9話
無慈悲な教官そしてゆで理論
エフィムたちが冒険者養成所に入学して早三ヶ月が過ぎ去っていた。
最初の頃はひいひい言いながら鍛錬を受けていた生徒達も最早手馴れたもので、コロッセウムの外壁百周の他に腕立て腹筋背筋をクリアして実技練習まできている生徒達もちらほらと現れていた。
当のエフィムたちといえば未だに実技練習だったが、知り合いも増え、手加減や指導の真似事までやる様になっていた。
特に長柄の指導に関してはラインの右に出るものは無く、リリー自体がお飯の食い上げだよと嘆く有様だった。
この頃になると、一組全体の楽しみとしてエフィムとラインの一騎打ちが他のクラスまで噂で広がるようになっていた。
今日はどちらが勝つのか賭け事までする連中まで現れる始末だ。
とはいっても、何時でもエフィムは大穴だったが。
「今日もよろしく頼むぞ、ライン」
「何時でも良いよ、エフィム」
リリーが二人の傍によってくる。
「今日は他のクラスも観戦に来ている。お目当てはお前らだ。気張ってやれよ?」
今日はなぜか十組あるクラスのうち一組以外の九組が観戦に来ていた。
理由はエフィムたちにも知らされてはいないが、そんな事は些細な問題だった。
エフィムの中にあるのは今日こそは一本とってやろうという気概。
ラインの中にあるのは日に日に動きのよくなる友人の上達具合の確認。
リリーが手を上げる。
「それでは、始め!」
リリーの言葉が聞こえていないように、二人は最初の定位置から動かなかった。
だが、見るものが見れば分かっただろう。二人は今闘気の押し合いをしているのだ。
闘気の押し合いに勝った方が先手を取る。
一騎打ちとはそういうものだった。
ゆっくりとだが二人は円形を描きながら動き出す。
まだ何もしていないのに二人の顔からは汗が滴っていた。
ラインの長柄がピクリと動く。
瞬間、エフィムの闘気が爆発した。
「グルオワア!」
エフィムは竜巻のように長柄を回転させると、その勢いのまま横薙ぎにラインに打ちかかった。
しかし、それを読んでいたかの様にラインはその一撃をいなしてしまう。
だが、エフィムも三ヶ月前までのエフィムではない。
即座に飛んでくるラインの突きを長柄で弾く。
体勢まで流されていないからできる動きだった。
「ケエヤ!」
次はラインの番だった。
目にも留まらぬ突きを幾本も繰り出す。
それを今度はエフィムがいなしていく。
何本かは身体に当たるが、すべて急所をはずしている。
「続行!」
リリーの判定の声が響き渡る。
エフィムは迷っていた。この三ヶ月、別に何もしていなかったわけではない。
実際に金棍棒を手に持ち、対人戦を想定した自主訓練などをつんできたのだ。
その中で一つの技とも言うべき物をエフィムは会得していた。
それを今出すかどうかである。
だが、今は実戦の真っ最中であった。
迷っている暇など無かったのである。
「隙だらけだぞエフィム!」
激しい叱責の声と共に神速の突きが繰り出される。
ええい。ままよ!
エフィムはその技を繰り出すことにした。
エフィムが繰り出したのは到底技と言えるほど洗練されたものではなかった。
それでもそれは一種の技だったのだろう。
エフィムは神速の突きに対して合わせるように突きを繰り出した。
但し、回転を加えながら。
試行錯誤の末にたどり着いた苦肉の策だった。
エフィムの本来の獲物は金棍棒であり、ラインは槍である。
そこでエフィムは槍には出来ず金棍棒に可能な動きを模索した。
それが回転であった。
槍にも回転を加えることは可能だ。だが、連続しては槍自身に対して負荷がかかりすぎる。
その点金棍棒にはそのような不安要素は無い。かえって突きを繰り出す際は回転を加えた方が威力が増すものだ。
エフィムはそれを土壇場でやって見せた。
長柄と長柄がぶつかり合う瞬間、大きな破砕音と共にラインの持つ長柄が砕け散った。
一方エフィムの長柄は皹こそ入っているもののその姿を保っていた。
エフィムは即座に長柄の先をラインの首筋に当てた。
「そこまで! 勝者エフィム!」
リリーの号令が聞こえる。
「――参った。まさか回転を加えてくるとは思わなかったよ」
「――俺もその結果がこうなるとは予想だにしていなかったよ」
二人は笑いながら手を取り合った。
「ぎゃー! 俺のとんかつ定食が!」
「あたしのイチゴのタルトが!」
「よし来た大穴! これで向こう一ヶ月とんかつ定食は俺のもんだ」
クラスメートの悲鳴は聞かなかったことにした。
あけて翌日の講義の時間だった。
「クラス別対抗戦?」
クラスメートの声が綺麗に唱和された。
「ああそうだ」
リリーが頷く。
「昨日他のクラスが観戦に来てただろう?」
リリーの言葉に皆が頷く。
「あれはうちのクラスのレベルを見に来たんだ。果たして実技練習で対抗戦が出来るかどうかを」
がやがやと騒がしくなる教室。
それを無視してリリーは続きをいった。
「その結果、全クラスに対抗戦に出場できるランクの生徒がいることが分かった。そこで一つクラス別で選手を出し合い対抗戦を行おうって話になったわけだ。要はどれくらい使える生徒がいるかの試金石だな。これ次第で冒険者ギルドの出すクエストが受けられるようになる。流石に全員が討伐クエストを受けられるようになるわけじゃないが、それでも今後の為にはなるはずだ」
その言葉を聞いてクラス中のざわめきがより一層強くなった。
クエストが受けられるようになる。
これは冒険者としての第一歩を踏み出すことを意味している。
いわばこの学校に集ってきた者たちの目標が一つ叶えられるというわけだ。
「このクラスから出場するのはエフィム、ライン、そしてグライフだ。文句はねえな?」
亜人種二名に人族一名の構成だったが、誰からも文句は出なかった。
グライフ・アーミテージ。人族の中でも随一の剣の使い手で、一番最初に実技練習に参加した少年だった。
端正な顔に似合わず苛烈な攻めが特徴で何とラインから一本取ったことがあるほどだ。
そういう意味では納得の人選だった。
「よし、今日は少し早いが終了とする。解散!」
リリーはそういうと教室から出て行ってしまった。
そうしてお昼である。
「俺もここでいいかな?」
定位置となった窓際の席にやってきたのはグライフだった。
「いいよいいよ、ご飯は皆で食べた方が美味しいもんね」
言い出したのはエリクだ。
それにエフィムとラインも追従する。
「俺は構わんが」
「俺も良いよ、折角の機会だものね」
「それじゃあ失礼するよ」
グライフはそういうと手に持っていた弁当箱を広げる。
「それにしても、いきなりだったね」
グライフが言いたいのは先ほどのリリーの発言だろう。
確かに寝耳に水な話だった。
そもそもが自分達一組は他クラスの練習を観戦したことなど無いのである。
だというのに他クラスは自分達を観戦して、あまつさえ対抗戦などというものに参加せざるを得ない状況に追い込まれるなど一種の理不尽さも垣間見える。
だがそれもクエストの受注が可能になるという餌の前には些細な問題だった。
「確かにいきなりだったが、他クラスの実力を見る機会などそうあるものではないからな。いい機会だと思うことにしよう」
エフィムの言葉にラインが頷く。
「俺も自分の槍術がどこまで通用するか試してみたいからね」
君達だってそうだろうとラインの問いかけにエフィムとグライフは頷いた。
何せ男の子だ、自分がどれくらい強いのかにはいつだって興味津々である。
一人ぶーたれているのはエリクだ。
「いいよね三人はさぁ。僕だって出たいのにさあ」
愚痴愚痴と愚痴を言うエリクの姿に三人は目を細めるのであった。
そして午後の鍛錬の時間がやってきた。
「言い忘れてたが、対抗戦は明日だからな。あたしの給料のためにも頑張れよ」
リリーはそんな爆弾発言を残して去っていった。
というか給料のためって、賭け事でもしてるのか? どうなんだ、教官として。
エフィムが呆然としているのをよそにラインとグライフは早速実技練習をしていた。
「ケエヤ!」
ラインの突きに対し木剣のグライフは見事にそれを捌いていく。
「チェストォ!」
対するラインもまたグライフの攻撃を長柄でいなしていく。
正直に言って二人とも技量はエフィムの遥か上を行っている。
それでもエフィムが立ち向かえるのはキングオークとしての生まれながらにして特性、強靭な肉体、怪力などのおかげであった。
もし後一つ付け加えるなら、何に対しても物怖じしない強靭な精神力だろう。
「カケエ!」
最終的にラインの長柄がグライフの首筋に当てられていた。
「そこまで、勝者ライン」
審判役をやっていたエフィムが告げると、二人はどっとその場に座り込んだ。
「今日はやけに気合が入っていたな」
エフィムの言葉にグライフが答える。
「当たり前だろ? なんせ明日対抗戦をやるなんて言われたんだ。気合が入らない方がどうかしてるよ」
「尤もだね。エフィムはいいのかい? 俺だったら一本付き合うよ?」
ラインの提案に逡巡しながらも、結局はエフィムは首を横に振った。
「よしておく。何せ明日やるんだから疲れを残したくない。今日は審判役に徹することにする」
エフィムの言葉に今更気がついたように二人は口をぽかんと開けていた。
「――それもそうだ。今日張り切って明日ばててたら意味が無い」
「俺も今日は長柄の指導にとどめておこうかな」
エフィムの話に二人は乗ったようだった。
そうして午後の鍛錬の時間は過ぎていった。
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