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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
56/341

文化祭(メイドと王子)

 人間、たとえどんなに異常な事態でも、それがずっと続けば慣れてしまうものらしい。

 紫関兄妹が来店してからしばらくすると、石化した人々の呪い(?)が解け始めた。

「あれ、ゼロ様……だよね?」

「本物……だよね?」

「そっくりさん……じゃないよね?」

 ――といっても、呆然とした呟きが漏れる程度ではあるが。まあ、完全なフリーズよりはマシな状態だ。

「可愛い〜。可愛い可愛い可愛い……」

「あの、お兄さま……人前ですから、どうか控えめに……」

 紫関先輩は頬を緩め、じーっと私を見つめている。そんな彼を見て、初姫さんはおろおろしている。その様子を見て、店内の人々はぽかんとしている。

(……)

 奇妙な静けさだ。正常なざわめきがない。

「――何かな、この空気は」

(ハッ!?)

 ふいに、聞き覚えのある声がした。振り返れば、教室の入り口に新たな客が現れている。

(おぉっ!?)

 私はぎょっとした。

 ふわふわの淡茶色の髪、澄んだ瞳。どこか神秘的な、儚げな美貌――十碧くんだ。しかし。

 なんと彼は、白い軍服のような衣装を身にまとっていた。といっても軍人には全く見えない、やたら優雅なデザインだ。このまま戦場へ出たら確実に邪魔になりそうな、金糸の刺繍入りのマントまで着けている。

「あ……篠沢さん」

 彼は店内を軽く見回し、私に気づいて微笑んだ。

 瞬間――我に返ったように、女子が黄色い声を上げた。

「来海くんだ!」

「きゃ〜っ、王子様!」

「綺麗〜。かっこいい〜」

 そんな周りの反応を、十碧くんは十分に意識している。ごく自然なタイミングで、髪も瞳も、今日は衣装の飾りまでもが、キラッと光る。

 彼はこちらへやってきた。

「来たよ。盛況だね」

「来海くん……な、何!? その格好!」

 人前なので、私は彼を名前ではなく、苗字で呼んだ。

「これは、劇の衣装だよ。後でまた上演があるから着替えられなくてね……」

「あ……ああ。『白雪姫』の王子様?」

 私はD組の出し物を思い出した。

 十碧くんが王子様で、門叶くんが……鏡の精霊……。

(……)

 交信中の彼の姿まで思い出してしまった。

「どうかした?」

「いえ、別に。――似合うね? 本物みたいだよ」

「え……そんな。でも、褒めてくれてありがとう」

 十碧くんははにかんだ。

 ――が、その直後、ものすごい小声で「当然」と囁いた。

「……」

「君の服も似合っているよ。本物みたいだね」

「えっ……うん、ありがとう……」

 それは褒め言葉かどうか微妙だぞ、十碧くん!

 今日の私の格好はメイドだ。この人のことだから、表面上は褒めているように見せかけ、実は「使用人みたいに見える」という意味で言った可能性もある。

「きゃ〜っ、メイドと王子様!」

「二人とも綺麗〜。おとぎ話みたい〜」

「普通にお城とかに住んでそう!」

(……)

 我々が会話する姿は思いのほか好評だった。止まっていた空気が動き出す。店内にざわめきが戻った。

「……来海……」

 ――が、それも束の間。

 低い、妙に迫力のある声が響いた。

「……」

「……」

 またもや空気が凍る。

 声の主は紫関先輩だ――いつの間にか頬は締まり、目つきは鋭く、野性的な美貌が蘇っていた。

「紫関先輩、初姫さん。こんにちは」

 十碧くんは二人のテーブルに近づいた。彼が心持ち紫関先輩側へ立ったので、私はそれを受けて自然と下がる形になり、相対的に先輩との距離が少し空いた。

「十碧さん……ごきげんよう」

 紫関先輩は露骨に顔をしかめたが、初姫さんはややぎこちなく微笑み、挨拶を返した。

「お久しぶりです。先日、お父さまにはお目に掛かりましたけど――お元気そうで何より」

「……っ」

 それを聞くと、紫関先輩は一瞬、ギクッとしたような表情を浮かべた。

「まあ、そうなのですか……」

 ところが逆に、初姫さんはほっとした様子を見せた。

(……?)

 何だ、今のは。上流社会の駆け引きか?

 私には意味が分からなかったが、紫関先輩には何らかの効果をもたらしたらしい。彼は十碧くんから目を逸らした。

「――十碧さんも、篠沢さんに会いにいらしたのですか……?」

 と、初姫さんは尋ねた。

「でも、今は兄の接客をして下さっていて――よろしければ、十碧さんもご一緒しませんか……?」

「なっ……!? 初姫!」

 彼女の発言に、紫関先輩はぎょっとしたように目をむいた。

「……駄目ですか……?」

 ――が、初姫さんが寂しげに目を伏せると、先輩はぐっと言葉を詰まらせた。

「……。別に、いい」

「ありがとうございます、お兄さま……」

 目を上げ、初姫さんは微笑んだ。

(……)

 意外とお兄さんを操縦できるらしい、この人。紫関先輩も妹さんには弱いようだ。

 十碧くんは初姫さんの隣に座った。相変わらず当たり障りのない態度だが、今日はお見合いでも何でもないので、ことさら彼女を避ける必要もないのだろう。

「きゃ〜っ、フェアリー・プリンスとゼロ様が同じテーブルに!」

「写真いいよね? 執事を撮るんじゃないし、タダだよね?」

「え〜、凄い! この二人を同時に見れるなんて!」

 女性客が騒ぎ出した。

「――うるさい。黙れ」

 ……が、紫関先輩に氷の眼差しを向けられると、彼女たちはビクッと震えて口を閉じた。

「せ、先輩……いえ、ご主人様。他のお嬢様方を威嚇しないでいただけませんか?」

「――っ!」

 私が慌ててそう言うと――途端、彼はバッと勢いよくこちらを見た。

「ああっ、篠沢恵瑠夢が俺におねだりを! おおおおおっ!」

「えええっ!? おねだりじゃないです!」

「しまった、見逃した! せっかくの新たな表情を! 声しか聞けなかった、もったいねえぇっ! もう一度言ってくれないか!?」

「ええ――っ!?」

 冷ややかな表情は吹っ飛んだ。今は後悔と絶望の顔だ。

 恍惚の表情もなかなかだが、これはこれで怖い。

「――篠沢さん、注文してもいいかな?」

 十碧くんがこっそり私の袖を引き、紫関先輩との距離がまた少し空いた。

「お兄さま、落ち着いて……。ほら、篠沢さんの写真ですよ……?」

 同時に、初姫さんがおろおろと紫関先輩へ携帯を差し出す。先ほど撮ったツーショットのようだ。

「!」

 瞬間、先輩は初姫さんの手からパッと携帯を奪い、喰い入るように画面を見つめた。

「……」

 綺麗な顔が、盛大に緩む。目は熱っぽく、うっとりしている。

(……)

 怖い。

 しかしとりあえず、静かにはなった。

「……」

「……」

 ――ついでに、店内も静かになった。しーんとしている。

「篠沢さん、お薦めってある?」

「えっ!? あ、えーと……」

 そんな中、ただ一人――十碧くんだけは悠然としていた。

 まるで、本物の王子様のように。



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