クリスマス・イブ(妖精と人形)
十碧くんに近づく女性と喋ったり、『この子』に寄ってくる男性と挨拶したりする隙を突いて、私はひと通りの料理を食べ終えた。
「美味しかった〜。何を食べてるのかよく分からなかったけど」
「正体不明の物をよく口に入れられるね……」
十碧くんは呆れていた。
「――来海先輩っ」
(ん?)
その時、明るい声がした。見れば、誰かがいそいそとやってくる。
「ああ、良かったっ。やっとご挨拶できますよー。こんばんはっ」
我々のそばまで来ると、その人物は無邪気に笑った。
蜂蜜色の髪、くりっとした瞳。苺のような唇、繊細そうな白い肌。
まるでお人形さんみたいな、とても可愛い少年だ。
「君か……こんばんは。元気そうだね」
十碧くんは素早く笑顔に戻った。
「はいっ。先輩もお元気そうで何よりですー」
お人形さんは、ことんと小首を傾げた。
(……?)
途端、私はなぜか違和感を覚えた。
(……)
しかし、何に対する違和感なのか。自分でも分からない。
「もう、ハラハラしちゃいましたよー。周りに人が途切れなくて、なかなか声をかけられなくてっ。先輩たち、大人気なんですねー。ほんとはもっと早くお話ししたかったんですけどっ」
「ふふ……大げさだね」
儚げに微笑む自称フェアリー。無邪気にニコニコするお人形さん。
(……)
違和感が募った。
「ところで、君――パートナーは?」
「それが、紫関先輩のところに行っちゃったんですよー。僕、放ったらかしですー……」
と、お人形さんは急に寂しげな表情を浮かべ、しゅんとうつむいた。
かと思ったら、また唐突にパッと顔を上げ、私を見る。
「来海先輩のパートナーは綺麗な人ですねっ。さっきから注目の的ですよー。ご紹介していただけませんかっ?」
「……そうだね」
十碧くんはまず、私にお人形さんを紹介した。
「篠沢さん。こちらは、門叶久貴くん――門叶先生の息子さんだよ」
「……え」
ハッとした。
すっかり忘れていたが、そういえば今日は、門叶くんの弟さんがいるかもしれないと聞いていたんだった。
(こ、この人が? 十碧くんを上回る猫かぶり?)
「初めましてっ。よろしくお願いしますー」
お人形さんは、さっきとは逆方向に小首を傾げた。
十碧くんは次に、私を彼へ紹介する。
「こちらは、篠沢恵瑠夢さん。僕と同じ、高等部一年生だよ」
「あっ、じゃあ先輩なんですねー。僕、中等部二年なんですよっ」
この人も冷泉院か。それは知らなかった。
「……こんばんは。初めまして」
例によって、私はそう言った。
「お会いできて嬉しいですっ。来海先輩とは親しいんですかー?」
「――そうだね。友人だから」
質問されたのは私だが、答えたのは十碧くんだった。
(……)
改めて、私はお人形さんを見た。
無垢な瞳。愛想のいい物腰。天真爛漫、という感じだ。――が。
(……十碧くんに負けてるな)
違和感の正体が判明した。
目線、表情、小首を傾げる仕草――これは、演技だ。そうと知って見れば分かる。彼は十碧くんや私に対し、常に『最も魅力的に見える調整』を行っていた。
が――それはあくまで、目の前にいる人だけをターゲットとしたものだ。十碧くんのように『360°どこから見てもフェアリー・プリンス』という域までは達していない。
要するに――不自然なのだ、微妙に。
(……キャリアの違い?)
十碧くんのフェアリー歴は長い。お人形さんのほうはいつから猫をかぶっているのか知らないが。
――あるいは。
(私……人の演技を見抜くスキルが身に付いてる……?)
恐ろしい。十碧くんの『名演』を見慣れたせいか?
「ひょっとして、クラスも同じとかっ?」
「いや、それは違うけど」
「来海先輩はD組でしたよねっ? 篠沢先輩は何組なんですかー?」
「彼女はA組だよ」
お人形さんは私をじっと見て質問してくるが、答えるのはやっぱり十碧くんだ。私は愛想笑いを浮かべていた。
「それにしても、来海先輩といい篠沢先輩といい、高等部は素敵な人ばかりですねっ。兄が羨ましいですー」
「え……そんな。でも、君のお兄さんもその一員だろう?」
自称フェアリーは照れたようにはにかんだ。
(……おぉ)
さすが。知らなければ絶対分からない、ごく自然な表情だ。心の中では照れるどころか、「当然!」とふんぞり返っているだろうに。
「僕は、彼の知識や明晰な頭脳を尊敬しているよ」
「ありがとうございますっ。ちょっと変わったところもあるけど、自慢の兄なんですよー」
(……変わったところ……)
交信中の門叶くんの姿を思い浮かべてしまった。今日もあの調子だろうか。
「篠沢先輩は、僕の兄のことは知ってますかー?」
「知ってるよね、篠沢さん?」
「うん」
彼とは、オリーブ使用のパンを貰ったりシャルロット・ポワールをあげたりする程度の仲である。
「そうですかー。喋ったりしますー?」
「え? うーん……時々は」
「えっ、喋るんですか!?」
自分で聞いておきながら、なぜかお人形さんはぎょっとしたように目を見開いた。
「な、何を話すんですか? というか……会話、成立します?」
「……」
確かに、あの人は脈絡がない。
「読書中でなければわりと普通じゃないかな、彼は」
しかし、十碧くんはそう言った。
(……普通か?)
オリーブ入りのパンにオリーブオイルをかけて食べる姿が脳裏をよぎる。いや、人の好みにケチをつけるつもりはないが。
「えー。兄が読書中じゃない時なんて、勉強してる時ぐらいですよー」
冗談めかしてそう言うと、お人形さんはクスクス笑った。
(……)
ちょっとイタズラっぽい表情、可愛らしく口元に添えた手の形。何の他意もなさそうな、無邪気な笑い声。
(……計算ずくだ……)
見れば見るほど、不自然な点が目に付く。まあ、事前に十碧くんに聞いていなければ、私もこの違和感の正体は分からなかったと思うが。その程度には彼の芝居もハイレベルだ。
(……)
私は批評家か?
レポートとか書けそうだ。十碧くんには叩かれるだろうけど、遠藤さんなら読んでくれるかもしれない。
「――まあ、可愛い。久貴さんが十碧さんとお喋りしてるわ」
「一緒にいるお嬢さんも素敵ね〜」
「本当に。あの辺りだけ空気が違うみたい……」
(……)
我々が会話する姿は好評だった。私はあまり口をきかないようにしているが、他の二人は和やかに話している。
(迂闊なことを言ったら後で怒られそうだもんね……)
本日、私が積極的に口にすべき言葉はただ二言――「こんばんは。初めまして」。そして、それはもう済んだ。後は適切な相槌を打つだけだ。
「そうだね。彼はとても熱心だから。この前の期末試験もまた全教科満点だったし……凄いよね」
「ははっ。満点しか取らないなんて、常人離れしてますよねー。篠沢先輩は、勉強は得意ですかー?」
「えっと……わりと」
「謙虚だね、篠沢さん。『わりと』どころか、いつもだいたい二位か三位を取るほど優秀なのに」
「ええっ、そうなんですかー!? 頭いいんですね、篠沢先輩っ」
「ほんとにね。僕とも一緒に試験勉強してくれて、助かったよ」
「へえー」
お人形さんは私にも話しかけてくるが、それには十碧くんがさりげなく応じて、いつの間にか二人でやり取りする形へ誘導していた。おかげで私は、さほど喋らずに済む。
(見てる分には綺麗だな……)
妖精さんとお人形さんのお喋り。メルヘンチックだ。うわべだけなら。
(……この人の本性はどんな感じなんだろう……)
お人形さんについてはちょっと気になるが――今のところ、私には知るべくもない。
「十碧さんと久貴さん、楽しそうね〜」
「何を話しているのかしら?」
「見ていると和むわね〜」
(……)
周囲は平和だ。何も気づかない。
(和む、か……)
否定はしない。確かにこの二人は美しい。眺めているとほのぼのする。
――うわべだけなら。




