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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
73/341

クリスマス・イブ(婚約者)

 その後、十碧くんは政治家やら社長やら、そうそうたる人々に挨拶して回った。それだけでなく、彼に挨拶する人も続々とやってくる。

 『フェアリー・プリンス』のファンと思われる女性陣はもちろん、とてもそうは思えない、何やら地位のありそうなオジサマたちまで、礼儀正しく十碧くんと喋っては去っていく。

(……そういえばこの人、何者なんだろう……)

 彼はどうも、『来海家の息子さん』とかではなく、『十碧さん』個人としてもいろいろと付き合いがあるらしかった。

(……何の付き合いなんだろう……)

 謎である。

「――では、今後ともよろしく」

「ええ。こちらこそ」

 どこかの老紳士(財界の重鎮らしい)とにこやかに会話を終え、十碧くんはその場を離れた。

「……次は?」

「今の人で終わりだよ。お疲れさま、篠沢さん」

 十碧くんは微笑んだ。挨拶回りは無事に済んだらしい。

「じゃあ、料理を見ようか」

「えっ、食べていいの?」

「――常識の範囲内にしてね?」

「う」

 笑顔のまま釘を刺された。

 我々は移動した。テーブルには豪華な料理が並んでいる。普段食べない物ばかりだ。

(おぉ)

 私は小皿を取った。

「来海くん、これ何?」

「牛フィレのロッシーニだよ。……いきなり肉料理? オードブルは食べないの?」

「そう? じゃあ、そっちから」

「いや、別に食べろと言ったわけじゃ……」

「わー、プチケーキみたいだね。これ何?」

「フォアグラジェノワーズだよ」

「上の赤いのは?」

「えーと……フランボワーズジュレだね」

「へえ〜」

 よく分からないが美味しそうだ。

(……ひと口で食べちゃ駄目だろうな、やっぱり……)

 フォアグラ何とかを始め、オードブルは全てひと口サイズのフィンガーフードである。とはいえ、私は『絶世の美少女』にふさわしく、ちまちまとゆっくりいただくことにした。

「来海くんは食べないの? サラダもあるよ」

「いいんだ。僕はお腹が空いてないから……」

 十碧くんは儚げに、ふわりと微笑んだ。

(……)

「本当は?」

「海老にベーコンにサーモンにドレッシング……結構カロリーあるよ、あのサラダ」

 さすが十碧くん。こんな日でもダイエットを忘れない。

「ふうん……。来海くんのことだから、『フェアリーは人前でモノを食べないんだ!』とか言い出すのかと思った」

「嫌だな、篠沢さん。僕、そこまで人間離れしてないよ?」

「そうだね、学校では一緒にお弁当食べたりしてるもんね!」

 笑顔で圧迫感を与えられた。

 ……まあ、私一人なら『人前』のうちに入らないのかもしれないが……。

「――あのね、篠沢さん」

 私の思考を察したか、自称フェアリーは小首を傾げた。

「妥当な理由もなく、お茶会や食事会で一切何も飲み喰いせずに過ごせると思う? そんなことしたら角が立つよね?」

「ごめんなさい、よく考えたら分かる話でした!」

 社交というのは大変らしい。私には縁のない世界だ。

「……あ」

「えっ!?」

 ふいに、十碧くんが人ごみへ目を向けた。

 私はビクッとした。

「何? 誰か来た? 紫関先輩?」

「いや、先輩なら女性陣に囲まれてるから大丈夫。――ほら、向こう。見てみなよ」

「ええっ!? 目が合ったらどうするの!」

「違うよ、紫関先輩を見るんじゃなくて。――岬さんが来てる」

「え」

 ミリちゃん?

 私はそちらを見た。凛とした黒髪の美少女が、二十代半ばの男性と一緒に歩いている。

 ほんとだ、ミリちゃんだ。普段と違い、何だか大人びた雰囲気である。

(……あの顔……)

 ふと記憶が蘇る。文化祭の時、彼女は似たような表情をかすかに浮かべた――ビジネス用の顔だ。

「お相手はフィアンセだね」

「へえ、フィアンセ――えっ!?」

 私はぎょっとした。

「ミリちゃんって、婚約してたの!?」

「うん。知らなかったの?」

「あれ? でもいつだか、小実代さんのお見合いパーティーに招待されたって言ってたよ!? フィアンセがいる人をそんなところへ招いたりするの?」

 その時は確か、先約があって参加しなかったそうだが。

「祖母にとって、『婚約中』は『独身』と同じなんだ。――言わなかった? あの人はカップルを作るのが好きだけど、別れさせるのも好きなんだよ」

「……」

 そういえばそんなことを聞いた気がする。お節介なおばあさんだ。

「それはともかく――彼は、いい家柄の生まれでね」

 ミリちゃんのほうへ目を戻し、十碧くんはフィアンセについて教えてくれた。

「でもその家が没落して、路頭に迷いかけたところを岬さんのお祖父さまに拾われて……」

「えっ」

 没落!?

「最初は岬さんの遊び相手をしていて、やがて彼女の専属執事として働くようになって……」

「せ、専属執事?」

 何だそれは。現実にいるのか、そんなのが。

「その仕事ぶりと実務能力が高く評価されるようになって、岬家の信頼を十分に得て――ある日、彼は岬さんのお祖父さまに申し出た。跡取りのいない岬家を継ぐ代わりに、岬さんと婚約させてほしいって」

「……はっ?」

「岬さんのお祖父さまはそれに対し、いくつか条件を出したらしい。――つまり、試練を与えたんだね。難題ばかりだったそうだけど、彼は結局、それもクリアして……今に至るんだ」

「ええ――っ!? 何それ!」

 昼ドラか?

「彼にとって、岬さんは上流社会へ返り咲くための最後の希望だからね……。いくら自力で地位を築くだけの才覚があっても、家名に付随する暗黙の身分まではどうしようもないから」

「だから、何それ! ここ、現代日本だよね!? 封建社会じゃないよね!?」

「古い家柄には古い考え方が生きてるらしいよ。僕も時代錯誤だとは思うけど――まあ、他の家のことだし」

「……」

 他人事か。

「え、えーと、それであの人、ミリちゃんのことは好きなわけ?」

「さあ。それは本人たちにしか分からないよ」

「えええっ? まさか、昼ドラの上に政略結婚!?」

「古い家柄には古い考え方が――」

「古過ぎない!?」

 さすが岬家。やんごとなき家柄。

「外野があれこれ言っても仕方ないよ。その家にはその家の事情もあるし、深入りしないほうがいい」

「……」

 冷めたフェアリーだ。

「――さて、篠沢さん。基本情報は頭に入ったね?」

「え」

 私は面喰らった。

「じゃ、行こうか。挨拶に」

「あれ、もう終わったんじゃなかった?」

「ビジネス用の挨拶回りは終わったけど。それはそれとして、学校の知り合いがいるのに声もかけないのは印象が悪いだろう?」

「……」

 フェアリー・イメージの問題か。

 どうでもいいけど、『ビジネス用の挨拶回り』って何だ。裏で事業でも展開してるのか、君は?

「これ食べてからじゃ駄目?」

「……。持っていっていいから」

 私はフォアグラ何とかの小皿を手にしたまま、十碧くんとともにミリちゃんの元へ向かった。



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