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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
75/341

クリスマス・イブ(妖精と人形)

 十碧くんに近づく女性と喋ったり、『この子』に寄ってくる男性と挨拶したりする隙を突いて、私はひと通りの料理を食べ終えた。

「美味しかった〜。何を食べてるのかよく分からなかったけど」

「正体不明の物をよく口に入れられるね……」

 十碧くんは呆れていた。

「――来海先輩っ」

(ん?)

 その時、明るい声がした。見れば、誰かがいそいそとやってくる。

「ああ、良かったっ。やっとご挨拶できますよー。こんばんはっ」

 我々のそばまで来ると、その人物は無邪気に笑った。

 蜂蜜色の髪、くりっとした瞳。苺のような唇、繊細そうな白い肌。

 まるでお人形さんみたいな、とても可愛い少年だ。

「君か……こんばんは。元気そうだね」

 十碧くんは素早く笑顔に戻った。

「はいっ。先輩もお元気そうで何よりですー」

 お人形さんは、ことんと小首を傾げた。

(……?)

 途端、私はなぜか違和感を覚えた。

(……)

 しかし、何に対する違和感なのか。自分でも分からない。

「もう、ハラハラしちゃいましたよー。周りに人が途切れなくて、なかなか声をかけられなくてっ。先輩たち、大人気なんですねー。ほんとはもっと早くお話ししたかったんですけどっ」

「ふふ……大げさだね」

 儚げに微笑む自称フェアリー。無邪気にニコニコするお人形さん。

(……)

 違和感が募った。

「ところで、君――パートナーは?」

「それが、紫関先輩のところに行っちゃったんですよー。僕、放ったらかしですー……」

 と、お人形さんは急に寂しげな表情を浮かべ、しゅんとうつむいた。

 かと思ったら、また唐突にパッと顔を上げ、私を見る。

「来海先輩のパートナーは綺麗な人ですねっ。さっきから注目の的ですよー。ご紹介していただけませんかっ?」

「……そうだね」

 十碧くんはまず、私にお人形さんを紹介した。

「篠沢さん。こちらは、門叶久貴くん――門叶先生の息子さんだよ」

「……え」

 ハッとした。

 すっかり忘れていたが、そういえば今日は、門叶くんの弟さんがいるかもしれないと聞いていたんだった。

(こ、この人が? 十碧くんを上回る猫かぶり?)

「初めましてっ。よろしくお願いしますー」

 お人形さんは、さっきとは逆方向に小首を傾げた。

 十碧くんは次に、私を彼へ紹介する。

「こちらは、篠沢恵瑠夢さん。僕と同じ、高等部一年生だよ」

「あっ、じゃあ先輩なんですねー。僕、中等部二年なんですよっ」

 この人も冷泉院か。それは知らなかった。

「……こんばんは。初めまして」

 例によって、私はそう言った。

「お会いできて嬉しいですっ。来海先輩とは親しいんですかー?」

「――そうだね。友人だから」

 質問されたのは私だが、答えたのは十碧くんだった。

(……)

 改めて、私はお人形さんを見た。

 無垢な瞳。愛想のいい物腰。天真爛漫、という感じだ。――が。

(……十碧くんに負けてるな)

 違和感の正体が判明した。

 目線、表情、小首を傾げる仕草――これは、演技だ。そうと知って見れば分かる。彼は十碧くんや私に対し、常に『最も魅力的に見える調整』を行っていた。

 が――それはあくまで、目の前にいる人だけをターゲットとしたものだ。十碧くんのように『360°どこから見てもフェアリー・プリンス』という域までは達していない。

 要するに――不自然なのだ、微妙に。

(……キャリアの違い?)

 十碧くんのフェアリー歴は長い。お人形さんのほうはいつから猫をかぶっているのか知らないが。

 ――あるいは。

(私……人の演技を見抜くスキルが身に付いてる……?)

 恐ろしい。十碧くんの『名演』を見慣れたせいか?

「ひょっとして、クラスも同じとかっ?」

「いや、それは違うけど」

「来海先輩はD組でしたよねっ? 篠沢先輩は何組なんですかー?」

「彼女はA組だよ」

 お人形さんは私をじっと見て質問してくるが、答えるのはやっぱり十碧くんだ。私は愛想笑いを浮かべていた。

「それにしても、来海先輩といい篠沢先輩といい、高等部は素敵な人ばかりですねっ。兄が羨ましいですー」

「え……そんな。でも、君のお兄さんもその一員だろう?」

 自称フェアリーは照れたようにはにかんだ。

(……おぉ)

 さすが。知らなければ絶対分からない、ごく自然な表情だ。心の中では照れるどころか、「当然!」とふんぞり返っているだろうに。

「僕は、彼の知識や明晰な頭脳を尊敬しているよ」

「ありがとうございますっ。ちょっと変わったところもあるけど、自慢の兄なんですよー」

(……変わったところ……)

 交信中の門叶くんの姿を思い浮かべてしまった。今日もあの調子だろうか。

「篠沢先輩は、僕の兄のことは知ってますかー?」

「知ってるよね、篠沢さん?」

「うん」

 彼とは、オリーブ使用のパンを貰ったりシャルロット・ポワールをあげたりする程度の仲である。

「そうですかー。喋ったりしますー?」

「え? うーん……時々は」

「えっ、喋るんですか!?」

 自分で聞いておきながら、なぜかお人形さんはぎょっとしたように目を見開いた。

「な、何を話すんですか? というか……会話、成立します?」

「……」

 確かに、あの人は脈絡がない。

「読書中でなければわりと普通じゃないかな、彼は」

 しかし、十碧くんはそう言った。

(……普通か?)

 オリーブ入りのパンにオリーブオイルをかけて食べる姿が脳裏をよぎる。いや、人の好みにケチをつけるつもりはないが。

「えー。兄が読書中じゃない時なんて、勉強してる時ぐらいですよー」

 冗談めかしてそう言うと、お人形さんはクスクス笑った。

(……)

 ちょっとイタズラっぽい表情、可愛らしく口元に添えた手の形。何の他意もなさそうな、無邪気な笑い声。

(……計算ずくだ……)

 見れば見るほど、不自然な点が目に付く。まあ、事前に十碧くんに聞いていなければ、私もこの違和感の正体は分からなかったと思うが。その程度には彼の芝居もハイレベルだ。

(……)

 私は批評家か?

 レポートとか書けそうだ。十碧くんには叩かれるだろうけど、遠藤さんなら読んでくれるかもしれない。

「――まあ、可愛い。久貴さんが十碧さんとお喋りしてるわ」

「一緒にいるお嬢さんも素敵ね〜」

「本当に。あの辺りだけ空気が違うみたい……」

(……)

 我々が会話する姿は好評だった。私はあまり口をきかないようにしているが、他の二人は和やかに話している。

(迂闊なことを言ったら後で怒られそうだもんね……)

 本日、私が積極的に口にすべき言葉はただ二言――「こんばんは。初めまして」。そして、それはもう済んだ。後は適切な相槌を打つだけだ。

「そうだね。彼はとても熱心だから。この前の期末試験もまた全教科満点だったし……凄いよね」

「ははっ。満点しか取らないなんて、常人離れしてますよねー。篠沢先輩は、勉強は得意ですかー?」

「えっと……わりと」

「謙虚だね、篠沢さん。『わりと』どころか、いつもだいたい二位か三位を取るほど優秀なのに」

「ええっ、そうなんですかー!? 頭いいんですね、篠沢先輩っ」

「ほんとにね。僕とも一緒に試験勉強してくれて、助かったよ」

「へえー」

 お人形さんは私にも話しかけてくるが、それには十碧くんがさりげなく応じて、いつの間にか二人でやり取りする形へ誘導していた。おかげで私は、さほど喋らずに済む。

(見てる分には綺麗だな……)

 妖精さんとお人形さんのお喋り。メルヘンチックだ。うわべだけなら。

(……この人の本性はどんな感じなんだろう……)

 お人形さんについてはちょっと気になるが――今のところ、私には知るべくもない。

「十碧さんと久貴さん、楽しそうね〜」

「何を話しているのかしら?」

「見ていると和むわね〜」

(……)

 周囲は平和だ。何も気づかない。

(和む、か……)

 否定はしない。確かにこの二人は美しい。眺めているとほのぼのする。

 ――うわべだけなら。



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