文化祭(名演)
「『姫……いったいどこへ行ってしまったのですか?』」
教室内に設けられた小さなステージで、白い軍服風の衣装を着た王子様は寂しそうに呟く。悩ましげな表情が真に迫っていた。
(……)
ほんとに役者になれるよ、この人。
十碧くんの演技に、私は素直に感心していた。
文化祭、二日目。私は今、メイド姿のまま一年D組を訪ねている。
「『私は信じません、あなたが死んだなんて。この目で確かめるまでは――。待っていて下さい。必ず、あなたを捜し出してみせます』」
このクラスでは劇をやっている。演目は『白雪姫』だ。
が――原作からはだいぶアレンジされていた。
D組バージョンでは王子様は隣国の人で、白雪姫とは幼なじみで、昔からこっそり二人で会っていた――という設定だった。彼は、「白雪姫は急死した」という女王の言葉を不審に思い、これから手掛かりを求めて動き出すようだ。
「『ほほほ……うまくいったわ。あっけないものね』」
王子様が退場すると、反対側から女王様が現れた。彼女は一人の少年を従えている。銀糸の縁取り付きの衣装を着た鏡の精霊――門叶くんだ。
眼鏡は掛けたまま。『精霊』にはふさわしくない気もしたが、実際に舞台に立つ姿を見ると、意外とサマになっていた。
「『女王様、私の女王様。悪巧みの笑顔もなんとお美しい……』」
(……)
彼は無表情に、淡々とセリフを言う。ハナから熱演する気はないらしい。
「『我が君、我が生き甲斐、我が喜びの花。ああ、どうかお姿を、その眼差しを私に……』」
しかし、なぜだろう。抑揚のない口調でこういうセリフを喋ると、それはそれで危ない人に見える。
「『ええ、望みを叶えてあげるわ。さあ――鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?』」
女王様は、門叶くんをじっと見つめて喋る。これで、『鏡に自分の姿を映している』ことになるらしい。
「『女王様、私の女王様。あなたはお美しい。この国の、いいえ、この世界の誰よりも。ただ一人――白雪姫を除いては』」
「『えっ』」
「『あなたの娘は、あなたの千倍も美しい。――ああ、私の女王様。驚いたお顔もなんとお美しい……』」
「『待ちなさい、どういうこと!? あの子は死んだはずよ!』」
他の人の演技はまあまあだった。女王様役も結構うまい。
観客は静かだ――集中している証拠である。喋る人も途中退席する人も見当たらない。
(……女子が不自然に多い気もするけど……)
十碧くんのファンだろう。王子様が登場するたび、異様な熱気を感じた。
(白雪姫役の人、大丈夫かな……)
嫉妬の的にならなければいいのだが。
少し心配になった。余計なお世話だけど。
「来海くん、お疲れさま〜」
「すっごいかっこよかったよ!」
「見とれちゃった〜」
劇が終わると、十碧くんは女子に囲まれた。きゃあきゃあと盛り上がっている。
「あのっ、かっこよかったです〜」
「写真、いいですか!?」
「……写真? 僕のか?」
なんと、門叶くんも囲まれていた。
十碧くんに比べれば大したことはないが、それでも数名の女子がいる。
が――よく見れば、彼女たちは全員私服だった。
(あ……外部のお客さん?)
なるほど。交信中の様子を知らなければ、門叶くんはただの『ギリシャ彫刻みたいな美形』だ。
知らないというのは、時に幸せなことである。
どちらにも近づけそうになかったので、私はD組の教室を出た。
「――恵瑠夢?」
(ん?)
その時、声を掛けられた。
振り返ると、渋い二枚目風の色黒男がいた。かすかに驚いたような顔をしている。
「何だ? その格好……」
「……。涼和くんこそ」
知り合いだった。今日は制服ではなく、ダークグレイの浴衣を着ている。
「それ、何? 劇の衣装?」
「いや……。うちのクラスは校庭で縁日やってるから、それで……」
「……。腰に刀差してるのは、何で?」
もちろん本物ではないだろうが、わりとよく出来た日本刀だ。
「さあ……。似合うから付けとけって言われたが、意味は分からない……」
「……」
似合うよ、確かに。江戸の浪人みたいに見えるよ。
「お前のは……芝居用か?」
「あ、ううん。うちのクラスはメイド&執事喫茶なんだ〜。涼和くん、良かったら来てみない?」
「……。やめとく」
――まあ、来ないだろうとは思った。
この人がメイドさんと交流してる姿など、想像できない。
「もう、休憩終わるしな……」
「――あ、そういう理由?」
「ん?」
「何でもない」
……時間があったら来てくれたんだろうか……。
「涼和くんのクラスって、校庭のどの辺?」
「ここから、見える……」
彼は近くの窓から外を見た。私もそれに倣う。
(――あ)
校庭には屋台がずらりと並んでいる。私は偶然、その間をうろうろしている栗色の髪の女の子を見つけた。
ナノちゃんだ――誰かを探しているようにも見える。
「あの辺だ……」
と、涼和くんが指したのは、まさに彼女のいる一画だった。
「射的とか輪投げとかクジ引きとか、やってる……。気が向いたら、来るといい……」
「……」
「どうした?」
「いえ、別に」
涼和くんは腕時計を確認した。
「じゃ、俺は戻る……。またな……」
「う、うん。またね」
彼は立ち去った。
「……」
再び窓の外を見ると、ナノちゃんはその一画を離れるところだった。手には景品らしき物を下げている。
(……結構、長居したのかな……)
涼和くんが戻るのを待っていたのかもしれない。タイミングの悪い人だ……。
「――篠沢さん」
「えっ」
また声を掛けられた。
(おぉっ?)
振り返った瞬間に『王子様』が目に入ったので、私はぎょっとした。
「く、来海くん……」
「何をしているの? 『窓辺に佇む美少女』?」
「違うよ!」
日常でそんな演出するのは君ぐらいでしょうよ、十碧くん。
「し、『白雪姫』、観てたよ? さすが、凄い演技力だね!」
「……。それ、褒めてる?」
「褒めてるよ!」
別に皮肉ではない。「さすが、いつもフェアリーを演じてるだけのことはあるね!」などという意味ではない。
「ふうん……。まあ、いいけど」
やや不審そうな顔はしたものの、十碧くんは深くは追及してこなかった。
「ところで、君はまだ休憩中? 時間が空いたから今日も様子を見に行こうかと思ったんだけど……」
「――あ、大丈夫。紫関先輩はもう帰ったから」
「……。来たんだ、やっぱり」
「……。うん」
束の間、沈黙が降りた。
「そ、それはともかく! 私、これからミリちゃんのクラスに行こうと思ってたんだ〜。来海くんもどう?」
「E組か……。第三音楽室だったね。行こうかな……」
他の予定は特になかったらしく、十碧くんはあっさり承諾する。我々は連れ立って歩き出した。
――途端、周囲がざわめいた。
「おぉ〜っ、メイドと王子様!」
「来海くんと篠沢さんだ!」
「綺麗〜。本物みたい!」
(……)
まあ、目立つよな……。
「ち、ちょっと離れて歩こうか?」
「褒められるのは嬉しいけど……半分は君への賛辞か……うーん……」
「聞いてる!?」
そんなことを気にするのか、この人は。
居心地が悪そうな様子もなく、十碧くんは自然体で歩いている。
「篠沢さん……おどおどするのは良くないよ? かえって悪目立ちする」
彼は儚げに微笑んだ。
「ほら、堂々として。どうせ目立つなら美しく目立ちたいと思わない?」
「思わないよ!」
自分の基準を私に当てはめないでほしい。
(動じないなあ……この人も)
十碧くんも、人から注目されることに慣れている。が、由和さんと違うのは、それをしっかり意識している点だ。
彼は歩く。美しく、かつ自然に。更に時折、キラッと光る。
「えっ、あれ来海くん!?」
「ひゃ〜、王子様だ〜」
「かっこいい〜」
姿勢も角度も計算ずく。しかし誰も気づかない。
(……プロだ……)
十碧くん、恐るべし……。




