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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
74/341

クリスマス・イブ(ヨモギ)

 ミリちゃんと男性は、いかにも偉そうな態度の中年の紳士と話していた。その会話が終わって紳士が去ったところで、十碧くんは声をかける。

「失礼――こんばんは、岬さん。四方木さん」

 すると、二人はこちらを見た。

「来海くん、エルちゃん。こんばんは――来てたの?」

 ミリちゃんは華やかな笑みを浮かべた。

(……)

 それは、いつものような親しみやすさのない、どこか風格を感じさせる――何というか、『お嬢様』の顔だった。

(……ビジネス用?)

 私と十碧くんに対しても、今日はコレで通すらしい。

「うん。岬さんも来てたんだね。今夜は一段と綺麗だよ」

「ふふ……ありがとう。来海くんも素敵だよ」

(……あれ?)

 十碧くんに褒められると、ミリちゃんはサラッと褒め返した。

(……照れない……)

 普段、学校で彼女を褒めれば、いつも意外なほど照れた様子を見せるのだが。ビジネス用に切り替えている時は照れるポイントも違うのか?

「――こんばんは、十碧さん」

 男性が口を開いた。

「お久しぶりです。今夜は美しい方とご一緒ですね」

「ええ。光栄です」

 男性は私を見た。

「――そうだ、エルちゃんは初めて会うよね」

 と、ミリちゃんが紹介してくれた。

「こちら、四方木秋頼さん。私の祖父の親友のお孫さんだよ」

「初めまして」

 男性は微笑んだ。

 端正な顔立ち、上品な物腰、穏やかな雰囲気――しかし、目元が微妙にキツイ。

 ミリちゃんは次に、私を彼へ紹介した。

「こちらは、篠沢恵瑠夢さん。学校のお友達」

「こんばんは。初めまして」

 私は微笑み、定型文を述べた。

(……『フィアンセ』とは言わないんだ……)

 理由は不明だが、なぜか二人とも、そのことには触れなかった。

「そうですか、あなたが……」

(――っ!?)

 次の瞬間、ゾクッときた。

 紫関先輩ではない。それとはまた質が違う。これは――。

(殺気!?)

「……美理さんから、よくお話を伺っております」

 しかし、それはほんの一瞬だった。

「お二人は親しくなさっているそうですね。お会いできて嬉しく思います」

 ハッと身構えた時には、もう殺気は消えていた。

「……は、はあ」

 普通の人なら気づきもしなかっただろう。しかし、私は憎悪や敵意や殺気には慣れている。とはいえ、その種の感情を向けられたのは久しぶりだ。ちょっと怯んでしまった。

(……でも、何で?)

「え、えーと、ミリちゃん、これ食べた? 美味しいよっ」

 私はヨモギさんから目を逸らし、ミリちゃんに話しかけた。フォアグラ何とかの小皿を軽く持ち上げてみせる。

「わー、綺麗だね。後でゆっくり食べようかな。今はまだ挨拶回りが終わってないから」

「あ、そうなんだ。門叶議員のところにはもう行った?」

「うん。緊張したよー」

 ミリちゃんは、言葉遣いだけはいつも通りだが、喋る速度や声のトーンはかなりおしとやかにしていた。

 姿勢も仕草も『お嬢様』だ――般若の面影はない。

「――岬家のご当主はお変わりありませんか?」

 一方、十碧くんはヨモギさんに話しかけた。

「ええ。おかげさまで……」

 ヨモギさんはにこやかに応じる。

 穏やかな声、柔らかな表情。が――心なしか、十碧くんを見る目が冷たい気がする。

(……何で?)

 謎だ。

 ――それからしばらく歓談した後、次の挨拶回りに向かうため、ミリちゃんとヨモギさんは去っていった。

「……来海くん。私、何かした?」

「ん?」

「あの人……ヨモギさん? 私のこと、嫌いだよね?」

「……へえ。分かるんだ」

 十碧くんはなぜか、感心したように呟いた。

「でも、気にしなくていいよ。あの人には僕も嫌われてるんだ」

「えっ、そうなの? 来海家と岬家は仲が悪いってこと? ひょっとして私、来海くんのオマケで嫌われたわけ?」

「……」

 ――ぎゅううううっ!

 またもや、指を思いっきり握られた。

「いたたたたっ!」

「勝手に話を作らないでもらえるかな、篠沢さん」

「ハズレでしたか、すみません!」

 チョップも痛いが、この攻撃は地味に効く。

「――僕や君だけじゃないよ。彼は、岬さんに近づく人間はみんな嫌いなんだ」

「……へっ?」

「あの人、独占欲の塊だからね……」

 十碧くんは、ふっと遠い目をした。

「ど、独占欲っ?」

 私はぎょっとした。

「えっ、何? 私とミリちゃんが仲がいいと思って嫉妬したってこと? 私、女なんだけど? そっちの趣味もないよ?」

「そんなことは関係ないよ」

 十碧くんは一瞬、呆れたように私を見た。

「彼はとにかく、常に岬さんの『一番』でいたいんだ。前に凄いことを言ってたよ――友情だろうと愛情だろうと、彼女の心は全て手に入れたい、って」

「ええ――っ!?」

 何だそれは。病んでないか?

「で、でも来海くん……さっき、あの人がミリちゃんを好きかどうかは分からないって言ったよね?」

 好きでもない相手にそんな独占欲を発揮するのか、あの人は?

「うん……確かに執着は激しいけど。でも、それが恋愛感情によるものとは限らないからね。彼は、自分が生き残る道として岬さんを確保しておきたいのかもしれないし」

「えええっ!? それはひどくない?」

「いや、別に岬さんを出世のための道具扱いしているとか、そういうことじゃないよ? ただ――あの人は、他にすがる相手がいないから」

「……」

 そういえば、ヨモギさんはなかなかドラマチックな人生を歩んでいるらしかった。そのせいかどうか知らないが、あの柔和な物腰の奥にいびつな感情を秘めているのかもしれない。

「な、なんか、ドロドロしてるような……」

「気にしなくていいよ」

 十碧くんはもう一度そう言って、キラキラと輝く笑顔を見せた。

「美しくて清らかな僕らには、関係のない話だからね」

「……」

 なんて眩しい微笑み。しかし。

「……清らか?」

 ――ぎゅううううっ!

 指が痛い。

「『美しさ』は否定しないでくれるんだね。嬉しいよ、篠沢さん」

「いたたたたっ……全否定はしなかったんだから勘弁して下さい!」

 手を繋ぎっぱなしである。おかげでフォアグラ何とかを食べられない。わざとか、十碧くん?

「と、とりあえず、ヨモギさんが見かけによらず複雑な人だってことは分かったよ! そんな人がフィアンセなのにミリちゃんをお見合いパーティーへ招待するなんて、小実代さんは勇者だね!」

「……それ、褒めてるの? 別に祖母を褒められても嬉しくはないけど」

 と言いつつも、自称フェアリーはようやく手を離してくれた。

「祖母は、『もっといい相手がいる』と思ったら躊躇しないからね……」

「……。自分の基準で人を判断するところなんか、ほんとに来海くんとそっくりだよね……」

「どういう意味かな、篠沢さん?」

「悪い意味じゃないです!」

 いい意味でもないが。

 私はフォアグラ何とかの小皿を両手で持ち、十碧くんの攻撃を防御した。これなら、彼は私の手を握れない。両手が封じられるため、私も結局、フォアグラ何とかを食べられないが。

「――十碧さんっ、失礼します」

「こんばんは、十碧さん」

 そこへ、数名の女性がやってきた。

 また十碧くんのファンだろうか。パートナーを放り出して来てしまったようだ。嬉しそうに華やいでいる。

「――こんばんは。お久しぶりです」

 十碧くんは期待に応え、美しく清らかに微笑んだ。

(……この人も、『フェアリー』の奥にいろいろと秘めてるよな……)

 誰も気づきはしないけれど。



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