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文化祭

 文化祭、当日。

 守と山内は校庭でパイプ椅子を並べていた。

 校舎を背に少し斜めの位置に設置した舞台は、後夜祭にも使われるのことになっている。舞台の前にはビニールシートを何枚もつなぎ合わせて敷いてあり、観客が靴を脱いで座る席だ。その後ろにパイプ椅子を並べることになった。

 咲のとこには、いついけるかな?

 守は額にかいた汗をタオルで拭って、腕時計を盗み見る。

 校庭の舞台のプログラムが始まるのは、13時半からだ。

 がちゃがちゃと音をさせながら、パイプ椅子を一人で四脚も運んできた山内は

「宮城! 腹へってきたから、さっさと並べようぜ!」

 と守をせっつく。

「了解!」

 守と山内が運んだ椅子を並べていると

「ふるみなー、ふるみな、見なかったー?」

 と牧めぐるがやってきた。

「古堅みなみ、のこと?」

「ううん、古澤実」

「その人、知らないや…」

 山内に「じゃあ、いいや」と告げると人の間を縫うように牧は去って行った。

 山内が作業を続けようと向き直ると、すぐ横で守が肩をこきざみに震わせている。

「………どうした?」

「だっ…だって、だってさー、お、可笑しいよ! 山内は、なんで?って思わないの?」

「誰が?」

「牧だよっ!」

「――思わない」

 びっくりした顔で答える、山内を見て守はさらに笑いが込み上げてくる。完全にツボにはまった、守は下腹がきつくなって、しゃがみ込んでしまった。それでも止まらなくて、しまいには涙まで流していた。

「お前、いい加減にしろよー」

 山内が声を荒げると守は「ヒヒヒヒヒ」という気持ち悪い笑い方になり、途中「ごめん」と十回は謝っていた。

 午前11時、青い空に点々と白い雲が浮かんでいた。



「咲! こっち手伝って」

 教室には食欲を誘う、カレーの匂いが漂っていて、えんじ色の頭巾を頭にかぶり、同じ色のエプロンを着た調理担当が厨房の中を忙しそうに動き回っている。

「咲! カレーが少なくなってきたから――野菜切って!」

 メイド服を着たちさ子が少し離れたところから声をかけた。客席と厨房は、カーテンのような布でしきられていて1メートルくらいの隙間から、人が出たり入ったりしていた。

 咲はちさ子の言われた通りに手際よく、野菜を切る。すぐ火が通るように全ての野菜を小さめに切った。

 咲のクラスのカフェは盛況で、教室の客席はお客でいっぱいだった。

 香辛料の匂いのする鍋をかきまぜる咲の横で、クラスの女子二人が後夜祭で行われるベストカップルコンテストの話をしている。

「親富祖さん、今年も後夜祭のベストカップルコンテストあるってよ! 彼氏と参加したら?」

「えー! うちはそんなの、ないよ! ないない」

 咲は顔の前で手を振り、慌てて否定する。


 守が…そんなとこに出るなんて言うわけないじゃん。


「やだ」って言うときの声や表情が、頭の中でリアルに再現される。不満げな顔をする守を想像して…ベストカップルコンテストの話をしたら、絶対こんな顔するに決まってると咲は思った。



「どうも~、こんにちは~」

「博多っ子1号、ちゃんぷる~2号です!」

「どうも~、文化祭ばんざーい」

「いやいや、ホントねー文化祭も盛り上がってるね」

「はい」

「僕達コンビでお笑い芸人目指してるんですけど」

「そうなんです」

「でも―――どっちが博多っ子で、どっちがちゃんぷるーなの?って、よく聞かれるんです」

「そう、聞かれるんです。お前に関係ねえだろ!って言ってるんですけど」

「関係あるよ…まあ、どっちでもいいんです」

「文化祭ばんざ~い」

「もういいだろぉ」

 牧めぐると、その相方、西崎が舞台上でコントを披露する。

「きみぃ~達わあ、ホルスタインと言われることも、あるのかね~?」

「はい…ありますね。私達、牛ですから…」

 観客が笑う、コントは中程度にウケていた。司会の進行を務めるのは、文化祭実行委員の面々だ。


 牧と西崎がコントを披露している間に、演劇部の大道具をしている守や山内、その他、裏方で一斉に舞台のセットを完成させた。

 無事、芝居が始まり守は舞台裏で、汗をぬぐう。

 さっき少し時間が空いたとき、山内と一緒に咲のクラスのカフェに行った。急いでカレーと、おでんを食べて、咲と少し話をした。

 やっぱりエプロンと赤い頭巾が似合っている。咲の友達が写真を撮ってくれると言うので、携帯を渡して写真を撮ってもらった。山内がまったく遠慮をしないので、スリーショットの記念写真になった。

「宮城…宮城、なあ…ちょ、ちょっと…」

 回想ちゅうニヤニヤしていた顔をひきしめて、山内を見る。顔をあげると山内が、下腹部に手を当てて前屈みになっていて、苦しそうだ。顔が青ざめて、額に汗をかいている。

「―――どうした…、山内…」

「う…うんこ…」

 答えは単純だった。

「俺さあ…トイレ行ってくるから、俺の代わりに、あの子が人形運ぶの手伝ってやって…」

 山内が指した方向には、人形=命まもる君と少女が立っていた。

 目が大きくて色素の薄い瞳、肌は日に焼けていて異国の少女のような雰囲気を漂わせている。真ん中わけのボブヘアーの少女は大きな薄茶色の瞳で守を見つめていた。

 山内は仕事を守に任せると、前屈みの姿勢でよろよろと歩いてトイレに向かった。

 残された俺は名前も知らない少女と人形を担いで、学校の屋上へ向かうことになった。



 守と少女は無言のままで、人形を運ぶ。守が人形の脇に手を入れて、上半身を持ち、少女が足首をつかんで下半身を持った。

「名前なんてゆうの? 1組の人でしょ?」

 階段を上っていると、いままで無言だった少女が突然、口を開いた。

「…宮城です」

「下の名前は?」

「きっ………君の名前は?」

 守は触れられたくないところに、触れられて…話をごまかすために、とっさに聞き返す。

「………」

 少女は言葉を返さず、守を睨んだ。

 正確に言うと、無表情なのだが…守は睨まれていると感じた。

 二人の間に緊張が走る。

「二年の女の子と、いつも二人でいるよね…」

 守の目が泳ぐ。

「私の他校の友達が~休みの日とか彼氏と二人で公園行って、お弁当食べたりとか…いちゃついたりしてんだって~。高校生でさー、公園でキスしたりしてんのって―――どう思う?」

 少女はそう言って、にこにこ笑った。

「人にも見られてるのにね〜」

少女は作り笑顔で首を傾げて、守の顔を覗き込むように見る。

 守の心に疑惑の念が生じる。

 黄色から赤に変わった信号が、彼女を危険だと告げている。


 屋上に着いた二人は、人形を定められた位置に運ぶ。

「あとは俺がやるから…君は先に戻っていいよ!」

 守はこれ以上、二人でいることを避けるために、芝居のクライマックスで人形を屋上から落とす、役を引き受けた。


 ちっくしょう…

 山内め…あとで、電話で呼び出してやる…。


 少女は感情のわかりにくい表情で「わかった」と答えると、くるっと向きを変えて、素直に屋上の出入り口に向かった。

 守は屋上のてすりにもたれて、彼女が去るのを見送る―――。

 鈍い音がして屋上の重たい鉄の扉が開いた。

 入口に黒い人影が見える。

 離れた所から、人の悲鳴のような声が重なるように聞こえた。



「ねえ、メール返事あった?」

「ううん、ない…」

 咲は芝居を観るために、校舎を出て舞台近くのブルーシートに、ちさ子と静香と三人で座っていた。守も舞台の設置が終わったら、仕事はないと聞いていたので…メールを送ってみたのだ。しかし、守からの返事はない。

 突然―――校舎側が騒然となり、出入口から人々が吐き出されるように、塊になって逃れてくる。外階段からも人が雪崩れるように降りてくる。



 三階の廊下は炎に包まれていた。校舎内は充満する煙で火災報知機が、けたたましく鳴り、展示物に引火した炎が激しく燃えさかり、教室を侵食しはじめていた。

 三階の窓の隙間から立ち上る煙を見て咲は茫然となった。



「校内で火災が発生しました。全校生徒の皆さん、すみやかに校庭に避難して下さい!」

 同じアナウンスが数回流れる。

「舞台から離れて! みんな校庭に避難して、クラス担任の指示に従いなさい!」

 演劇部、顧問の上原が設置された舞台を走り回って避難を呼びかける。


「咲! 守は?」

「…今、電話してる」

 コール音が数回、聞こえる。

「…もしもし、咲?」

「今、どこにいるの?」

 守は人であふれる校庭を見ながら

「屋上」

 と答えた。


 轟音をたてて校舎のガラスが吹き飛んだ。

 模擬店で使っていたプロパンガスに火が引火したのだ。やっと到着した消防車が消火活動に入る。消防車三台でホースを使って放水をはじめた。


「出入り口の階段が火の海だ…こっちからは、もう逃げられないよ」

咲は校庭から屋上を見上げる、屋上のてすり越しに人が見える。守だろう。

「先生! 屋上に人がいるの、なんとかして下さい!」

ちさ子が近くにいた、男性教諭に掴みかかった。

「落ち着いて…今、消防の人が火を消しているところだから…屋上に居れば大丈夫だ」

 男性教諭がちさ子をなだめる。

「守、屋上にいれば大丈夫だって!」

咲は男性教師の言葉を守に伝える。


 炎で何かが、ぱちぱちと燃える音がする、コンクリートと鉄の手摺しかない通路の何が燃えるのだろうか。目の前のことが現実と思えない。

 そのうえ――――。

 紺に白のラインが入った上下のジャージを着た少女と、さっき一緒に守を運んできた少女が向かい合って、立っていた。

 紺のジャージの少女は、手にナイフを持っている。

 二人は知り合いらしい。

 ジャージの少女は屋上にあがってきて、すぐにマスクを取った。守も見たことのある顔だった。ジャージの少女の名前は『みどり』で、一緒にまもるを運んできた少女は『詩織里』という名前だということが、二人の会話でわかった。

「安全な場所に避難しておくから…」

 守は咲に、そう告げると電話を切った。

 一触即発。

 そういった状態だ。

 みどりは、いわゆる…詩織里のグループのパシリだ。詩織里の友達から今日のことを聞いて計画したと、みどりは語った。

「いい根性してるじゃん、ずいぶん偉くなったもんだね」

「あんたも…余裕ぶっこいてる場合じゃないよ」

 詩織里に向けた、ナイフの刃が光る。

「詩織里! 私に土下座して謝罪しな!」

「ばかだから…学校、燃やしちゃってるし――お前の人生もう終わったよ。こっから飛び降りて死んだら、楽になれるよ」

 怒りでみどりの手が震える。

「お前が死ね!!!」

 みどりが叫んだ。

 みどりは―意外にもナイフを離れたところに、投げ捨てて、地面を蹴った。歓喜したのは、詩織里のほうだ。

「ばっかじゃねえ!」

 みどりのパンチを避けた、詩織里はみどりに体当たりをくらわす。ぐらついた、みどりの顔をめがけて、詩織はパンチを繰り出す、しゃがんで避けた、みどりは詩織の腰を抱えて左に重心を移動し、投げ飛ばす。

 みどりは倒れた詩織が起き上がると同時に側頭部に、回し蹴りをする。蹴りがヒットして詩織は倒れ、頭を抱えて身をよじる。

「あはは、お前なんか本当は一人じゃ、私に勝てないんだよ」

 みどりは三日月のような口を歪ませて嘲り笑う。

「ふざけんじゃねえ! ドブス!!」

 詩織里はみどりを睨んだ。


 校庭では咲が到着した、警察に事情を説明しているところだった。担任の教師も側についている。屋上にいる守からの電話で――廊下に灯油をまき、火をつけたのは3-3の古島みどり、だということがわかった。

「古島みどりは…ナイフを持って漢那詩織を脅しているとのことです」

 咲のクラスの担任が警官に告げると、警官は持っている手帳にペンを走らせる。古島みどりと漢那詩織の担任は五十代の小太りの女教師で、もう一人の警官に事情を聞かれていた。女教師は気が動転していて話がしどろもどろだ。



 校庭の安全な場所に避難した、生徒達は誘導していた教師の指示に従い、クラス別に並んでいた。点呼のため一人ずつ名前を呼ばれた。

 その間も屋上に人が三人取り残されているという話が、生徒達の間で波紋のように広がっていく。

 生徒達と一緒に避難した、小劇団『浮島ダウンタウンキッズ』の三人――真由子、聡美、タイラの元に山内がやってきて、自分の代わりに守を行かせたことを伝える。

「あいつ…きっと、まだ屋上だ…。どうしよう…なんかあったら…どうしよう」

 泣きそうな顔で「俺のせいだ」と呟く山内の肩をタイラが抱く。

「今、消防が火を消してるから、大丈夫だよ…屋上はなんでもないって…」

 さすがの真由子も少し、うろたえていて声がわずかに震えている。


 そのとき、

 空を見上げていた聡美が

 両手を高々と上に上げた。


 聡美の近くにいた生徒達は、不思議そうに口をぽかんと開けて、聡美を見た。聡美は雲を見つけると、そこに手をかざし、雲を誘導するように両腕を動かしている。左右に振ったり、前後にふったり。

 聡美が、そうしている間に空に浮かんでいた雲の一つが、もう一つの雲にくっついて一塊になった。

「真由子さん…名案が浮かびました!」

 聡美に呼ばれて…真由子が「へ?」と言って振り向く。

「真由子さん! みんなで雲を集めて雨をふらせましょう!」

「あっ?! あーっ!!!」

 真由子は丸めた右手で左の掌をぽんと打った。


 聡美は校庭に集まった全生徒達の前で、拡声器を持って立つ。

「みんなー! 話を聞いて~! 今から力を合わせて火を消すよ、雲を集めて、雨を降らせるの! 屋上にいる三人を助けるの!」

 聡美は雲に手をかざして両腕を動かし、雲に意識を集中することを伝える。

「屋上にいる三人に、愛を送るイメージで雲をひとつにするの!」

 聡美はにっこり笑う。

「愛を送るイメージよ!」

 少しずつではあったが、生徒達が一人、また一人と天に向かって両手をつきだした。


 

 倒れていた漢那詩織里は立ち上がるやいなや、ナイフに向かって疾走した。

 空が急に暗くなり雨が降り始めていた。ときおり雷鳴が轟く。

 床に落ちているナイフを目指して走る詩織を、追うようにみどりも走る。

 轟音をともに屋上の床がゆれる。

 二回目の爆発があったのだ。

 二人はナイフの手前で転倒して、それでも柄をつかもうとして、手を伸ばす。あと数センチのところ、みどりの目の前でナイフが宙に浮いた。

今まで傍観者だったはずの守が、ナイフを蹴った。ナイフはコンクリートの床をすべり、てすりの間を抜けて見えなくなった。

 倒れたままの状態で詩織里は守を睨みつける――しかし、守に仕返しをする余裕はなかった。すぐに立ちあがり態勢を整える。

「詩織里…あんたは、ここで死ぬんだ。お前みたいな女を生かしておくわけにはいかない!」

 追いついた、みどりは涙を流していた。激しい雨が三人の全身を濡らす。

「私が何したっていうの? 従ってたのは、あんたじゃないの?」

「………」

「お前って…キモいんだよ! 頭も悪いし…いじめられっ子なのは、中学の頃からじゃん! いじめられっ子は一生、いじめられっ子よ!」

 みどりに一瞬、隙が出来た。詩織はすかさず、飛び蹴りをする。

 勢いよく床に倒れた、みどりの上に詩織はまたがり、拳を握る。


 一瞬だった。


 ゴーっという地鳴りのような音がして、強い風に煽られる。

 守は宙に浮いた、詩織とみどりを視界に捉えながら、体が反転して方向がよくわからなくなった。目を閉じる前に近くにあった、まもるの体を引き寄せた。

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