臼井道長、その後
大学時代のゼミ仲間の一人、臼井道長が入院していると聞いたのは、二日前の夜のことだった。ゼミ仲間の知念から電話をもらった、美原ひかりは臼井と二人で会った、ときのことを思い出していた。二人で飲みに行った夜、酔っぱらっていきなり抱きついてきた、臼井に怒ってつきとばしてしまった。
あれから連絡がなかったのは…入院してたからなんだ…。
「美原! 聞いてる?」
「えっ?」
ひかりは名前を呼ばれて、目を丸くする。
「だから~臼井のところへゼミ代表で行って、見舞金を渡してきてほしいんだ」
知念の話を全然聞いてなかった…まったく何の話をしていたのかわからない…。
ひかりは知念に謝って、もう一度説明してもらう。
ゼミの中でもリーダー的な存在だった知念は、大学生のときは髭面でワイルドな雰囲気をかもしだしていたが、社会人になってからは髭をそり、金属の細いフレームの黒縁メガネをかけ始めた。髭がなくなってスッキリするとともに、個性もなくなってしまった。
「な! 頼む!!」
知念はひかりに電話の向こうで、頭を下げた。
こうしてサークル仲間の代表として、ひかりは日曜日に病院を訪れた。
受付で教えてもらった部屋の前まで来ると、ネームプレートを確認する。四つの名札の中から臼井道長の名前を見つけると、開きっぱなしの入口から部屋に入る。
ひかりは、かぼそい声で「失礼します」と言うと、ベッドの間を通り奥へと進む。
病室の大きな窓からは明るい陽光が差し込んでいる。
窓際のベッドの仕切りのカーテンの後ろから女性が出てきて、ひかりと鉢合わせになった。
「こんにちは、あの…臼井さんのベッドはどこですか?」
「あ…はい」
五十ちょっとに見える、女性は体の向きを変えて、カーテンの向こう側を覗き込む。
「道長、お友達が来てくれたわよ…」
「ん…ああ」
いつもの臼井の感じとは違う、低くてだるそうな声が聞こえる。
あ、お母さんか…。
ひかりは緊張ぎみに、身構える。臼井の母はひかりのほうに向き直ると、軽く会釈をして病室を出ていった。
病室のベッドは、頭の方に棚が据え付けられており、棚の上には飲みかけのペットボトルの水が置いてある。
「臼井…」
ひかりはベッドサイドまで来ると、体を傾けて臼井の顔を覗き込む。
「あ、ひかりか? 来てくれたんだ」
薄く目を開いた臼井が身体をもぞもぞと動かす、腕にはまだ包帯が巻かれている。
身体を動かすのはきつそうだ、上体を起こそうとして顔が痛みに耐えるように歪む。ひかりが支えようとしたが、自力でなんとか起き上がってベッドに腰掛けるようにして座る。
ひかりもベッドサイドの椅子に腰かける。
「大丈夫? 退院はいつになるの?」
「明後日くらいかな……あと一週間くらいは自宅療養になると思う」
「そっかあ…学校、大丈夫なの?」
「うん、なんとかなるでしょ」
臼井はため息をつくように、つぶやくと俯いて無表情になる。
ひかりは
「これ、ゼミのみんなから」
と言って見舞金を差し出す。
「サンキュー」
臼井は受け取った見舞金を棚の上に置いた。
「プリン買って来たんだけど、食べられる?」
「うん」
ひかりは包帯の巻かれた臼井の腕を見る。
「食べさせてあげようか」
ひかりは紙の箱の中からプリンを取り出して、臼井の分を用意すると
「はい、口あけて!」
と臼井に口を開かせると、あーっと子供みたいに口を開ける、臼井にプリンを食べさせる。
仲が良いのか悪いのか。
せっせとプリンを臼井の口に、運んで食べさせたあと、ひかりは自分もプリンを食べようと、プリンを膝に置き、個別に包装されているスプーンの袋を破く。
「なあ、ひかりは…好きな奴とかいるの?」
ひかりは口をに入れたプリンを胃に流しこむように、食べているので自然と子供のような顔になっている。
輸入食品を販売している会社の経理をしている、ひかりは会社の近くの居酒屋で出すプリンがお気に入りだ。酒を飲んだあとに、スイーツ。異論を唱えたいものもいるだろう。
「…うーん、特にいないかな」
「じゃあ俺と、付き合えよ…」
ひかりは、ぽかんと口をあけて
「えー!! 臼井!! 私のこと好きだったの?!」
病院内に不似合いなくらいの声をあげる。
「何で! そうじゃん!」
臼井が声を荒げると、ひかりは天井を仰いで、あははははと笑った。
「何がおかしいの?!」
臼井は自然と声が高くなる、困惑の表情だ。
「私はてっきりさ~」
「へ?」
「臼井って…私とやりたいだけかと、思ったの!」
「何を?」
「エッチを!」
「………」
「だって…だって、好きとか…そんなこと、ひと言も言ってなかったじゃん!」
「何?」
「好きとか?」
臼井は茫然として…「うん」と答える。
「あはははは!」
ひかりは辛抱たまらないといった感じで、体を揺すったり、足をばたばたさせて、笑っている。
「臼井ってほんっと…面白いよね~!!」
ひかりは「だって…だって」と繰り返して、体をよじって笑い転げる。
臼井にしてみれば…何が、そんなに可笑しいのかも…わからない。
そこまで……笑えることかなと、
げらげら笑い続ける、ひかりを見ながら、臼井は自嘲気味に笑った。
笑いのセンスの合わない、二人の今後が気になる…。




