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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
58/341

文化祭(精算)

 門叶くんは紫関先輩の隣に座った。

(……このテーブル、おかしい……)

 王子様と鏡の精霊とお嬢様、そして紫関先輩。ここだけ周りと空気が違う。

 初姫さんを接客している執事の男子など、ものすごく居心地が悪そうだ。

「こ、紅茶はお好み通りでしょうか、お嬢様?」

「はい……ありがとうございます……」

(……)

 本物のお嬢様に「お嬢様」と言ってもサービスにならないよな……。

「なあっ、写真もっと撮らせてくれないか!? 金ならいくらでも払うぞ!」

「ええっ!?」

「紫関先輩――メニューに『お一人様一回限り』って書いてありますよ」

 私はぎょっとしたが、十碧くんはもはや驚きもしない。儚げな笑みを向けつつ、先輩に水を差している。

「……『栗さんのドキドキかくれんぼ』、『夢見るすやすやお昼寝ポテト』、『気取り屋かぼちゃの王子様』……」

 ――ハッ!?

「門叶くん、ここで交信しないでね!?」

「メニューを見ていただけだが」

「読むなら黙って読んで! 口に出さないで!」

「なぜだ?」

「真顔で聞かないでくれる!?」

 恐ろしい人だ。

「――エルちゃん、いる〜?」

(ん?)

 その時、能天気な声が響いた。

(この声は……)

「リューくん?」

 教室の入り口に目をやると、黒茶色の髪の少年がこちらへ手を振っている。

 彼は――羽根付きの額飾りを装着し、ピーターパンみたいなライトグリーンの衣装を身にまとっていた。

(……)

 もう驚かない。

 水差しを取りに裏へ行くついでに、私はリューくんのそばへ寄った。

「……それ、パックの格好? 似合うね」

「へへっ、そう? わ〜、エルちゃんもメイドさん似合ってるよ! 超可愛い〜」

「あ、ありがとう……」

 なぜだろう。ほぼ同じことを言われているのに、紫関先輩とはだいぶ印象が違う。リューくんの人徳か?

 ――それはともかく。

 彼は中高三年の合同演劇に出演する。演目はシェイクスピアの喜劇『真夏の夜の夢』、リューくんの役どころはパック――劇中で一番人気の妖精だ。

(……)

 ちらっと十碧くんの様子を窺うと、彼は『フェアリー・プリンス』を完璧に保ったまま、さりげなくリューくんを見ていた。

「おい、また新手が来たぞ」

「今度は何だ? ピーターパンか?」

「リューくんじゃん。止まってるとこ久々に見たかも」

「いつもだいたい走ってるからね……」

 周囲の人々も慣れたようだ。十碧くんが登場した頃に比べれば落ち着いた反応である。

「……あれ? でも、三年合同演劇って……」

「うん、本番は明日〜。今日はビラ配り!」

 と言って、彼は手に持っていた紙の束をバサッと振ってみせた。反対の手には紙袋を提げている。

「これ全部配り終えるまで帰ってくんなってさ〜。結構きついよ〜」

「ほんとだ。いっぱいあるね」

「俺の手作りだよっ」

「えっ、これ全部!?」

 よく見れば、コピーとかではなく、一枚一枚にちゃんと切り絵が貼ってある。

「へへっ、ちょっと頑張っちゃった〜」

「何枚作ったの?」

「五百枚」

「……ごっ……!?」

 五百枚、全部手作り!?

「そしたら、責任持って配ってこいって言われちゃってさ〜」

「……」

 なるほど。

「エルちゃん、良かったら一枚貰ってくれない? ――あ、今仕事中だから駄目か」

「あ、ううん。一枚ぐらいならいいよ」

 束ごと置いていかれたりしたらさすがに困るが。

「ほんと!? わーい、残り二百七枚〜」

「……結構捌けてるね……」

 私はチラシを一枚受け取った。

 普段のイタズラ作品とは似ても似つかない、幻想的なデザインだ。星降る森と妖精たちの切り絵である。

(……十碧くん、こういうの好きそう)

 そう思い、再び彼の様子を窺うと――。

「一回限り……足りねえぇっ! 一度精算して外に出て、それから来店し直せばいいのか!?」

「お兄さま、それは挙動不審です……」

「初姫、お前の分を譲れ!」

「紫関先輩――それだと、初姫さんの担当執事にサービスしてもらうことになるのでは?」

 ――それどころではなさそうだった。

「……ゲッ……!?」

 私の視線を追い、リューくんは苦悩する紫関先輩を発見した。不気味そうに顔がこわばる。

「あー、ごめん。あの人のことは気にしないで?」

「……」

 気になるようだ。リューくんは紫関先輩を凝視している。

 先輩は未練がましくメニューを睨みつけ――その顔が、絶望に染まった。

「くっ……犬だ……俺は篠沢恵瑠夢の犬だ……ああぁ、いっそ飼われたいぃっ!」

「ええ――っ!?」

 力いっぱい叫ばないで下さいよ、そんなこと!

 私は戦慄した。

「……」

「……」

 店内の人々はフリーズした。

「……お兄さま……。犬は飼い主を選べません……」

 そういう問題か? 初姫さん!

「紫関先輩――声が大きいですよ。ここは喫茶店ですし、もう少し静かにしたほうが……」

 よく平然としていられるな、十碧くん!

「……」

 ちなみに門叶くんは、我関せずといった様子でメニューを眺めている。

(……)

 隣席の突拍子もない発言すら耳に入らないのか、君は?

「――何だね、今のは」

(ハッ!?)

 静まり返った中、新たな声が響いた。

 教室の入り口に立つリューくんの背後から、またしても知り合いが現れる。

「せ、先生……」

 由和さんだった。

「失礼するよ」

 リューくんの脇をすり抜け、彼は店内へ入ってきた。中の様子を軽く見回し、例のテーブルへ近づいていく。

「――二年B組、紫関零……」

 先輩の顔を見て、由和さんは静かに口を開いた。

「君の言動は迷惑行為の域に達しているようだが、自覚はあるかね」

「……ん?」

 一瞬にして、先輩の表情が冷える。きつい美貌が復活した。

 彼は由和さんを不審そうに睨む。

「何だ、あんた。――いや、待てよ。どこかで……」

「私のことより、己の行いについて考え、改めなさい」

「は?」

「でなければ私も、相応の対処をすることになる」

「――あっ!?」

 突如、初姫さんが慌てた様子で立ち上がった。

「由和先生! お、お久しぶりです……」

(――え?)

 いつにも増して緊張した面持ちで、彼女は挨拶した。

(あれ……)

 面識があるのか、この二人?

「失礼しました、すぐに気がつかなくて……」

「君か。元気そうで何よりだ――紫関の、次期当主」

「!」

 初姫さんはビクッと震えた。

「い、いえ……兄もおりますし、正式に決まったわけでは……」

「そうかね。しかし――」

 静かな表情のまま、由和さんは初姫さんをじっと見た。

「いずれにせよ、身内の監督はきちんとしなさい」

「え……」

「上に立つ者の務めだよ」

「……」

「それとも、私に処分を委ねるかね。よく考えなさい」

「……は、はい……」

 初姫さんはうつむいた。

「……そうですよね……」

 少し沈黙してからそう呟き――彼女は、意を決したように顔を上げた。

「――浜松!」

「はい、ここに」

「えっ!?」

「うおっ!?」

 突如、黒いスーツの男性が現れた。

 教室の入り口付近にいた私とリューくんは飛び上がり、とっさに道を譲る。男性はスタスタと例のテーブルへ近づいていった。

(……)

 何だ、あの人? どこから来た?

「お兄さまは仕事に行きます。お連れして」

「かしこまりました」

 初姫さんの言葉に応じ、男性は紫関先輩をガシッと捕まえた。

「なっ……!? まだ時間はあるだろ! 腕をつかむな、浜松!」

「私はお嬢様の命令しか聞きません」

 男性は先輩をぐいぐい引っ張り、ものすごい速さで教室の外へ連れ出した。

「おい、離せ! 浜松!」

「お断りします」

 騒ぐ声が聞こえたが、それもあっという間に遠ざかっていった。

(……)

 一瞬の出来事だった。

 何だ、あの人? 何者だ?

「篠沢さん……お騒がせして、申し訳ありませんでした……」

 元の、ちょっとおどおどしたような態度に戻り、初姫さんが謝ってきた。

「えっ!? いや、えーと……」

「お会計、お願い出来ますか……?」

「あ、は、はいっ」

 すると、十碧くんも立ち上がった。

「門叶くん。僕らもそろそろ戻ろうか」

「……」

「――メニューは置こうね?」

 密かに交信していたらしい門叶くんからメニューを取り上げ、十碧くんも会計に向かった。正気に戻った門叶くんが後に続く。

「由和先生……兄に代わりまして、失礼な態度をお詫び申し上げます……」

「ふむ。よく言い聞かせておきなさい」

「……は、はい……」

 初姫さんは由和さんにも謝っていた。

「篠沢さん、ごちそうさま。美味しかったよ」

「えっ……うん、ありがとう……」

 十碧くんは儚げな微笑みを向けてきた。

 ……この人、紅茶しか飲まなかったな……。

「では、これで。気が向いたらうちのクラスにも来てくれ」

「う、うん……」

 門叶くんは淡々と宣伝した。

「えーと……俺ももう行くよ」

 ハッと我に返った様子で、リューくんが言う。

「エルちゃん、またね〜」

 彼は十碧くんたちを追っていった。

「ねー、待って〜。ビラ貰ってくれない?」

 と、呑気な声が響く。

 そういえば……リューくんは結局、冷やかしだったのか?

「篠沢さん……私もこれで、失礼致します……」

「あ、はいっ」

 初姫さんに話しかけられ、私もハッと我に返った。

「……あの……」

「は、はい?」

 初姫さんは、何やら思い詰めた表情を浮かべた。

「兄は、ああ見えて悪気はないのですが……」

「……」

 あれで悪気があったらたまったものではない。

「あまりにもご迷惑をお掛けするようでしたら、当家が対応しますので……」

「い、いえ、大丈夫ですよ!? そこまでは困ってませんから!」

 話が大げさになりそうなので、私は焦った。

 何も紫関財閥に動いていただく必要はない。クマ一人で十分だ。

「そう、ですか……?」

 初姫さんはちょっと不思議そうな顔をして――それから、ほっとしたように笑った。

「篠沢さんは、兄をお嫌いではないのですね……」

「……」

 柔らかい微笑みだ。初姫さんがお兄さんを大事に思っているのが分かる。

(今日も、心配してついてきたのかな……)

「あの、でも、一応……」

「?」

 初姫さんは、私に一枚のカードのようなものをそっと差し出した。

「これは?」

「当家の弁護士の名刺です……。何かありましたらこちらへ……」

「ええ――っ!?」

 ……兄妹愛はあっても、信用はしていないらしい……。



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