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最終話

 敬愛

 敬愛とは――親しみをもって敬うこと。


 ああ…

 なんてっこった…。

 仲良くなければ、友達なんて思わないほうがいい。友達は馬鹿にしたり、道具のように使ったりするもんじゃないんだ。

 君等はそのことばを知らなかった。知らなかったから…なんの罪もない俺が――死ぬことになった。死ぬことになる…。


 あれ?

 そうだっけ???


 俺はどうだった??


 山内のこと…どう思ってたんだっけ?

 友達。

 敬愛。

 親しみは―――かなり、あったはずだ。


 敬う…

 それもあった…と思う。


 足りないものは、何だったか…尊敬よりも

 俺達の間に足りなかったものは――いや、俺がもっていなかったものは…


 信頼…?


 信頼? 信用?

 安心?


 銀行のCMかっ!


 足りなかったものは、相手を信頼すること…。


 信頼が無ければ、俺達は愛し合うことも出来ない。


 咲。


 卒業したら、今みたいに…学校で会うこともない。

 俺は地元の法学部のある大学に進み、将来は警察官の採用試験を受け、警察学校に入り、警察官になるのだ。

 大学生をしながら…みんなは、アルバイトをするだろう…しかし俺は、その時間を採用試験に受かるための勉強に費やすのだ。

 咲は卒業したら美容師になるために、県外の専門学校に進むだろう。両親と同じ学校に行きたいと言うに違いない。

 俺と咲は、ついに離れ離れだ。咲が遠くに行ってしまって…会うことも出来ない。お互いに忙しくなり、連絡も途絶えがちになる。二人は自然消滅だ。

 俺は警察官になり、四年目に合コンで知り合ったOLと結婚する。咲は職場恋愛で美容師と結婚して、実家を継ぐのだ。


 よくあるパターンだ。


 難しい…。


 信頼は難しいんだ。


 信頼するには―――

 信頼を得るには


 話し合いが必要だ。


 いっぱい話をして…今よりも、もっとお互いのことを理解しあうんだ。


 咲の好きな女性シンガーのこと、好きな洋服のブランド、好きなドラマ…興味がないことばかりだけど、どんなことで心が動くのかを考えると、それを知りたくなるんだ。


 山内にもあった…

 好きなことが。

 数学、FMラジオ、ゾンビ映画、たこ焼き、お母さんの作る弁当、本当は…野球も好きだ。中学の頃は野球部に所属していた。


 山内は将来…何になりたいのだろう?


 山内の気持ち…ちゃんと聞いておくべきだった。


 後悔で、泣けてくる…。


 もう、さようならだ…。


 両親にも愛していると、言っておくべきだった。


 目尻から、あふれるように涙が守の頬をつたう。涙が間断なくあふれて頬をぬらす。守はそれが、うざったくなって涙を手の甲で拭った。

 涙を拭って目を開けると、目の前には青く澄んだ空が広がっていた。土と草の濡れた匂いがする。

 離れたところから誰かが自分の名前を呼んでいる、声がだんだん近くなってくる。

 守はとりあえず、

「生きてるよ」

 とつぶやいて、また瞼を閉じた。


 守と山内はがじゅまる公園の、ゆるい坂を上っていた。さらに上に行くために、石段を上って展望台のある丘に辿り着く。円筒形の台に宇宙船が乗っかっているような形の展望台だ。

 展望台のらせん状の階段を上がり、コンクリートで出来た手摺のところまで来ると、眼下に広がる景色を眺める。

「あ、あれ学校だ!」

 守は自分の通う高校を見つけて、指さす。

「―どこ?」

 山内は身を乗り出して、守の指した方角を見つめる。

 高校の校舎は三階部分が黒く煤けていて、火事の爪痕がみられる。

 竜巻に巻き込まれたあと、発見された漢那詩織と古島みどりは今、仲良く同じ病院に入院している。

 古島みどりのおこした放火事件は、その後F2クラスの竜巻が校舎を縦断するような形で通過して行ったことで、天災という形で処理され、無期停学という処分が下されたが、本人は退学の意思を示している。

 漢那詩織は、とくに事件のことも語らず、聞かれても「覚えていない」と答えるばかりだ。入院してから無口になり、見舞いに訪れた友達とも、あまり話そうとはしない。ときどき癇癪を起しては両親を困らせている。

「プレハブの校舎、夏休み明けには使えるらしいよ」

「へえ…一年の教室、黒こげだったもんな」

「いいなあー、一年は学校休みで…」

「ひっでえ」

「そうかな…?」

 守は間の抜けた顔で、空を見上げた。

「だって…夏休みも学校出ないといけないんだぜ」

「そうなんだっ…知らなかった…」

「――――俺は…学校好きだよ」

 空を見上げていた守は、

「うん…俺も…前よりは好きになれたかな…」

 と、寂しそうに答えた。

 二人の間をさわやかな風が吹き抜ける。


 そういえば、数か月の間にいろんなことがあったな。


 守の脳裏に数カ月間の出来事が蘇る。咲や牧めぐる、タイラの顔を思い出した。些細な事だけど、どれもこれも――かけがえのない事のように思える。


「山内、担当直入に聞くけど…大学入って将来は何になるの?」

「決めてない」

「うそ?!」

 守は驚いて山内を見る。

「じゃあ…山内は何で……東京に行くっていったの?!」

 山内は体を反転させて、手すりにもたれる。黙って俯いていたが、少し経ってから口を開いた。

「向こうで学校、行きながらバイトしたりして、いろんな人と出会って、将来の仕事はそのあとで決めてもいいかなって思ったんだ」

「のんきだなあ…」

「そっか? 普通だぜ、こういうの?」

「そういう…もんかなあ…」

 納得がいかない守が、何か言おうとして口を開けると、山内はさえぎるように、

「もっと俺を信じろよ!」

 と言って守の背中を叩いた。

 守は苦笑する。山内は満面の笑みだ

 山内の未来を案ずるよりも…彼の願いは、いつも叶うと―――イメージしよう。

 信頼ってそういうものだ―――。

 友情よりも…もっと強い絆で二人が結ばれるような気がした。


「俺、なんか…ワクワクしてきたよ。受験、頑張ろうな!」

 守は山内に手を差し伸べる。

「? 変な奴だなあ、受験がそんなに楽しいのか? 俺はさっさと終わらせて、遊びたいな」

山内は訝しげな表情で、差し出された守の手を握り返す。


 雲ひとつない青空の下、両脇を丘陵に挟まれるようにして、街並みが広がっている。街の果てには水平線が見える。

 その街には守と山内の通う、緑が丘高校があった。そして今日も―――教室の隅の特等席で「命まもる君」は微笑んでいる。



 夏休み。

 守と咲は高校近くの市民図書館の自習室で、勉強するために徒歩で図書館に向かっていた。二人で街路樹の植えられた、広い歩道の色つきのレンガの上を歩く。

 勉強道具の入った、布のバッグが咲の肩の下で揺れる。守はリュックサックを背負っている。

「夏休みどっか行った?」

 守は夏休みに入ってから塾の夏期講習を受けていたので、咲と会うのは久しぶりだった。

「うん、ちさ子の家でレンタルDVD観たり…あとはちさ子と静香と三人で、ショッピングモールのバーゲンに行ったりしたかな…守は?」

「俺は…塾ばっかだったな…」

「国立狙いだったら、勉強…大変だよね」

「うん、大変っていうか…勉強は楽しみながらやってるよ。国立は授業料安いしね…。咲は大阪の美容専門学校、受けるんでしょ?」

「えっ? 私…沖縄の専門学校に行くよ…家から近いし…」

「へーえ…そうなの…?」

「うん、どうしたの?」

「ううん…何でもない」

 守は思わず緩みそうになる、口元を引き締める。

 咲に顔を見られないように、守は通りに並ぶ街路樹を見上げた。

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