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ファーストネーム

 土曜日。

 朝から守と山内は学校で舞台のための、セットを作っていた。

 のこぎりで板や材木をカットしたり、とんかちで釘を叩いたり、家でも大工仕事なんてほとんどやらない二人だ。それでも学校の『技術』の時間に習ったことがあれば、意外と出来るようになるものだ。

 額に汗をかきながら作業を続ける守の横―――仕事に飽きたタイラがうんこ座りで、守の作業を見守っている。


 ―――――――はっきり言って気になる。


 年上のタイラに対して(気になるからやめて下さい…)とは言えない守は、黙々と作業を続けていた。


 それにしても…気になる。


「タイラさんのたいらって、下の名前なんですよね」

 首にかけていたタオルで汗を拭いながら、山内が近づいてきた。少し離れたとことで土台になる柱にベニヤ板を、木工用ボンドで仮止めした山内が、休憩しにやって来たのだ。

「うん…そうだよな、俺、みんなにタイラって呼ばれてるから、名字だと勘違いされやすいんだよな」

「ややこしいです」

「しょうがないだろお~」

「すいません」

「親がつけてくれた…ありがたい名前だしな」

 山内はふてくされているタイラの横に、置いてあった角材に腰掛ける。

「うそうそ、いい名前だと思います」

 山内は自分の顔の前で手を、ひらひらさせる。

「俺もタイラって…名前はかっこいい名前だと思います」

 傍で二人の話を聞いていた守は、作業を止めて二人の会話に加わる。

「国場タイラってハーフみたいだし…俺なんて…」

 守は自分の名前がいじめ対策人形として導入された人形の『命まもる君』と同じ名前だとカミングアウトしそうになって、ごにょごにょと口ごもった。


 それなのに…。


「俺は山内国重って名前で、戦国武将みたいな名前だって、よくからかわれてて、ちなみに…こいつは守です!」

 山内は明るく、勢いよく、守が秘密にしておいた『守』という名前を勝手に、紹介してしまった。

「じゃあこれからは、お前らのこと国重と守って呼ぶな!」


 山内の不用意な一言。


 いや…山内は当然言わないだろうと…高をくくっていたのだ、暗黙の了解ってやつで…口止めするのを忘れていたのだ。


「ちょっ…ちょっと待って下さい! タイラさん! それ…ちょっと待って…」

 混乱した守がタイラに詰め寄ったために、驚いタイラが後ずさると、背中を壁に押し付けるような形になった。

「それ…言わないで! ぜーったい言わないで! 守って…呼ばないで下さい!!」

 守はタイラに覆いかぶさるように―――壁に手をついて自分の顔をタイラの顔に近づける。

 少女マンガなどでよく見られる光景だ。

 ちょっと不良っぽい感じのイケメン男子が、自分のことを避ける主人公に強引にせまる―――――読者のときめき指数が急上昇するシーンだ。

 タイラは男らしい守に捉えられた小鳥のようになって、

「……うん…言わない」

 少女のような、かわいらしい声で約束してくれた。

 少し離れたところから―――二人を見守っていた山内は、気持ち悪いものを見てしまった――――という苦い表情をしていた。



「海に来るの久しぶりっー!! タイラ、誘ってくれてありがとう!」

 聡美は腕をあげて、背中に回すように大きくのびをした。

「かばん落とすな、下に落ちたら拾えねえぞ」

 タイラと聡美は防波堤を乗り越えて、テトラポッドの上に座る。


 今日、聡美は朝から小道具や衣装の準備の打ち合わせのため、学校に来ていた。前回のことで晴香と顔を合わせづらいと思ったが、以前通っていたクリニックのカウンセラーの「考えないようにする」という助言を思い出し、過ぎたことは忘れようと思った。

 衣装の用意とはいっても、いつも着ている制服と私服の用意ぐらいなので、とくに晴香と顔を合わすこともなく、時間が過ぎていった。

 小道具の係と必要なものを誰が準備するか話し合う、余った時間で舞台で使う小物を作った。

 集まった女の子達が素直で、仕事がはかどった。

 午後四時頃、仕事が終わって帰宅しようとしたところ駐車場で、大道具を作りに来ていたタイラに声をかけられた。


 人工ビーチのある市営の公園は広い駐車場があり、誰でも無料で入場できる。駐車場に車を停めた二人は、人が多いビーチ付近を避け、ビーチから少し離れたところにある、防波堤にやってきた。

「ぷはあっ―――――やっぱり…四谷サイダーはうまいなあ」

 タイラは公園の自販機で買った、冷たいサイダーをのどに流し込む、聡美もサイダーのキャップを少しひねり空気を抜くと、キャップをくるっと回してはずす。

 テトラポッドに波が当たる度に、飛沫があがる。風の強くない日は、波が高くないから、テトラポッドの上までは飛沫は飛んでこない。穏やかな海面に陽光が反射して、きらきら輝いている。

 聡美は口に含んだ、サイダーの爽快さをのどで感じて、心地いい海風にあたりながら海を眺める。

「タイラ、今日どうだった?」

「うん、高校生と大道具、作ってて面白かった!」

「そう…私さあ、最近…落ち込むことがあって…」

「うん、なんとなくさあ――――何かあったかなって思ったよ」

「もう…自分が嫌になるくらいよ…」

 聡美は晴香のことを話し、そのときに感じた自分の気持ちを話した。

「それって…考えすぎじゃないかな? 俺もさ何でもかんでも言いたいこと、言い過ぎるときあるけど…それは一時的な感情でさ、ひどいこと言ったって、そいつが嫌いってわけでもないし…次に会えたら、また普通に戻れるよ。要は…自分から話しかけたりすればいいんだよ―――――相手も結構、気にしてなかったりするんだ」

「私…本当は――――とっても悔しかったんだ。タイラ…私は中学三年間、ずっといじめにあってたの…深く傷ついて、追いつめられて…心療内科のカウンセリングを受けたりもしてたの…」

 タイラは聡美の横顔を見つめていた、海風で薄茶色の髪がゆれている。

「悔しいよっ! とっても悔しい…私は高校に行って、ちゃんと友達も出来たけど…勉強についていくのと、友達以外の周りの人と上手くやるので、せいいっぱいだったの! 中学、高校の六年間…時間を奪われたようなものよ!」

 聡美の目から涙がこぼれた、涙の粒が頬を伝う。

「聡美…あのさ…」

 タイラは言葉を切った。

「俺の名前――――タイラじゃん。実は母親の元の姓がタイラなんだよね。父親は優しい人でさ母親は…なんかふらふらしてる人で…変な男とかけおちしたのに結局捨てられちゃって、水商売とかもやってたらしいんだけど…結局、家に戻ってきて、お見合いでお父さんと結婚したんだよ。タイラって名前はお父さんがつけたんだ。離婚したら平良(たいら)タイラって変な名前になっちゃうだろ、何だよ…それって言いたくなるけどな…。いい加減なとことのあるお母さんで、お父さんが好きってわけでもなかったらしいけど、なんだかんだで今でも夫婦やっててさ、仲はいいよ…聡美もさ…もっと楽に生きてみろよ、考え過ぎなくてもそのうち、だんだん良くなるって!」

 いっきにしゃべったタイラは、暗い顔をして俯いたままの聡美を、どうすることもできずに頭をかいた。

 夕日が水平線に近づいて、いまにも沈みそうだ。公園に外灯がともる、夕陽が二人をオレンジ色に染める。

 タイラは視界の端に上昇していく飛行機を捉えて、その姿を眺めようと聡美の座っているところと反対の方向に顔を向ける。そのとき飛行場が公園に近かったことを思い出した。タイラはその飛行する姿を眺めながら、飛行機の航路を推測するのに夢中になった。

「気持ちいい…」

 気がつくと聡美が顔をあげて、海風の心地よさを感じて瞼を閉じている。黒い前髪が二つに割れて、おでこが露わになっている、頭の後ろではトレードマークみたいなポニーテールが揺れていた。

「帰ろうか…」

「うん」

 タイラはテトラポッドの上で立ち上がると、ひょいと足を伸ばして、聡美より先に防波堤の上に戻った。

「かばん貸して!」

 タイラは聡美のほうに手を伸ばして、聡美のかばんを受け取る。聡美は素直にタイラにかばんを渡して、足元に気をつけながら防波堤まで戻ってきた。

「タイラありがとう…少し元気出た…」

 聡美はタイラのTシャツの裾を引っ張って、お礼を言った。

 タイラは破顔して聡美の頭を抱きよせる、聡美は満面の笑顔を見せた。外灯のともる公園を二人は並んで歩く、太陽が水平線の向こうに沈んで、夜の空には白い月が出ていた。

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