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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
64/341

並木道

 いつの間にか、イチョウがすっかり色づいていた。

 枝々に密集する黄色い葉は、どこか蝶の群れにも似ている。その群れは風が吹くたびにサワサワと羽ばたき、夕焼けの光を反射し、一瞬金色に変わる。

「綺麗だねー」

「うん……ここにあるのは全部雄株で良かった。さもないとギンナンが落ちて、それはもうとんでもないニオイに……」

「水を差さないでくれる!?」

 放課後。私は学園敷地内のイチョウ並木にいた。ここは西門のそばで、数十本のイチョウの木がずらりと並んでいる。これは、数年前だか数十年前だかの卒業生が植えたものらしい。

 夕陽に輝く黄金の木々。爽やかな風。私の気分は穏やかだった。――とあるイチョウの木の下で、自称フェアリーを見つけるまでは。

「うちにもイチョウがあるんだけどね……。遠藤が毎年必ずギンナンを踏んづけるものだから……」

「えっ、わざと?」

「んなわけあるかぁぁっ!」

 ――どしっ!

 チョップを喰らった。

 何だか久々な気がする。

「宿舎とガレージの通り道がギンナンまみれなだけだ! 避けりゃいいのにあの男ぉぉっ!」

「私に怒られても!」

 叩くなら遠藤さんを叩いてほしい。

「十碧くん、ギンナン嫌いなの?」

「匂いのキツいものはだいたい嫌いだ」

「ああ。パクチーとか?」

「そう。あと、ハーブとか」

「えっ、ハーブも!?」

 それはちょっと意外だ。

「何で!? 『妖精さん』なのに! ミントとかカモミールとかレモンバームとかに埋もれて眠る可愛いイメージは!?」

「いや、ハーブは全部駄目ってわけじゃ……。何だ、そのイメージ。いくら俺でもそこまでやらねえよ」

 十碧くんは眉をひそめた。

「俺はただ、二度とハーブティーを飲みたくないだけだ」

「ハーブティー?」

「ああ。一度だけ、姉貴が淹れてくれたことがあってな」

 彼は遠い目をした。

「あれは何だったんだ……あの凄まじいニオイ……いったい何のハーブだったんだ……」

「……」

 それはハーブのせいではなく、お姉さんのお茶を淹れる腕前のせいではないだろうか。

 ――あるいは。

「えっ、それはわざと?」

「何っ!? そういや笑顔で『残さないでね』とか言いやがったがあの女ぁぁっ!」

「いや、知らないよ!? 単に失敗しただけかもよ!? ごめん、ちょっと言ってみただけ!」

 というか、冗談だったのだが。予想に反してチョップは飛んでこなかった。

「……ふん。まあいい。とにかく、ギンナンとハーブティーは避けて通るに限る」

 と、彼はイチョウ並木を睨みつけた。

「……じゃ、何で今ここにいるの?」

 そんなにイチョウが嫌いなら近づかなければいいものを。

「……」

 聞くと、十碧くんは数歩移動した。

 雰囲気が一変する――。

 夕陽を浴びて輝く、ふわふわの淡茶色の髪。並木道に伸びる長い影。サアッと風が吹き、金色の木の葉が舞う。

 暮れなずむ光の中、自称フェアリーは儚げに微笑んだ。

「……」

 光っている。それはもう、イチョウに負けないほどキラキラと。

「……。『イチョウ並木に佇む美少年』やってたの?」

「ふふ……僕が嫌いなのはギンナンであって、イチョウそのものじゃないからね」

 ……正解ですか……。

「どう? 絵になるだろう?」

「あー、うん。キレイキレイ。世界一キレイ」

 よくやるよ、この人は。

「何だ、その棒読みは。つまんねー奴」

 十碧くんは肩をすくめた。途端、キラキラが消える。器用なフェアリーだ。

「ファンクラブの連中なんか大喜びで写真撮ってたぞ。これくれたし」

「そりゃあ、ファンの人なら撮るだろうけど――えっ、何それ」

 彼はどこからか、A4大の冊子のようなものを取り出した。

(……)

 来海十碧。妖精志望。ただし、手品師の才能あり。

 受け取って開いてみると、中には白い軍服風の『王子様』の写真がペタペタと貼ってあった。

「ああ、文化祭の時の写真かー。うわあ、よく撮れてる……」

 誰の作品か知らないが、見事に十碧くんの姿だけを捉えている。一緒にステージに立っていたはずの共演者は無視されていた。

「遠藤さんは作らないの? こういうの」

「ん? 見たいのか?」

「――っ!?」

 なんと、十碧くんはどこからか、似たような冊子をもう一つ取り出した。

「えっ、それどこに持ってたの!?」

「は? 普通に小脇に抱えてたぞ。目立たないようにはしてたけど」

「『普通』じゃないよ!」

 全然気がつかなかった。

 それはともかく、私は遠藤さんが作ったほうの冊子も受け取り、開いてみた。

(おぉ)

 こっちはまともだった。ちゃんと共演者も一緒に写っている。

「へー。さすが、遠藤さんは慣れてるね! バランスいいよ」

「そうか? 俺だけを撮ってりゃいいのに」

「い、いや……えーと、し、主役には引き立て役が必須じゃないっ? こっちのほうが美しく見えるよ、十碧くん!」

 というか、はっきり言ってファンクラブのほうは怖い。十碧くんだけをひたすら追いかける異様な熱気が伝わってくる。

「ふん。そうか。欲しいのがあったら持ってっていいぞ」

「いらないよ!」

「じゃ、これだけやる」

「は!?」

 十碧くんは、私に持たせたまま遠藤さんの冊子をめくり、最後のページから何か取り出した。

 封筒だ――挟んであったらしい。

「ほら」

「?」

 開けてみると、写真が入っていた。

(――おぉっ!?)

 なんと、そこには『王子様』と『メイドさん』が写っていた。十碧くんと私だ。

 我がクラスのメイド&執事喫茶のほか、廊下やE組の和洋混合オーケストラなども背景に入っている。

「えええっ!? 遠藤さん、私の近くに来てたの!?」

「ああ。ずっといたぞ」

「全然気づかなかったよ!」

「ふん。お前に気づかれるようじゃおしまいだ。主人の邪魔をしないように気配を消すのがプロの使用人だからな」

「そうなの!?」

 ギンナン臭には気が回らないのに!?

 にしても、忍者じゃあるまいし。いたのなら姿を現してくれればいいものを、遠藤さん。

「で、お前に渡せって言われてたのを今思い出した。良かったな。俺とツーショット撮れる奴は貴重だぞ」

「そりゃあ、ファンの人なら喜ぶだろうけど――まあいいや。ありがとう」

 少なくとも遠藤さんにとって、私は『十碧様のお友達』という『貴重』な存在ではあるらしい。気を遣ってくれたのだろうし、貰っておくことにした。

 ――別に、十碧くんのナルシストな発言に付き合うのが面倒くさくなってさっさと受け取ったわけではない。

(……プロの使用人……)

 そのまま何となく写真を眺めていたら、私はふと、あの黒いスーツの男性を思い出した。

「ねえ、十碧くん。ちょっと気になってたんだけど、文化祭の時に紫関先輩を引っ立てた人のこと覚えてる? 確か、初姫さんが『浜松』って呼んでた――」

「ああ。紫関初姫のストーカーか」

「へっ!?」

 なんという言い方をするんだ、十碧くん!

「い、いや、ストーカーってことはないでしょ?」

「違う。ほんとにストーカーだ。あの男、元はスパイだか殺し屋だかのはずだぞ」

「……。はっ!?」

 何ですと?

「紫関初姫は、かつてあの男のターゲットだったんだ。なのに、何があったか彼女に心酔して、今や押しかけボディーガードだ」

「えええええっ!?」

 何だそれは! いったい何があった、初姫さん!

「最近では彼女の命令で、紫関零のマネージャーもやってる。スケジュール管理とは別に、連行役としてな」

「連行役!?」

 ……そういえば、文化祭の時も紫関先輩を連行してたな、あの人……。

「い、意外と苦労してるんだね、初姫さんって」

 あのお兄さんに加えて元ストーカーのボディーガード。大変そうだ。

「……さあ、それはどうかな」

「えっ」

 ところが、十碧くんは否定的な表情を浮かべた。

「見かけに騙されるなよ。あれでも紫関財閥の最有力後継者候補だ。優秀なんだぞ――いろいろと」

「ええっ?」

 真剣に意味ありげなことを言われた。

「――ハッ!?」

 ぎょっとした後――私はふいに思いついた。

「それってまさか! 初姫さんもとんでもない本性を隠してるってこと!?」

「どういう意味だぁぁっ!」

 ――パコーン!

 冊子を喰らった。

(あれ?)

 いつの間に私の手から取り返した?

「『も』って何だ、『も』って! 『とんでもない本性』たぁ俺のことかぁぁっ!」

「ああっ、つい本音が! ごめんなさいぃっ!」

 最近武器を使うようになったな、このフェアリー。

 どうでもいいことに感心しつつ、私は叩かれて痛む頭を抱えた。



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