表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gomibako

優しくしないで

作者: 北田啓悟

 病室の扉、二回ノックされた。

「大倉さん」

「…………穂見さんですか?」

「はい。穂見です」

 病院の個室。わたしはそこで暮らしている。

 入院する必要のある病気になんてかかってないんだけど、両親が強く勧めるものだから仕方なくここにいる。

 たぶん両親は、わたしのことを邪魔に思ってるんだと思う。わたしなんかいなくても姉が家を取り持てばいいし、今のわたしが家に戻ってもなんの役に立つこともできない。

 家族みんなそれを察しているから、わたしはこの病院に入院している。

 お金さえ払っていれば入院できるんだから、病院もまたいい加減なものだ。

「大倉さん。ご飯の時間ですよ」

「わかってますよ」

 穂見さんはわたしの目の前に病院食を持ってきた――と、思う。ほんとうに目の前にあるかどうかはわからない。

 わたしは、目が見えないのだ。

 半年前に失明した。原因は白内障。以来、この病院で入院している。

「白米。味噌汁。鯖の味噌煮。ほうれん草。リンゴ……、どれから食べますか?」

「穂見さん。敬語やめて。ふつうに話して」

「どれから食べたい?」

「…………リンゴ」

「うん。わかった」

 わたしは口を大きく開けた。

 口の中にリンゴが入ってくる。舌で形を確かめるに、たぶんうさぎの形に切っているんだと思う。見えないわたしにはどうでもいいことだけど。

「リンゴぜんぶください」

「はいはい」

 わたしの言葉になんら反抗的な態度を見せず、穂見さんはリンゴを食べさせてくれた。

 もぐもぐとリンゴを食べる。ごくん、と呑み込む。

「次、なに食べる? 鯖食べる?」

「いらない」

「……いらないの?」

「いらない」

「……ちゃんと食べないと栄養摂れないわよ?」

「栄養なんていらない。どうせ生きてたって意味ないんだから、健康を維持する必要なんてない」

「…………」

「下げて」

「……うん」

 穂見さんは、病院食を下げた。と思う。

 途端、わたしは布団をしわくちゃに掴んだ。まったく反抗してこない穂見さんの態度に怒ったのだ。

 どうしてこうも、みんな、わたしに優しくするんだろう。わたしの言うことを聞いてくれるんだろう。

 わたしが弱いから? 視覚障害者だから優しくしてるの?

 善意的な差別。

 どちらにしろムカつく。みんなと同じように扱ってほしい。だってそれって、わたしのことを無能だって言ってるようなものだから。

 善意だとしても、それが差別なら、見下しているということだ。

「ねえ、穂見さん」

「うん?」

「もう行くの?」

「……なにもないなら、仕事に戻るつもり」

「わたしに構うのも仕事でしょ」

「……そうだった」

「もうすこしここにいて」

「……うん。わかった」

 穂見さんは、病院食を乗せてある盆をどこかに置いた。それからわたしの横でパイプイスを開いて、それに座る。

 これくらいなら見えなくても音でわかる。それくらい失明であることには慣れている。

「穂見さん」

「なぁに?」

「穂見さんって、何歳なんでしたっけ」

「二十六よ」

「わたしの十歳年上ですね」

「そうね」

「ババアですね」

「……そうかしら」

「…………嘘ですよ」

 わたしはまた布団を握る。今度は自分自身に怒りを覚えたから。いや、虚しさを感じたから。

 どうしてこうわたしは口が悪いのだろう。もっと楽しく、笑い合うようにお話したいんだけど、どうもうまくいかない。

 気持ちが、勢い余って、ナイフみたいに飛び出してしまう。

 優しくされているのに、優しくすることができない。優しさがよくわからない。

「穂見さん」

「なぁに?」

「セックスってしたことありますか?」

「……あるわよ」

「気持ちよかったですか?」

「……あんまり」

「そうですか。ところでわたしもセックスしたころあるんですよ」

「え? そうなの?」

「中学二年のとき捨てました。漫画の影響っていうのもあるんですけど、なんか男子を弄んでいるうちにそこまでいっちゃって」

「そうなんだ」

「最悪でしたよ」

「そっかぁ」

「目が見えてれば、今すぐにでも殺したいです」

「殺したいんだねー」

 てきとうな相槌だなぁ。とわたしは思った。

 それでも話を否定しないことだけはありがたいと思う。喋っているときに遮られるのはいちばん嫌なことだ。

「穂見さん」

「なぁに?」

「どうしてわたしの話を聞いてくれるんですか?」

「……どうして、って?」

「わたしの担当医だから話を聞いてくれているんですか?」

「……どうかしら。きっかけとしてはそうかもしれないけど」

「今は違うんですか?」

「そうね。大倉さんといっしょにいるのも、楽しくなってきちゃったから」

「ほんとうですか?」

「ほんとうよ。ここ、居心地いいもの」

「それは仕事をサボる大義名分ができるからなんじゃないですか? わたしが引き止めてる限り、他の仕事をする必要がない」

「ふふ。そうかもね」

「……なんですか。そこは否定してくださいよ」

「うふふ、ごめんなさい」

 くすくす、と、抑えるように穂見さんは笑った。

 わたしは気が緩んだようになって、布団を離す。それから俯く。

「穂見さん、手、握りたいです」

「うん。いいわよ」

 わたしは手を前に出した。その手を、穂見さんに握ってもらう。

 時々、いや来てくれるたびにわたしはこうして穂見さんと手を握る。こうしていると、わたしはまだこの世界と繋がっているのだと実感できる。

 人の手の温もりを感じる時――それがわたしにとっての、生きている時。

 逆に言えば、それ以外の時なんてゴミ。

 穂見さんがいない時間ほど退屈で、無駄なものはない。

「……ずっとここにいてくれませんか?」

「……ごめんね。それはできないの」

「わたし、穂見さんのことが好きです」

「…………」

「穂見さんがいなくなったら、わたし、たぶん自殺すると思います」

「そう……」

「…………」

「…………」

「ごめんなさい。わがままでした」

「あ、べつに気にしては……」

「いいんですよ。わかってるんです。わたしだけに構っていたら、仕事なんてできませんよ。わたしがいちばんよくわかってます」

「そんな……」

「わたしのことなんて気にしないでください。穂見さんの重みになりたくないですし、わたし、こう見えても強いんですから」

「……そっか」

「だから、また来てください」

「うん」

 そうしてわたしのほうから手を離した。

 穂見さんは部屋を出て行った。

 こうしてわたしは再び独り。

 弱い人間が強がると、こうやって、お互いが損をするかたちで孤独になってしまう。

 下らない。

「……お腹空いた……」

 そういえば穂見さん、お盆を忘れていったなぁ。いや、わざと置いていったのか。

 もう一人でご飯くらい食べれるのだし、食べてしまおう。

 わたしはベッドから出る。

 冷たい病院の床に、足をつける。

 目が見えなくたって、歩ける。ちゃんと目的の場所へだって、行ける。穂見さんも、両親も、お姉ちゃんも、それをわかってない。

 わたしはちゃんと一人でできる。

「…………」

 だけどやっぱり、穂見さんには隣にいてほしい。そう思った。


 *


「外出したいです」

 ある日、わたしは穂見さんにそう提案した。

 穂見さんはというと、

「外出許可証をもらわないと外出はできないわよ」

 といった。

 病院のシステムは面倒くさい。

 なにか一つやろうとするたびに許可をもらわなくちゃいけない。たぶんそれは、病人のことを犬か何かだと思っている証拠。病人一人ではなにもできないと思ってるんだ。差別だ。

「許可証……、それってどうやってもらえるんですか?」

「院長と話し合って、外出してもいいと判断してくれればもらえるわよ」

「……院長と話すんですか? わたしが?」

「ええ。大倉さん本人が、診てもらうの」

「……めんどくさいです」

 わたしは布団を被って、窓の方へ寝返った。必然、穂見さんには背中を向けた。

 穂見さんはクスクスと笑っている。子供のわがままに呆れる母親みたいだ。

「わたし、人と話したくないんですよ」

「どうして?」

「わたしのことを腫れ物扱いするからです。その態度が見て取れる人とは話したくないです」

「大丈夫よ。院長はそんなことしない」

「あと権力のある人も嫌いなんです。ぜったい心のどこかで自分を偉いって思ってますから」

「そうかしら?」

「見下してくるのが嫌いです」

 わたしは布団をさらにかぶった。

「でも、だからこそ穂見さんは好きですよ」

「……どういう意味?」

「看護婦って、ぜったい下っ端じゃないですか。だから好きなんです」

「……そうなんだ」

 クスクスと笑った。バカにされたのに笑うのは、大人の余裕というやつかもしれない。……そういうのが嫌いだって言ってるのに、わかんないのかなぁ。

 それともわかっててやってるのかな。

「穂見さん」

「なぁに?」

「わたしといっしょに外出してください」

「……? それはいいけど、院長と話したくないんじゃ?」

「院長とは話しません。外出許可証もいりません」

「え……?」

「夜、病院を抜け出るんです」

「……そんなことしちゃいけないわよ」

「どうしてですか?」

「どうしてって……、危険だからよ」

「穂見さんがわたしを守ってくれるんじゃないんですか?」

「…………」

「それとも病人を無許可で出したら、穂見さんが怒られるからですか?」

「……意地悪な子ね」

「意地張ってないと生きてられませんよ」

 わたしは穂見さんのほうに寝返りを打って、寝たままで穂見さんの顔を向いた。

 わたしは目が見えない。だけどこうして顔を向けていれば、なにかを与えられるはず。そんな気がする。

「……どうしても出たいの?」

 穂見さんは困った声で応答した。

 わたしは逡巡する。頼みを無碍にしないということだけをとってみても、穂見さんは信用に値する。

 わたしの気持ちを汲み取りたいという心遣い――それが感じられるだけで、とてもありがたいのだった。

「出たいです」

「……私から院長に掛け合ってみようか?」

「ダメです。無許可で外に出たいんです」

「……無許可で?」

「無許可じゃないと、意味がないんです」

「…………」

 大人の穂見さんなら、こういう心理をわかっているのかな。

 人の約束を破りたい。無意味に嘘をつきたい。誰かを悲しませたい――そんな欲求を、理解してくれるのかな。

 幸せに生きている人にはぜったいにわからないだろうけど……、そんな気持ちが、わたしには確かにある。

 迷惑をかけたいという欲求が、わたしにはある。

 それを気持ち悪いといって否定する人間は、きっと幸せな人間だ。わたしの持っていない、幸せを持っている人だ。

 幸せな人になんかわかってもらいたくない。そんなのどうあがいても同情だから。同情ということは、つまり、善意的な差別だから。

「…………」

 穂見さんはしばらく考え込んでいた。

 きっと天秤にかけているんだろう――看護婦として責務をまっとうするか、一病人のわがままを聞き入れるか。

 こういう時こそが、人を分ける分かれ道。

 進んで損を選ぶ人こそ、わたしの求めている人。

 わたしが好きになれる人。

「わかったわ。じゃあ今夜、抜け出しちゃおっか」

「……ありがとうございます」

 穂見さんは、わたしのわがままを選んでくれた。

 忘れかけていた温かみが、心に広がった気がした。


 *


 その日の夜、わたしは、穂見さんの手に引かれて病院を抜け出したのだった。

 久々の外。

 夜風を全身で感じる。

 外にいる、というこの気分は、まさに生きている実感というものを強烈に与えてくれる。

 病室なんていう生ぬるい場所で燻っているよりも、夜風に当てられて寒いと感じるほうがよっぽど幸せだ。

「段差、気をつけて」

「はい……。う、うわっ」

 転びそうになったわたしは、穂見さんの手をぎゅっと握る。

 大丈夫。この手を握っている限り、踏み外すことはないから。

 穂見さんといっしょにいれば……、大丈夫……。

「どこか行きたい場所はある?」

「……考えてませんでした」

「そっか。じゃあ、浜辺まで散歩しよっか」

「……はい」

 こんな寒い時期に浜辺なんていってどうするんですか、なんていう無粋な台詞は、ここでは言いたくなかった。ふだんのわたしなら言っているんだろうけど、今のわたしは違っていたのだった。

「穂見さん」

「なぁに?」

「……わがままいって、ごめんなさい」

「なにいってるの。いいのいいの」

 気弱だとはわかっている。傲慢な態度をとったなら、そのまま傲慢でいるべきだ。傲慢な要求が通ったとたんに傲慢でなくなるなんて、そんなのずるい。わかっている。

 わかっているけれど――穂見さんに、許してほしかった。

 自分の罪悪を。

 許してほしかった

「わたし、穂見さんにいっぱいわがままいってますよね」

「そんなことないよ」

「こんな餓鬼をつれて外に出て……、面倒だって思ってませんか?」

「思ってないよ。思ってたら、ぜったいに外出なんてさせてない」

「……ありがとうございます」

 不覚にも、涙声になってしまった。

 ……目が見えなくなっても、涙って出るのかな。わたしは自分が辛いときにしか泣いたことがないから、これから泣くことなんてもうないと思っていたけど。

 人の優しさに触れて、それで涙を流せたら、わたしも幸せになれるかもしれない。

「人間って、どうして痛みがわかるんでしょうね」

「ん?」

「いえ、人間ではなく、動物もですか。聞いた話なんですけど、虫には痛覚がないらしくって」

「へぇ、そうなんだ」

「でも動物だって、他人の痛みまではわからないですよね。敵は敵、味方は味方って割り切ってるっていうか……」

「うんうん」

「えっと……」

「うん?」

「……なにがいいたいのか、自分でもわかりません」

「そっか……」

 なにを伝えたいのだろう、わたしは。

 わからない。

 どうしてもわからない。

「浜辺、ついたよ」

「……海の匂いがします」

 小さい頃、家族で行った覚えがある。わたしは意地でも水着にならなかった。お姉ちゃんやお母さんが楽しそうに遊んでいても、頑なに泳ごうとはしなかった。

 今思えば、どうしてあの時泳がなかったのかと、後悔している。

「大倉さん?」

 わたしは、穂見さんの手を離した。

 海の匂いがするほうへ、一人で歩いていく。

「お、大倉さん……!?」

 穂見さんが大きな声を出した。

 わたしは、それから逃げるように海のほうへと走っていく。

 足が変な感じがする。走るなんて、半年以上していない。足の筋肉が走る動作を忘れかけているのかもしれない。

 でも、いま、大倉さんに捕まっちゃダメなんだ。

 海のほうへ行かなくちゃ。

「大倉さん! 待って!」

 靴が、濡れる。

 靴下も、ぐちょぐちょと。

 だけどわたしは足を止めない。

 もっともっと進んでいく。

 ふくらはぎ、ふともも、股。

 足が重くなる。

 全身が寒くなる。

 今目の前にあるはずの大海原――決して見えないけど、肌で感じるその広大さに、心が呑まれそうになる。

 だからこそ。

 わたしは、自分からその海へと、さらに深いところへ向かって歩いていく。

 進む。

 進むんだ。

「――うわぁっ!!」

 不意に、足がもつれた。

 前のめりに倒れて、体が海に沈む。

 足がしびれている。

 方向感覚もわからない。

 前も後ろも、上も下も、なにもかもがわからない。

 呼吸のできない無重力で、わたしは、もがいた。

 なんども、もがく。どこに上があるのか、わからないまま、もがく。窒息寸前。だけど死んだっていいかな。どうせ生きていたっていいことないしな。そんなふうに諦観する気持ちもあったけど、もがく手足は止めない。

 大丈夫なんだ。

 一人でも、大丈夫なんだ。

 穂見さんが来る前に。

 穂見さんに助けられる前に。

 自分の、力で。

 立ち上がるんだ。

「ぷはぁ――っ!」

 足がついた。

 顔が夜風にさらされた。

 全身はずぶぬれ。髪も塩水でぐちゃぐちゃ。鼻に入った塩水が、気持ち悪く残っている。

 寒い。濡れた体に夜風は冷たい。

「大倉さん……っ!」

 後ろから声が聞こえてくる。

 わたしは振り返って、両手を大きく広げる。

 そして、言った。大きな声で。

「大丈夫ですよ!」

 大丈夫なんだ。

「一人でも、ちゃんとたちあがれますから!」

 目が見えないからって、溺れるかと思ってた?

 そんなわけないでしょ。わたしだって人間なんだ。自分の体くらい、自分で動かせる。

 舐めるな。

 わたしだって立派にやれるんだ。

「大倉、さん……っ! ば、バカ……っ! ほんとに……、もうっ!」

 穂見さんは泣いていた。声だけでそれはよくわかった。

 穂見さんは、やってきた。わたしのいる地点にまでやってきた。そして強く抱きしめた。

「心配、したんだから……っ! ほんとに、ほんとに……っ!」

「……えへへ」

 謝るつもりはなかった。

 穂見さんだって謝られたくはなかったはずだ。

 この時だけは、穂見さんの気持ちがよくわかった。

 わたしにも、人の気持ちが、よくわかった。

 胸が暖かい。

 目頭が熱い。

 でも海水でずぶ濡れだから、たとえ涙を流していても、それが涙かどうかはわからない。

 それでいい。

 涙なんてこの場にはいらない。わたしが涙を流したら、台無しだ。

「わたし、一人でちゃんとやれますよ」

「うん……」

「だから穂見さん」

 わたしは言った。

 震える声で言った。

「優しくなんて、しないでください」


 *


 次の日、わたしは当然怒られた。穂見さんも怒られた。きっとわたしよりも怒られただろう。

 ずぶ濡れになって帰ってきたことを問いただされたけど、それについてはぜったいに答えなかった。穂見さんも答えなかった。

 いいんだ。どうせ他の人たちには理解なんてされない。それでいい。誰かに理解されたくてやったわけじゃない。ただ穂見さんにだけ伝わってくれればそれでよかったんだ。

 病室の扉、二回ノックされた。

「大倉ちゃん」

 穂見さんが入ってきた。

 今日もまた病院食を持ってきてくれたようだ。盆をわたしの前に置いた。

 そうして、わたしにお箸を渡した。

 わたしはお箸を使って、病院食を自分で食べる。

「風邪、引いてない?」

「大丈夫ですよ。喉がちょっと枯れかけてますけど」

「……ほんとうに大丈夫?」

「大丈夫です」

 わたしは味噌汁を啜った。鯖の味噌煮を食べやすく分けて、ご飯といっしょに食べる。もちろんほうれん草だって好き嫌いせずきちんと食べる。

「ね、ご飯くらい一人で食べられるんですよ」

「……ほんとうね」

「穂見さんがいないとき、一人で食べる練習してたんですから」

「……どうして言ってくれなかったの?」

「驚かせたかったからです」

「……そっか」

 クス、と穂見さんは笑った。

「ごめんね。できないなんて思ってちゃって」

「ほんとうですよ。やってもないのにできないなんて決め付けないでください」

「気をつけるわ」

「ありがとうございます」

 ご飯をすべて食べ終えた。

 お箸を置く。

「外出許可証、もらえますかね?」

「ちゃんと院長に話せばもらえると思うけど……、昨日のことがあるからね」

「すぐにはもらえないですか」

「たぶんね」

「でも、一回話してきます」

「うん」

 わたしは、穂見さんのほうを向いた。

 そして言う。

「穂見さん」

「なぁに?」

「リンゴだけ食べさせてください」

「はいはい」

 わたしは口を大きく開けた。

 そしてリンゴを食べさせてもらった。

 美味しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の一文が凄く良いと思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ