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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
67/341

自習室

 祭りの後にはテストがやってくる。

 文化祭のあった十一月が去れば、もう期末試験が間近である。これさえ終われば冬休みだ。

 長い休みの前にはテストが立ちはだかっている。

 ――放課後、私は図書館の自習室へ向かった。

 どこに座ろうかと、席を物色しながら歩く。

(……ん?)

 その時、隅の机で突っ伏して寝ている人を発見した。

「……」

 短めのさっぱりした髪、健康そうに日焼けした肌。見覚えがある。

「……涼和くん?」

 近寄って声を掛けてみたが、相手は起きない。見れば、机の上には教科書とノートが広げられている。ということは、勉強中ではあったようだが――。

(そういえば、この人……十位以内に載ったことがないな)

 冷泉院学園では、小テストも定期試験も、成績上位十名が貼り出される。

 うちの学年の場合、一位は常に満点の門叶くん。十碧くんはたまに英語関連で八位から十位ぐらいに入る。ミリちゃんは古典のみ、五位から十位で名前を見ることがある。涼和くんとナノちゃんは記憶にない。

 そして今の、この姿。彼は勉強すると眠くなるタイプなのだろうか。

「涼和くん? 起きて?」

 他の人の迷惑にならないよう、私はこそこそと声を掛け、彼の肩を軽く揺すった。

「ここで寝ちゃ駄目だよ。見つかったら怒られるよ」

「……ん……?」

 反応があった。うっすらと目を開け、彼は呟く。

「……恵瑠夢?」

「うん」

 涼和くんは上半身を起こした。顔がぼーっとしている。

「眠ぃ……」

「試験勉強してたの?」

「ああ……」

 彼は机の上を見下ろした。

「教科書広げた瞬間、意識が遠のいた……」

「……」

 それは『勉強していた』と言わない。

 読もうよ、せめて。ちょっとぐらい。

「お前もか……?」

「う、うん。――前、いい?」

「ああ……」

 私は涼和くんの向かいの席に座った。

「……」

 彼は机の上を見つめたまま、再び目が閉じかけている。

「涼和くん、寝ちゃ駄目だよ。図書委員が来るよ」

「ああ……」

「聞いてる?」

「ああ……」

「聞いてないでしょ?」

「ああ……」

「切っても切っても切れない野菜は何?」

「ああ……」

「……」

「……温野菜……」

(ん?)

 後ろで誰かが呟いた。振り返ると、いつの間にやら十碧くんがそこにいた。

「おぉっ。よく分かったね、来海くん」

 正解だ。O FFにしてもOFFにしても(切っても切っても)ON野菜。

「篠沢さん……どうして今給黎くんになぞなぞを出しているの?」

「……。どうしてだろうね」

 特に意味はない。

 ――ゴンッ!

「あ」

 何かがぶつかる音がした。再び前を見ると、涼和くんが元通りに突っ伏している。

「涼和くん? 起きて?」

「……」

 またこそこそと声を掛け、肩を揺すってみる。が、今度は駄目だ。起きない。

「二人で勉強していたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「僕も混ぜてくれないかな?」

「え? いいけど……」

 自習室には他にも人がいる。場所が場所なので騒いだりはしないが、十碧くんのファンらしき女子もいる。

「良かった。ありがとう」

 自称フェアリーが嬉しそうに微笑むと、そういった女子から熱い視線が飛んできた。

 彼は優雅な仕草で椅子を引き、私の隣に腰を下ろす。

「……相変わらずだな」

 涼和くんを見て、十碧くんは呟いた。

「相変わらず?」

「うん。僕、中等部の時に彼と同じクラスになったことがあるんだけど……」

 ――涼和くんも内進だったのか。

「その頃もこんな感じだったよ。授業中に起きているところを見たことがないな」

「ええっ?」

 それは大げさだろう、さすがに。

「で、坂上さんにつつかれて、しぶしぶ起きて、ぼんやりしたまま先生の質問に答えて……」

「……」

 目に浮かぶ。

「ね、寝てたのによく質問に答えられたね? ナノちゃんがこっそり教えてあげてたとか?」

「いや、ちゃんと自力で答えてたよ。五回に一回ぐらいは正解してたかな」

「……」

 それは『正解した』と言わない。『マグレで当たった』と言う。

「えーと、確か、この辺り……」

 十碧くんは手を伸ばし、涼和くんの右のこめかみの辺りをつついた。

「……」

 反応はない。

「――駄目か。坂上さんがシャーペンで突いたらすぐ起きたんだけど……」

「場所の問題じゃないんじゃない!?」

 『突いたら』? シャーペンでグサッとやってたのか、ナノちゃん?

 意外と恐ろしい子だ。

「篠沢さん、やってみたら?」

「そそのかさないでくれる!?」

 恐ろしいフェアリーだ、この人も。ヘタしたら障害事件である。

 と――ふいに、涼和くんの背後へ黒い影が現れた。

(ん!?)

 人影だ。

 ――ガスッ!

 次の瞬間、その人物は涼和くんのこめかみを二本指で突いた。

「っ!?」

 涼和くんはガバッと起き上がった。

「――自習室での睡眠は禁止されています」

 と、その人物は告げた。

 異様に長い黒髪、青白い肌。ぼそぼそと喋っているのに、なぜかその言葉ははっきりと聞き取れる。

 彼女は図書館の秩序を守る魔女――いや、図書委員である。名前は知らないがよく見かける。

「寝るつもりなら、退室して下さい」

「……いや……悪ぃ」

「……」

 前髪に隠され、彼女の表情はよく見えない。しかしどうやら、涼和くんをじっと見つめているようだ。

「気をつけて下さい」

「ああ……」

 彼女は背を向け、音もなく立ち去った。

「……」

 涼和くんはこめかみを押さえ、呆然とそれを見送った。

「――涼和くん、起きた?」

「……恵瑠夢」

 彼はこちらを向いた。

「煮ても焼いても食べられないけど、割ったら食べられる物って何?」

「……」

 涼和くんは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

「まだ寝ぼけてるね」

「篠沢さん……寝ぼけてるわけじゃないんじゃない? 普通、起き抜けにいきなりなぞなぞ出されたら頭の中が真っ白になると思うよ?」

 隣で、十碧くんが呆れた声を漏らした。

 ――それもそうか。

「来海くん、ちなみに答えは?」

「割り箸」

 ――正解だ。

「来海……? お前、最初からいたか?」

 涼和くんは状況が把握できていないらしい。まだこめかみを押さえている。

「途中からいたよ。一緒に試験勉強しようと思ってね」

「そう……だったか?」

「うん。君は覚えていないみたいだけど」

 ――当たり前だ。十碧くんが現れた時、涼和くんはほとんど意識がなかった。

「……そうか。勉強しにきたんだったな……」

 何度かまばたきして、彼はようやく、机の上の教科書に手を伸ばした。

「数学? ちょうど良かった。篠沢さん、僕にも教えてくれる?」

 それを見て、十碧くんが言った。

「えっ!? う、うん……」

 そういえば理数系が駄目だったな、この人。

「でも、『僕にも』って……別に私、涼和くんに数学教えてたわけじゃないよ?」

「……駄目か?」

(ん?)

 ふと気がつくと、涼和くんがこちらを見ていた。

(……)

 ほとんど無表情だが――私には分かった。

 この人……数学の教材を前にして、途方に暮れてる……。

「いや、えーと……じゃあ、みんなで一緒に勉強しようか?」

「……ああ。悪い」

 彼はかすかに、ほっとしたように笑った。

 ――この人も、数学は苦手らしい。



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