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反抗

「あの女さ『男は出来ないことも、出来るふりすつるの得意なのよ』って…何なの? 感じ悪いよ、あいつ!!」

「あーいるよねえ…あーいう勘違いの持論ぶちまけるやつ――――――うざいのに気付けっつうの!」

「あの女、まただよ! この間…女バス(女子バスケットボール部)の批判もしてたよぉ~」

「まじでっ…何様~?!」


「………」


「ねえねえ、さっきちょっとC組のマリって子の最低な話、聞いちゃったんだけど…」

「あの子ってさ…」


「ねえ…最近、ちょっとおかしなことがあるの」

「何?」

「何か…みんなが…冷たいような気がするんだけど…」

「え? 気のせいよ~、ちょっと神経質なんじゃない?」

「だって…」

「だってって…マリは何も悪いことなんかしてないでしょ!」

「でもっ! さっきも…」


 文化祭で行われる演劇の指導係として呼ばれた、真由子たち三人が見守る中、劇の練習が進んでいく―――――学校の文化祭で行われる劇とはいえ―――三年生にとっては高校、最後の舞台になる。練習とはいえ学生達は真剣そのものだ。

 つゆの時期、体育館の窓を開けて風通しを、よくしていても、次第に汗ばんでくる。今日は体育館での舞台稽古だ。

「さえ! ちょっと、こっち来て!」

 練習の途中で島袋さえが、真由子に呼ばれる。今日はこれで三回目だ。

 さえは晴香と同学年だが、晴香の方が役者としてのセンスがいいと言えた。さえは自分の演技に自信がないのか、たまに役になりきれていない。例えば、台詞のことばかりに気をとられてしまうので、表情や動きがぎこちなくなってしまうのだ。

 その度に練習が中断してしまうので、周りの人は、さえを悪く思ってなくても、自然にため息が漏れてしまう。

 教室の隅の方で青白い顔をして、真由子の指導を受ける、さえを見て、晴香はいらだつ気持ちを抑えきれず、

「よくあれで…主役っていえるよね」

 と抑揚のない声で、呟くように言う。

「まだ、続きそうだね」

 不機嫌そうな晴香に合わせるように、晴香の親友、恵子もぼやく。

 晴香は、さえに対する苛立ちがもろに表情にでていた、戻ってくるときに、たまたま晴香の方を見たさえが、しかめっ面をした晴香と目が合って、すぐに顔を背ける。


 雰囲気ちょっと悪いな………。


 傍で立ち稽古を見ていた聡美はぴりぴりした、独特の空気を感じていた。

 真由子の顔はさっきよりも、ずっと険しくなっていた。

 楽しいと思って、好きではじめた芝居だ。舞台の上では、どんな自分にもなれた。恋する女や淫乱な娼婦、子供を持つ優しい母親――――演じる役が変わっても、いつもそれは他人のような自分だった。

 正直、芝居で貰えるお金は微々たるもので、それで食いつないでいけるようなものではない。しかし、劇団に入って感じたことは、芝居が好きな人達が集まって、芝居を作っていくことに本気で取り組んでいるということだった。劇団のみんなは、好きなお芝居を一緒に作り上げていく、仲間なのだ。

 聡美が劇団に入団したいとテストを受けたときも、その場の空気に冷や汗をかいて、手が震えたことを覚えている。

「明日も同じ時間に、集合ね」

 上原の「解散」の合図と共に「お疲れさまでした」と子供達は一斉に帰り支度を始める。全員でかたまって体育館の外に出ると、もう外は暗くなっていて空には星が瞬いていた。

 雨が降ったあとで、濡れた芝生の匂いがした。

 みんながわいわい、ひと塊になって歩いている、後ろの方で島袋さえが暗い顔をして、俯いて歩いている。みんなから少し離れたところを歩いていた、聡美は歩くスピードを緩めてさえに近づく。

「さっきから元気ないけど、大丈夫?」

 俯き加減のさえの顔を覗き込むように、聡美は声をかける。聡美の問いかけに、さえは勢いよく顔を上げ黒い瞳の中に聡美を捉えると、大きく目を見開いてすぐに顔を背けた。さえは聡美に何も答えず、急に大股で歩き出すと、塊になって校門へ向かっていた真由子や部員達の横を足早に通り過ぎて、一人で校門の外に出て見えなくなった。

「感じ悪いですよね」

 いつの間にか聡美の横を歩いていた、晴香がさえの行方を睨む。


 かんじ…感じ…悪い?!


 さえの後姿を見送ったあとに、ぼんやり聞いた晴香のひと言、少し間が空いてから晴香に顔を向けて、

「私…感じ悪いなんて…私はそうは思わないよ。晴香はどうして…そう思ったの?」

「先輩に声をかけられて…あんな態度ってないと思います!」

「そっか、そうなんだっ! でも、それは―――感じ方次第だから…うまくいかないときって、ナイーブになっちゃうこともあるしねっ!」

 聡美の予想外の答えに、晴香は心の中で舌を出す。

 晴香が急に話題を変えた。

「パソコンのインストラクターだよ」

「ふーん、それってどうやったら…なれるんですか?」

 聡美は晴香の質問に対して、必要な資格をいくつかとると、仕事に就くことができ、その資格がどんな資格か答えた。

「それだったら、私もなれるかも! 二年でパソコン習った後にワープロと表計算の資格は…とっちゃったから!」

「――――へえ…晴香ちゃんは、すごいね」

「私は大学は推薦かAO入試にしようと思ってるんです」

 晴香は顎をあげてそう言うと、聡美の前に出て正面に向き直る。肩にかけてある鞄が反動で揺れる。

「明日もインストラクターのお仕事ですか?」

「うん」

「お仕事頑張って下さい!」

 晴香は歯を見せて笑うと、小走りに友達の輪の中に戻っていった。


 聡美は門の外に出て真由子と並んで歩いて、少し離れた場所にある学校専用の駐車場に向かう。聡美の背中の方角から、晴香と演劇部の子達の明るい笑い声が聞こえる。


(それだったら私にも出来るかも)


 聡美は胸のざらざらした感触に、とまどいを覚えた。次第に身体の芯のほうから黒い影が滲み出て、全身にひろがり…ついには頭の中まで浸食されて…真っ黒になった。

 血が熱くなるのを感じた。

「聡美! お疲れ様!」

 張りのある聞き取りやすい真由子の声を聞いて、聡美は反射的に振り返ってはみたものの、影に侵された脳では、霞がかかったような感じで、真由子を正確に捉えることが出来ない。

「はい…お疲れ様です」

 聡美の声は小さかったが、真由子は何かに気がついた様子もなく、そのまま車に乗り込んだ。

 聡美も向きを変えて自分の車に乗り込むと、ばたんとドアを閉める。ドアを閉めてから頭を左右に振った。


 考えない。

 考えちゃいけない…。


 聡美は動悸を抑えるために…深呼吸をする、何回かそれを繰り返してシートに身を沈めた。本番前、舞台に上がる前によく使っている、気持ちを安定させる方法だ。

 しばらく、じっとしていたが閉じていた目を開いて、すっきりした表情で車のエンジンをかけるために、鍵穴にさしたキーを回した。

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