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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
72/341

クリスマス・イブ(熱視線)

「まあ、十碧さんがいらしたわ」

「今夜は一段と輝いて見えるわね〜」

「お相手のお嬢さんも綺麗な方……どなたかしら?」

 パーティー会場に『フェアリー・プリンス』が現れると、たちまち女性陣から熱い視線が飛んできた。

 ふわふわの淡茶色の髪、澄んだ瞳。透きとおるような美しさを全開にし、十碧くんはキラキラと光っている。

(……)

 コレを上回る猫かぶりがこの会場のどこかに?

「怖いような見てみたいような……」

「何をぶつぶつ言っているのかな、篠沢さん?」

「何でもないです!」

 パーティーは盛況だった。上品な雰囲気の招待客があちこちで談笑している。

「さて、まずは門叶先生にご挨拶しないとね」

「あ、主催者に挨拶しに行くんだ?」

「そう……。君は僕のバースデーパーティーで、僕に挨拶にも来ないで食べてばかりだったけど……」

「その節は失礼しました!」

 私は庶民だ。その上、人付き合いとは無縁だった人間だ。こういった場でのマナーなど知らない。

「向こうにいるのが門叶先生だよ」

 と、十碧くんは方角を目で示した。

 そちらを見れば、黒髪の紳士と金髪の婦人が、数名の男女に囲まれて喋っている。

「わあ、本物だ……テレビで観るより老けた感じだけど」

「……それ、本人の前では言わないようにね」

 分かっている。いくら私でもそこまで無神経ではない。

「一緒にいる人は、門叶くんのお母さん?」

 と、私は門叶議員の隣に立つ婦人へ目を向けた。背の高い白人女性だ。

「美人だねー。門叶くん、お母さん似だったんだ」

 というかあの人、ハーフだったのか。ギリシャ彫刻みたいな顔だとは思っていたが。

「――ギリシャ人?」

「何でそう思うの? フランス人だよ」

 外れた。

「来海くん、フランス語喋れるの?」

「喋れないけど……今夜は必要ないよ。夫人もフランス語は駄目だから」

「えっ」

 フランス人なのに?

「あの人は日本生まれの日本育ちなんだ。中身は日本人だよ」

「へえ」

 もったいない。――いや、余計なお世話だが。

「じゃ、行こうか。何を言えばいいかは分かってるね?」

「『こんばんは。初めまして』」

「よし」

 小声で短く確認し、我々は門叶夫妻の元へ向かった。


「失礼します。――こんばんは、門叶先生。奥様」

 グループの会話が途切れたところを見計らって、十碧くんは門叶夫妻に声を掛けた。

「ああ、十碧くん。こんばんは。よく来てくれたね」

「こんばんは、十碧さん。お久しぶりね」

 夫妻はこちらへ笑顔を向けてくる。

(おぉ……本物だ)

 門叶議員の理知的な微笑みは、テレビや新聞で見るのとそっくりだった。――社交用の笑顔だ。

「お招きありがとうございます。先日はどうも。――奥様、お久しぶりです。今夜もお美しいですね」

「あら、十碧さんこそ」

 夫人は口元に手の甲を当て、上品に「おほほ……」と笑った。

(……ほんとにするんだ、こういう笑い方……)

「そちらのお嬢さんは?」

 と、門叶議員が私を見た。

「学校の友人です。篠沢恵瑠夢さんといいます」

 十碧くんが私を紹介する。私は夫妻に微笑んだ。

「こんばんは――初めまして」

 言われた通りのことを言う。後は適切に相槌を打つだけだ。

「初めまして。門叶治貴です。今日は楽しんでいって下さい」

「門叶ジャンヌです。お会いできて嬉しいわ、篠沢さん」

(……ジャンヌ……)

 夫人は、近くで見るとどことなく日本人っぽい顔をしていた。金髪碧眼ではあるが、あまり外国人らしい雰囲気はない。

(そうか……日本で生まれ育って日本語しか喋らないでいたら、日本人みたいな顔になるのか……)

 言語は人相を形成するようだ。

 ――それからしばらく、十碧くんは門叶議員やその周囲の人々と歓談し、グループを離れた。

「……あれで良かった?」

「上出来だよ。さすがだね、篠沢さん」

「……」

 この人の場合、褒めてくれているんだか皮肉を言われてるんだか判断がつかない。

「さて、次は……」

「――っ!?」

「……」

 期せずして、私と十碧くんは同時にピタッと立ち止まった。

 よく分からないが――今、何だかゾクッとした。

「……ごめん、来海くん。うまく説明できないけど、なんか物凄い違和感が……」

「うん……分かる。僕も感じる。これは視線だよ、篠沢さん」

 ――視線!?

「えっ、来海くんのファン!? でもなんか、質が違くない!?」

 自称フェアリーは、会場に来てからずっと注目されてはいる。しかしこれは、今まで感じていたものとは明らかに異なる。さっきまではゾクッとなんてしなかった。

「君のファンじゃない?」

「えっ」

「……」

「……」

「――ああ、駄目だよ。迂闊に振り向かないで」

 辺りを見回そうとしたら、十碧くんに止められた。

「ちょっと、こっちに来て」

「?」

 彼が歩き出したので、私はついていった。十碧くんはテラスへ続く扉のほうへ向かう。その扉の横には鏡が掛かっていた。

「……」

 自称フェアリーは、その鏡をじっと見る。

「……。来海くん、こんなタイミングでナルシスト発動しないでくれる?」

 ――ぎゅううううっ!

 指を思いっきり握られた。

「い、いたたたたっ……」

「今何て言ったのかな、篠沢さん?」

「失礼しました! 邪魔しませんからごゆっくりどうぞ!」

「違うんだけど?」

「あ、そ、そうだね! 来海くんはナルシストなんかじゃないよね! ほんとのナルシストは人目なんて気にしないもんね!」

 十碧くんは違う。人目を気にする。それはもう、物凄く。

「……。言いたいことはいろいろあるけど、今はとにかく鏡を見ようか。ほら、君も」

「えっ!? 私、自分の顔に見とれる趣味はないんだけど」

「どうして? そんなに可愛いのに」

「……」

 真顔で聞かれた。

 この人……美形はみんな鏡を見てうっとりするものだと思っているのか? 自分の基準で世間を判断しないでほしい。

「それに、自分の顔を見ろとは言ってないよ。背後を確かめるんだ」

「……ああ」

 ようやく十碧くんの意図が分かった。

 無用心にきょろきょろすれば、我々に視線を送る人物にすぐ気づかれてしまう。それを避けるため、鏡を使って間接的に相手を特定しようというわけだ。

 私も鏡に目をやった。ゾクッとするような違和感はまだ続いている。

「あ」

 ――いた。我々の背後で談笑するグループの中に、こちらを見ている人が。

 湖のような深い瞳、挑発的な唇。

 ……紫関先輩だった……。

「……」

「……」

 少しの間、沈黙が降りた。

「……ほらね。君のファンだ」

「……うん……」

 何となく予想はしていたが。

 先輩の周囲には上品なご婦人方がいて、楽しげに喋っている。しかし先輩は唇を引き結んだまま、じーっとこちらを見ていた。

(……)

 まるで睨みつけているかのような表情だ。しかし私には分かった。

 あの人……溢れる喜びを必死で抑え込んでいる……。

「……ドレス、お気に召したみたいだね……」

 十碧くんにもそれが分かったらしい。呆れたような呟きがこぼれた。

 私は対応に困った。

「え、えーと、どうしようか?」

「とりあえず――今、君が彼と目を合わせたら大変なことになりそうな気がする」

「……」

「……」

 再び沈黙が降りた。

「――紫関先輩には後で挨拶しようか。先に他の人のところへ行こう、篠沢さん」

「そ、そうだね!」

 十碧くんに手を引かれ、私は鏡の前から離れた。



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