小劇団
「夢が叶わなかった――チャンスを掴めたと思ったのに…私だめだった…。また一からやり直しだ。私は…私は、これからどうすればいいのだろう?」
「彼女…結局夢がかなわなかったって、駄目だったのよ」
「夢?」
「私、彼女のこと、とっても嫌な女だと思ってたけど…彼女の友達から夢が叶わなかったって聞かされて、彼女もいろいろ大変なんだなって思ったら、彼女のこと何とも思わなくなった。どうでもよくなっちゃったの」
「彼女?」
「人がさ…不幸だって聞くと安心するよね。ほら、よく不幸な人同士で寄り集まってさ、宗教とかってそんな感じよ。不幸な人の中にいると安心するの。自分より劣っている人を見て優越感にひたれるもの、ねえ…あなたもそう思わない?」
「私は、その人のことを知らないよ」
「知らなくてもいいの…聞いてちょうだい!」
「君は彼女のことを知っていても、本当はよく知らないよ」
「そうよ! だからどうしたっていうの?」
「私と君は違うよ。私は誰かを基準にして自分の価値を決めたりしないもの、人は関係ないんだ。本当は君もそれを…」
「うるさい…」
「え?」
「あんたよ…あんただって! 不幸なのよ! 自分は違うみたいな顔を、しないでちょうだい!」
「何?」
「女のくせに…男みたいな顔で、長い間、恋人もいない女よ。家族もいない哀れな…ひとりぼっちじゃないの?!」
「一人だって? そう、君には一人に見えるさ、恋人を見つけると一人の愛にがんじがらめに縛られて――身動きが取れなくなってしまうよ。私は一人より――たくさんの人からもらう愛を選んだ。好きな人もいるんだよ、君も含めてね…」
「何を言ってるの?!」
「君はこれまで幸せが、どんなことか知ろうともしなかった。不幸の中に居続けて…………………………………………なんだっけ?」
「トンネル」
「トンネルでしょ…」
「もーっ! やだ! やだ! やだ!!!」
ワーっと、国場タイラが奇声を上げて、手に持っていた台本を放り投げる。
「こんっなの、やってられないよ!!」
「こら! 勝手にやめるな!」
「いて!!」
男の中では平均的な身長の、国場タイラと同じくらいの身長のつり目のスレンダー美女が、タイラの薄茶色でゆるい癖っ毛の頭を、丸めた台本でぽかっと叩く。
「あっ」
「ノンセクシャルの舞台女優ってなんだよお~、この設定~!!」
タイラは唾を飛ばして、劇団の演出家で脚本家の園田真由子に抗議する。
ぐー。
「あっ…また鳴った」
ポニーテールの黒髪を揺らして、川平聡美はぐーっと鳴った自分のお腹をてのひらで押さえる。
「休憩しようか」
真由子がため息交じりにつぶやくと、劇団員達が一斉に動き出す。
「やっぱり変だよお、この話~」
「しのごの言うな!」
「だってえ~」
タイラはいつもこうだ。協調性にかけるタイラが劇団を、辞めないで続けていけるもの、家族みたいに言いたいことを言い合える仲間がいるからだ。
「みんな、おやつあるよ」
のっぽの男が手にお菓子を抱えて持ってくる。
「私、ポッキーがいいっ!」
「ねえ、このポテチ開けていい?」
床にお菓子や飲み物を広げると、みんなで車座になってお菓子をつまむ。
「さんぴん茶飲みたーい」
「コップあるよ」
こうやって練習の合間に集まって意見を交換したり、個人的な話をしたりするのだ。
怒られて戻ってきたタイラも話に加わる。
「ちぇ…俺はあっちのあーいうのがやりたくって劇団に入ったのに」
「ねえ、あっちのあーいうのって?」
「アクションでしょ」
「アクションか…」
「うちでもやったらいいじゃん」
「そうだよね」
「結界とか張るのやろうよ! てぃーち(いち)、たーち(に)、みーち(さん)、ゆぅーち(よん)…」
聡美が手印を結んで九字を切る。もちろん適当にやってる。
「そんな、おたくっぽいの嫌だよお」
それを見て、しのぶが顔をしかめる。丸顔のせいで太って見えるのが悩みの種だ。
「あれは数を数えてんじゃないよ。臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前『臨める兵、闘う者、皆 陣列ねて、前を行く』密教の護身法でちゃんと意味があるんだよ」
「ふうーん、詳しいんだね」
聡美が感心してうなずく。総一郎は見た目はどこにでもいそうなひょろっとした若者だが、博識で頼りになるお兄さん的、存在だ。
「でもタイラの気持もわかるよ、俺も子供の頃Eレンジャーの隊員なれると信じていたよね」
「Eレンジャー? Eレンジャーみたいなのもいいけど…時代劇とかでもいいんだよ」
タイラは立ちあがって時代劇のような、殺陣を披露する。見よう見まねにしては上出来だ。
みんなが車座になっているとき、稽古場の隅のほうで、携帯で誰かと話をしていた真由子の電話が終わったようだ、皆の居る場所に近づいてくる。
「タイラ! 聡美! 高校生に演劇の指導することになったから、私についてきて」
「へっ?」
「えー!!」
二人が選ばれた理由は、時間に余裕があるからだろう。タイラは大学生で、聡美は仕事が早い時間に終わるパソコン講師だ。
「大学の演劇サークルの先輩なのよね、断れなくって」
はにかんでも可愛くない鬼座長、真由子を前に…
決定した辞令に逆らえない会社員のように、首を縦に振るしかない、タイラと聡美だった。




