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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
60/341

文化祭(名演)

「『姫……いったいどこへ行ってしまったのですか?』」

 教室内に設けられた小さなステージで、白い軍服風の衣装を着た王子様は寂しそうに呟く。悩ましげな表情が真に迫っていた。

(……)

 ほんとに役者になれるよ、この人。

 十碧くんの演技に、私は素直に感心していた。

 文化祭、二日目。私は今、メイド姿のまま一年D組を訪ねている。

「『私は信じません、あなたが死んだなんて。この目で確かめるまでは――。待っていて下さい。必ず、あなたを捜し出してみせます』」

 このクラスでは劇をやっている。演目は『白雪姫』だ。

 が――原作からはだいぶアレンジされていた。

 D組バージョンでは王子様は隣国の人で、白雪姫とは幼なじみで、昔からこっそり二人で会っていた――という設定だった。彼は、「白雪姫は急死した」という女王の言葉を不審に思い、これから手掛かりを求めて動き出すようだ。

「『ほほほ……うまくいったわ。あっけないものね』」

 王子様が退場すると、反対側から女王様が現れた。彼女は一人の少年を従えている。銀糸の縁取り付きの衣装を着た鏡の精霊――門叶くんだ。

 眼鏡は掛けたまま。『精霊』にはふさわしくない気もしたが、実際に舞台に立つ姿を見ると、意外とサマになっていた。

「『女王様、私の女王様。悪巧みの笑顔もなんとお美しい……』」

(……)

 彼は無表情に、淡々とセリフを言う。ハナから熱演する気はないらしい。

「『我が君、我が生き甲斐、我が喜びの花。ああ、どうかお姿を、その眼差しを私に……』」

 しかし、なぜだろう。抑揚のない口調でこういうセリフを喋ると、それはそれで危ない人に見える。

「『ええ、望みを叶えてあげるわ。さあ――鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?』」

 女王様は、門叶くんをじっと見つめて喋る。これで、『鏡に自分の姿を映している』ことになるらしい。

「『女王様、私の女王様。あなたはお美しい。この国の、いいえ、この世界の誰よりも。ただ一人――白雪姫を除いては』」

「『えっ』」

「『あなたの娘は、あなたの千倍も美しい。――ああ、私の女王様。驚いたお顔もなんとお美しい……』」

「『待ちなさい、どういうこと!? あの子は死んだはずよ!』」

 他の人の演技はまあまあだった。女王様役も結構うまい。

 観客は静かだ――集中している証拠である。喋る人も途中退席する人も見当たらない。

(……女子が不自然に多い気もするけど……)

 十碧くんのファンだろう。王子様が登場するたび、異様な熱気を感じた。

(白雪姫役の人、大丈夫かな……)

 嫉妬の的にならなければいいのだが。

 少し心配になった。余計なお世話だけど。


「来海くん、お疲れさま〜」

「すっごいかっこよかったよ!」

「見とれちゃった〜」

 劇が終わると、十碧くんは女子に囲まれた。きゃあきゃあと盛り上がっている。

「あのっ、かっこよかったです〜」

「写真、いいですか!?」

「……写真? 僕のか?」

 なんと、門叶くんも囲まれていた。

 十碧くんに比べれば大したことはないが、それでも数名の女子がいる。

 が――よく見れば、彼女たちは全員私服だった。

(あ……外部のお客さん?)

 なるほど。交信中の様子を知らなければ、門叶くんはただの『ギリシャ彫刻みたいな美形』だ。

 知らないというのは、時に幸せなことである。

 どちらにも近づけそうになかったので、私はD組の教室を出た。

「――恵瑠夢?」

(ん?)

 その時、声を掛けられた。

 振り返ると、渋い二枚目風の色黒男がいた。かすかに驚いたような顔をしている。

「何だ? その格好……」

「……。涼和くんこそ」

 知り合いだった。今日は制服ではなく、ダークグレイの浴衣を着ている。

「それ、何? 劇の衣装?」

「いや……。うちのクラスは校庭で縁日やってるから、それで……」

「……。腰に刀差してるのは、何で?」

 もちろん本物ではないだろうが、わりとよく出来た日本刀だ。

「さあ……。似合うから付けとけって言われたが、意味は分からない……」

「……」

 似合うよ、確かに。江戸の浪人みたいに見えるよ。

「お前のは……芝居用か?」

「あ、ううん。うちのクラスはメイド&執事喫茶なんだ〜。涼和くん、良かったら来てみない?」

「……。やめとく」

 ――まあ、来ないだろうとは思った。

 この人がメイドさんと交流してる姿など、想像できない。

「もう、休憩終わるしな……」

「――あ、そういう理由?」

「ん?」

「何でもない」

 ……時間があったら来てくれたんだろうか……。

「涼和くんのクラスって、校庭のどの辺?」

「ここから、見える……」

 彼は近くの窓から外を見た。私もそれに倣う。

(――あ)

 校庭には屋台がずらりと並んでいる。私は偶然、その間をうろうろしている栗色の髪の女の子を見つけた。

 ナノちゃんだ――誰かを探しているようにも見える。

「あの辺だ……」

 と、涼和くんが指したのは、まさに彼女のいる一画だった。

「射的とか輪投げとかクジ引きとか、やってる……。気が向いたら、来るといい……」

「……」

「どうした?」

「いえ、別に」

 涼和くんは腕時計を確認した。

「じゃ、俺は戻る……。またな……」

「う、うん。またね」

 彼は立ち去った。

「……」

 再び窓の外を見ると、ナノちゃんはその一画を離れるところだった。手には景品らしき物を下げている。

(……結構、長居したのかな……)

 涼和くんが戻るのを待っていたのかもしれない。タイミングの悪い人だ……。

「――篠沢さん」

「えっ」

 また声を掛けられた。

(おぉっ?)

 振り返った瞬間に『王子様』が目に入ったので、私はぎょっとした。

「く、来海くん……」

「何をしているの? 『窓辺に佇む美少女メイド』?」

「違うよ!」

 日常でそんな演出するのは君ぐらいでしょうよ、十碧くん。

「し、『白雪姫』、観てたよ? さすが、凄い演技力だね!」

「……。それ、褒めてる?」

「褒めてるよ!」

 別に皮肉ではない。「さすが、いつもフェアリーを演じてるだけのことはあるね!」などという意味ではない。

「ふうん……。まあ、いいけど」

 やや不審そうな顔はしたものの、十碧くんは深くは追及してこなかった。

「ところで、君はまだ休憩中? 時間が空いたから今日も様子を見に行こうかと思ったんだけど……」

「――あ、大丈夫。紫関先輩はもう帰ったから」

「……。来たんだ、やっぱり」

「……。うん」

 束の間、沈黙が降りた。

「そ、それはともかく! 私、これからミリちゃんのクラスに行こうと思ってたんだ〜。来海くんもどう?」

「E組か……。第三音楽室だったね。行こうかな……」

 他の予定は特になかったらしく、十碧くんはあっさり承諾する。我々は連れ立って歩き出した。

 ――途端、周囲がざわめいた。

「おぉ〜っ、メイドと王子様!」

「来海くんと篠沢さんだ!」

「綺麗〜。本物みたい!」

(……)

 まあ、目立つよな……。

「ち、ちょっと離れて歩こうか?」

「褒められるのは嬉しいけど……半分は君への賛辞か……うーん……」

「聞いてる!?」

 そんなことを気にするのか、この人は。

 居心地が悪そうな様子もなく、十碧くんは自然体で歩いている。

「篠沢さん……おどおどするのは良くないよ? かえって悪目立ちする」

 彼は儚げに微笑んだ。

「ほら、堂々として。どうせ目立つなら美しく目立ちたいと思わない?」

「思わないよ!」

 自分の基準を私に当てはめないでほしい。

(動じないなあ……この人も)

 十碧くんも、人から注目されることに慣れている。が、由和さんと違うのは、それをしっかり意識している点だ。

 彼は歩く。美しく、かつ自然に。更に時折、キラッと光る。

「えっ、あれ来海くん!?」

「ひゃ〜、王子様だ〜」

「かっこいい〜」

 姿勢も角度も計算ずく。しかし誰も気づかない。

(……プロだ……)

 十碧くん、恐るべし……。



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