文化祭(五つのケーキ)
「初姫さんとお知り合いだったんですか?」
「紫関とは昔から付き合いがあってね……」
「へえ」
上流社会は狭いらしい。
紫関兄妹も十碧くんも門叶くんも去り、我がクラスに平和が訪れた。みんなが普通に動き、普通に喋っている。ごく当たり前の光景だ。
店はほぼ満席。人手が足りなくなってきたので、私も客寄せの執事も接客に回ることになった。なりゆきで、私は由和さんを担当している。
「……で、あの人は誰?」
「外部のお客さんかな……」
「けど、『先生』って呼ばれてたぞ」
「あんな先生いたっけ?」
紫関兄妹と会話したせいか、はたまた物静かな美貌のせいか、由和さんも注目を集めている。とはいえ、さっきまでの異様な空気に比べれば大したことはない。
メニューを眺め、彼は静かな声で呟いた。
「……『リンゴさんのときめき片想い』……?」
「アップサイドダウンです」
型の底にフルーツを敷き、その上へ生地を流し込んで焼くケーキだ。食べる前に引っくり返す。
今回は底に敷き詰めたのがリンゴなので、ガトータタンの簡易版といった趣になっている。
「妙なネーミングばかりだね。これを口に出して注文しろと?」
「そういうコンセプトですから」
「……」
「……」
少し沈黙した後、由和さんはメニューを置いた。
「――ケーキを全種類、一つずつ」
(あ)
口に出すのを回避したよ、この人。
「それと、コーヒーを頼むよ」
「……」
私は笑顔で小首を傾げた。
「かしこまりました、ご主人様」
ケーキは全部で五種類ある。モンブランにアップサイドダウン、ハニースイートポテト、パンプキンパイ、そして洋梨のタルトだ。それぞれ、メニューを見ただけでは正体が分からないほど可愛らしい名前が付いている。
私は由和さんのテーブルに五個のケーキを並べた。
「たいへんお待たせ致しました〜。こちら、『栗さんのドキドキかくれんぼ』に『リンゴさんのときめき片想い』、『夢見るすやすやお昼寝ポテト』、『気取り屋かぼちゃの王子様』、『おめかしお嬢さんラ・フランス』でございます〜」
「……。いい笑顔で言い切ったね」
「そういうコンセプトですから」
恥ずかしがっている場合ではない。
「やたらと星やハートの飾りが付いているのはなぜかね。演出かな?」
「そういうコンセプトですから」
「全てその言葉で片づけるのかね?」
「その通りです」
「……」
あまり深く考えないでもらいたい。
由和さんはモンブランの皿を自分の前に置き、フォークを取った。
「君の担当はこれと、洋梨のタルトだったね」
「はい」
教えなさいと言われていたので、彼には事前にメールを送ってあった。今回、私が作ったのはこの二つだ。
メニューにはケーキのほか、クッキーやマカロン、好きなメッセージを入れてもらえるチョコプレートなども並んでいる。メイド・執事と交流できる有料オプションもあるが、由和さんはそんなものに目もくれなかった。
「ふむ。輸入物のマロンペーストではなく、和栗の渋皮煮を裏ごししているね。覚えていてくれたようで何よりだ」
「いや、リクエストにお応えしたわけではないんですが……」
偶然である。
「イタリアンメレンゲにビスキュイ・ア・ラ・キュイエール――おや、シャンティーの中に渋皮煮が入っているね。なぜハート形にしてあるのかね。まさかこれが『ドキドキかくれんぼ』だというのではないだろうね」
「そういうコンセプトですから」
「他に説明する言葉はないのかね」
ない。
モンブランの土台にはタルトを使う場合もあるが、今回はメレンゲにした。渦巻き状にそれを絞り出して焼き、その上にビスキュイ・ア・ラ・キュイエールというスポンジ生地の一種を敷き、手作りの和栗の渋皮煮(ハート形)を置いて、シャンティーで隠してある。シャンティーとは、砂糖入りの泡立てた生クリームのことだ。更にその上から、これも手作りの渋皮煮クリームを絞り、モンブランのデコレーションをした。てっぺんにも和栗の渋皮煮(ハート形)を飾ってある。
「――ねえ、あの人、ケーキ五個も頼んでるよ」
(……ん?)
ふと、他の客の声が耳に届いた。
「あれ、全部食べる気かな」
「そんなことより、篠沢恵瑠夢に接客されてる……羨ましい……」
「あの人、かっこいいよね〜。あんな先生がいたら覚えてるはずなんだけど」
「ほんとにうちの先生か?」
「でも、どこかで見たような……」
「……」
そりゃあ、校内で彼を見たことのある人もいるだろう。由和さんだってずっと理事長室にいるわけではない。
しかし、注目されようが正体を探られようが、本人は気にしない。静かに優雅にケーキを食べ進めていく。
(動じないなあ……この人は)
普段からそうだ。女性客だらけの『ラ・ベル・シモーヌ』や『モンルージュ』で視線を集めても、彼は一向に意に介さない。慣れているようだ。
(……というか、スウィーツ以外に興味がないのか……)
周囲のことはどうでもいいのかもしれない。甘い物さえあれば。
「――ところで、先生……いや、ご主人様。今日もお仕事あるんですか?」
「……」
「……」
「問題ない」
「本当に? なら、今の間は何ですか?」
前にもこんなやり取りをした気がする。
「文化祭の視察も仕事のうちだ」
「取って付けたように言いましたね」
「安心しなさい。生徒に迷惑は掛けないよ。校長はともかく」
「えっ!?」
静かな声でさらりと言った。
「そもそも、私は仕事をまとめて片づけるタイプでね」
「それ、ぎりぎりまで溜め込むってことですか!?」
「そこまでひどくはないよ。こう見えても責任は果たしている」
「……」
苦労してそうだな、校長先生……。
話す合間に、由和さんのフォークは快調に動く。やがて、モンブランと洋梨のタルトを綺麗に平らげた。
私が担当したその二つがなくなると、彼は残りの三つを見て呟いた。
「――なるほど。一応、秋の味覚を意識しているわけだね」
「ええ。まあ」
ケーキに使用されているのは栗、リンゴ、サツマイモ、かぼちゃ、洋梨――秋らしい食材だ。
「旬のものを取り入れるのはいいが、この組み合わせでは見た目が地味だね。もう少し明るい色も欲しいところだ」
「文化祭の出し物にそこまで求めないで下さい!」
ここはパティスリーではない。高校生手作りのメイド&執事喫茶である。確かに派手な色のないケーキばかりではあるが。
(……あ。ちょっとペースが落ちた)
由和さんは次にアップサイドダウンに取り掛かったが、心なしかフォークの動きが鈍った。口に合わなかったのだろうか。
(……いや、プロのパティシエと比べられても……)
他のケーキを作ったのはクラスメイトの女子だ。さすがに本物のお店レベルというわけにはいかない。悪魔の力を借りている『篠沢恵瑠夢』は例外なのだ。
とはいえ――由和さんは残したりはせず、全てのケーキをきちんと平らげた。
「この後はどうするんですか?」
「理事長室に戻るよ」
(おぉ)
甘い物で心が満たされたのか、仕事をする気になったらしい。
会計を済ませ、由和さんは言った。
「トラブルがあれば連絡しなさい。――ああ、そうだ。まず紫関くんを……」
「いえっ、大丈夫ですよ!? 何もしなくていいですから!」
大ごとになってはたまらない。
「そうかね? あれを野放しにしておいていいものか?」
「い、いいじゃないですか、あの人のことはそっとしておきましょう!」
私はごまかすように――いや、メイドさんらしく、明るい笑顔を作った。
「でも、心配して下さってありがとうございます! それじゃ、お仕事頑張って下さい!」
「……ふむ……」
やや強引だったかもしれないが、ともかく私は、お見送りの挨拶に入った。
「――いってらっしゃいませ、ご主人様!」




