お迎え
十二月二十四日。クリスマスイブ。
本日、私は政治家主催のパーティーに出席する。その政治家は、かつて県知事を務めたこともある大物だ。
(……)
なんというスケジュールだ。庶民のものではない。
「クリスマスに出掛けるなんて初めてかも」
「そこからかよ」
クマが呆れ顔をした。
「学校でクリスマス会とかなかったのか?」
「あったけど出なかったよ。みんな、私が行くと嫌な顔するし」
クリスマスに限った話ではないが。
「そうか。――オレは好きだぜ? お前みたいな醜い嫌われ者は」
「……悪魔だもんね」
こいつは、神様が愛さないものを愛する。私に対して、美しさも清らかさも求めていない。
「――今は違うだろ?」
「ん?」
「お前を嫌がる奴なんかいない」
「……うん」
「むしろ、お前の姿を見て喜ぶ奴がたくさんいる。お前も安心して笑ってろ」
「……そうだね」
人は、美しいものを見れば微笑み、醜いものを見れば眉をひそめる。『この子』は美しい。元の私とは違う。
言われた通り、私は微笑んでみせた。
「――せいぜい楽しんでおけよ。笑っていられるうちに」
クマも、微笑み返してくれた。
マンションの外に出ると、すでに来海家の車が停まっていた。
「ところでクマ、あれって何の車? フェラーリじゃないよね?」
「ベンツとフェラーリの区別もつかないのか、お前は」
「へえ。ベンツなんだ、あれ」
来海家のメーカーが判明した。
運転席のドアを開け、遠藤さんが現れる。彼はにこやかに挨拶してくれた。
「ご機嫌うるわしく存じます、お二方。――お久しゅうございます、篠沢朔真様」
「どうも……」
『この子』の兄に化けたクマは、優しげな微笑を浮かべた。
「今日は、妹がお世話になります」
「こちらこそ。篠沢恵瑠夢様に十碧様と出掛けていただけるとは、望外の喜びでございます」
(……)
嬉しそうだ。
たとえ『ダミー』でも、遠藤さんにとって『十碧様のお友達』がパーティーに同行するのは歓迎すべきことらしい。
遠藤さんは後部座席のドアを開けた。私が乗り込むためかと思いきや――なぜか中から、自称フェアリーが降りてくる。
(?)
「やあ、篠沢さん。――お久しぶりです、朔真さん」
と、彼はクマに儚げな笑みを向けた。
(……ああ)
なるほど。『お兄さん』がいたから挨拶しようと思ったわけか。
私が納得している横で、クマはにやりと唇の端を上げた。
「よう――フェアリー・プリンス」
「……」
(げ)
ほんの一瞬、十碧くんの眉がピクッと痙攣した。
「い、言ってないよ!? 私は何も言ってないからね、来海くん!」
「――嫌だな、篠沢さん。何を怯えているのかな?」
「ぐ」
その笑顔が怖い。
「くくく……」
クマは面白そうに十碧くんを見ている。
(……)
こいつは平凡な人間や純真な人間が嫌いである。が、そうでない人間のことは好きなようだ。
「――妹のこと、頼むな? こいつ、パーティーとかはあんまり慣れてないから」
「……そうなんですか?」
十碧くんはきょとんとしたような表情になった。
「ああ。うちは、そういったことに熱心じゃないんだ。もしこいつが妙な行動を取っても、気にしないでやってくれ」
「――もちろん。きちんとエスコートさせていただきます」
と、自称フェアリーは素早く笑顔に戻った。
「妹さんに今夜のパートナーを引き受けていただけて、光栄です」
「……ふうん?」
クマは、一瞬――いつもの、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「――それは、良かった」
次の瞬間には、もう柔らかい表情に戻っている。
「……」
十碧くんは笑顔を崩さなかった。気づいていなければいいが。
「じゃあな、エルム。楽しんでこい」
「うん」
クマは、その優しげな微笑みで見送ってくれた。
――どしっ!
車がスタートして数十秒。佇む悪魔の姿が見えなくなった途端、十碧くんのチョップを喰らった。
「痛っ!」
「お前、家で俺のこと喋ってるのか!? 兄貴に何言いやがった!」
「喋ってないよ! 十碧くんが偽フェアリーだとか、そんなことは全然――」
「『偽』は余計だぁぁっ!」
だって君、『偽』以外の何者でもないじゃないか。
「お前が喋ってないってなら、さっきの兄貴の意味ありげな笑いは何だ! なんか知ってるだろ、あの男!」
――気づいたのか。さすが十碧くん。
しかし、私は嘘はついていない。クマに自称フェアリーの本性など暴露しない。
そんなことをせずとも、奴は人の本質をあっさり見抜く。
「意味ありげな笑い? そうでしたか?」
――遠藤さんは気づかなかったらしい。お人好しだ。
「い、いや、クマはもともと、ああいう笑い方をする奴だから!」
「はぁっ!? 意味もなく意味ありげに笑うのか、お前の兄貴は!」
「そうなの、そういう変わった奴なの! あいつのことは気にしないで!」
「……」
「……」
「気になるぞ?」
「……いや、気にしないで、ほんとに……」
私はちょっと目を逸らした。
「えーと、それより! 今日は門叶くんのおうちに行くんだよねっ?」
「……。ああ」
私が強引に話題を変えると、十碧くんはやや腑に落ちない顔をしつつ、どこからか招待状を取り出した。
(……)
もはや驚くまい。この人の手品には。
「会場は別館だ」
「別……えっ!? 個人宅だよね? ホテルじゃないよね?」
「個人宅だ。ホテルじゃない。ただし、門叶議員の家だ。普通の個人宅じゃない」
「そうなの!?」
政治家は金持ちだ。
「……まあ、2DKのアパートとかに住んでたらびっくりするけど」
「……。想像させるな。狭そうだな」
多分、君の想像よりもなお狭いぞ、十碧くん。
「門叶邸の別館には大広間がある。今日みたいに規模の大きな集まりの時はそこがよく使われるんだ」
「門叶議員ってパーティー好きなの?」
「パーティーとは限らないな。政治家にはいろいろあるから」
「……勉強会とか資金集めとか?」
「お前の中の『政治家』はそういうイメージか」
違うのか?
「……よく分かんないけど、しょっちゅう人が集まるってことだよね? 門叶くん、そんな環境でよく社交嫌いに育ったね」
「別館がビジネス用なら、本館はプライベート用――私的な居住域だ。そこから出ないガキだったんじゃないか?」
「……」
昔から本ばかり読んでいたのだろうか、あの人は。
「今とあんまり変わらないね……。今日もパーティーには出ないんでしょ?」
「ああ。出るとしたら弟のほうだろうな。将来、父親の跡を継ぐ気らしいし」
「弟さん? シュガーラスクに砂糖をかけて食べる――」
「は?」
「……何でもない」
門叶くんの弟さんに関して、他に知っていることはない。
「もしいれば、その弟には挨拶しなきゃならねえな。先に言っとくが、騙されるなよ」
「……騙される?」
私はきょとんとした。
「弟さん、虚言癖でもあるわけ? それとも嘘をつくのが大好きとか? 迷惑な人だね」
「まあな」
「えっ!?」
否定しないのか?
「せ、政治家の二枚舌ってやつ?」
「うーん……似たようなもんか」
十碧くんは呟いた。
「そいつな、物凄い猫かぶりなんだ。後で学校で会ったら驚くかも――」
「猫かぶり!? 十碧くんよりも!?」
「一緒にすんなぁぁっ!」
――どしっ!
再びチョップを喰らった。
「俺はフェアリーだ! 奴とは違う! 断じて違ぁぁぁうっ!」
「『猫かぶり』自体は否定しないんだ!?」
自覚はあるらしい、このフェアリー。
(でも、どう違うんだろう……)
「――十碧様は、無駄に他人に媚びたりはなさいませんからね……」
私の心の疑問が聞こえたかのように、遠藤さんが呟いた。
「常に気高く、美しく、それでいて儚く。まさにフェアリーです」
「ふん。よく分かってるな」
それを聞き、十碧くんが偉そうにふんぞり返る。
(……遠藤さん、よく平然とそんなセリフが言えるな……)
ここにもいたようだ、二枚舌が。




