10話
ちょっとテンポが悪い
あけて翌日、クラス別対抗戦当日である。
エフィムは既に着替えて朝食を摂り終わっていた。
恥ずかしい話、昨日は興奮して熟睡できなかったのである。
時刻は六時十五分を回ったところだった。
「やあエフィム君、隣良いかな?」
朝食後の一服をしていたエフィムに声をかけたのはグライフだった。
「おお、構わんよ」
うっすらとだがグライフの目の下に隈が見える。どうやらエフィムと同じだったらしい。
「いよいよだな、対抗戦」
「ああ、他のクラスの連中はどんな奴らだろうな」
話題は自然と、いや必然的にクラス別対抗戦の話になっていた。
「何でも今回の対抗戦はリリー教官が主導となって行われるらしいよ」
「昨日給料がどうのこうの言ってたから、思い付きじゃないだろうな。あの人はお祭り好きだし」
そう、リリーはお祭り好きだった。
何かにつけて騒ぐのが好きで、一部からはお祭り女といわれているというのは公然の秘密だ。
「ありえそうで怖いね。まあ、クエスト受注なんていう餌があるから、狙うのは勿論優勝だけどね」
「勿論だ」
二人が頷き会っていると、見知った顔が近寄ってきた。
カバンだ。
「やあ二人とも。ご愁傷様だね」
開口一番にこれであった。
「カバンさん、何がご愁傷様なんだ?」
エフィムの言葉にカバンは苦笑いを浮かべた。
「リリー教官に目をつけられたことだよ。あの人は散々職員室でエフィム君やライン君の自慢話をしてたらしいからね。それで今回のお祭り騒動さ」
どうやら真相はそうらしい。結局問題の本質にリリーが絡んでいることには代わりは無いが。
あの隻腕女めとエフィムは内心呟きながら押し黙った。
隣ではグライフが頭を抱えていた。
「今回の対抗戦は全学年観戦自由だから、活躍しておくと後々有名なクランからお誘いがあるかもよ。それを目指して頑張ってみたら?」
逆を言えばそれが今回の隠された真実なのだろう。青田買いとでも言えば良いのか。
本当に良くできた教育システムだった。
「カバンさん、ありがとうございます」
「はは、別にいいさ。当事者たる君達が真相を知らないのは可哀想だと思ってね」
そういって朗らかに笑うカバン。
「僕の給料は君たち一組に掛かってるからね、頼んだよ」
カバンさん、あんたもか!
その一言で台無しだった。
そしてその時が訪れる。
「レディースエンドジェントルメン! 本日は一年生クラス別対抗戦を見に来ていただきまことにありがとうございます。今年の一年生は小粒ぞろい! 早三ヶ月での対抗戦は本養成所初となります!」
司会をしているのは中等部の男子学生だった。
それにしてもノリノリである。
「それでは早速参りましょう、第一回戦、二組対八組だー!」
対抗戦はトーナメント方式だった。
一組の最初の相手は九組である
「緊張するな」
呟いたのはエフィムだ。
だが、特典の強靭な精神力なお陰か言葉ほどには緊張していない。
「とてもそうは見えないけどね」
ラインはそういって苦笑いを浮かべた。
余裕そうな二人と比べて震えているのはグライフだ。
「二人とも、よく平気でいられるな。俺なんてさっきから震えが止まらないぜ」
そういうグライフは確かに震えていた。
だがエフィムはにべも無い。
「武者震いって奴だろう。心配するな、コロッセウムに立てば自然と収まる」
苦笑いを浮かべるのはラインだ。
「グライフ、気にすることなんて無いさ。何時もどおりやればいい。君は俺から一本取った男なんだよ? 何も心配することなんて無いさ」
ラインの言葉を聞き、グライフが大きく深呼吸をする。
するとどうだろう、先ほどまで震えていた身体がぴたりと止んだ。
「――ありがとうよライン君。お前の言葉は俺に勇気を与えてくれる」
俺の言葉は励ましにはならんのか。
そんな益体も無いことを考えていると再びコロッセウム内から実況の声が聞こえてきた。
「さあ、いよいよ残り一組となりました。一組対九組の入場です!」
いよいよ出番であった。
三人は控え室からコロッセウム内に移動する。
するとそこはいつもの練習風景が嘘のような光景が広がっていた。
人、人、人。コロッセウムの観客席は人で埋め尽くされており、耳に煩いほどの喧騒が場を支配していた。
コロッセウム中央では司会の男が声を張り上げている。
「さあ、いよいよ第一回戦最終組の入場です! 一組、グライフ・アーミテージ!」
そこからは順々に名前を呼ばれて中央によるだけだった。
九組の生徒達は既に入場済みだ。
だが誰もが皆顔を白くさせている。
緊張していることは明らかだった。
「それでは先鋒、前へ!」
その言葉にグライフが前へ出る。
「試合開始!」
一瞬だった。
試合開始の号令と共に動き出したグライフは木剣を一閃。
相手の喉下に突きつける。
「そこまで! 勝者グライフ・アーミテージ!」
割れんばかりの歓声がコロッセウムを覆った。
「速いな」
「ああ、俺と打ち合ってるときより速い。本番で実力を発揮するタイプかもね」
そんなことを話し合っているとグライフが戻ってきた。
「やってみると意外に緊張しないもんだな、これは」
どこか飄々とした態度のグライフに先ほどまで震えていた姿がダブってエフィムは呵呵と笑った。
「次鋒、前へ!」
「それじゃ行ってくるよ」
次鋒であるラインは何時もどおり飄々と前へ出て行った。
「試合開始!」
これも一瞬だった。
相手が獲物を構える暇も無く、その喉元にはラインの長柄が突きつけられている。
先ほどのグライフよりも速い。
ビネール流槍術の真髄を見た気がした。
「そこまで! 勝者ライン!」
いよいよ俺の番かと胸を躍らせるエフィムだったが、相手の大将であるゴブリンは既に白旗を掲げていた。
「あっしたちの負けでいいでやんす。リタイアでやんす」
「勝者! 一組!」
肩透かしを食らったエフィムは歯軋りすることとなる。
肩を怒らせながら控え室へ戻ってきたエフィムたちは、実戦の感想を言い合っていた。
「思っていたより身体がスムーズに動くな」
「そうだね、昨日は興奮して余り寝られなかったけど、今日は槍術もさえてるしいい日だよ」
なんだいなんだい二人して、楽しそうにお喋りしちゃってさ。
俺は一戦もしてないっつーのに。
憮然としたエフィムの様子に気が付いた二人は苦笑いを浮かべていた。
「悪い悪い、まだ興奮冷めやらなくてな」
「今度はエフィムも戦えるといいね」
「フン、あんな調子で戦われてみろ。餌を前ぶら下げられた馬のような気持ちだぞ。第一次で準決勝だぞ。俺の出番は本当にあるんだろうな?」
五組という奇数のため、トーナメント方式でも余りが出てしまう。
次の不戦勝を決めるためのくじ引きがコロッセウムで行われていた。
「次のシードクラスが決まりました! 一組です!」
再び控え室である。
エフィムは憮然とした表情を崩そうとはしなかった。
流石にこれには苦笑いが止まらない二人であった。
「エフィム、次はノーシードから勝ち上がってきた二組のうち一組だ。君の出番もきっとあるさ」
「そうだぜエフィム君。機嫌を直してくれよ」
「俺は機嫌を悪くしたりしていない」
そう言いながらも表情は一向に晴れないエフィムだった。
「皆様お待たせいたしました! 遂に決勝戦の始まりです!」
控え室に司会者の声が聞こえてきた。
「ほらエフィム、行こう」
「――ああ、分かった」
エフィムはラインに連れられてコロッセウムに向かうのだった。
「決勝戦はノーシードから勝ちあがってきた十組と一組の戦いです! まずは選手の紹介から参りましょう!」
十組側の生徒がライトアップされる。
どういう仕組みだこりゃ。
エフィムは辺りを見渡してみると中等部と思しき生徒数名がライトの呪文を使っていた。
ご苦労なこって。
「先鋒は無類のタフネスを誇るオーク、ザジ・ルートだ! 次鋒は蝶のように舞い蜂のように刺すハイエルフセデン・オルフィーナ! 大将はその肉体から繰り出される剛剣の前に敵なしオーガのゼルブ・フォン・ラディーン!」
どいつもこいつもふてぶてしい顔をしちゃってまあ。
エフィムは相手クラスのメンバーを見てそう思った。
誰からも相応の闘気を感じる、楽な相手ではなさそうだった。
「続いては第一回戦の戦闘は運か実力か!? 冴え渡る剣技人族グライフ・アーミテージ! 神速の突きをかわせる者はいるのか!? リザードマンライン・フォン・ビネール! 実力未知数! 体格だけならオーガにだって負けちゃいない! キングオークのエフィム・フォン・トォバ!」
相変わらずノリノリな司会者だった。
「それでは先鋒、前へ!」
「油断するなよ」
「大丈夫さ、俺から一本取ったグライフだもの」
俺たちの声を受けながらグライフは中央へと進んでいった。
「それでは試合開始!」
ザジの獲物は木剣だった。同じ木剣使い同士何か感じるところがあるのだろう、両者は暫く闘気のぶつけ合いに終始していた。
先に動いたのはザジだった。闘気の押し合いでは分が悪いと判断したのだろう。
見た目に似合わず俊敏な剣技の冴えを見せる。
しかし、それを悉くいなしていくグライフ。
流石だな。
エフィムは感嘆の声を漏らした。
エフィム相手には一本もとれていないグライフだったが、同じ土俵で戦い合えばまず間違いなくエフィムは負けるだろう。そんな確信があった。
「チェストォ!」
終始防御側に回っていたグライフが剣を一閃させると、ザジの手からは剣が吹き飛んでいた。
即座に間合いを詰めるグライフ。
「そこまで! 勝者グライフ!」
審判兼司会の男の声に合わせてコロッセウムが大きなどよめきに包まれた。
それだけあのザジというオークは強かったのだろう。
今は惜しみない拍手がグライフの上に注がれている。
「中々歯ごたえのある試合だったよ」
グライフは涼しい顔で戻ってきた
「嘘をつけ。防御に徹さなくても勝てただろう」
「ほんとだよ、趣味が悪い」
二人の言葉にばつが悪そうにグライフは頭をかいた。
「ごめんごめん、同じ木剣使いだから様子を見たかったんだ」
そういうことならと引き下がる二人。確かに同じ獲物同士ではシンパシーもあるだろう。
「次鋒、前へ!」
次のセデンはハイエルフといわれるエルフの上級種族だった。
しかも女性である。
これだけでその強さがうかがい知れるというものだ。
獲物は木剣ではなく短剣だった。
「それじゃあ言ってくるよ」
「負けるなよ」
「勿論さ」
エフィムと短い言葉を交わしたラインは中央に進んでいく。
「それでは試合開始!」
最初に仕掛けたのはラインだった。
幾本もの突きがセデンに降りかかる。
だが、敵もさるもの。その突きを悉くかわしていく。
「不味いかもしれないな」
そう呟いたのはグライフだった。
「何が不味いんだ? いつもの調子じゃないか」
エフィムの問いかけにグライフは答えた。
「ライン君は長柄の距離を保っていられるちは無類の強さを発揮するんだけど、詰められると途端に弱腰になっちゃうんだ、ほら」
エフィムがグライフから話を聞いている間に、ラインは徐々にだが間合いを詰められていた。
その表情には焦りの色が見える。
「相手が悪かったか――」
遂に長柄の半分以上まで接近を許してしまったラインは、セデンの短剣による攻撃を受けてしまう。
首筋にぴったりと当てられた短剣にラインは力なく長柄を下ろした。
「そこまで! 勝者セデン!」
とぼとぼと力なく帰ってきたラインの背をエフィムは加減して叩いた。
「よくやったぞ。これで俺の見せ場が出来る」
「はは、傷心の味方にそれはないんじゃないかなあ」
苦笑いを浮かべて応えるのはラインだ。
「どうして神速突きを繰り出さなかったんだ?」
疑問符を浮かべたのはグライフだ。
それに応えるライン。
「あれは奇襲的意味合いが強い技だからね。今回の相手には分が悪いと思って出さなかったんだよ。出してたらもっと早くに間合いを詰められてただろうね」
ラインの神速突きは一撃必殺に特化した技だ。それゆえにはずした後の隙が大きい。
グライフは納得がいったように何度も頷いていた。
「大将、前へ!」
「それでは行くとするか」
「見せ場を作ってあげたんだから負けたら承知しないよ」
「勝ってくださいね」
二人の声を聞きながらエフィムは中央へと向かった。
「それでは、試合開始!」
エフィムとぜるぶの戦いは闘気の押し合いから始まった。
元来オーガとオークとではオーガに軍配があがる。
しかし、キングオークとオーガでは頭一つ分キングオークのほうが抜け出ている。
が、勝負とは時の運もある。
ゼルブの獲物は木剣を一回り大きくさせたものだった。おそらく特注品だろう。
対してエフィムは最早使い慣れた長柄である。
闘気の押し合いではエフィムに分があるようだった。
何もしていないゼルブの額から汗が滴り落ちる。
こちとら三十数年生きてるんだ、ガンの飛ばしあいで負けてたまるかよ。
エフィムは自分から仕掛けることにした。
このまま闘気で相手を押し潰してもいいが、それでは画にならない。
今まで一度たりとも戦っていないのだ。
少しは自分という存在を周囲に誇示したかった。
「グルオオ!」
エフィムは長柄を風車のように回転させると横一線に薙いだ。
ゼルブはそれを受け止めるが、驚愕に目を見開いていた。
ゼルブの持つ大剣に皹が入っていたのだ。
怪力を誇るエフィムの真骨頂、武器破壊であった。
「何時まで持つかな!?」
エフィムはそう叫ぶと縦横無尽に長柄を振り回す。
そこに存在するのは技術でもなんでもない圧倒的な力の誇示だった。
そして、その時が訪れる。
ゼルブの持つ剣が破砕音と共に砕け散ったのだ。
「そこまで! 勝者エフィム!」
暴力の権化、キングオークがそこにいた。
「皆様! 優勝クラスは一組です! 盛大な拍手を彼らにお送り下さい!」
エフィムたちはコロッセウム内から届けられる拍手を背に控え室へと戻っていった。
「いやー、危なかった」
そういったのはラインだ。
「危なかったってのは?」
グライフが不思議そうに聞き返す。
「エフィムの長柄、よく見てごらん」
「エフィム君の長柄……あ!」
エフィムの長柄には細かな皹が無数に出来ており、何時折れても不思議ではなかった。
「勝ったからよかろう」
不満気なのはエフィムだ。これが本来の獲物ならこんなことを気にして戦う必要もないというのに。
「エフィム、君の怪力は分かっているけど、こんなになるまでやる必要はなかったんじゃない? もっと楽に勝てたでしょう」
ラインの言葉にエフィムは内心舌を巻いていた。
確かに、長柄がこんなになるまで――即ちゼルブの獲物を壊すまで滅多打ちにしなくとも自慢の怪力と長柄のリーチ差を武器にすればもっと楽に勝てただろう。
だがそれでは華がない。エフィム・フォン・トォバここにありとその存在感を内外に示すのは難しかっただろう。
早い話が、前世と合わせて三十数年生きてきた男がやりたかったのは目立ちたかっただけだったのであった。
「いいではないか、折角のおおとりだったのだ。目立ちたくて何が悪い」
エフィムは開き直ってそういった。
返ってきたのは苦笑いだけだった。
控え室に戻ると、そこには一組の生徒達とリリーがいた。
「よくやったぞ三人とも! これはあたしのおごりだ!」
リリーから手渡されたのは赤ワインだった。
カリスエには未成年だからといって飲酒喫煙を防止する法律はない。
三人はいきなりのことに驚きつつ黙ってそれを受け取った。
「ライン君最後残念だったねー」
「グライフお前は本当に強いなぁ」
「エフィム君、最後格好良かったよ!」
クラスメート達がそれぞれに祝福の声をかけてくれる。
そこで三人はやっと気が付いた。この集まりは自分達を祝福してくれるものだと。
「お前達――」
エフィムは声にならない感謝をこめて頭を下げた。
「いいってことよ」
「そうそう、たんまり儲けさせてもらったしね」
数名の頭は小突いておいた。
リリーが注目を集めるように手を叩いた。
「それじゃあお前達、今日はあたしのおごりだから何でも好きなもの頼んでいいぞ!」
生徒達から歓声が上がる。
この日は皆が皆浴びるほどに酒を飲み、騒ぎ、眠った。
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