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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
98/341

フェーヴ

「お疲れさまです、十碧様。ご機嫌うるわしく存じます、篠沢様」

「こんにちは、遠藤さん」

 来海家の運転手は、礼儀正しく我々を迎えてくれた。

 そして十碧くんと私が後部座席に乗り込み、自分も運転席に納まると、彼は再び口を開いた。

「十碧様。先ほど、大奥様から連絡がありました」

「――あ?」

 十碧くんは思いっきり眉をひそめた。

「注文の品が入荷したので、学校帰りに引き取ってきてほしいとのことです」

「何で俺に使い走りさせるんだ」

「嫌がらせだそうです」

「ごまかしもしねえのか、あのクソババアァッ!」

(ヒッ)

 突如、十碧くんは激昂した。

「篠沢様。先にお宅までお送り致しますので、ご心配なく」

「えっ!? あっ、いえ――」

 私は十碧くんの形相に目を奪われたが、遠藤さんは平然としていた。

「――遠藤。篠沢さんはスーパーへお買い物にいらっしゃるそうだ」

「十碧くん、頭に血が昇ってフェアリーと本性が混同してるよ!?」

 微妙に丁寧な口調で、彼は低〜い声を響かせた。

「スーパーですね。どちらのお店にしましょうか、篠沢様?」

「どうしてそんなに冷静なんですか、遠藤さん!」

 私と違い、運転手は全く動じていなかった。

「篠沢様。十碧様のヒステリーごときでうろたえているようでは、来海家の使用人など務まりませ――」

「ヒステリーたぁ何だぁっ!」

 ――どしっ!

 遠藤さんが叩かれた。

「俺は情緒不安定じゃねえ! いつも真っ当な理由をもって怒ってるだけだぁぁっ!」

 おうちでもいつも怒ってるのか、君は?

「失礼しました」

 さらっと謝り、遠藤さんは再び私に尋ねた。

「それで、篠沢様。どちらのお店に参りましょうか。お肉の特売、野菜の二割引き、冷凍食品の半額――どれを優先なさいますか?」

「詳しいですね!?」

 主婦ですか、アナタは。

「えーと、じゃあ、お肉の特売のお店に……」

「かしこまりました」

 車がようやくスタートした。

「ちっ……あのババア……」

 十碧くんはまだ怒っていた。何やらぶつぶつ呟いている。

「……注文の品って何ですか?」

 私は運転席に向かって尋ねた。

 が、なぜか答えたのは十碧くんだった。

「皿かなんかだろ。祖母の趣味は陶磁器集めだから」

「私、スーパーまででいいよ? そのお店って遠いの?」

 と、今度は十碧くんに尋ねた。

 が、なぜか答えたのは遠藤さんだった。

「大丈夫ですよ、篠沢様。偶然にも、これから行くスーパーの斜め向かいが大奥様ご贔屓の雑貨店です」

「近っ!」

 ほんとに偶然か? 小実代さんと十碧くんと私の三人に気を遣って、最も手間と時間の掛からないコースを選んだんじゃないか、遠藤さん?

(というか……実は、野菜の二割引きも冷凍食品の半額も同じお店だったりして……)

 波風が立たないよう、密かに全方向へ配慮する――彼の日常を垣間見た気がした。


 来海家の車はスーパーの駐車場に停まった。私はお肉を、十碧くんは皿(?)を求め、それぞれの店へ向かう。

 ちなみに私の入ったスーパーでは確かにお肉が特売だったが、その他にも野菜が二割引きで冷凍食品が半額だった。

(……やっぱり)

 さては、私がどう答えてもこのお店に誘導するつもりでしたね、遠藤さん。

 小実代さんのご用命を遂行しつつ、遠回りにならないよう、十碧くんと私の目的地を至近距離に集約する――使用人の鑑である。

 それはさておき、しばし後――。購入した物を提げて車へ戻ると、十碧くんは後部座席で手鏡を眺めていた。

(……)

「『鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?』」

「『それは十碧様、あなたです』」

「何だ、お前らぁぁっ!」

 ――どしどしっ!

 十碧くんの連続チョップが炸裂した。

「遠藤さん……まさか私の戯言に付き合ってくれるなんて……」

「篠沢様……まさか私の心の声を代弁して下さるとは……」

「いつも心の中で俺にそんなセリフ当ててたのかお前ぇっ!」

 ――どしっ!

 遠藤さんはもう一発叩かれた。

(考えることはみんな同じか……)

 しかし、その程度でこたえる遠藤さんではない。大してダメージを受けた様子もなく、彼は私のマンションへ向けて車を出発させた。

「まあ……それはともかく」

「何がともかくだ」

「十碧くん、お皿は?」

 見たところ、後部座席にそれらしきものはない。

「トランクに入れた」

「数が多かったの?」

「そういうわけじゃないが……」

 十碧くんは不審そうな眼差しを後ろへ向けた。

「何なんだ、あの皿……人が乗れるぐらい巨大だったぞ……」

「えっ!?」

 何に使うんだろう、そんなもの。

「……大宴会でも開くとか? で、特別なお皿に特別な料理を――」

「いや、皿ってのは、食べ物を載せるとは限らないからな?」

「何だ」

 ちょっと残念。

「お前……何を期待してたんだ?」

「いや、別に何も期待してはいないけど」

「だったら無駄に妄想するんじゃねえ!」

「そうだね、無駄にがっかりしたよ!」

「……」

 十碧くんは呆れ顔になった。

「喰い気一辺倒だな、お前は」

「う」

 返す言葉もない。

「……菓子にでもしたほうが良かったか?」

「え?」

「まあいいか。関係なくもないし」

「?」

 十碧くんはどこからか、小さな四角い包みを取り出した。

 ――あれ?

「えええっ!? 手鏡がなくなってる! いつの間にしまったの!?」

「そこに驚くか!? くだらないことに注目するな!」

「くだらなくないよ、イリュージョンだよ!」

「お前がぼーっとしてただけだろ! 俺は普通に片づけたぞ!」

「え――っ!?」

 全然気づかなかった。

「ていうか、そんなこたぁどうでもいい! ――ほら、これ」

「えっ!?」

 彼は包みを差し出してきた。

「……何?」

「今日、誕生日なんだろ。やるよ」

「……え」

 私はきょとんとした。

「『やるよ』って……これ、どうしたの?」

「皿のついでに買ってきた」

「へっ!? 今!?」

 驚いた。この人は私の誕生日を知らなかったはずだから、前もって用意した物じゃないだろうとは思ったが。

「き、気を遣ってくれなくて良かったのに……ていうか、まさか十碧くんが私に気を遣ってくれるなんて……」

「明日は雨でしょうか……」

「どういう意味だ、お前らぁぁっ!」

 ――どしどしっ!

 再び、十碧くんの連続チョップが炸裂した。

「俺は礼儀知らずじゃねえ! だいたい、この種の記念日をスルーしたら角が立つだろうが!」

「そうなの!?」

 上流社会は大変らしい。

「いいから受け取れ。ほら」

「う、うん……ありがとう」

 微妙にピリピリした空気の中、私はその包みを貰った。

「あ、開けてもいいかなっ?」

「なに怯えてるんだ」

「いえ、別に」

 何となく、派手に破いたら怒られそうな気がしたので、なるべく丁寧に包装を取った。すると。

(おぉっ?)

 中から現れたのは、それぞれ二〜三センチほどの、小さな陶器のセットだった。背中に羽のある王子様とお姫様、魔女、チューリップ、白い蝶、ツバメ――いろいろ揃っている。

「あっ、これ、フェーヴ!? わ〜、可愛い!」

 フェーヴ――ガレット・デ・ロワに入れる、小さな陶製の人形だ。

 ガレット・デ・ロワとは、フランジパーヌ(カスタードクリームにアーモンドクリームを加えたもの)の詰まったパイである。フランスの伝統的なお菓子で、中にこのフェーヴを一つ隠し入れる。切り分けたピースにフェーヴが入っていた人は、その日の王様・女王様として祝福されるらしい。

「俺はよく知らないけど……パイに入れるやつなんだろ? これ」

「うん! 良かったら今度作ってこようか?」

「――さりげなく僕にカロリー摂取させようとしてないかな、篠沢さん?」

「……」

「……」

「し、してないよ!」

「なら、今の間は何だ!」

「気のせいだよ! これ、インテリアとして飾るのもいいよね! ああ嬉しい、ありがとう!」

 我ながらわざとらしかったが、私はそれでもごまかした。

「……十碧様……」

 ん?

「まさか、こんな日が来ようとは……」

(へっ!?)

 ふと気がつけば、遠藤さんが何やら感極まった様子で唇を震わせていた。

「まさか……まさか十碧様が、何の裏も義務も損得勘定もなくご自分の意志でお友達にバースデープレゼントを贈るとは!」

「どういう意味だぁぁっ!」

 ――どしっ!

 遠藤さんが単独で叩かれた。

「俺は利害至上主義じゃねえ! 単に今までそういう付き合いの相手しかいなかっただけだろうがぁっ!」

「そうですね。親しくなり過ぎれば十碧様はボロが出やすくなり、ファンの方はストーカー化しやすくなる――ゆえに、お付き合いは広く浅く。さすが十碧様、慎重です」

「ボロたぁ何だ! 俺はいつだって完璧なフェアリーだ!」

 それはどうかな? 少なくとも今この瞬間、君は『完璧なフェアリー』じゃないと思うぞ? なかなかの形相だ。

 ――それはともかく。

(……そうか。この人、普段は迂闊にプレゼントも出来ないのかも……)

 上流社会は大変らしい。何をするにも後のことやら利害関係やらを考慮するのだろうか。

(でも、これは純粋な厚意でくれたんだよね……)

 十碧くんは騒ぎ、遠藤さんは微妙に彼の神経を刺激する。車内はちょっとばかりピリピリした空気のままだが、それでも私の気分は和んだ。フェーヴセットを見下ろすと、頬が緩む。

 今日は、たくさんお祝いしてもらえた――。

 プレゼントにケーキ、そして「おめでとう」の言葉と、笑顔。

(誕生日って、嬉しい日なんだ……)

 生まれて初めて、そう思った。



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