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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
76/341

クリスマス・イブ(ストッパー)

 しばし歓談した後、久貴くんはパートナーの元へ戻っていった。

 その後ろ姿を見送りつつ、私は呟いた。

「やっぱり来海くんって凄いんだねー。あの人、発光は出来ないみたいだし」

「そんなことに感心しないでほしいな」

 十碧くんは呆れ顔をした。

「だって今の人、明らかに来海くんより演技力がなかったよ? 大丈夫、猫かぶりとしては来海くんのほうが勝ってるよ!」

「……」

 ――ぎゅううううっ!

 指を握られた。

「たたたっ……!」

「いい度胸だね、篠沢さん?」

「ひ、皮肉じゃないよ!? 褒めたんだよ、心から!」

「褒めたって、猫かぶりを? それはそれでどうかと思うよ?」

 だって事実じゃないか。君は一流の猫かぶりだぞ、十碧くん。

「……まあ、いいけど」

 自称フェアリーは手を離した。

「ええっ? 攻撃しておいて『まあ、いい』って……」

「ん、何? もっと僕と手を繋ぎたい?」

「滅相もございません!」

 キラキラ光る笑顔。押し寄せる圧迫感。

(怖っ!)

「そ、それはともかく! あの人……久貴くん? 冷泉院の生徒だったんだね、知らなかったよ!」

 私は強引に話題を変えた。

「……まあ、そうだろうね」

 やや間はあったが、自称フェアリーは圧迫感を消してくれた。

「彼はまだ中等部だし、小椚くんと違って高等部へ遊びにきたりもしないし」

「……遊びに……」

 そんな生易しいものだろうか、リューくんのアレは。

 ――それはともかく。

「門叶くんも、弟さんが中等部にいるとは言ってなかったなあ。シュガーラスクに砂糖をかけて食べるとしか――」

「何? その情報」

「いや、別に」

「車の中でもそんなこと言ってなかった? 門叶くんに聞いたの? 君、彼とまともに会話が成立するわけ? 凄いね」

「……来海くん、さっき『読書中でなければ普通』ってフォローしてなかった?」

「僕は、人前で悪口は言わないんだ」

「……」

 さすがフェアリー。徹底している。人前じゃなかったらどうだか分からないが。

「……篠沢……」

(ん!?)

 ふいに、聞き覚えのある声がした。と同時に、ゾクッとするような違和感が走る。

 ハッと振り返れば、紫関先輩がそこにいた。

「!」

 目が合った瞬間、彼の顔はパアァッと輝いた。

「ああっ、こっちを向いた! 俺を見た! 目を見開いてる! 可愛いぃっ!」

「……」

 私は硬直した。

「――ご、ごきげんよう……十碧さん、篠沢さん……」

(ハッ!?)

 私は我に返った。

 見れば先輩の横で、可憐な少女が一人、おろおろしている。

(……来てたんだ、初姫さん……)

 もしや、ずっと彼のそばにいたのだろうか。先輩の存在感のせいか、全然気づかなかった。

「も、申し訳ありません……。兄には、皆さんへのご挨拶が済むまではお二人に話しかけないよう、約束してもらっていたのですが……とうとう……」

「えっ」

(この人が抑えてくれてたのか!)

 どうりで紫関先輩、見るわりには近づいてこないと思った……。

「――こんばんは。紫関先輩、初姫さん」

 十碧くんが挨拶を返した。すると、条件反射のように私の口が動く。

「こんばんは。初めまして」

「え」

 初姫さんがきょとんとした。

(――っ!?)

 言ってしまってから、私は自分で自分にぎょっとした。

「ああっ、つい! ごめんなさい!」

「いえ、そんな……」

 なぜか、初姫さんは気の毒そうに目を伏せた。

「お気持ち、お察し致します……」

「いやいや、皮肉じゃないですよ!? ちょっと言い間違えただけですから!」

 他意はない。別に、「あなたなんか知りませんよ」という意味で「初めまして」と言ったわけではない。

「そうだね。今日は初対面の人が多かったから……」

「おおぉ、慌ててる! 焦った顔も可愛いぃっ! そういえば初対面の時は『初めまして』とは言わなかったよな。ああっ、その貴重な一回限りの挨拶が今ここに!」

「……全然気にしてませんね、紫関先輩」

 十碧くんはフォローしかけてくれたが、途中でやめてしまった。

 紫関先輩は恍惚の表情を浮かべ、私を見ている。

「可愛い〜。メイドも似合ってたけど、ドレスも超可愛い〜。どこかのプリンセスみたいだぞ、篠沢っ!」

「そ、それはどうも……」

 今日の『この子』は、アクアブルーのすっきりとしたドレスを着ている。ところどころに白いレースリボンのアクセントが効いていた。

「あの、お兄さま……せめてお声だけは控えめに……」

「そうですね。むやみに大声で叫んだりすればさすがに問題になりますよ、紫関先輩」

 初姫さんがおろおろと先輩を宥め、十碧くんが儚げに微笑んで水を差す。先輩はやや不機嫌そうな顔をした。

(……)

 文化祭の再現のようだ。とはいえ、紫関先輩はいつもよりおとなしい感じがした。ミリちゃんほどではないが、今日はこの人も社交用に切り替えているのかもしれない。

 ――少なくとも、まだ雄叫びは上げていない。

「……」

「……」

(――ん!?)

 ふと、私は周囲の異変に気がついた。我々の近くにいる人々が、ぽかんとしたようにこちらを見ている。

(えっ、ここでも被害が!?)

 ひやりとした。

 が――どうやら、『石化』の域までは達していないらしい。呆然とした呟きが漏れ聞こえてくる。

「あの方……紫関社長のご子息、ですわよね……?」

「ご本人、のはずですけど……」

「初めて見ました……あんな笑顔……」

(……)

 冷泉院の人々と似たようなことを言っている。しかし雄叫びがないせいか、はたまた『社交用』のため壊れっぷりが控えめなせいか、受ける衝撃も控えめなようだ。

「ああ、この格好が今日しか見れないなんて……録画したい……」

 先輩は、異様に熱っぽい視線を私に注いでいる。

「お兄さま……ご本人の許可なく撮影してはいけません……」

 初姫さんは、おろおろと先輩の袖を引いた。

「許可があればいいのか!? なあっ、せめて写真撮らせてくれないか!?」

 先輩はサッと携帯を取り出した。その顔がパアッと輝いている。

「えっ!? えーと……」

「紫関先輩――ここは撮影禁止のはずですよ」

 十碧くんも、そっと私の腕を引く。先輩との距離がさりげなく、少しだけ空いた。

「そうでなくとも、カメラの類いに敏感な方々もいらっしゃいますし、やめておいたほうが……」

「――んだと?」

 その時――紫関先輩の表情が、一瞬にして冷えた。

 鋭い美貌が復活する。彼は、十碧くんをきつく睨んだ。

「俺の邪魔をするな、来海」

「邪魔……ですか?」

 十碧くんは少し怯んだような表情を浮かべてみせ、小首を傾げた。

「僕は――先輩の味方ですよ?」

「……っ」

 次の瞬間、先輩はギクッとしたような顔になり、すぐにまた不機嫌そうに十碧くんを睨みつけた。

(……?)

 何だ、今のは。何かの駆け引きか? 私には意味が分からないが。

「お、お兄さま……ほら、篠沢さんの写真でしたらここに……」

「!」

 いつの間にか初姫さんも携帯を取り出していた。紫関先輩はその画面を見るや否や、彼女の手からパッとそれを奪う。

「……」

 緩む頬。笑みのこぼれる唇。じーっと見つめる、うっとりした瞳。

(……)

 怖い。

「……初姫さん、あれは?」

「文化祭の時に撮影したツーショットです……。こんなこともあろうかと、私の携帯にも保存しておきました……」

「こんなこともあろうかと!?」

 先輩を宥める道具として準備していたのか、初姫さん!?

「あの……兄のマネージャーを呼びましょうか……? その辺りにいるはずですので……」

「えっ」

 私はきょとんとした。

「今日はこの会場、女性同伴じゃないと入れないんじゃなかったですか?」

「そうですが……彼には、あまり関係ないようです……」

「……」

 勝手に忍び込んでいるということか、それは?

「い、いいんですか?」

「良くはありませんが……その、彼は仕事熱心で……」

「――そうですね。あの人は初姫さんの行くところ、どこにでも現れますから。優秀なボディーガードですね」

「……ええ、まあ……」

 十碧くんの言葉に、初姫さんはちょっと目を逸らした。

(……)

 そういえばその人……確か、初姫さんの元ストーカーだったな……。

 私は思わず、再度周囲を確認した。

「篠沢さん、無駄だよ。見える位置にいるはずがない。プロなんだから」

「来海くんにも分からないの?」

「――どういう意味かな?」

「何でもないです!」

 来海十碧。複数のコンパクトミラーを持ち歩き、光ったり人影を察知したりする男。

 彼に死角はないはずだが――まあ、初姫さんたちの前でその話は出来ないか。

「――ハッ!? しまった、見とれてた! 目の前に実物がいるのに!」

 先輩が我に返った。携帯から顔を上げ、また私に視線を注ぐ。

「なあっ、ここが駄目ならテラスに出ないか!? そこでなら写真撮らせてくれるか!?」

「ええっ!?」

 めげない人だ。

「紫関先輩――たとえテラスでも、あまり騒げば問題になると思いますよ?」

 すかさず、十碧くんが儚げな微笑で水を差す。先輩は彼をキッと睨んだ。

「し、篠沢さん……兄のマネージャーを呼びましょうか……?」

 と、初姫さんがおろおろしながら繰り返す。

「……いえ、クリスマスにこんなところで連行されるのも可哀想ですから……」

 というか、これ以上目立ちたくない。ただでさえ、『フェアリー・プリンス』と『ゼロ=グロムウェル』は注目を集めているのだ。

「篠沢さん……お優しいのですね……」

 初姫さんは申し訳なさそうに、でもどこかほっとしたように、微笑んだ。

(……)

 この人も、本当はこんなところでお兄さんを引っ立てさせたくないのだろう。かといって『この子』に迷惑はかけられないと、気にしてくれてもいる。

(苦労してそう……)

 初姫さんの日常が、何となく察せられた。



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