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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
86/341

百人一首大会(決勝戦)

 予選が全て終了し、五位以下の成績が確定した。午後は中高一〜二位による決勝戦である。

 高等部はミリちゃんと門叶くんが同点一位だった。

「来海くん、何位だった?」

「三百十二位。君は?」

「三百三十九位」

 お互い、可もなく不可もなくである。ちなみに、参加人数は中高合わせて千五十名ほどだ。

「来海くん、本気出したら強そうなのに」

「君こそ。もっと上位に喰い込むかと思ってたよ」

 今、私と十碧くんは廊下にいる。近くの壁には大会の結果発表が貼り出されていた。ただし、四位以上はまだ空欄だ。その前に人だかりが出来ているのを、我々はやや離れた位置から眺めていた。

「んー……勝負にはそんなにこだわりがないから。来海くんは? フェアリー・イメージ?」

「僕のことを理解してくれて嬉しいよ。けど――篠沢さん」

 十碧くんは微笑んだ。

「こんなところで『フェアリー・イメージ』とか言わないでもらえるかな?」

「失礼しました!」

 穏やかな目。儚げな微笑。にも関わらず、この圧迫感。

(怖っ!)

「それはそうと、君――今日は紫関先輩に会わなかったみたいだね」

 ふと思い出したように、十碧くんはプリントを広げた。本日の対戦スケジュールだ。

「対戦どころか、同じ階の教室にすら一度も当たってない……。意図的に避けたわけでもないのに。君はクジ運もいいのかな」

「……」

 意図的に避けたかもしれないんだよ、理事長様が。

「紫関先輩って、今日は来てるの? 来海くん、会った?」

「さっきまでいたよ。でも大丈夫、もう帰ったから。仕事らしいよ」

「……」

 そういえば――結局、未だによく分からないが……。

「……あのさ、来海くんって、紫関先輩とはどういう関係なの?」

 教えてくれないかもしれないが、私は駄目元で聞いてみた。

「クリスマスパーティーの時、なんか意味ありげなこと言ってなかった?」

「意味ありげなこと?」

「『僕は先輩の味方ですよ』とか何とか」

「……ああ」

 十碧くんは呟いた。

「先輩個人はともかく、あの人の父親とは付き合いがあるからね。何より、僕は初姫さん側にはつきたくないし」

「……は?」

「よくある派閥争いだよ。紫関財閥って、紫関先輩の支持派と初姫さんの支持派が対立してるんだ。当人同士は特に仲が悪くはないんだけどね」

「……来海くん、その派閥争いに発言権があるわけ?」

「まさか。――表立っては、ね」

 彼は、ほんの一瞬――私にしか見えない角度で、薄く笑った。

(……)

 そういえばいつだか、紫関先輩は財閥の『後継者候補』で、初姫さんは『最有力候補』とか聞いたような気がする。由和さんも文化祭の時、初姫さんに向かって「紫関の次期当主」とか言っていた。初姫さんはそれを否定していたが。

(……ん? ということは、由和さんって初姫さんの支持派?)

 彼は、「紫関とは昔から付き合いがある」とも言っていた。ひょっとしたら十碧くん同様、派閥争いに陰の影響力を持っているのかもしれない。

(……)

 私は、十碧くんの持つ対戦スケジュールプリントへ目をやった。

 ――まさかとは思うが、自分が支持しない側だから紫関先輩に圧力かけてるんじゃないでしょうね、理事長様? だとしたら大人げないぞ。

「……あれ? でも来海くん、紫関先輩派なのに初姫さんとの縁談を持ち込まれたわけ?」

「あれは祖母の独断だよ」

「小実代さんは初姫さん派?」

「そういうわけでもないね。祖母は常に中立というか……誰の味方にもならないんだ。たとえ僕と初姫さんが婚約したとしても、それを理由に初姫さんを支持することはないよ」

「……」

 喰えない人らしい。

『――まもなく決勝戦が始まります。参加者は講堂に集合して下さい』

 その時、アナウンスが入った。

「篠沢さん、一緒に行こうか」

「うん。ミリちゃんを応援しようかな……来海くんは?」

「みんな頑張ってほしいと思ってるよ」

 十碧くんはふわりと微笑んだ。

「……。どうでもいいんだね?」

「嫌だな、そんな言い方はしてないよ」

 とはいえ、否定はしない。本音は推して知るべし。

 我々は連れだって講堂へ向かった。


 講堂のステージにはテーブルが二台設置され、それぞれ二人ずつが対戦している。その模様はスクリーンにも映し出されているため、遠くからでもよく見えた。

「め――」

 パ――ンッ!

「人は――」

 パ――ンッ!

 上の句をみなまで聞かず、取り札が高速で弾き飛ばされていく。

「ミリちゃ〜ん」

「岬〜っ」

 一番人気はミリちゃんだ。さすがミス冷泉院。声援が最も多い。

「忘ら――」

 パ――ンッ!

「高――」

 パ――ンッ!

 ミリちゃんも速いが、他の人も速い。手元が見えない。

(これが決勝レベル……)

 一般生徒の試合とは全然違った。

「ミリちゃ〜ん」

「岬〜っ」

「門叶く〜ん」

 観衆に紛れ、私も声援を飛ばしてみた。

「篠沢さん……岬さんを応援するんじゃなかったの?」

「いや、そうしようとは思ってたけど。ミリちゃんを応援する人は他にもいっぱいいるみたいだから……」

 弱い人や負けそうな人、応援の少ない人などにあえて味方する――世は、こういった行為を判官びいきと呼ぶ。

「そういえば、君……」

 ふと、十碧くんは呟いた。

「ん?」

 見ればなぜか、彼は探るような目を向けてきている。――あくまで上品に。儚げに。

「……何?」

「――放課後、門叶くんと手を繋いで歩いてたんだって?」

「え」

 私はきょとんとした。

「ずいぶん仲良くなったね。何だか想像がつかないけど……」

「え――っ!? 違うよ!」

 傍からはそう見えたか、やっぱり。あれは迷子(?)の引率みたいなものだったのだが。

「そんなこと言ったら、弟さんのほうがよっぽど仲いいよ!? お兄さんの手を引いて相合い傘してたもの!」

「えっ!?」

 十碧くんは『フェアリー・プリンス』の範囲内で、ぎょっとしたように目を見開いた。

「それは……見たかった気もするな……」

「……」

 もしやアレ、物凄い珍事だったのか?

 どうやら、私は貴重なものを目撃したらしい。

「でも、どうしてそんな状況に?」

「門叶くんの眼鏡が壊れちゃったから。――あっ、壊した犯人はナノちゃんじゃないよ!?」

「……そう言われると、逆に坂上さんが犯人のような印象を受けるよ?」

 人の心理は天の邪鬼である。たとえば、道端にゴミ箱が置いてあっても通り過ぎるが、そのゴミ箱に『覗かないで下さい』と貼り紙がしてあればかえって覗いてしまう――そんなものだ。

「まあ、それはともかく……眼鏡が壊れた? じゃあ門叶くん、大変だったろうね」

 十碧くんはふいに、何事か回想した。

「彼、裸眼だと雲の中を歩くようなものらしいから。以前、掃除用具入れを担任の先生と間違えたことがあったよ」

「……」

 もしや、眼鏡を掛けていない時に見える『幻覚』というのはその類いのことか? 門叶くん。

「来ぬ――」

 パ――ンッ!

 おぉぉ〜〜っ。

 その時、ひときわ大きな歓声が上がった。最後の歌が終わったのだ。

「ミリちゃ〜ん」

「岬〜っ」

 万雷の拍手が起こる。優勝したのはミリちゃんだ。嬉しそうに笑っている。

「今年は岬さんか……」

 十碧くんが呟いた。

「去年の優勝は?」

「門叶くんだったよ」

 今年の彼は二位である。わずか一枚の差だった。

「……」

 試合を終えた彼は、特になんの感情も出さず淡々としている。対して、中等部の二名は物凄く悔しそうだった。

 そんな彼らにも労いの声援が飛ぶ。が、やはり門叶くんへのものは一番少ない。

「門叶く〜ん」

 再び判官びいきを発揮し、私は手を振ってみた。

「篠沢さん……聞こえないと思うよ?」

「いいじゃない、気持ちだよ」

 周囲は、主にミリちゃんへの声援でいっぱいである。確かに、これではステージまで届かないだろう。私の声などたやすく呑まれてしまった。

(ん?)

 ――と思った瞬間、偶然か、門叶くんがこちらへ顔を向けた。目が合った気がする。

「……」

(おぉっ?)

 驚いた。

 なんと、彼が軽く手を振り返してくれたではないか!

 ――真顔で。

「……仲良くなったね」

「ええっ? そんなこともないと思うけど」

 十碧くんも驚いたようだ。

「だいたい今の、ほんとに私に手を振ったのかな? 自分の名前が聞こえた方向に漠然と反応しただけじゃないの?」

 人の聴覚は不思議である。多少騒がしい場所でも、己の名前や悪口だけはなぜか聞き取れることがある。

「この人ごみの中で知り合いが見分けられるか怪しいし」

「なに言ってるの、篠沢さん。他の人はともかく、僕と君が揃ってたらすぐ分かるよ」

「へ?」

(――ハッ!?)

 言われてようやく、私は気がついた。我々の周囲は、なぜか少し空いている。

(……?)

 更によく見たら、やや離れた位置には十碧くんファンとおぼしき皆さんがいて、ステージそっちのけで十碧くんに視線を注いでいた。また、ファンかどうかはさておき、『この子』に注目している人々もいる。

 故意か偶然か、そういった皆さんが防波堤となり、私や十碧くんを人ごみから守る形になっていた。

「わ〜。髪、ふわふわ〜」

「細い〜。白い〜」

「綺麗〜」

(……)

 あまり意味のあることは言われていないが。

「えっ、もしかして私たち、ずっと悪目立ちしてた!?」

 確かにこの状態なら、ステージからでも私や十碧くんの居どころが分かりそうだ……。

「まさか。悪目立ちだなんて。普通に美しく目立っていただけだよ」

「大差ないよ!」

 十碧くんは一瞬、キラッと光ってみせた。

 ――まさかとは思うが、相対的に注目度を高めたくて「一緒に行こうか」と私を誘ったんじゃないでしょうね、十碧くん?

(……あり得る)

 この人はいわゆる目立ちたがりではないが、目立つこと自体は大好きだ。

(やっぱりおばあさん似だ……)

 喰えない人である。



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