序章
初期作品ほっぽり出してこんなん書き始めました。
引きこもりの朝は遅い。
高橋達哉は大学卒業後就職に失敗し三年間ニート生活を送っている穀潰しだった。
兄弟が自立していく中一人取り残された達哉への風当たりは、だがそう強いものではなかった。
というのも、幼いときから神経性胃炎を持病に持ち、中学のときに不登校も行っている達哉のメンタルの弱さを皆が知っているからだ。
裕福な方ではなかったが、幸い家は兄弟が自立していたため達哉一人を養うのには問題は無かった。
母も父もゆっくりで良いから自分に合った職を見つけなさいとその眼差しは優しい。
だが、両親は歳も歳だった。母も父も後四、五年で定年退職である。
それまでには何としてでも職にありつかねば。
達哉はそう決心しながら部屋でもそもそと着替えをした。
「あら達哉、出かけるの?」
達哉が一階へと降りると母がいた。
達哉の母は介護士をしている。そういえば今日は母が休みの日だったなと達哉はぼんやりと考えた。
「うん、ちょっとハロワに行って来るよ」
「あらそう? 無理しないのよ?」
母の声を後ろに聞きながら達哉は家を出た。
達哉の家はI県O市の片田舎に存在する。
何をするにも車が欠かせない不便な土地だ。
達哉は家へ停めてある黒のムーヴに乗り込むと、エンジンをかけた。
向かう先は隣の区にあるハローワークである。
車を走らせながら達哉はお気に入りの銘柄であるゴールデンバットに火をつけた。
喫煙者仲間いわく葉っぱの味がするこの煙草を達哉は甚く気に入っていた。
値段が安い以上に達哉がこの煙草を気に入っているのにはわけがあった。
祖父の影響である。
達哉の祖父は亡くなって久しいが、死ぬ間際まで吸っていたのがゴールデンバットだった。
両親共働きであった達哉の家では子守は祖父母の仕事だった。
中でも末っ子の達哉は可愛がられ、よく祖父の膝の上に乗って一緒にNHKのニュースを見ていた。
その影響か達哉はお爺ちゃん子であり、よく祖父の物まねをしたものだった。
教師だった祖父は厳格であると同時に大らかであり、達哉はそんな祖父が大好きだったのだ。
達哉は煙草をもみ消した。
煙草を吸っている間だけ、あの祖父のように立派になれたらとの思いが達哉の胸に去来する。
だが現実は無情であった。無常でもある。
現実の達哉は祖父のように教職を勤め上げた立派な人物ではなく、就職に失敗した上半引きこもりのニートであった。
パチンコなどのギャンブルに興味がないだけましな部類で、達哉は自分が酷く矮小な人物である気がしてならなかった。
二本目の煙草をもみ消す頃には達哉はハローワークに着いていた。
車を駐車場に停めると、施設の中に入っていく。
施設の中は人でごった返していた。
どこも就職難なのだ。
見れば達哉と同じ年頃の人間もちらほらと居る。
達哉は受付に行き、職探し用のパソコンの使用を申し出た。
だが、生憎とこの人である。
最低でも三十分は待たないといけない。
この時点で達哉のやる気はゼロになっていた。
ドライブしてから帰るか、達哉はそう思って施設を出た。
再び車上の人になった達哉は、適当に車を走らせた。
こういうときは何もかもが嫌になる。
達哉は車どおりの少ない山手に向かうことにした。
少し走り屋の真似事でもしたくなったのだ。
車の時速はおよそ80キロ。一般道で、中でも山道で出す速度ではない。
ただ、達哉はこのとき確かに心地よかった。
嫌なしがらみから抜け出しているようなそんな感覚に陥っていた。
だが、結局はそれも幻想でしかない。
そう思った途端、達哉は末恐ろしくなった。
自分は自殺志願者ではない。だのに何故こうも危険な真似をしているのか。
達哉が減速しようと思ったときだった。
対向車線から軽トラックが走りこんできた。
やばい、ぶつかる。
達哉は咄嗟に急ブレーキとハンドルを切った。
車体の制御が利かなくなって山道から達哉の車が滑り落ちる頃、達哉が考えていたのは死亡保険に入っていたかどうかだけだった。
次に達哉が目を覚ました頃、飛び込んできたのは奇妙な情景だった。
大勢の人が列をなして何かの受付を受けているのだ。
直感的に達哉はここは死後の世界だと感じた。
それの証左に大勢居る人間達から話し声は一つもしない。
それどころか、顔に当たる部分は皆白い靄のようなものが掛かって表情を窺い知ることすら出来なかった。
そんな異常な情景の中で受付をしている人間の表情だけは知ることが出来た。
誰も彼も美男美女ばかりで、頭の後ろは後光のように輝いている。
神様だろうか。
達哉はそんなせん無いことを考えていた。
列の進みは思っていたよりも速く、早速達哉の順番がめぐってきた。
「お掛け下さい」
達哉の担当は美男子だった。
例に漏れず後光が差している。
「高橋達哉様ですね?」
「はい、そうです」
「死因は事故死ですか、なるほど」
男は薄い冊子のようなものを見ながら呟く。
大方閻魔帳だろうと達哉は当たりをつけた。
その予想は当たったようで、男は冊子を見ながらすらすらと達哉の経歴を読み上げていく。
「あ~、ご両親は存命なんですね」
「はい、それが何か?」
「そうなりますと、賽の河原で石積みをしてもらうことになるんですよ」
達哉は自分が賽の河原に居る風景を想像した。
お似合いかもな。
そう自嘲する達哉だったが男が再度口を開く。
「でも達哉さんの場合、現世での罪がそれぐらいですので、私共といたしましては異世界への転生をお勧めします」
「異世界、ですか?」
「ええ、我々が管理する世界は無数にありまして、そこの一つにいってもらうんです」
異世界転生ね、まるでファンタジー小説じゃないか。
「異世界へ転生される場合ですと、前世の記憶保持から始まりまして場合によってはその他の特典もついてまいります」
「特典?」
「ええ、例えば十人力――この場合は言葉通り十人分の力を持つということですが、その他にも先天的に剣の才能や世界によっては魔法の才能などが付与された状態で転生することなどが出来ます。異世界転生者の中にはその才能から腕の立つ冒険者として活躍されたり、中には前世の記憶を用いた発明家をなさっている方もおります。いかがでしょうか?」
賽の河原で石積みするよりかはましか――。
「俺の場合、特典は何がつきますか?」
「それは高橋様しだいですね」
そういうと男は違う冊子を達哉の前に広げた。
「まずは転生先の異世界を選んでいただきます。次に特典の候補から特典自身を選んでいただく形になりますね」
様々なパンフレットから達哉は無造作に一枚のパンフレットを手に取った。
表紙には――カリスエ~剣と魔法の異世界~――と記載されている。
剣と魔法の異世界ね、食いっぱぐれしなくてよさそうじゃないか。
「それじゃあ、これでお願いします」
「カリスエですね。承りました。次に特典ですが、高橋様の場合ですとこれらになります」
男はまた新しい冊子を取り出した。
そこには様々な言葉が羅列されている。
「これ、全部ですか?」
「ああ、いえ、この中から選んでいただく形になります」
達哉は頭を悩ませた。何が良いだろうか。やはり妥当に剣の才能が良いだろうか。
そこでふと達哉の目に留まった文字があった。
強靭な精神力。
天啓的にこれだと達哉は感じた。
強靭な精神力。達哉が生まれながらにして持たざる能力だった。
そして後天的に持つには難しい能力でもある。
「これでお願いします」
「強靭な精神力ですね、承りました。この世界に転生するにあたって注意点等ございますがお聞きになられますか?」
注意点、なんだろうか。
「是非お願いします」
「それでは説明いたします。この世界には奴隷制度がございます。文明的には中世のヨーロッパや日本を思い浮かべて下さい。また、能力は選べても出自は選べません。完全なランダム性となっております。ですので人間程度に知能の有る魔族や魔物に転生する場合もございますのでご注意下さい」
一か八かの博打打みたいなものか。博打なんて打った事ないんだがなぁ。
「様々な国に分かれている世界ですので、そこも注意が必要です。魔族と人が平等な国もあれば不平等な国もあります。生まれながらにして奴隷の子であったなどという場合でも天界では一切の苦情を受け付けておりません」
まあ、そこはしょうがないかと達哉は思った。生まれは須らくランダムなのは地球でも一緒のことだ。願わくば普通の家に生まれることを祈ろう。
「以上になりますが、何かご質問等ございますか?」
「いえ、特にありません。お願いします」
「はい、それでは高橋様の第二の人生がご多幸であるようささやかながら祈っております」
その言葉とともに達哉の意識は急速に遠ざかって行った。
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