第十話
「へぇ、かっこいいじゃん。」
「このモノクロの奴、雰囲気あるね。」
ポケットアルバムをめくりながら、奈々といずみが歓声をあげる。
「合唱部も頼もうかなぁ。」とピアノ担当のいずみ。
「それは後輩の担当だから。」
「えー、みやちゃんがいいなぁ。」
「指名料高くつく、とか?」
「そうじゃないけど、やっぱり勉強不足だから。これだって一回ダメ出しされてるんだもん。」
ね、と都は隣に座る篠原明里を振り返る。
「私じゃなくて部長がね。」アンティークのティーカップを手にしたまま、明里が答える。
「でも西くんに指摘されたのって、自分でも気になったところばっかりだったから。」
へぇーといずみが感心する。
「西くんって、明里さんに怒られてる印象しかなかったな。文化祭のステージ裏、毎年壮絶だもんね。」
「あれでも今は一応部長だから、見るとこ見てるのよ。」
「それより!都が撮影してる姿見たかったよー。なーんで教えてくれなかったのさ。明里っちも!」
かちり、と音を立てて明里はカップをソーサーに置いた。
「校庭走ってる人にどうやって伝えるのよ。こっちだってまさか都さんがジャージで登場するとは思わなかったし。」
「だってスカートで転んだら、絶対なんか言われそうだったし。」
「みやちゃん、転ぶの前提なんだ。」
「だって……」
「お待たせ。」
頭の上から降ってきた声に、フリューゲルで一番広い丸テーブルを占拠していた制服姿の女子高生四人が一斉に振り返る。
「本日のケーキ、レアチーズケーキだよ。」
いつもと変わらぬ優しい笑顔で、店主の早瀬加津杜がそれぞれの前に皿を置いていく。短く刈り込んだ髪と手入れされた髭には白いものが混じるが、その動きはテキパキと無駄がない。
と、ふんわりと漂う柑橘系の香り。
「オレンジソース?」
「じゃなくて柚子の香り?」奈々の疑問に明里も首をかしげる。
「そういえば、冬に柚子たくさんもらったっけ。」都が思い出す。
「うん、同じ木から採ったものだよ。」
「え?じゃあこのジャム、自家製なんですか?」いずみが目を丸くする。
「誰が植えたかわかんないけど、庭に一本だけ柚子の木があってね、さすがに使いきれないしもったいないから煮ておくんだ。」
都は傍らの窓の外に広がる、手入れされた庭に目を向ける。塀に沿って植えられた木は枝葉を伸ばし、片隅に種を撒いたハーブ類もぐんぐん伸びている。
「もうじき梅の実の収穫もするから、都ちゃん、お手伝いよろしく。」
「梅干作るんですか?」と奈々。
「梅シロップと梅酒仕込むんだって。」と、都。
「梅シロップかぁ。チビでもできるかしら?」ケーキに舌鼓を打ちながら明里が思案する。
「チビ?」
「妹たち。中学生と小学生。」
「ウチの弟どもはやらないなー。」奈々がケーキを頬張りながら言う。
「必要なら後でレシピ教えるよ。」
「ぜひ。やっぱり暑くなってくると爽やかなもの、欲しくなるのよね。」
「言えた。」
カラン、とドアベルが鳴る。
「やっぱ、いた。」
声のするほうを見ると、私服姿の波多野が手を振っている。
その背後には・・・
「おお!本命登場!」奈々が嬉しそうな声を上げた。
「本命って、何のレースだよ。」波多野が苦笑する。
「それに拝んでも何も出ないぞ。」竜杜も眉をひそめる。
どこかに出かけていたのか、こちらもジャケットを羽織ったカジュアルな格好である。
「とりあえず目の保養させてもらってますんで。」ぱんぱんと柏手を打つ。
「波多野くん、リュートと一緒だったの?」
「時計屋の前でばったり。おじさん、アイスコーヒーとチーズケーキ。」
波多野の注文に早瀬は笑顔で頷く。
「篠原も一緒とは珍しい。あ、ホラ。こないだ言ってた演劇部の才女っすよ。」波多野が竜杜に説明する。
「魔性疑惑の篠原明里さん。」
「そんなことまで話したの?」明里が波多野に抗議した。
「それはオレじゃなくて……」
「都から話は聞いてる。」竜杜は笑顔で明里に自己紹介する。
「都さん、そんなことまで話しちゃうんだ。」
「だって隠す必要ないし、波多野くんに言われるくらいなら自分で言ったほうがいいもん。」
「転ぶ時もそれくらい先手打てばいいのにさ。」奈々が溜息混じりに言う。
「それは予測できないから。」
「っていうよりー、予測できたらそもそも転ばないよね。」
「そらそうだ。」
「いずみさんも波多野くんもひどいよ!」
もーっ、と膨れる都に、皆が親愛を込めた笑顔を向ける。
「それ、例の写真か?」竜杜がテーブルに広げられたポケットアルバムに気付いた。
「あ、うん。演劇部の写真。」
「いいっすよ。木島らしくてらしくない。」
「あたし、結構好きかも。」
背後で、早瀬が竜杜を呼んだ。
今行く、と慌てて返事を返す。
「悪い。店が終わったらゆっくり見る。」
その言葉に都は少し嬉しくなる。
「次」でも「そのうち」でも「いつか」でもない時間があることに。
頷くと笑顔で言った。
「あとで、ね。」
【完】
えー、ひとまず「ハザクラ咲く頃-アルラの門4-」完結でございます。が、そのまま幕間的な話「コーヒーブレイク -アルラの門4.5-」更新して行きたいと思います。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




