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高校教師の恋(2)

 俺は両腕を広げて、小柄な彼女を包みこむように抱きしめた。

 次の瞬間、体を強く押された。足がもつれて固いコンクリートの上に尻もちをつくように倒れる。あっけにとられて、ぽかんと口を開けたまま、彼女を見上げる。

 可愛い彼女…。

 可愛い彼女は…目じりを吊り上げて、俺を睨んだ。怒りで肩が震えている。

「私…私はアンタなんかとは絶対に――寝ないよ! 勘違いしないで!!」

 彼女は鬼のような形相で、声を張り上げた。

 鼓動が速くなり、息が苦しくなった。

 だんだん…視界が狭くなる。

 彼女はくるっと向きを変えて、大股に歩いて遠ざかる。


 可愛い…はずの…

 可愛かった…はずの彼女が…だんだん小さくなる。


 次第に彼女の後姿は、見えなくなった。


 夜の学校。

 部活も終わり残業をしていた、ほかの教員が全員いなくなった頃合いを見て、職員室を出た。今現在、学校にいるのは、俺と管理の人くらいだろう。

 臼井は屋上へ続く階段を上る。

 暗い廊下を歩いてきたので、目が暗闇になれている。光源が少ない階段を一段ずつ確かめるように、慎重に上がっていく。

 これから死のうと思っている人間も、やっぱり階段は踏み外したくはないんだな…気持ちはなんとなくわかる。

 臼井は手探りで屋上のドアのノブを探し当て、鍵を開けた。ドアノブをまわして引く。少し開いたドアの隙間から風が入り込む。臼井は寒さで身震いしながら、ドアを開ける。

「…うわっ?!   あーっ!!!」

 臼井は悲鳴をあげながら、よろけて転倒する。その反動でバランスを崩し、横倒しに回転するように階段を転げ落ち、そのまま滑って踊り場の壁に激突して止まった。

 ぎちぎちと縄締まる音がする。

 屋上の扉の先で…首つり死体。

 もとい…

 命まもる。

 屋上の扉の先で首に縄をかけられて、吊るされて宙に浮いた体を揺らしている。縄の擦れるような音がして、まもるの体がゆっくり向きを変える。

 青白い月光が、まもるの体を鈍く照らして半身を浮かびあがらせる。

 首つり死体=命まもるは階段の踊り場で、失神している男を見下ろして、ニタニタ笑っていた。


★まもる、お手柄★

 黒板の前に立たせた、まもるを縁取るように日本史の担当をしている、臼井道長の自殺未遂事件の詳細がびっしりと黒板いっぱいに書かれている。

 臼井は女に振られたという、ちっぽけな理由で自殺をしようとして夜、学校の屋上へ向かい、屋上の入り口の前に吊るされていた首吊り死体状態のまもるに驚いて、階段から転げ落ちたらしい…など。

 あとかたずけの出来なかった子供達の勝利である。

 臼井の怪我は…

 首のむち打ち

 足首のねん挫

 全身打撲

 骨に数ヶ所のひび

 と…全治二か月と診断が出ている。

 黒板の前に立たされているまもるは、学校の周辺に生えている得体の知れないツル科の植物が首飾りのようにかけられているので、いつもより華やいで見える。心なしかまもるも誇らしげだ。


「日本史の臼井、しばらく休みだってさ。夜、屋上から飛び降り自殺しようとして階段から落ちたんだって、全治二カ月だってよ」

「二か月?!}

「うん、でも全治二カ月だからって、まるまる二カ月休むわけじゃないよ。しばらく入院らしいけどな…」

「何はともあれ…死ななくてよかったよ」

 宮城守は黒板から目をそらし、友達の山内国重を見た。片方の足を抱えて、もう片方の足を床に投げ出すようにしてイスに座っている。

 守は山内の後の席を休み時間の間、借りて座っていた。

 山内は黒髪に黒縁メガネの地味な雰囲気のせいで、気付かれていないが意外と整った顔をしている。こけしにそっくりと、実の親に笑われたことのある童顔の守と違って、山内は大人っぽく見える顔をしていた。

「それよりも俺たちの日本史の授業は、どうなるんだ!」

「いつもプリントじゃないか、二か月だし…」

「それもそうだなあ…」

 山内は大袈裟に話を切り出したわりには、遠くを見つめて気の抜けたような返事をする。抱えていた片方の足を床に投げだす。

「なあ山内、吊るされてたのってうちのクラスのまもるなの? 大体この学校だけでアレ、18体もいるんだよ」

 いじめ対策人形=命まもるは各クラスに1体ずつ設置されているので、1学年6クラスあるこの高校では、3学年で合計18体の『まもる』がいることになる。

 18体もいると、メンテナンスが大変なので事務の管理の人の他にもう一人、おばさんのパートを雇ってある。人形のメンテナンス要員だ。

「とくに番号振ってあるわけでもないんだぜ、区別なんかつくかよ」

「でもさ、まもるって一体100万くらいするらしいよ、18体もあったら、うちの学校だけでも1800万使ってるんだよ、そんなずさんな管理で大丈夫なのかな?」

 山内は急に真面目な顔になって、トーン低めで声をつくり…

「実はな宮城…奴は首の後ろのほうにGPSが内蔵されているそうだ」

 前のめりになり、小声で話す。

「え、そうなの?」

 守も合わせて、小声になる。

「さあな、俺が知ってるわけないじゃん」

 山内は白い歯をみせて笑った。

 授業開始のチャイムが鳴る。

 守はニヤニヤしながら席に戻る。席に戻る途中、ヤンキー山浦と目が合った。山浦はすぐにそっぽを向いて、頬杖をついた。

 なんか…

 雰囲気変わったな…。

 頬杖をついて口をとがらせ、子供みたいな顔をしている山浦を見て、守は妙に楽しい気持ちになった。


「わーっ!! 誰、これやったの!!」

 黒板の前に立たされているまもると、社会科教師の暴露記事を見て、上原が悲鳴を上げる。

「まもる! 早く席に戻れよ、授業が始まるよ~」

 もしゃもしゃ頭で長身の牧めぐるが、元気にそう言うと教室のあちこちで、笑い声があがる。

「牧! お前の仕業か?!」

 上原は小鼻をふくらませて、口をへの字に曲げて、ゴリラみたいな顔になって、牧の前にやってくると

「立ちなさい!」

 牧の耳をひっぱって立たせる。

「イタタ…」

「早く、片付けなさい!!」

 鼻息の荒い、上原を横目に「は~い」と軽快に答え、スキップで牧は黒板に向かう。

 長い手を伸ばして黒板を消す、牧の横で―――命まもるは嬉しそうに微笑んでいた。

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