三人の妻と五人の子供を持つ厳格な領主だった。

 他の兄弟達も、一番歳の離れた十五歳になるディンゴ兄さん、次に歳の離れた十三歳のタトヤ姉さん、次に歳の離れた十歳のヤバン兄さん、最も年齢の近い五歳のホールー姉さん達と遊んだりもする。

 誰も母親殺しで責める者は居なかった。かく言う父親も自分の母親を殺して生まれたそうなので牙付きに着いて回る不幸なのだろう。

 因みに牙付きは兄弟の中でも俺だけだった。そして兄弟は皆オーク面だった。遺伝子のなぞだ。

 何でもオーク種は亜人族の中でも特にハーフが生まれる可能性が低いのだそうだ。生まれるのは黒か白どちらかだけ。そしてオーク種として生を受けるものが圧倒的に多数に上る。

 そんな中でも牙付きと呼ばれる口唇から歪曲した牙の伸びているものは特別視されている。

 牙付きは生まれながらにして将来を嘱望されるエリートなのだそうだ。

 傭兵や冒険者、研究者に騎士に至るまで牙付きのオークが名を残している。だからお前は特別なんだ。羨ましいよと零していたのは長男のディンゴ兄さんだった。因みに今までの知識もディンゴ兄さんからの受け売りだ。

 将来領地を継ぐであろうディンゴ兄さんはオークにしては珍しく本の虫だった。身体を動かすより本を読んでいたいと言う変り種だ。本来オークは狩猟民族なので身体を動かすことを好む。他の兄弟達だって遊ぶときは皆で庭で遊んだりしている。

 ディンゴ兄さんと遊ぶときだけは屋敷の内で物語を語り聞かせてくれたり、俺の素朴な疑問に答えてくれる。

 前世の俺は人に恵まれたが、今生でもそうらしい。偶にやんちゃをやって父から雷を貰うことにも慣れてきた。

 カリスエの世界には様々な先人の足跡があった。最たるものは料理だ。一人の天才シェフが作り出したとんかつやラーメンといった絶対転生人だろうと思われる存在。

 魔道式と呼ばれる機械の数々。最たるものは時計だ。これも転生人の作だろう。

 カリスエにはそんな転生人の足跡がそこかしこに見受けられる世界だった。

 そんなこんなで十年の歳月が過ぎていた。

 この頃になると領地中にエフィム・トォバは神童であるという噂がそこかしこで立つようになっていた。

 振り返って見れば二歳で読み書きそろばんをマスターし、五歳にもなればディンゴ兄さんを通して父に領地経営の改善点等を進言していてた。

 だが、それもこれも前世の知識があったからなのである。

 前世の知識がなければ俺はただの牙付きオークでしかなかっただろう。

 だから神童だ何だかんだと騒がれるのは面映い反面情けなくもあった。

 十年でタトヤ姉さんは嫁に行き、ホールー姉さんの下にも幾つか候補者が居るらしい。

 そんな中で俺がしていることといったら何もないのである。

 二十歳になったヤバン兄さんは警邏部隊長の名の下でしっかりと支配下の治安維持に貢献している。

 二十五歳になるディンゴ兄さんは領地経営の一端を任されるようになりメキメキと頭角を現している

 そんな中で俺だけ何にもないのである。ディンゴ兄さんは政務に行き詰まると俺のところに来ていい知恵がないか尋ねてくる。

 そこでこうすればいいんじゃないかなと大分あやふやになってきた前世の知識を教える。

 詰まる所俺がしているのは前世の知識の受け渡しであって他には何にもないのである。

 図体だけは父親たるキング・オークに相応しいものになったがまだ成人も迎えて居ない俺のところへは仕事が回ってこない。

 屋敷にある本は片っ端から読み終えてしまったし、同学年と遊ぼうとするとただのオークの中に頭二つ分は大きなキングオークが混ざるのだから異物感が半端ない。

 それに加えての神童騒動だ。元々領主の息子と言うこともあり夜会などには参加させられたことは間々あるが、同学年の友人ともなれば極少数に限られる。その同学年の子供たちとも神童騒動で距離が開いてしまった今日この頃である。

「エフィムったらまた難しそうな顔してるね」

 話しかけてきたのは数少ない友人の一人、人族のラディン・ウルバーだった。商家の倅である彼の話は何時聞いても面白いものばかりだった。

「ああ、いや、ごめんよ。今回の騒動についてさ」

「ああ、ディンゴ領地副総裁に代わって君が将来領主になるべきだって話?」

「そうそう――ってなにそれ? そこまで話が広まってるの?」

 ラディンは人好きのする笑顔で答えてくれた。

「勿論、僕の家はこの町一番の商家だからね。色んな情報が入って来るんだよ」

「俺がディンゴ兄さんに代わって町を治めろとか、冗談も甚だしいよ。ディンゴ兄さんがどれだけ努力家で優秀なのか皆知らないんだな」

 俺はため息をつきながら応えた。

「そうだね、ディンゴ副総裁が出した案件のうち、半分以上に君の思考が反映されてなければとても優秀な人だと思うよ」

 何故ばれてるし。

 そうなのだ。業務内容が増えるうちに様々な壁にぶち当たった時、ディンゴ兄さんは俺に助言を求めてくる。そこで俺の出した荒削りな意見を全うな意見に調整してくれているのがディンゴ兄さんの現実なのだ。

 困ったときの知恵袋ポジションに俺は立ってしまっている。

 それがどこからか漏れたのだろう。大方お喋り好きの女中の仕業だろうが。

「ラディン、その直截な物言いは時に人を傷つけるから直した方がいいよ……」

「エフィムと話すとき位にしか出さないから大丈夫だよ」

 そういう問題でもないんだが。信頼されている証として受け取っておこう。

「騒動が治まるまでどっかに高飛びしたいよ」

「そうもいかないんじゃない? だって現状領地総裁は今のままの関係を受け入れてくれているんだし」

 そうなのだ。俺とディンゴ兄さんの関係性を知った上で父は何も言ってこない。

 その方が領地のためになると考えてなのか、他に思惑があるのかは分からないけど。

「父に直接聞いてみようかな」

「それがいいね。うだうだ悩んでるのはエフィムらしくないよ」

「言ったなこいつめ」

 それから二人で暫く遊んで、俺は屋敷に戻った。

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