クリスマス・イブ(婚約者)
その後、十碧くんは政治家やら社長やら、そうそうたる人々に挨拶して回った。それだけでなく、彼に挨拶する人も続々とやってくる。
『フェアリー・プリンス』のファンと思われる女性陣はもちろん、とてもそうは思えない、何やら地位のありそうなオジサマたちまで、礼儀正しく十碧くんと喋っては去っていく。
(……そういえばこの人、何者なんだろう……)
彼はどうも、『来海家の息子さん』とかではなく、『十碧さん』個人としてもいろいろと付き合いがあるらしかった。
(……何の付き合いなんだろう……)
謎である。
「――では、今後ともよろしく」
「ええ。こちらこそ」
どこかの老紳士(財界の重鎮らしい)とにこやかに会話を終え、十碧くんはその場を離れた。
「……次は?」
「今の人で終わりだよ。お疲れさま、篠沢さん」
十碧くんは微笑んだ。挨拶回りは無事に済んだらしい。
「じゃあ、料理を見ようか」
「えっ、食べていいの?」
「――常識の範囲内にしてね?」
「う」
笑顔のまま釘を刺された。
我々は移動した。テーブルには豪華な料理が並んでいる。普段食べない物ばかりだ。
(おぉ)
私は小皿を取った。
「来海くん、これ何?」
「牛フィレのロッシーニだよ。……いきなり肉料理? オードブルは食べないの?」
「そう? じゃあ、そっちから」
「いや、別に食べろと言ったわけじゃ……」
「わー、プチケーキみたいだね。これ何?」
「フォアグラジェノワーズだよ」
「上の赤いのは?」
「えーと……フランボワーズジュレだね」
「へえ〜」
よく分からないが美味しそうだ。
(……ひと口で食べちゃ駄目だろうな、やっぱり……)
フォアグラ何とかを始め、オードブルは全てひと口サイズのフィンガーフードである。とはいえ、私は『絶世の美少女』にふさわしく、ちまちまとゆっくりいただくことにした。
「来海くんは食べないの? サラダもあるよ」
「いいんだ。僕はお腹が空いてないから……」
十碧くんは儚げに、ふわりと微笑んだ。
(……)
「本当は?」
「海老にベーコンにサーモンにドレッシング……結構カロリーあるよ、あのサラダ」
さすが十碧くん。こんな日でもダイエットを忘れない。
「ふうん……。来海くんのことだから、『フェアリーは人前でモノを食べないんだ!』とか言い出すのかと思った」
「嫌だな、篠沢さん。僕、そこまで人間離れしてないよ?」
「そうだね、学校では一緒にお弁当食べたりしてるもんね!」
笑顔で圧迫感を与えられた。
……まあ、私一人なら『人前』のうちに入らないのかもしれないが……。
「――あのね、篠沢さん」
私の思考を察したか、自称フェアリーは小首を傾げた。
「妥当な理由もなく、お茶会や食事会で一切何も飲み喰いせずに過ごせると思う? そんなことしたら角が立つよね?」
「ごめんなさい、よく考えたら分かる話でした!」
社交というのは大変らしい。私には縁のない世界だ。
「……あ」
「えっ!?」
ふいに、十碧くんが人ごみへ目を向けた。
私はビクッとした。
「何? 誰か来た? 紫関先輩?」
「いや、先輩なら女性陣に囲まれてるから大丈夫。――ほら、向こう。見てみなよ」
「ええっ!? 目が合ったらどうするの!」
「違うよ、紫関先輩を見るんじゃなくて。――岬さんが来てる」
「え」
ミリちゃん?
私はそちらを見た。凛とした黒髪の美少女が、二十代半ばの男性と一緒に歩いている。
ほんとだ、ミリちゃんだ。普段と違い、何だか大人びた雰囲気である。
(……あの顔……)
ふと記憶が蘇る。文化祭の時、彼女は似たような表情をかすかに浮かべた――ビジネス用の顔だ。
「お相手はフィアンセだね」
「へえ、フィアンセ――えっ!?」
私はぎょっとした。
「ミリちゃんって、婚約してたの!?」
「うん。知らなかったの?」
「あれ? でもいつだか、小実代さんのお見合いパーティーに招待されたって言ってたよ!? フィアンセがいる人をそんなところへ招いたりするの?」
その時は確か、先約があって参加しなかったそうだが。
「祖母にとって、『婚約中』は『独身』と同じなんだ。――言わなかった? あの人はカップルを作るのが好きだけど、別れさせるのも好きなんだよ」
「……」
そういえばそんなことを聞いた気がする。お節介なおばあさんだ。
「それはともかく――彼は、いい家柄の生まれでね」
ミリちゃんのほうへ目を戻し、十碧くんはフィアンセについて教えてくれた。
「でもその家が没落して、路頭に迷いかけたところを岬さんのお祖父さまに拾われて……」
「えっ」
没落!?
「最初は岬さんの遊び相手をしていて、やがて彼女の専属執事として働くようになって……」
「せ、専属執事?」
何だそれは。現実にいるのか、そんなのが。
「その仕事ぶりと実務能力が高く評価されるようになって、岬家の信頼を十分に得て――ある日、彼は岬さんのお祖父さまに申し出た。跡取りのいない岬家を継ぐ代わりに、岬さんと婚約させてほしいって」
「……はっ?」
「岬さんのお祖父さまはそれに対し、いくつか条件を出したらしい。――つまり、試練を与えたんだね。難題ばかりだったそうだけど、彼は結局、それもクリアして……今に至るんだ」
「ええ――っ!? 何それ!」
昼ドラか?
「彼にとって、岬さんは上流社会へ返り咲くための最後の希望だからね……。いくら自力で地位を築くだけの才覚があっても、家名に付随する暗黙の身分まではどうしようもないから」
「だから、何それ! ここ、現代日本だよね!? 封建社会じゃないよね!?」
「古い家柄には古い考え方が生きてるらしいよ。僕も時代錯誤だとは思うけど――まあ、他の家のことだし」
「……」
他人事か。
「え、えーと、それであの人、ミリちゃんのことは好きなわけ?」
「さあ。それは本人たちにしか分からないよ」
「えええっ? まさか、昼ドラの上に政略結婚!?」
「古い家柄には古い考え方が――」
「古過ぎない!?」
さすが岬家。やんごとなき家柄。
「外野があれこれ言っても仕方ないよ。その家にはその家の事情もあるし、深入りしないほうがいい」
「……」
冷めたフェアリーだ。
「――さて、篠沢さん。基本情報は頭に入ったね?」
「え」
私は面喰らった。
「じゃ、行こうか。挨拶に」
「あれ、もう終わったんじゃなかった?」
「ビジネス用の挨拶回りは終わったけど。それはそれとして、学校の知り合いがいるのに声もかけないのは印象が悪いだろう?」
「……」
フェアリー・イメージの問題か。
どうでもいいけど、『ビジネス用の挨拶回り』って何だ。裏で事業でも展開してるのか、君は?
「これ食べてからじゃ駄目?」
「……。持っていっていいから」
私はフォアグラ何とかの小皿を手にしたまま、十碧くんとともにミリちゃんの元へ向かった。




