社交
紫関先輩が正気に返る前に、私と十碧くんは他の場所へ移動した。
「で、お前――クリスマスの予定は決まってるのか?」
「えっ」
人目がなくなると、十碧くんはいきなり聞いてきた。
「兄貴とデートか?」
「デート!?」
どこまでブラコンだと思われてるんだ、私!
「い、いや、まあ、どこかに連れてってはくれるみたいだけどさ……」
地獄じゃなければいいのだが。
「イブも?」
「えっ。具体的にはまだ何も決めてないけど」
「つまり、今の時点では空いてるんだな?」
「……えっ……」
言外に圧迫感を与えられた。
(……)
これは――「空いてるか?」と聞かれているわけではない。「空けとけ」と言われている。
「えーと……つ、都合はつくけど……」
「――そう。それは良かった」
コロッと儚げモードに切り替え、十碧くんは微笑んだ。
「これ、見てくれる?」
「……?」
彼は何やら、白い封筒を取り出した。
「それは?」
「クリスマスパーティーの招待状だよ」
美しい笑顔で、彼は続ける。
「良かったら、イブの夜は僕に君をエスコートさせてもらえないかな?」
「……」
ファンの人なら舞い上がりそうなことを言われた。
しかし、私は十碧くんのファンではない。私を襲ったのは狂喜ではなく、既視感である。
「えっ、何? 『ダミー』出動ってこと?」
「察しがいいな」
またコロッと本性モードに戻り、十碧くんは封筒から中身を取り出した。
彼は、上流社会の仲間たちとダミー協定とやらを結んでいる。気の進まない縁談を断る時に互いの名前を使ったり、今回のように適当な同伴相手が必要な時に助け合ったりするらしい。
で、なぜか私も、その『ダミー』リストに入っている……。
「門叶悠貴の父親のパーティーなんだ。女性同伴じゃないと出席できない」
「えっ、じゃあ門叶くんも出るの?」
「出るわけないだろ、あの社交嫌いが」
「……」
クリスマスも勉強と交信に勤しんでいるのだろうか、あの人は。
「けど、紫関零は出る」
「えっ」
「お前、さっき誘われかけてただろ。あいつのエスコートよりは俺のほうがマシだと思うぞ。どうだ?」
「……」
どうだと言われても。
「あの、何で十碧くんと紫関先輩の二択なの? そのパーティー自体に出席しないっていう選択肢は……」
「――へえ、断る気?」
十碧くんは微笑んだ。
「さっき、助けてあげたよね?」
「ぐ」
穏やかな目。優しい声。
にも関わらず、この圧迫感。
(怖っ!)
「フェ、フェアリー・プリンスにエスコートしてもらえるなんて光栄だよ! 確かにモデルさんよりはマシかもねっ!」
本音を言えば似たり寄ったりだが、私は本音よりも建前を優先した。
「よし。五時にマンションまで迎えにいく。それまでは兄貴とデートでも何でも、好きにしてろ」
「デートじゃないよ!?」
「ただし、パーティーは正装だ。支度はきちんと済ませとけよ」
「正装!?」
一瞬ぎょっとした。が、すぐに思い当たる。
「あっ、そういえばさっき、ちらっと言ってたね。ドレスじゃないと駄目ってこと?」
十碧くんのバースデーパーティーの時と同じやつ――じゃ駄目だろうな、やっぱり。季節も違うし。
「一応言っとくが、あまり露出度の高いのは避けろよ。紫関零が興奮する」
「ぐ」
目に浮かぶ。
「えーと、じゃあ、清楚でおしとやかな感じにしろってこと? 初姫さんみたいに?」
「……」
少し沈黙した後、十碧くんはふっと表情を変えた。
何というか――刑執行が間近い囚人を見るような目だ。
「いや、どっちみち興奮するよな、あの男……。悪かった、今言ったことは忘れろ。ドレスくらい好きに選べ。心残りがないように」
「え――っ!?」
心残り!?
「ちょっと、投げないでよ! ちゃんとアドバイスしてくれない!?」
「――大丈夫。何かあっても、僕が守ってあげるから」
「何かあってからじゃ遅いよ!?」
あんまり大丈夫でもなさそうだ。
「まあ、あの男にも理性はあるし、社交の重要性も理解はしてる。せいぜいパーティーの間中、お前にべったり付きまとう程度だろ」
「それで『せいぜい』なの!? いつもと大して変わらなくない!?」
「さすがに公の場で奇声は上げないと思うぞ?」
「特典、ソレだけ!?」
というか、学校は『公の場』じゃないのか?
「偉い人のパーティーなんでしょ? もっとこう、畏まるとか、そんな時ぐらい私のことは忘れて社交に専念するとか……」
「ないな」
「……」
断言された。
「――ああ、社交といえば」
ふと思い出したように、十碧くんは呟いた。
「何?」
「挨拶しなきゃいけない相手が何人かいる。失礼のないようにな」
「……へ」
挨拶しなきゃいけない相手?
「え、偉い人?」
「門叶悠貴の父親と、その取り巻きと、社長連中と、その取り巻きと……」
「偉い人だよね!? 『失礼のないように』って、私も挨拶するの!?」
「当たり前だろ。俺のパートナーなんだから」
ぐええ。
「な、何言えばいいの?」
「『こんばんは。初めまして』」
「……」
「……」
――それだけ?
「ちょっと、投げないでってば!」
「投げてない。後は俺が引き受けるから。お前は自然な愛想笑いを浮かべて、さも興味深そうに会話に耳を傾けて、適当なところで『はい』とか『ええ』とか相槌を打っとけばいい」
「ええ〜っ?」
微妙に難しいことを言われた。
「で、出来るかなあ? 私、そんな演技したことないよ」
「嘘つけ」
「え」
(嘘?)
なぜ決めつける?
「やってただろうが、お茶会の時」
「えええっ!? 演技じゃないよ、アレ!」
初姫さんとのお見合いの時の話か!?
確かにあの日、私は笑顔で和やかな会話を続けた。しかし、それは別に楽しそうなふりをしていたわけではない。単に普通にお茶会を楽しんでいただけである。
「そうか? 俺は紫関親子と打ち解け過ぎないように気を遣ったりクソババアに主導権握られないように神経使ったり、いろいろ大変だったぞ」
「……」
演技してたのは君のほうか。
「てことは、あれは素だったのか。お前、凄いな。あんな退屈な話にニコニコ付き合って」
「そんなことで感心しないでくれる!?」
というか君、退屈してたのか。君もあの日、儚げにニコニコ笑ってたはずだが。
「ふん。それならパーティーの会話も耐えられるだろ。――あと、もう一つ」
「何?」
ふいに、十碧くんは真剣な目をした。
「これは重要なことだが……」
「う、うん」
「当日、絶対に――」
(?)
怯む私に、彼は言った。
「喰い過ぎるなよ?」
「ぐ」
――グサッと釘を刺された。




