11話
やっと煙草が吸える
翌日から一年生達にもクエストが公開されるようになった。
とは言っても、討伐系クエストは担当教官からの許可証がないと受注できず、大半がお使いクエストだったが、一年生達の喜びはひとしおのものだった。
何せ、クエストによっては講義を休んでいいものまであるのだから、講義嫌いの生徒達からの評判は特に高かった。
エフィムはといえば、渡された許可証を前に感慨にふけっていた。
「いいかエフィムを含む三名、そいつは命を天秤にする大事なもんだ。決して力量を見誤るなよ」
リリーは許可証を渡しながら言った。
「そうじゃないと――」
リリーは自分の隻腕をひらひらさせた。
「あたしみたいになっちまうぞ」
「はい」
三人の声が唱和された。
「しかし、まさか本当に優勝しちまうとはなぁ」
リリーはそう呟いた。
「まさか教官、俺たちを信用してなかったんですか?」
不機嫌そうに言うのはグライフだ。
その様子を見てリリーは慌てて首を横に振った。
「違う違う! 信用とか信頼とかそういう問題じゃなくてな、あたしが受け持ってる生徒達は凄いんだなーと、今更ながらに実感してるわけよ」
リリーの言葉に三人は顔を見合わせる。
「教官、今更ですよそんな事は」
自信満々に言うのはラインだ。
「串刺し公ビネール、金棍棒のトォバ、剣神アーミテージの息子ですよ、俺たちは」
そう、後で分かったことだがアーミテージの父も二十年前の戦で活躍した一人だった。一兵卒ながらその冴え渡る剣技で剣神とまで称えられていたのである。
閑話休題。
「そうですよ。俺たちは凄いんです。だから教官――」
グライフは途中で言葉を区切った。
「この状況を何とかして下さい」
グライフは辺りを指差していった。
周囲は見事にがらんどう。教室には一人の生徒もいなかった。
リリーは困ったように頬をかいた。
「いやすまん、まさかあれだけ騒いだ翌日に全員がクエスト受けにいくだなんて思いもしなくってさ。それで真っ先にクエストを受注しに行くだろう三人が講義に来るだなんて予想できないだろう?」
だろう? って話を振られてもなぁ。
教室の中は不思議な静寂に包まれていた。
「リリー教官、もういいです、今日の講義を始めて下さい」
エフィムは微妙な気疲れを感じながら言った。
「あ~、うん、分かった」
リリーはしょうがないなぁといった風に立ち上がり、教壇へと詰めていった。
「それじゃあ三人だけの特別講義だ。耳をかっぽじってよ~く聞けよ」
三人はそれぞれ自分の席に座る。
「今日は冒険者とは元来何なのかという講義をする」
リリーはチョークを持って黒板の前に立った。
「元々この世界には魔王がいた。二百年も前の話だが、いたことにはいたんだ。これを討伐すべく各国が騎士団を編成、出立させるがけんもほろろに追い返されて討伐は失敗。そんな時だ、一人の青年が立ち上がる。名前は今に伝わっていないが、突然現れたそうだ。この青年がバケモノのように強かった。それこそ、一人で魔王を倒してしまうくらいな」
ここでリリーは振り返った。
「この中で迷宮が何時出現したか答えられる者はいるか?」
エフィムがすかさず言葉をつむぐ。
「二百年前です」
「そのとおりだエフィム。これは魔王の力の残滓だとか復活するための魔力だまりだとか諸説あるがこの際それらはどうでも良い。問題は迷宮が現れたときには各国共に疲弊してとても討伐隊なんて出せる状況じゃなかったことだ。ここで勇者様は一計を案じる。魔物におびえていた飲んだくれどもを組織して即席の騎士団を作ってしまった。これが冒険者の始まりといわれている」
リリーが再び背を向ける。
「この即席騎士団はそらもう滅法強かったらしい。現れる迷宮を片っ端から踏破していくその姿。命を顧みないその姿を見て人々は何時しか命を糧に冒険するもの、冒険者と呼ぶようになったわけだ。然るに現在の冒険者は何でも屋に成り下がっている。お使いクエストなんてのがあるのが良い証拠だ。冒険者ギルドはこの事態を重く見てこの冒険者養成所を作ったわけだ」
エフィムたちは関心しきりだ。冒険者の始まりなどこうして講義を受けなければ分からなかっただろう。
「分かったか? お前達はこの冒険者の末裔だ。決して何でも屋じゃねえ。冒険者と名乗るなら本願は迷宮の踏破に置け。それでこそ冒険者を名乗れるってもんだ」
そこで丁度お昼の鐘がなった。
「よし、それじゃあ講義はここまで。今日であらかたの講義は終了。明日からはクエスト三昧の日々だからな。お前達三人なら名を残す冒険者になれるはずだ。頑張れよ」
リリーはそういって教室から出ようとして足を止めた。
「そうだ、エリクに会ったらあたしの所まで来いと伝えておいてくれ。用事があるんだ」
エリクに用事? なんだろうな。
エフィムはそう思いながら頷いた。
昼食時のことである。
三人が思い思いの弁当を食べているところにエリクが近寄ってきた。
どうやら午前中でクエストは終了したらしい。
「僕も混ざってもいいかな?」
エリクらしくないおずおずとした申し出だった。
らしくないな。
エフィムはそう思いながら椅子を引いた。
「何を遠慮してるか知らんが、俺の知ってるエリクはそんな人物じゃないぞ」
ラインもエフィムに同調する。
「そうだよエリク。何を気にしてるか知らないけど遠慮せずに座りなよ」
その言葉にエリクの顔に花が咲く。
「わ、嬉しいなぁ。今をときめく三人にそんな風に言ってもらえるなんて」
「俺は何も言ってないぞ」
苦笑いのグライフだった。
「それで一体どうしたんだ? エリクらしくもない」
エフィムの言葉にエリクは恥ずかしそうにもじもじした。
「いやぁ、討伐許可証まで貰ってる三人に今までどおり接していいのかなぁなんて悩んじゃって」
エフィムは呵呵と笑った。それにつられて、ライン、グライフも笑みを見せる。
「何て小さいことを気にしているんだ。わすれたのか? 俺とお前はパーティ何だぞ?」
「当然俺もだよね?」
「それなら俺もだな」
三人のそんな言葉にエリクは満面の笑みを浮かべた。
「えへえへ、なんか照れちゃうなぁ」
三人は知っている。実技練習において高威力の魔法をぶっ放しているエリクの姿を。
火力だけなら一番はエリクだった。
丁度お昼も終わる頃、エフィムは先ほどリリーに言われたことをエリクに伝えた。
「僕に用事? なんだろうなぁ」
首を傾げるエリクを連れて今日も今日とてコロッセウムに向かう四人だった。
「よーしガキども、聞いて喜べ! 明日からは講義なし! 鍛錬も自主鍛錬へと変更になる! クエスト受け放題だ! 喜べ!」
鍛錬開始一番、リリーは今後の予定を述べた。
詰まる所、冒険者としての第一歩を踏み出せたということだろう。聞くだけなら嬉しい限りだ。
だがそれは反面もうおんぶに抱っこじゃいられないということも指し示していた。自分の力量が足りないと感じれば鍛錬に精を出さなければならない。
独り立ちのときが来ていた。
エリクはといえば先ほどの用事もあってかリリーの所へと向かっていた。エフィム、ライン、グライフはそれぞれ鍛錬に入ることとした。
「エフィム君、今日こそは一本取らせてもらうぜ」
「おう、取れるものなら取ってみろ」
グライフとエフィムがまず鍛錬に入る。
「チェストォ!」
鍛錬開始早々グライフが大きく踏み込んでくる。
「何の!?」
それをエフィムは長柄でかろうじて防いだ。
「グルオア!」
エフィムは防いだ長柄を回転させて無理やりグライフと距離をとる。
そこからは一方的だった。
縦横無尽に長柄を振り回すエフィムの懐にグライフは入っていけず、最終的には木剣を粉砕されてしまう。
「まだまだだなグライフ。ラインから一本取れてもそれじゃあ俺から一本取るのは難しいぞ」
だがエフィムは言葉ほど余裕があるわけではなかった。最初の踏み込みが後一歩近ければ長柄のリーチが仇となって一本取られていたかもしれない。
それほどグライフの成長は著しかった。
「それじゃあ、次は俺とエフィムだね」
「おう、何時でもいいぞ」
闘気のぶつけあいから始まった二人の鍛錬は、いつもの如くラインから動き出した。
「ケエヤ!」
神速の突きがエフィムを襲う。
しかしエフィムも慣れたもので、それに合わせて回転突きを繰り出す。
しかし、やはり長柄の獲物を持たせたら無類の強さを発揮するラインであった。神速突きを途中で止めると、エフィムの回転突きを軽くいなしてしまう。
ここで簡単に負けられないのがエフィムだ。
「グルアア!」
長柄を回転させながら縦に横に振り回していく。流石にこれには参ったのか、ラインは一度距離をとった。しかしそこで止まるエフィムではない。武器破壊を狙って距離を詰める。
「ケエエイ!」
しかしそれを待っていたかのように――事実待っていたのだろう。ラインの神速突きが再びエフィムの喉元を狙う。
エフィムはといえばすっかり攻め気になっていたところに虚を突かれる形で繰り出された神速突きに対応できずに動きを止めてしまった。
「まだまだだねエフィム。君は動きが直線的過ぎるよ」
ラインの言葉を聞きながらエフィムは悔しがった。
「え!? 本当ですか!!」
そんな鍛錬をしている三人の元にエリクの大声が聞こえてきたのはそろそろ一休みしようかというところであった。
「何かあったのかな?」
「だれぞ貴族のボンボンにでも魔法をぶっ放したんじゃねえか?」
そんな益体のない話をしている三人の所へ、リリーから離れたエリクが嬉しそうに走りよってきた。
「えへへへー」
気味の悪い笑みを浮かべているエリクに、代表してエフィムが話を聞くことになった。
「エリク、どうしたんだ? やけに嬉しそうだが、クエストでいいことでもあったのか?」
エフィムの言葉にエリクはチッチッチと指をふって見せた。
軽くイラっとした。
「じゃーん!! これなーんだ!!」
エリクが取り出したのは討伐許可証。どこからどう見ても本物だった。
「フフン、僕の実力はとっくに一年生を凌駕しているから特別になんだって。凄いでしょう? これで四人でクエスト受けられるね」
三人は納得した。エルフのエリクは破壊魔法から治癒魔法まで何でもござれな一品だ。体力さえ付けばどんなクエストだって受けられる。その点がクリアされたのだろう。
「おめでとうエリク。これで安心して討伐系クエストが受けられるな」
「ほんとだよ。後ろにエリクがいるだけで安心かんが違うもの」
「後は俺たちごと敵を攻撃しないかだけだな」
三人の祝福を受けてエリクは面映そうに微笑んだ。
さて、夕食後のことである。エフィムは一人酒保に来ていた。酒保とは雑貨屋みたいなもので、クエストに必要な回復用ポーションからマッチまで何でも取り扱っている。
エフィムはここで明日からのクエストに必要になりそうなものを見繕いに来ていたのだ。だが生憎と路銀が足りずポーション一つ買えない有様だった。そこで趣を変えて必要そうな雑貨を見ていた。
そこでエフィムの目に止まるものがあった。紙巻煙草である。マッチと併せて買っても少々余裕が残るくらいの値段だった。
エフィムは自慢の鋭い嗅覚で煙草の匂いを嗅いでみる。すると、懐かしい光景が脳裏によみがえってきた。
前世の祖父との思い出である。
エフィムに買わないという選択肢はなかった。
「親父、これをくれ」
「へい毎度、銀貨二枚になります」
回復用ポーションが銀貨五枚であるから決して安い買物ではなかったが、エフィムは満足していた。
エフィムは自室に戻ると早速紙巻煙草を手に取った。キングオークの手からしたらずいぶんと小さいが些細な問題であった。
マッチを擦り、煙草に火をつける。
口内に広がる葉っぱの味に舌をピリリと焼く痛み。ヤニクラといわれる酩酊感。どれもが皆懐かしい感覚だった。
ああ、旨いなぁ。
エフィムは一人煙草を吸いながら悦に浸るのであった。
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