クリスマス・イブ(ストッパー)
しばし歓談した後、久貴くんはパートナーの元へ戻っていった。
その後ろ姿を見送りつつ、私は呟いた。
「やっぱり来海くんって凄いんだねー。あの人、発光は出来ないみたいだし」
「そんなことに感心しないでほしいな」
十碧くんは呆れ顔をした。
「だって今の人、明らかに来海くんより演技力がなかったよ? 大丈夫、猫かぶりとしては来海くんのほうが勝ってるよ!」
「……」
――ぎゅううううっ!
指を握られた。
「たたたっ……!」
「いい度胸だね、篠沢さん?」
「ひ、皮肉じゃないよ!? 褒めたんだよ、心から!」
「褒めたって、猫かぶりを? それはそれでどうかと思うよ?」
だって事実じゃないか。君は一流の猫かぶりだぞ、十碧くん。
「……まあ、いいけど」
自称フェアリーは手を離した。
「ええっ? 攻撃しておいて『まあ、いい』って……」
「ん、何? もっと僕と手を繋ぎたい?」
「滅相もございません!」
キラキラ光る笑顔。押し寄せる圧迫感。
(怖っ!)
「そ、それはともかく! あの人……久貴くん? 冷泉院の生徒だったんだね、知らなかったよ!」
私は強引に話題を変えた。
「……まあ、そうだろうね」
やや間はあったが、自称フェアリーは圧迫感を消してくれた。
「彼はまだ中等部だし、小椚くんと違って高等部へ遊びにきたりもしないし」
「……遊びに……」
そんな生易しいものだろうか、リューくんのアレは。
――それはともかく。
「門叶くんも、弟さんが中等部にいるとは言ってなかったなあ。シュガーラスクに砂糖をかけて食べるとしか――」
「何? その情報」
「いや、別に」
「車の中でもそんなこと言ってなかった? 門叶くんに聞いたの? 君、彼とまともに会話が成立するわけ? 凄いね」
「……来海くん、さっき『読書中でなければ普通』ってフォローしてなかった?」
「僕は、人前で悪口は言わないんだ」
「……」
さすがフェアリー。徹底している。人前じゃなかったらどうだか分からないが。
「……篠沢……」
(ん!?)
ふいに、聞き覚えのある声がした。と同時に、ゾクッとするような違和感が走る。
ハッと振り返れば、紫関先輩がそこにいた。
「!」
目が合った瞬間、彼の顔はパアァッと輝いた。
「ああっ、こっちを向いた! 俺を見た! 目を見開いてる! 可愛いぃっ!」
「……」
私は硬直した。
「――ご、ごきげんよう……十碧さん、篠沢さん……」
(ハッ!?)
私は我に返った。
見れば先輩の横で、可憐な少女が一人、おろおろしている。
(……来てたんだ、初姫さん……)
もしや、ずっと彼のそばにいたのだろうか。先輩の存在感のせいか、全然気づかなかった。
「も、申し訳ありません……。兄には、皆さんへのご挨拶が済むまではお二人に話しかけないよう、約束してもらっていたのですが……とうとう……」
「えっ」
(この人が抑えてくれてたのか!)
どうりで紫関先輩、見るわりには近づいてこないと思った……。
「――こんばんは。紫関先輩、初姫さん」
十碧くんが挨拶を返した。すると、条件反射のように私の口が動く。
「こんばんは。初めまして」
「え」
初姫さんがきょとんとした。
(――っ!?)
言ってしまってから、私は自分で自分にぎょっとした。
「ああっ、つい! ごめんなさい!」
「いえ、そんな……」
なぜか、初姫さんは気の毒そうに目を伏せた。
「お気持ち、お察し致します……」
「いやいや、皮肉じゃないですよ!? ちょっと言い間違えただけですから!」
他意はない。別に、「あなたなんか知りませんよ」という意味で「初めまして」と言ったわけではない。
「そうだね。今日は初対面の人が多かったから……」
「おおぉ、慌ててる! 焦った顔も可愛いぃっ! そういえば初対面の時は『初めまして』とは言わなかったよな。ああっ、その貴重な一回限りの挨拶が今ここに!」
「……全然気にしてませんね、紫関先輩」
十碧くんはフォローしかけてくれたが、途中でやめてしまった。
紫関先輩は恍惚の表情を浮かべ、私を見ている。
「可愛い〜。メイドも似合ってたけど、ドレスも超可愛い〜。どこかのプリンセスみたいだぞ、篠沢っ!」
「そ、それはどうも……」
今日の『この子』は、アクアブルーのすっきりとしたドレスを着ている。ところどころに白いレースリボンのアクセントが効いていた。
「あの、お兄さま……せめてお声だけは控えめに……」
「そうですね。むやみに大声で叫んだりすればさすがに問題になりますよ、紫関先輩」
初姫さんがおろおろと先輩を宥め、十碧くんが儚げに微笑んで水を差す。先輩はやや不機嫌そうな顔をした。
(……)
文化祭の再現のようだ。とはいえ、紫関先輩はいつもよりおとなしい感じがした。ミリちゃんほどではないが、今日はこの人も社交用に切り替えているのかもしれない。
――少なくとも、まだ雄叫びは上げていない。
「……」
「……」
(――ん!?)
ふと、私は周囲の異変に気がついた。我々の近くにいる人々が、ぽかんとしたようにこちらを見ている。
(えっ、ここでも被害が!?)
ひやりとした。
が――どうやら、『石化』の域までは達していないらしい。呆然とした呟きが漏れ聞こえてくる。
「あの方……紫関社長のご子息、ですわよね……?」
「ご本人、のはずですけど……」
「初めて見ました……あんな笑顔……」
(……)
冷泉院の人々と似たようなことを言っている。しかし雄叫びがないせいか、はたまた『社交用』のため壊れっぷりが控えめなせいか、受ける衝撃も控えめなようだ。
「ああ、この格好が今日しか見れないなんて……録画したい……」
先輩は、異様に熱っぽい視線を私に注いでいる。
「お兄さま……ご本人の許可なく撮影してはいけません……」
初姫さんは、おろおろと先輩の袖を引いた。
「許可があればいいのか!? なあっ、せめて写真撮らせてくれないか!?」
先輩はサッと携帯を取り出した。その顔がパアッと輝いている。
「えっ!? えーと……」
「紫関先輩――ここは撮影禁止のはずですよ」
十碧くんも、そっと私の腕を引く。先輩との距離がさりげなく、少しだけ空いた。
「そうでなくとも、カメラの類いに敏感な方々もいらっしゃいますし、やめておいたほうが……」
「――んだと?」
その時――紫関先輩の表情が、一瞬にして冷えた。
鋭い美貌が復活する。彼は、十碧くんをきつく睨んだ。
「俺の邪魔をするな、来海」
「邪魔……ですか?」
十碧くんは少し怯んだような表情を浮かべてみせ、小首を傾げた。
「僕は――先輩の味方ですよ?」
「……っ」
次の瞬間、先輩はギクッとしたような顔になり、すぐにまた不機嫌そうに十碧くんを睨みつけた。
(……?)
何だ、今のは。何かの駆け引きか? 私には意味が分からないが。
「お、お兄さま……ほら、篠沢さんの写真でしたらここに……」
「!」
いつの間にか初姫さんも携帯を取り出していた。紫関先輩はその画面を見るや否や、彼女の手からパッとそれを奪う。
「……」
緩む頬。笑みのこぼれる唇。じーっと見つめる、うっとりした瞳。
(……)
怖い。
「……初姫さん、あれは?」
「文化祭の時に撮影したツーショットです……。こんなこともあろうかと、私の携帯にも保存しておきました……」
「こんなこともあろうかと!?」
先輩を宥める道具として準備していたのか、初姫さん!?
「あの……兄のマネージャーを呼びましょうか……? その辺りにいるはずですので……」
「えっ」
私はきょとんとした。
「今日はこの会場、女性同伴じゃないと入れないんじゃなかったですか?」
「そうですが……彼には、あまり関係ないようです……」
「……」
勝手に忍び込んでいるということか、それは?
「い、いいんですか?」
「良くはありませんが……その、彼は仕事熱心で……」
「――そうですね。あの人は初姫さんの行くところ、どこにでも現れますから。優秀なボディーガードですね」
「……ええ、まあ……」
十碧くんの言葉に、初姫さんはちょっと目を逸らした。
(……)
そういえばその人……確か、初姫さんの元ストーカーだったな……。
私は思わず、再度周囲を確認した。
「篠沢さん、無駄だよ。見える位置にいるはずがない。プロなんだから」
「来海くんにも分からないの?」
「――どういう意味かな?」
「何でもないです!」
来海十碧。複数のコンパクトミラーを持ち歩き、光ったり人影を察知したりする男。
彼に死角はないはずだが――まあ、初姫さんたちの前でその話は出来ないか。
「――ハッ!? しまった、見とれてた! 目の前に実物がいるのに!」
先輩が我に返った。携帯から顔を上げ、また私に視線を注ぐ。
「なあっ、ここが駄目ならテラスに出ないか!? そこでなら写真撮らせてくれるか!?」
「ええっ!?」
めげない人だ。
「紫関先輩――たとえテラスでも、あまり騒げば問題になると思いますよ?」
すかさず、十碧くんが儚げな微笑で水を差す。先輩は彼をキッと睨んだ。
「し、篠沢さん……兄のマネージャーを呼びましょうか……?」
と、初姫さんがおろおろしながら繰り返す。
「……いえ、クリスマスにこんなところで連行されるのも可哀想ですから……」
というか、これ以上目立ちたくない。ただでさえ、『フェアリー・プリンス』と『ゼロ=グロムウェル』は注目を集めているのだ。
「篠沢さん……お優しいのですね……」
初姫さんは申し訳なさそうに、でもどこかほっとしたように、微笑んだ。
(……)
この人も、本当はこんなところでお兄さんを引っ立てさせたくないのだろう。かといって『この子』に迷惑はかけられないと、気にしてくれてもいる。
(苦労してそう……)
初姫さんの日常が、何となく察せられた。




