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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
93/341

アメジスト

 祭りの後にはテストがやってくる。

 バレンタインは祭りではないが、似たようなものだ。ともかくテストがやってくる。じきに三月、もうすぐ期末試験である。

(今年度最後の試験か……)

 『この子』は頭がいい。おかげでこの一年、勉強が全く苦にならなかった。中学時代とは雲泥の差だ。

(……二年生に、なれる)

 今の成績なら問題ないだろう。私は進級できる。

(本当なら、『高校生』にすらなれなかったはずなのに……)

 それを思うと、ちょっと感慨深い。

「エルム、エルム」

(ん?)

 夜。机に向かっていると、クマが忽然と現れた。

 つやつや光る漆黒の髪、妖しく底知れない闇の瞳。捕食モードだ。

「日付、変わったぞ」

「……もうそんな時間?」

 言われて目を上げれば、確かに時計の針は0時を指していた。

「でも、それがどうかした?」

「行くぞ」

「え」

 奴はいきなり、私の手を取った。と同時に、黒い気配がぶわっと広がる。翼だ。

「何、飛ぶの? どこに――」

 次の瞬間、上昇する感覚が全身を走った。

(っ!?)

 視界が切り替わる。自室が消え、夜空が見えた。いつの間にか、私とクマはマンションの真上に浮かんでいる。

「港へ行ってみるか。ほら、あのてっぺん」

 と、奴は遠くに佇む高層ビルを指差した。この辺りで一番高い建物だ。

「……。いいけど」

 急に散歩でもしたくなったのだろうか。気まぐれな奴だ。

 まだ眠くないし、クマのおかげか『篠沢恵瑠夢』のおかげか、寒くもない。私はクマに手を引かれ、真夜中の空を飛んだ。

 ほどなく、高層ビルのてっぺんへ到着する。街は明るく、美しい夜景を見下ろせた。

「……ここ、関係者以外立ち入り禁止だよね?」

「今更気にするなよ、そんなこと」

「今更?」

「もっとまずそうな場所だって行っただろ。エッフェル塔のてっぺんとか凱旋門のてっぺんとか」

「……。行ったね。GWに」

 確かに、よく考えたらここよりまずそうな場所だ。ヘタしたら国際問題である。

 といっても、バレる心配はないが。

 私は街を見渡した。

「あんた、高いところが好きだよね。普段は地下にいるから?」

「オレは地底人じゃない」

「地獄って地の底にあるんじゃないの?」

「お前の発想は単純だな。じゃあ聞くが、雲の上に天国があったか? 何度も一緒に空飛んだだろうが」

「なかったなあ、そういえば」

 ガガーリンの名言通り。上空に神様はいなかった。

「お前は綺麗なものが好きだよな。自分が綺麗じゃないから」

「悪かったね。その通りだけど」

 人間はないものねだりの生き物である。

「――ほら、見ろよ。今日は豪華客船が停まってるぞ」

 クマは港を指差した。

「おぉっ、ほんとだ。大きいね」

 名前は分からないが、白くて美しい船だった。課外授業の時、ボトルシップ展であんなのを見た気がする。

「あとでタイタニックごっこしに行くか」

「沈めないでよ!?」

「くくく……」

 油断ならない。

「……で、今日はどうしたの? 0時に飛びたい気分だったわけ?」

「ん? ああ。お前にこの夜景を見せてやろうと思ってな」

「……。ふうん」

 妙にまともだ。こいつにしては。

「あんたのことだから、『じゃあ、ちょっと消してみるか』とか言って大停電でも起こす気かと思ったよ」

「おっ? 面白そうじゃねえか。やってみるか」

 クマは街に向かって手をかざした。

「いや、やめて! 絶対やめて!」

「くくく……いきなり世界が真っ暗になったら、お前らビックリするだろうな」

「ビックリどころじゃ済まないよ!?」

 大混乱である。

「冗談だ」

「冗談!?」

 だから、あんたがそういうことを言うとシャレにならないってば、クマ。

「今日は、お前の嫌がることはしない」

「今日は!?」

 やっぱり油断ならない。

「――さあ。これ、やる」

「え」

 指をひらりと返すと、奴の手に何かが現れた。それは、銀色の――。

「……ブレスレット?」

「腕時計だ」

「あ、ほんとだ」

 よく見たら、複数のパーツの中に時計の文字盤があった。しかし、ブレスレットみたいなデザインだ。他にも銀やアメジストのパーツが光っている。

「手、出しな。つけてやる」

「……。それ、普通の腕時計?」

「くくく……」

 クマは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「そう警戒するなよ」

「警戒するよ!」

 契約中、クマは私をあらゆる危害から守る義務がある。もちろん、クマ自身も私に危害を加えてはならない。

 ――が、『危害』とまではいかない程度にビックリさせられることは多々ある。

「安心しろ。今回は呪いも魔法もかかってない。つけても、凍ったり燃えたり吹っ飛んだりはしねえよ」

「安心できないよ!?」

 むしろ不安を煽られた。

「何!? それ以外の何かが起こるの!?」

「深読みするなよ。ただの腕時計だ」

 クマは私の左手を取り、その腕時計を装着した。

「っ!」

 私は腕時計を凝視した。

「……」

 次に、街を見渡した。

 その次は海と船を見た。

 そして最後に空を見た。

(……)

「えええっ!? どこが違うのか分からない!」

「間違い探しじゃねえよ! ただの腕時計だって言っただろ!」

 ――何も起こらなかった。

「どうしたの、クマ! 妙にまともだよ! あんたが真夜中にこんなとこで普通の物をくれるなんて!」

「そこまで驚くか?」

 クマはちょっと呆れた顔をしてから、にやりと笑った。

「どうもしねえよ。お祝いだ」

「はっ?」

「――誕生日、おめでとう」

「……えっ……」

(誕生……日……?)

 一瞬、私の思考は停止した。

「あ……そうか。今日………」

 日付が変わったから――もう、今日だ。

(……)

 私は改めて、左手の腕時計を見た。

「じゃあ、これ……バースデープレゼント?」

「ああ。それと、この景色もな」

 と、奴は軽く腕を広げ、夜景を示した。

「アメジストは二月の誕生石だ。お前は今、ここにいる。まだ時間はある」

「……。うん」

 そういう意味のプレゼントなのか?

「私、まだ、年を取れるんだね……」

 本当なら、『十六歳』にはなれなかったはずなのに。ちょっと感慨深い。

 顔を上げ、私はクマを見て微笑んだ。

「ありがとう。誕生日に『おめでとう』なんて言ってもらえたの、初めてだよ」

「だろうな」

 奴は肩をすくめた。

「お前、自分でも忘れてたろ」

「覚えてたって仕方ないからね……」

 私にとって、誕生日とは『いつの間にか過ぎてる日』である。今までお祝いしてくれる人はいなかったし、自分で自分を祝うこともなかった。

 でも、今は違う。クマがいる。それに、私にも誕生日を祝ってあげたい知人が増えた。

「そういえば結局、去年はみんなにろくなプレゼントが出来なかったなあ。今年はちゃんと考えなきゃ」

 思い返せば十碧くんを除き、去年はその日のデザートを譲ったり一緒にお昼を食べたりするだけだった。今年はもう少しマシにしよう。

「他人のは覚えてるんだな」

 クマは呆れたらしかった。

(――ん?)

「そういえば……あんたって、誕生日あるの?」

 ふと疑問に思い、尋ねてみた。すると、奴は馬鹿にしたように笑う。

「あるわけないだろ」

「えっ、じゃああんた、『誕生』はしてないの? 最初からいたってこと?」

「『最初』? 少なくとも、お前らが暦の概念を作り出す前にはもういたぜ」

「ええっ!?」

 暦というものがいつ成立したのかは知らないが――とりあえず、大昔だろうとは思う。

「あんたって……実はすっごいおじいちゃん?」

「年寄り扱いすんなよ。オレは永遠に若いんだ」

「……」

 ほんとに若い人はそんな言い方しない。『若い』という自覚すらないのが本物の『若さ』だ。

「そっか……」

 私は呟いた。

「誕生日がないなら、あんたのことは九月の第三月曜日にお祝いしてあげるね」

「年寄りじゃねえって言ってんだろ!」

 クマはやや不機嫌になった。ほんとに若い人ならここでムキになったりしない。

(実は自覚あるんだな……)

 九月の第三月曜日――。

 敬老の日である。



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