クリスマス・イブ(熱視線)
「まあ、十碧さんがいらしたわ」
「今夜は一段と輝いて見えるわね〜」
「お相手のお嬢さんも綺麗な方……どなたかしら?」
パーティー会場に『フェアリー・プリンス』が現れると、たちまち女性陣から熱い視線が飛んできた。
ふわふわの淡茶色の髪、澄んだ瞳。透きとおるような美しさを全開にし、十碧くんはキラキラと光っている。
(……)
コレを上回る猫かぶりがこの会場のどこかに?
「怖いような見てみたいような……」
「何をぶつぶつ言っているのかな、篠沢さん?」
「何でもないです!」
パーティーは盛況だった。上品な雰囲気の招待客があちこちで談笑している。
「さて、まずは門叶先生にご挨拶しないとね」
「あ、主催者に挨拶しに行くんだ?」
「そう……。君は僕のバースデーパーティーで、僕に挨拶にも来ないで食べてばかりだったけど……」
「その節は失礼しました!」
私は庶民だ。その上、人付き合いとは無縁だった人間だ。こういった場でのマナーなど知らない。
「向こうにいるのが門叶先生だよ」
と、十碧くんは方角を目で示した。
そちらを見れば、黒髪の紳士と金髪の婦人が、数名の男女に囲まれて喋っている。
「わあ、本物だ……テレビで観るより老けた感じだけど」
「……それ、本人の前では言わないようにね」
分かっている。いくら私でもそこまで無神経ではない。
「一緒にいる人は、門叶くんのお母さん?」
と、私は門叶議員の隣に立つ婦人へ目を向けた。背の高い白人女性だ。
「美人だねー。門叶くん、お母さん似だったんだ」
というかあの人、ハーフだったのか。ギリシャ彫刻みたいな顔だとは思っていたが。
「――ギリシャ人?」
「何でそう思うの? フランス人だよ」
外れた。
「来海くん、フランス語喋れるの?」
「喋れないけど……今夜は必要ないよ。夫人もフランス語は駄目だから」
「えっ」
フランス人なのに?
「あの人は日本生まれの日本育ちなんだ。中身は日本人だよ」
「へえ」
もったいない。――いや、余計なお世話だが。
「じゃ、行こうか。何を言えばいいかは分かってるね?」
「『こんばんは。初めまして』」
「よし」
小声で短く確認し、我々は門叶夫妻の元へ向かった。
「失礼します。――こんばんは、門叶先生。奥様」
グループの会話が途切れたところを見計らって、十碧くんは門叶夫妻に声を掛けた。
「ああ、十碧くん。こんばんは。よく来てくれたね」
「こんばんは、十碧さん。お久しぶりね」
夫妻はこちらへ笑顔を向けてくる。
(おぉ……本物だ)
門叶議員の理知的な微笑みは、テレビや新聞で見るのとそっくりだった。――社交用の笑顔だ。
「お招きありがとうございます。先日はどうも。――奥様、お久しぶりです。今夜もお美しいですね」
「あら、十碧さんこそ」
夫人は口元に手の甲を当て、上品に「おほほ……」と笑った。
(……ほんとにするんだ、こういう笑い方……)
「そちらのお嬢さんは?」
と、門叶議員が私を見た。
「学校の友人です。篠沢恵瑠夢さんといいます」
十碧くんが私を紹介する。私は夫妻に微笑んだ。
「こんばんは――初めまして」
言われた通りのことを言う。後は適切に相槌を打つだけだ。
「初めまして。門叶治貴です。今日は楽しんでいって下さい」
「門叶ジャンヌです。お会いできて嬉しいわ、篠沢さん」
(……ジャンヌ……)
夫人は、近くで見るとどことなく日本人っぽい顔をしていた。金髪碧眼ではあるが、あまり外国人らしい雰囲気はない。
(そうか……日本で生まれ育って日本語しか喋らないでいたら、日本人みたいな顔になるのか……)
言語は人相を形成するようだ。
――それからしばらく、十碧くんは門叶議員やその周囲の人々と歓談し、グループを離れた。
「……あれで良かった?」
「上出来だよ。さすがだね、篠沢さん」
「……」
この人の場合、褒めてくれているんだか皮肉を言われてるんだか判断がつかない。
「さて、次は……」
「――っ!?」
「……」
期せずして、私と十碧くんは同時にピタッと立ち止まった。
よく分からないが――今、何だかゾクッとした。
「……ごめん、来海くん。うまく説明できないけど、なんか物凄い違和感が……」
「うん……分かる。僕も感じる。これは視線だよ、篠沢さん」
――視線!?
「えっ、来海くんのファン!? でもなんか、質が違くない!?」
自称フェアリーは、会場に来てからずっと注目されてはいる。しかしこれは、今まで感じていたものとは明らかに異なる。さっきまではゾクッとなんてしなかった。
「君のファンじゃない?」
「えっ」
「……」
「……」
「――ああ、駄目だよ。迂闊に振り向かないで」
辺りを見回そうとしたら、十碧くんに止められた。
「ちょっと、こっちに来て」
「?」
彼が歩き出したので、私はついていった。十碧くんはテラスへ続く扉のほうへ向かう。その扉の横には鏡が掛かっていた。
「……」
自称フェアリーは、その鏡をじっと見る。
「……。来海くん、こんなタイミングでナルシスト発動しないでくれる?」
――ぎゅううううっ!
指を思いっきり握られた。
「い、いたたたたっ……」
「今何て言ったのかな、篠沢さん?」
「失礼しました! 邪魔しませんからごゆっくりどうぞ!」
「違うんだけど?」
「あ、そ、そうだね! 来海くんはナルシストなんかじゃないよね! ほんとのナルシストは人目なんて気にしないもんね!」
十碧くんは違う。人目を気にする。それはもう、物凄く。
「……。言いたいことはいろいろあるけど、今はとにかく鏡を見ようか。ほら、君も」
「えっ!? 私、自分の顔に見とれる趣味はないんだけど」
「どうして? そんなに可愛いのに」
「……」
真顔で聞かれた。
この人……美形はみんな鏡を見てうっとりするものだと思っているのか? 自分の基準で世間を判断しないでほしい。
「それに、自分の顔を見ろとは言ってないよ。背後を確かめるんだ」
「……ああ」
ようやく十碧くんの意図が分かった。
無用心にきょろきょろすれば、我々に視線を送る人物にすぐ気づかれてしまう。それを避けるため、鏡を使って間接的に相手を特定しようというわけだ。
私も鏡に目をやった。ゾクッとするような違和感はまだ続いている。
「あ」
――いた。我々の背後で談笑するグループの中に、こちらを見ている人が。
湖のような深い瞳、挑発的な唇。
……紫関先輩だった……。
「……」
「……」
少しの間、沈黙が降りた。
「……ほらね。君のファンだ」
「……うん……」
何となく予想はしていたが。
先輩の周囲には上品なご婦人方がいて、楽しげに喋っている。しかし先輩は唇を引き結んだまま、じーっとこちらを見ていた。
(……)
まるで睨みつけているかのような表情だ。しかし私には分かった。
あの人……溢れる喜びを必死で抑え込んでいる……。
「……ドレス、お気に召したみたいだね……」
十碧くんにもそれが分かったらしい。呆れたような呟きがこぼれた。
私は対応に困った。
「え、えーと、どうしようか?」
「とりあえず――今、君が彼と目を合わせたら大変なことになりそうな気がする」
「……」
「……」
再び沈黙が降りた。
「――紫関先輩には後で挨拶しようか。先に他の人のところへ行こう、篠沢さん」
「そ、そうだね!」
十碧くんに手を引かれ、私は鏡の前から離れた。




