進路室
「あっ! 守だっ! まもるー!!」
2月も後半、まだ少し肌寒い。朝の校舎前で日焼けした少女が声を張り上げる、周りにいる登校中の生徒達がどこまでも届くような威勢のいい声に驚いて、一斉に振り向く。
「こっち見ないよ」
色白で華奢な身体の静香が自分より少し背の高い、ちさ子の方を見る。
何? 誰か呼んでる?
「まー、もー、るー」
「シカトしてるよ…」
「みやぎまもるー!!」
俺だ…俺を呼んでる。ごめん、誰かわからない人…たぶん、咲の友達…ごめん俺を見逃してくれ
守は後ろを振り向かずに、急ぎ足でその場を離れた。
「咲―!」
「おはよう」
携帯をいじっていた咲は、ちさ子と静香が来たので顔を上げる。
「さっき、下で守にあったよ」
「声掛けたのに無視されちゃったよお」
「えー!! ちょっとお…」
「けっこうでかい声で呼んだのに、聞こえなかったのかな?」
「二人のこと知らないからだよ…それに…下の名前より…」
「何?」
「名字で呼ばれたいの…」
「何で?」
「だって…お人形と…同じ名前だから…」
「あー、あの教室の端っこにいるダッチワイフみたいな奴ね、ダッチワイフと同じ名前じゃ恥ずかしいね」
オヤジのような冗談を言う静香に、
「ちょっとお、朝から下ネタ止めようよお!」
と、ちさ子が本気でキレる。
ちさ子が赤面して怒るのが面白いらしく、静香にしては珍しいくらいはしゃいでいる。
「ほら! 咲も笑ってる!」
「もう変なこと言わないでよ、想像しちゃうじゃない…」
「わっ! やだ! 咲のスケベ―」
「うーるーさーいー!!」
突如、現れた黒い人影が…三人の会話に割って入る。
「君達! 僕は将来、大学でロボット工学を学びたいと思っているんだが、よかったら今の話、詳しく聞かせてくれないか?」
「げっ、比嘉!!」
「変態!」
「あっち行け変態!」
放課後。
4時30分か…
守は腕時計を見て時間を確認する。カウンターで本を借りると、図書館を出て進路室に向かった。
期末試験も終わって、もうすぐ3年生の卒業式だ。今日は久しぶりに通学路の途中にある、1パック10個200円で、たこ焼きが食べられる、たこ焼き屋に行こうということになった。
山内の進学の話を聞いて以来、守は少し自分の将来についても考えるようになった。
夢ってなんだろう?
いずれは地元の企業に就職すると決めていた自分が、高い授業料を払って大学に行く意味はあるのだろうか?高卒でもいいような、気がする。
両親の話では、もらえるお給料の額が違うのだそうだ。大卒でない父は、高校では学べないことが大学では学べると言った。歯がゆい思いをすることも、あるという。
俺の夢…?
夢なんて大それたものじゃなくても、何かを選択しなければならない時期にきているのだ。守は自分の中に広がっていた、無限の世界が小さな黒点に吸い込まれて、反対側の世界に絞りだされるような気分になり、息がつまりそうになった。
「真由子さ~ん、放課後でも学生って…いっぱいいるんですね」
「…聡美、あんた、何ビビってんの?」
「だってえ」
聡美は横を歩くタイラを一瞥する。
「あの人カッコいい!」
「ハーフっぽいね」
「似てる芸能人いるよね」
周りの女の子達がタイラを見て、きゃあきゃあ騒いでいる。
当の本人は騒がれるのは慣れているのか、何処を見ているでもなく口笛を吹きながら飄々としている。
余裕だなあ…。
聡美は若い男子高校生や女子高校生に注目されて…というよりは注目されているのは間違いなくタイラなのだが、年下の子達を目の前に気後れしているのである。
聡美は背中を丸めるようにして、堂々と歩く真由子に隠れて歩く。
こんな小心者でも女優になれたんだね…。
進路室前。
天王寺大学…薬学部、経営学部、法学部…。
守は進路室前の掲示板を見ていた。山内は進路のことで先生を話をしていて、もう少し時間がかかるようだ。
「すみません」
声を掛けられて振り向くと、長身の女性と小顔のモデルのような男と、ポニーテールの可愛らしい雰囲気の女性が立っていた。
「職員室どこですか?」
「職員室だったら…この先です」
守が何かしら普通の人とは違ったオーラのある三人にとまどいながらも、職員室のあるほうを指さすと三人は守にお礼を言って、職員室のほうに歩いていった。
誰だろうあの人達?
他校の先生や父兄って感じでもないし…どこかの会社の営業の人でもないだろうし…。
守が三人の後ろ姿を見送って首をかしげていると、いつの間にか山内が目の前にいて驚いた拍子に、図書館で借りた本を落としそうになった。
そんな守を山内が笑うと、守は不機嫌に口を尖らせる。
「何、見てたの?」
「何だろう? 華やかな雰囲気の人達がさあ…あ、あのほら芸術家みたいな感じの人いるでしょ…」
「はあ」
「あんな人たちに職員室の場所を聞かれたんだ」
「おしゃれな感じの、人達ってこと?」
「うん…そんなとこかな」
ちょっと違うかな…と守は思いながらも、山内に話を合わせる。特別な人達と、自分の間には見えない壁のようなものが、存在しているような気がしていた。
守と山内は並んで廊下を歩く。
もうすぐ三年生になるんだ…。
守は急に学校生活が慌ただしくなってきたように感じた。俺たちも少しづつ大人近づいている、時間は常に一定の方向に向かっていて、後戻りは出来ない。
廊下の窓越しに見える景色は少し前よりも、明るくなって見えた。放課後の青空が新しい季節のはじまりを告げていた。




