紙風船
「エルちゃん、ヨモギさんに会ったんだってー?」
「うん。ミリちゃんに聞いたの?」
冬休みが終わり、学校が始まった。
朝。高等部の下駄箱で、私はリューくんと喋っていた。
「そーそー。パーティー出たんでしょ? 俺もエルちゃんのドレス見たかったなー」
リューくんは人懐っこい笑みを浮かべた。
(……)
言っていることは紫関先輩と似たようなものだ。なのにどうしてこうも印象が違うのか。
「……リューくん、四方木さんと知り合いなの?」
「まあね〜。あの人、優しいんだよ。いっつも俺にお菓子くれるんだ〜」
「お菓子?」
「うん。『これをあげますから向こうへ行ってて下さい』って」
「……」
追い払われてないか、それは?
「そ、それでリューくん、素直に立ち去るの?」
「まあね〜。多分あの人、ミリ姉を一人にさせて休ませてあげたいんだと思うし」
「……」
それはどうかな?
(多分、リューくんをミリちゃんに近づけさせたくないだけじゃ……)
「ミリ姉、昔ほどは外で気ィ張ってないんだけどなー。まあ、ヨモギさんはそんなこと知らないからね〜」
「……」
世の中は誤解で成り立っている。リューくんにとって、四方木さんはただの『お菓子をくれる親切な人』らしい。
「それにしても、『お菓子をあげますから向こうへ行ってて下さい』って……子供扱いされてるみたいじゃない?」
「しょうがないよ。俺がほんとの子供だった時からの習慣だし」
「えっ」
――ということは。
「四方木さんって……いつから岬家にいるの?」
「んー。十年以上前からかなあ」
「……えっ……」
意外と長い。
「その頃に『ミリ姉と婚約する』とか言い出してたら犯罪だったよねー。あっははははは!」
「……」
(でもリューくん、その頃からお菓子で追い払われてたんだよね?)
笑い事で済むのか?
「えーと……ミ、ミリちゃんは四方木さんのこと……その……」
「ん? 好きなんじゃないの? でなきゃ婚約しないでしょ」
「……」
だといいが。
「そ、そっか。――あ、そういえば私、門叶くんの弟さんにも会ったよ」
私は話題を変えた。
「中等部二年だって言ってたけど……リューくんは知ってる?」
「一コ下かー。うーん……」
ちょっと考えてから、彼はパッと顔を輝かせた。
「あっ、思い出した! あのハーフの!」
「知ってるんだ?」
「直接口きいたことはないんだけどねー。『俺は将来総理大臣になる!』ってほざいてる奴でしょ?」
「――え」
そうなのか? それは初耳だ。
「最初にソレ聞いた時は『こいつ馬鹿?』とか思っちゃったー。あっははははは!」
「物凄く陽気にヒドイこと言ったね!?」
気持ちは分かるが。
「でもよく考えたらさー、不可能じゃなさそうだよね、あいつの場合」
「……門叶議員の息子さんだもんね」
日本の場合、選挙で勝ち抜くには武器『三バン』が必要だといわれている。『三バン』とは、『地盤・看板・鞄』――『選挙区内の支持者の組織・知名度・選挙資金』である。
これは、いわゆる世襲候補ならば、いずれの武器も親議員から受け継げることが多い。そのため、全く無名の新人候補に比べれば格段に有利である。その点、久貴くんならゆくゆくは三つとも手に入るはずだ。
「で、総理大臣になって何がしたいの、あの人? 世界征服ならぬ日本征服?」
「その言い方だとなんかショボイ感じがするねー。世界ならともかく、日本一コだけ征服してどうすんのさー」
「……」
明るく笑いながら、リューくんはわりと辛辣なことを言った。
「あいつはね、なんか実現できそうにないことばっか言ってるらしいよー? 国の借金ゼロにするとか、学費医療費を完全無料化するとか、国会議員の給料半額にするとか」
「ええっ?」
無理だろう、そりゃあ。
「た、例えほんとに総理大臣になれたとしても、その権限だけじゃ駄目だよね? 派閥のしがらみとかもあるだろうし」
「えー、そもそも総理大臣に権限なんてあるかなあ? 俺のイメージとしてはただのお飾りでさ、陰のブレーンに操られて演説したり答弁したりハンコ押したりするだけ、みたいな……」
「何、そのイメージ!」
極端だろう、そりゃあ。
「だってエルちゃん、トップより二番手のほうが動きやすいじゃん? よくあるでしょ、ボスを倒したと思ったら実は腹心が真のボスで……」
「ゲームのやり過ぎだよ!」
展開としてはそのほうが面白いだろうけど。
「ん? てことはあいつ、操り人形の座を目指してるのかー」
「いやいや、勝手に納得しないで!」
私だって政治なんか詳しくないが、とりあえず君のイメージは間違ってると思うぞ、リューくん。
(……ん?)
――あれ? そういえば。
「リューくん」
「何?」
「門叶くんの弟さんって……えーと、どんな感じ?」
「どんなって? 今言った通り、『俺は総理大臣になる! ふははははー!』って感じだよ〜」
「いや、さすがに高笑いはしないでしょ! リューくんの脚色だよね!?」
――それはともかく。
「えーと、小首を傾げて可愛く『小椚先輩っ』とか言われたりしない?」
「えええええっ!?」
尋ねた瞬間、リューくんは意外なほどの驚きぶりを発揮した。
「何それ!? 気色悪っ! あいつがそんなこと言い出したら俺、寒過ぎて凍え死んじゃうよ!」
「ええっ!?」
そこまで!?
「いや、だから、口きいたことはないんだけどね? でもさー、今まで見かけた限りではそんな媚びた真似する奴じゃなさそうだったよ?」
「そ、そう……」
どうやら、久貴くんは学校では猫をかぶっていないらしい。
「エルちゃんの前ではそんな態度だったわけ? 酔っ払ってたんじゃないの?」
「人前で未来の首相閣下がお酒飲むわけないでしょ!」
いや、人前じゃなくたって未成年は飲酒禁止だが。
「――ん? でも、そっか。レイ兄の例もあるし……」
ふと、リューくんは何かを思いついたように呟いた。
「え? 何それ、ダジャレ?」
「違うよ! ――って、そろそろ時間だ! エルちゃん、こっちこっち」
「えっ!?」
突如、リューくんは私を招き、下駄箱の陰へ移動した。
(……ミリちゃん?)
ターゲットが登校してくる頃なのか?
そう思い、出入り口へ目を向ける。すると――。
まさにその瞬間、本当に彼女が姿を現した。
(……)
君はストーカーの才能があるぞ、リューくん。
ミリちゃんは真っ直ぐ自分の下駄箱へ向かい、無造作にフタを開けた。
「?」
途端、中から小さな紙風船が一つ、コロッと転がり出た。
(――ん!?)
よく見れば、その紙風船には細い糸が付いていた。下駄箱から落ちたことで、その糸はピンと張る。糸の先は上方向へ伸びていた。
「……?」
ミリちゃんは糸には気づかないようだ。落ちた紙風船を拾おうと、手を伸ばす。
途端、張っていた糸がふっと緩んだ。
――ぽすっ!
「えっ!?」
ミリちゃんの頭に、別の紙風船が当たった。彼女が上を見ると――天井にびっしりと仕掛けられていた小さな紙風船の群れが、一斉に落下してくるところだった。
「ぎゃあぁあああっ!?」
避ける間もなく、ミリちゃんは紙風船の集中砲火を浴びた。
――ぽすぽすぽすっ!
「ひょえぇえええっ!?」
混乱した彼女が両腕をぶんぶん振り回す。それに命中した紙風船が数個、グシャッと潰れた。
「……」
紙風船はすぐに落ちきった。ミリちゃんは呆然と足元を見下ろす。その表面には一つ一つ、愉快な顔をしたオカメの切り絵が貼ってあった。
「あっははははは!」
リューくんが爆笑する。
「……」
ミリちゃんは一度こちらを見ると、まず革靴を履き替えた。
――グシャグシャグシャッ!
次に彼女は、足元に転がるミニオカメ紙風船たちを容赦なく踏み潰した。
「ああっ、人情紙風船!」
リューくんがふざけた声を上げる。
途端――ミリちゃんはクワッと豹変した。
「リュウゥゥゥッ!!」
「エルちゃん、またね〜」
「う、うん」
リューくんはパッと駆け出した。ミリちゃんがすかさず追いかける。
「くぉらぁぁ〜〜っ! 待たんかぁぁ〜〜っ!!」
ドドドドド!!
二人は嵐のように去っていった。
(……今年もこんな調子か……)
冷泉院の名物は健在である。




