16話
気が付くとエフィムは自室のベッドの上にいた。
時刻は七時四十五分。
朝飯を食べてる余裕はないな。
エフィムはいそいそと討伐の準備を始めた。
着ていくものは勿論プレートメイルである。
ガチャガチャと全身を覆うように着込んで行く。
最期に兜を装着して完成である。
後は金棍棒とポーションを持って寮の前に集合だ。
エフィムは慌しく準備を終えると、集合場所へと急いだ。
「よーし、全員いるなー!?」
一組から十組まで、全クラスが揃っている光景は壮観だった。彼ら一同が低階層の討伐を担当することとなる。
「では全員馬車に搭乗!」
その掛け声で各々が馬車に乗り込む。総勢七十五台の大行列だった。
「凄い数だね」
馬車の中で口を開いたのはエリクだ。
「ああ、そうだな」
エフィムも同意を示す。何せ七十五台の馬車行列だ。賊だって尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
「これで帰りも馬車だったら最高なんだけどな」
愚痴をこぼすのはグライフだ。
そう、行きは討伐優先のため馬車だが、帰りは予算の都合もあって徒歩だった。森林の迷宮の場所を覚えさせる目的もある。
ラインが嗜めるように口を開く。
「仕方ないよ、予算の都合もあるしね。行きだけでも馬車に乗れることに感謝しなきゃ」
ラインはいつも前向きだ。グライフは諦めたように溜息をついた。
「はあ、それもそうだな。感謝しときますか」
森林の迷宮には馬車で三十分の場所にあった。
鬱蒼とした森の中央にぽっかりと穴が開いている。おそらくあそこが出入り口だろう。
そこ以外は太い木々によって進入を防ぐかのような作りになっている。
「よーし! 一組から順番に迷宮に侵入! 後はそれぞれの担当教官の指示を待て!」
一組から順番に迷宮内に侵入していく、
「よし、行くか」
エフィムの言葉に三人は力強く頷いた。
迷宮の内部は薄暗い鬱蒼とした森林だった。森林の迷宮の名に恥じないつくりである。
「よーしお前ら、次の組が入って来る前に移動するぞー。ついてこい」
リリーに先導されてエフィムたちは迷宮の奥へと入っていく。
十五分ほども歩いただろうか。リリーが足を止める。
「エフィム、何か臭うか?」
「いえ、特には」
よし、とリリーは呟いた。
「ここからはパーティ行動だ。くれぐれも力量を見誤るなよ。それは即刻死に繋がるぞ」
リリーはそういうと腰に佩いていた剣を抜き放った。
「それでは各自解散。健闘を祈る」
リリーはそういうと迷宮の奥の方へ進んでいった。
さて、困ったのは生徒達である。パーティ同士といえどもいきなり放りだされて困惑気味だ。
エフィムは仕方なしに指示を出すことにした。
「まずはパーティ同士でやってみよう。手に負えそうもない敵が現れたら近くのパーティと連携するんだ。薄暗いから敵の確認は慎重に。強敵が現れたら俺たちのパーティを呼べ。何とかしてやる」
エフィムは轟然と言い放つ。だが虚飾はなかった。今の自分達ならゴブリンどころかオークの群れでさえ殲滅できる自信があった。
「それでは各自行動開始。健闘を祈る」
エフィムたちも行動を開始した。
未だにざわめいているクラスメートを放って、迷宮の奥へと侵入していく。
「それでエフィム君、どうするの?」
口を開いたのはエリクだ。
「手当たり次第だ」
簡潔に応えるエフィム。
このときエフィムは浮かれていた。やっと仲間と迷宮に潜ることが出来たのだ。今なら何が相手でも負ける気がしなかった。
と、エフィムの足が止まる。他の三人もつられて足を止めた。
「どうしたんだいエフィム」
尋ねてきたのはラインだ。
エフィムは鼻をフゴフゴさせていた。
「こっちから得体の知れない臭いがする」
エフィムはそういって駆け出した。他の三人もそれに続く。
暫く走ると、そこには真っ赤な瞳のゴブリンたちがいた。魔物だ。
「当たりだ。エリク、魔法を頼む。その後に俺たちが吶喊する」
ゴブリンたちの数は三十匹ほどだろうか。何かから逃げるような行動を取っている。
だが、エフィムたちにとって見れば些細な問題だった。大方迷宮内に生息するジャイアントアントなどから逃げているのだろう。
エリクが魔法を唱える。
「ファイヤーストーム!」
「ギャギャ!?」
「ゴヒィ!」
炎の嵐がゴブリンたちを襲う。
「よし、行くぞ!」
「おお!」
二人の声が唱和される。
「ケエヤ!」
ラインの神速の突きが幾本も飛び出す。
「ギャア!」
「ギュイ!」
一度に二匹のゴブリンがその身を貫かれて絶命する。
「へへ、隙だらけだぜ! チェストォ!」
グライフは巧みに一対一に持ち込んで相手を切り刻んでいく。
「グルオワァ!」
エフィムは金棍棒を長柄のように回転させ、一度に四、五匹のゴブリンを叩き潰していく。
「ファイヤーボール!」
そして逃走を図ろうとするゴブリンたちはエリクの魔法の餌食になった。
ものの数分後、そこには三十数匹のゴブリンだったものの果てが転がっていた。
「ふむ、こうしてみると、弱いな」
エフィムは率直な感想を口にした。
「そうだね、これぐらいの数ならどうとでもなるね」
ラインが同意を示す。
「おいおい、亜人種と一緒にしないでくれよ」
苦笑いなのはグライフだ。
だがそういう彼の周りにも数匹のゴブリンが倒れている。皆鮮やかに急所を突かれ息絶えていることから、グライフの技量の高さがうかがえた。
「ねえ、それでこのゴブリンたち、何かから逃げてたかエフィム君分かる?」
近寄ってきたエリクがエフィムにたずねる。
「ちょっと待て」
エフィムは鼻をフゴフゴさせた。
濃密な魔物の血の臭いのほかに、微かだが虫の臭いがした。
「虫だ。どうやらこいつ等は虫に襲われていたらしい」
エフィムの発言にエリクが目を丸くする。
「虫って言ったらジャイアントアントだよね?」
「ああ、多分な」
迷宮内には魔物のほかに巨大化した虫や獣が現れる。何故巨大化しているのかは魔素の影響だろうというのが一般的な説だ。
エリクは何を不思議がっているんだろうか?
「エリク、何か気になる点でもあるのか?」
エフィムはたずねた。ここは迷宮だ。何が起きても不思議ではない。
エリクは困った風に頬をかいた。
「いや、三十匹ものゴブリンが逃げ出すなんて、何匹ぐらいの虫たちなのかなーって」
エフィムは再び鼻をフゴフゴさせた。先ほどより虫の臭いが強烈になっている。近づいてきているのだ。
エフィムは慌てて声を上げた。
「ライン、グライフ! 大量の虫たちが迫ってきている! 隠れてやり過ごせ!」
エフィムは言うが早いかエリクを抱えて走り出した。
「わ! わ! え、エフィム君?」
「黙っていろ、舌をかむぞ」
エフィムはそういいながら後ろを顧みた。ラインにグライフもこちらへ全速力で走ってきている。
間に合うか?
エフィムたちがその場を離れて数分後。五十匹はいようかというジャイアントアントの群がその場を通り過ぎていった。
「ふー、危機一髪だったな」
「ほんとだよ。五十匹もの群と戦うなんて悪夢以外なにものでもないね」
エフィムの言葉にラインが疲れた声を上げた。
「馬鹿野郎、お前たちはまだ対抗手段があるからいいだろうが」
膨れっ面なのはグライフだ。
対抗手段。エフィムの獲物は金棍棒だし、ラインは鉄の槍だ。ジャイアントアントを仕留めるのには十分な武器である。
一方グライフはといえば、鉄の剣である。
人族のグライフがこの武器でジャイアントアントを仕留めるには骨がいる。
何せジャイアントアントの外皮は鉄のように硬い。怪力のエフィムや亜人種のラインとは力の違うグライフにとっては骨が折れるどころの話ではない。
「ああ、すまないな。お前なら何とか出来そうな気がして」
「うん、ジャイアントアントくらい切れるんじゃないかな」
エフィムとラインはあっけらかんと言った。
「切れるかよ!?」
グライフの叫び声が迷宮に木霊したのだった。
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