ドクロ
その日、私は早めに家を出た。
空には雲が重く垂れこめ、時刻のわりには薄暗い。今にも雨が降りそうだ。
(由和さんを吹っ飛ばしたのもこんな日だったな……)
同じ轍は踏むまい。
いつでも素早く差せるよう、今日は折りたたみ傘を一番上に入れてある。私は空模様に注意しながら進んだ。
――が、結局、学校に到着するまで雨は降らなかった。
用心している時に限って何も起こらない。世の中そんなものである。でもまあ、濡れなくて良かった。
私は昇降口に入った。
「ぎゃあぁあああっ!?」
――途端、絶叫が響いた。
(……あれ?)
男の声だ。ミリちゃんではない。
「何!? 事件!? 人殺し!?」
「えええええっ!? 誰、物騒なこと言ってんのは!」
私は声のしたほうへ向かう。
すると――下駄箱の陰で、黒茶色の髪の少年がへたり込んでいた。
「あっ、何だ。リューくんかー」
「エ、エルちゃん……」
事件ではなさそうだ。私はほっとした。
「おはよう。どうしたの? 作品仕掛けようとして誤爆しちゃった? 珍しいね、リューくんが失敗するなんて」
「違うっ! 全然違うよ! 勝手に話作んないで!」
リューくんは這うようにこちらへ移動してきた。
「……でも、腰が抜けてるように見えるけど?」
「だ、だって、ドクロ! ドクロが!」
「えっ、何!? やっぱり事件!? 死体遺棄!?」
「違うよ! ほら、アレ!」
リューくんはE組の下駄箱を指差した。
(ん!?)
見れば一つだけ、フタの開いているのがある。その下駄箱からは、バネのような物体がビロ〜ンと垂れていた。
「?」
ミリちゃんの下駄箱だ。近寄って確かめてみると、バネの先に何か付いている。その何かは――小さなオモチャのドクロだった。
(……)
血にまみれ、眼球が飛び出ている。結構リアルだ。
「わあ、グロテスク……」
「でしょ!? そいつがいきなり頭突き喰らわしてきたんだよ! あー、ビックリした」
リューくんはようやく立ち上がった。
「俺さー、お化けとか怖い話とか苦手なんだよねー」
「あ、そうなの?」
なるほど。それなら、このドクロはちょっとキツいかもしれない。
しかしミリちゃん、これはいつもの仕返しか? 今日に限ってどうした?
(……ん?)
ふと、私は気がついた。ミリちゃんの下駄箱に上履きが入っていない。代わりに長方形の箱が置いてある。
「何これ、棺桶?」
「えっ!?」
「あ、リューくんの仕業じゃないんだ?」
「何!? まだなんかあった!?」
その箱の上にはカードがあった。
『リューへ お誕生日おめでとう』
……。
「エルちゃん、何で黙ってんの!? 今度は何!? ゾンビ!?」
「リューくん、プレゼントだよ」
「えええっ!?」
何を勘違いしたか、彼はザザッと後ずさった。
「大丈夫大丈夫。ほら、怖くないから見てごらん」
「何そのお母さん口調! 騙してない?」
「騙してない騙してない」
バネ付きドクロを外してあげると、リューくんはやっと下駄箱に寄ってきた。
「――あれ? 何だ、棺桶の形してないじゃん」
「何でちょっとがっかりしてるの?」
「あっ、ほんとだ。プレゼントだ」
と、彼はその箱を取り、無造作に包装紙を破り始めた。
「えっ、また何か仕掛けられてたらどうするの?」
「うっ!?」
リューくんは一瞬ピタッと止まった。が、すぐにまた包装紙を破り出す。
「ヘーキヘーキ。ミリ姉はそんな複雑なことしないよ〜」
「……」
手がちょっと震えてますけど?
とはいえ、彼は正しかった。包装紙を取り去り、箱のフタを開けても、おかしなものは飛び出してこなかった。
「おぉっ、アーミーナイフ! かっこいい〜っ!」
箱の中身は多機能な折りたたみナイフだった。リューくんの顔がパアッと輝く。
さすがミリちゃん。彼の趣味をよく分かっているようだ。
「……ていうか今日、誕生日だったんだね」
「うん! 『おめでとう』って言って〜」
「おめでとう、リューくん」
……またか……どうしよう。
私はランチトートと紙袋に目をやった。ワンパターンだが――知らなかったものは仕方ない。
「えーと、ごめんね。私、何も用意してないんだけど……」
「えっ、なんかくれるの? どうせならほっぺにキスとかがいいな〜」
「……。手ならいいよ」
「えええっ!? それはちょっと微妙!」
ぎょっとしたように目をむいた後、彼は明るく笑った。
「じゃあさ、今日はエルちゃんと一緒にお昼食べたいな〜。ミリ姉も呼んで」
「えっ」
「あっ、大丈夫。俺らは購買でなんか買うから! みんなで食べない?」
(……)
私のお弁当は大量である。普通の人なら二〜三人でシェアしても十分なほど。
デザートだけリューくんにプレゼントしようかと思ったのだが――まあ、いいか。
「購買は行かなくていいよ。リューくんとミリちゃんと私ならこれで足りると思う」
と、私はランチトートを軽く持ち上げてみせた。
「えっ、分けてくれるの? 友達と食べるんでしょ? 俺らも混ぜてもらおうと思っただけなんだけど……」
「大丈夫大丈夫」
……まあ、この量を一人で平らげているとは思わないよな、普通……。
「あ、でも、お箸は一膳しかないから……」
「うん、分かった。食堂で割り箸調達してくねっ。エルちゃん、ありがと〜」
リューくんは嬉しそうに笑った。
(……今日は、気をつけないと……)
私は肝に銘じた。
――今日は、いつものように高速で喰い尽くしてはならない。
『絶世の美少女』にふさわしく、ちまちまとゆっくり食べなければ。




