サミカ
昼休みに入り、ランチトートと紙袋を手に外へ出る。
寒くなってきた。これまでに比べ、この時間に見かける人の数が減ってきたようだ。
(そろそろ、外でお弁当を食べるのはやめたほうがいいかな……)
私はもともと、寒さには強い。今の『篠沢恵瑠夢』も、耐寒能力は完璧だ。だから別に、気温の低下はどうでもいいのだが――。
(……目立つよね)
寒風吹きすさぶ中、たった一人で大量のお弁当を平らげる『絶世の美少女』――不自然である。
しかしまあ、今日のところはいいだろう。
今後どうするかは改めて考えることにして、私はとりあえず、雑木林へ足を向けた。
「――おぉっ!? ねえねえ、そこの可愛いお嬢さ〜んっ」
(……ん?)
途中、どこからか声がした。見れば、女性が一人、こちらへ走ってくる。
(……)
女子大生だろうか。二十歳前後の派手な美人である。髪はオレンジに染め、大きなバッグを提げていた。
「助かったぁ! もぉ、この学校広過ぎぃ! 人も通んないしさぁ、職員用出入口どこよぉ?」
私のそばまで来ると、彼女はぼやいた。
「えっ、人が通らなかったのは授業中だったせいじゃ……いや、いいです。職員用出入口へ行きたいんですか?」
外部からのお客さんだろうか。職員用出入口は来賓用玄関も兼ねている。
そう思って尋ねると、オレンジ美女は疲れたように大げさなため息をついた。
「ていうかぁ、サミカ、理事長室へ行きたいんだよねぇ。無事にたどり着けるか心配だよぉ。サミカの特技、道に迷うことなんだぁ」
「……はあ」
この女性はサミカさんというらしい。
そして、サミカさんは方向音痴らしい。
「えーと、ご案内しましょうか? 理事長室まで」
暗に頼まれているような気がして、申し出た。すると、どうやらそれは正しかったらしく、サミカさんはにっこり笑った。
「ほんとぉ? やったぁ! このまま遭難するかと思っちゃったぁ!」
「遭難!?」
それはないでしょうよ、さすがに。
(大げさな人だなあ)
いったい何者だろう。
不思議に思いつつ、私はひとまず、彼女を職員用出入口へ案内した。
一度昇降口へ戻り、革靴を履き替えてから、サミカさんを迎えにいく。理事長室へ向かう間、彼女は物珍しそうにきょろきょろしていた。
やがて、我々はいかめしいマホガニーの扉の前に到着した。
「ここです」
「ありがとぉ」
――バンッ!
(へっ!?)
「スグルくん、いるぅ?」
ノックもせず、彼女はいきなりその扉を開けた。しかもズカズカ入り込んでいく。
「ち、ちょっと……」
「おー、いたいたぁ。えへっ、来ちゃったぁ。ビックリしたぁ?」
「……」
由和さんは奥の書き物机にいた。彼はちらっとサミカさんを見てから、戸口に立ったままの私へ目を移す。
「篠沢くん、よく来たね。入りなさい」
「あぁっ、何さぁ! 無視しないでよぉ!」
(……)
私はとりあえず中へ入り、扉を閉めた。
「何か用かね?」
「いえ、私は別に……」
「用があるのはサミカよぉ! こらぁ、こっち見てぇ!」
「……」
静かな表情のまま、由和さんはサミカさんを見た。
「帰ってくれ」
「お断りぃ! ほら、これぇ!」
彼女は提げていたバッグをソファーに置き、中から大きな風呂敷包みを取り出した。
「サミカ特製、豪華弁当ぉ! 一緒に食べよぉ?」
「余計な世話だ」
(……)
どういう関係だ、この二人?
ますます不思議に思って傍観していると、ふいにサミカさんがこちらへ顔を向けた。
「ていうかさぁ、お嬢さんが『篠沢くん』だったのぉ?」
「えっ」
「駄目だよぉ? スグルくんにエサやっちゃ。体に悪いよぉ」
「エサ!?」
「――いらぬことを言わないでくれ」
静かな声で、由和さんは淡々と抗議した。
「彼女が差し入れをくれなくなったらどうしてくれる」
「そしたらその分、アンタはお店で買うでしょがぁ! せめて野菜ケーキとかにしなさいよねぇ!」
「君にそんなことを指図される筋合いはない」
「あるもん!」
サミカさんはぷうっと頬を膨らませた。
「だって、サミカはアンタの母親なんだからぁ!」
「……」
(……)
……。
は?
「確かに父の再婚相手ではあるが――しかし私より年下だというのに……」
「えええええっ!?」
サミカさんの発言に驚いていたら、由和さんが更に驚くようなことを言い出した。
「由和さんのお父さんの!? えっ、前の理事長先生ですよね!? あの目つきの悪いオジサマの再婚相手!?」
「あっ、ひどぉい!」
サミカさんは、今度は私に膨れっ面を向けた。
「ダーリンは目つきが悪くなんかないもん! ただ人相が悪いだけだよぉ!」
「ええ――っ!?」
そっちのほうがひどくないか?
「す、すみません! 私てっきり、由和さんの彼女とか奥さんとかストーカーさんとかかと!」
「はぁ!? サミカ、こんな若くてイイ男はキライだよぉ?」
サミカさんはお行儀悪く、由和さんをビシッと指差した。
「そ……そうなんですか?」
私は一瞬、呆気に取られた。が――まあ、世の中にはいろいろな人がいるから、と思い直す。
広い世間、もっと奇抜な嗜好だって数多く存在する。それに比べれば、年を喰ってて見栄えの悪い男が何より好みのタイプだというぐらい、おかしくも何ともない。
……おかしくはないが……。
「――あのねぇ、篠沢クン」
私の思考を察したか、サミカさんは急に真剣な目をした。
「男は顔じゃないんだよぉ?」
「えっ」
「外見は完璧でも中身が変な奴なんていっぱいいるんだよぉ?」
「……それは、よく知っています……」
心当たりはある。誰とは言わないが、妖精さんとかモデルさんとかギリシャ彫刻さんとか。
「若いイケメンはねぇ――」
サミカさんは続けた。
「絶対、絶対……浮気しやがるのよぉぉっ!」
「……。へっ?」
「サミカ、悟ったの! 若くてイイ男なんか大っキライよぉぉっ!」
「え――っ!?」
逆の意味で顔にこだわってないか、それは!?
再び呆気に取られ、思わず問うように由和さんを見ると、彼は私の視線に応えて口を開いた。
「気にしなくていい。昔、いろいろあったようだ」
「……」
気になるんですけど?
「まぁ、それはともかくぅ」
力いっぱい叫んだら気が済んだらしく、サミカさんはコロッと笑顔に戻った。
「さぁスグルくん、お弁当食べよぉ!」
「断る」
「そう言わないのぉ! 篠沢クンもおいでぇ? 一緒に食べよっ」
「え……はあ……」
サミカさんはソファーに座った。ローテーブルに包みを置き、風呂敷を開く。中から現れたのは、漆塗りの立派な重箱だった。
(……ん?)
四段重ねだ。
しかし、これは確か――。
「じゃーんっ」
(おぉっ!?)
サミカさんは重箱のフタを開けた。
なんと、中には小さなパンダがぎっしりと詰まっていた。本体は米、黒い部分は海苔、目はスライスチーズ、口は魚肉ソーセージで出来ている。
「わー、パンダ! 可愛い〜」
「えへっ。スグルくん、おにぎりならわりと食べるからねぇ」
他の段には、ハンバーグやら海老フライやらミニオムレツやらポテトサラダやら、どこかで見たようなメニューが並んでいた。
(やっぱり、いつぞやの……)
由和さんが残さないメニューベスト5。チキンライス以外は揃っている。
「シェフ……またこれかね」
「何よぉ。好きでしょ、これぇ?」
……。ん?
「これ……今日もシェフさんが作ったんですか?」
「そうだよぉ」
「でもさっき、『サミカ特製豪華弁当』って言いませんでした?」
「サミカ、シェフだよぉ?」
「……。えっ!?」
何ですと?
「――彼女の名は由和沙弥花。ここ三代ほど、当家でシェフを務めている家柄の出身だ」
今更ながら、由和さんが淡々と紹介してくれた。
「その縁で、私の父とも知り合ってね」
「え――っ!? 職場結婚!?」
「……。そういう言い方も出来るね」
「きゃははっ、何それぇ」
サミカさんは面白そうに笑った。
「ほらほら、いいから二人とも座ってぇ。篠沢クン、それお弁当でしょぉ? 噂通りの大喰いだねぇ」
「……。由和さん、おうちで私のこと喋ってます?」
「……。多少は」
私が顔を向けると、由和さんはちょっと目を逸らした。
(……)
何を喋ってるんだろう、この人は。
「ねぇねぇ、篠沢クンのお弁当どんなのぉ? シェアしない〜?」
「そ、そうですね……」
私はサミカさんの隣に座った。ランチトートからお弁当箱を取り出し、ローテーブルに広げる。
今日は大盛りのドライカレーにポークピカタ、チーズはんぺんフライ、ジャーマンポテト、シーザーサラダなど。デザートはドーナツ。シュー生地を揚げたフレンチクルーラーだ。間にそれぞれキャラメルクリーム、チョコカスタード、ラムレーズンクリームを挟んだ三種類を持ってきた。
「きゃぁっ、美味しそぉ〜。スグルくん、小皿貸してぇ〜」
「……」
由和さんは諦めたような表情を浮かべ、給湯スペースへ向かった。
サミカさんは彼を待たず、パンダおにぎりへ手を伸ばす。
「ところで、篠沢クン。さっきは何で外にいたのぉ?」
「え? 何でって、雑木林でお弁当食べようかと思って……」
「――雑木林で? この寒いのに」
小皿を手に、由和さんが戻ってくる。彼は私とサミカさんの向かいに座った。
「食べる場所がないなら、理事長室を使ってくれて構わないよ。いつでも来なさい」
「……」
ドーナツを見つめながら言わないで下さいよ、理事長様。
「こらぁ! なに狙ってんのぉ!」
サミカさんが叱りつけた。
「狙ってる?」
「部屋貸す代わりにオヤツ貰う気でしょがぁ! アンタの考えることなんざお見通しよぉ!」
「別にそんなことは言っていないが」
「でも、貰う気でしょがぁ!」
「くれる物なら。悪いかね?」
「悪いわぁっ! アンタ、甘い物食べ過ぎぃ! それでどうして太らないのさぁぁっ!」
(……)
サミカさん……それは由和さんの健康を心配しているのか? それとも太らない体質を妬んでいるのか?
(……両方、かな……)
奇妙な親子(?)のやり取りを聞きつつ、私もパンダおにぎりへ手を伸ばした。




