文化祭(メイド&執事喫茶)
十一月、第二土曜日。冷泉院の文化祭が始まった。今日から二日間、学園は華やいだ雰囲気に包まれる。
我がクラスの出し物はメイド&執事喫茶だ。私はフリフリでヒラヒラの格好をして、教室の入り口に立っていた。
反対側には、執事の格好をした男子がいる。彼はクラスで一番の美形だ。我々の役目は客寄せである。
――が。
「おおおおおっ! 可愛い! 超可愛い! ああっ、うちにもこんなメイド欲しいぃっ!」
「……」
先ほどから、それどころではなくなっていた。
「ハッ!? 目線来た! ああぁ、篠沢恵瑠夢がこっちを見ている! 目が合ったぁぁっ!」
「……すがすがしいほど予想通りですね、紫関先輩……」
黙っていれば鋭い美貌、口を開けばこのありさま。湖のような深い瞳をうるうるさせ、彼は私を見ていた。
「可愛い〜。すっげぇ可愛い〜」
「……」
「あの、お兄さま……お気を確かに……」
先輩の横では、一人の可憐な少女がおろおろしている。紫関先輩の妹、初姫さんだ。
今日はピンクの花柄の服を着ている――こういうデザインが好きなのだろうか。
「……」
「……」
周囲の他の人々は硬直していた。人間は、あまりにも信じられないものを目撃すると思考停止状態に陥ってしまうらしい。
「し、篠沢さん、申し訳ありません……。すぐに退散しますので……」
初姫さんに謝られてしまった。
「え……そ、そうですか? えーと、でも、結構ゆっくりしていくような予感が……」
「いえ、大丈夫です……。兄はこの後、仕事が入っておりますから……」
「あ……そうですか」
……ちょっと安心した……。
「あああああっ!」
「きゃっ!?」
突如、紫関先輩が雄叫びを上げた。初姫さんはビクッと震えた。
「嫌なことを思い出させるな、初姫!」
「え……え?」
「せっかく篠沢恵瑠夢が目の前にいるのに! この上なく幸せな気分に浸っていたのに! ああぁ、仕事なんかすっぽかしてずっとここにいたいぃっ!」
「お兄さま、それは営業妨害では……」
初姫さんはおろおろと、実に的確なことを言ってくれた。
(……結構、冷静……)
さすが妹さん、慣れている。この壊れっぷりを前にしてフリーズもしないし。
――ん?
ちょっと待て。慣れてるということは。
(紫関先輩って……おうちでもこんな調子?)
想像すると少し怖い。
「えーと、それで……寄っていきますか? 初姫さん」
「そ、そうしたいのはやまやまなのですが、ご迷惑では……」
「大丈夫ですよ。私が接客するわけじゃありませんし」
店内に入って私の姿が視界から消えれば、紫関先輩も正気に戻るだろう。
「……篠沢さん……」
しかし、初姫さんの目はどんよりした。
「あなたがここにいらっしゃる限り、兄もこの場を離れないと思います……」
「……。そうですよね……」
そんな気はした。
「あの、兄のマネージャーを呼びましょうか? 私ではさすがに兄を蹴ったり引きずったりは出来ませんので……」
「――へっ!?」
蹴ったり引きずったり!?
「いつもそんなことしてるんですか、紫関先輩のマネージャーさんは!」
「いえ、いつもというわけでは……。ただ、兄が動かなくなった時、たまに……」
「……動かなくなった時?」
「篠沢さんの写真を眺めている時ですとか、篠沢さんのことを考えている時ですとか……。篠沢さんに触ってもらったと言って、自分の腕や手をじっと見つめていたこともありました……」
「……」
想像するとかなり怖い。
「ああっ、俺のことが話題に上っている! 篠沢恵瑠夢が俺のことを考えて、俺について喋っている! おおおおおっ!」
「……」
紫関先輩は悶えている。
「……」
「……」
周囲には石化した人々が増えていく。辺りは奇妙な静けさに包まれていた。
(……えーと)
とりあえず、このままではまずい。
「――あの、悪いんだけど……」
私は、一緒に客寄せをしていたクラスメイトの執事に話し掛けた。
「私、先輩たちの接客をして来てもいいかな? なるべく早く戻るから」
「……」
彼は紫関先輩を凝視したまま、機械的にこくりと頷いた。
思考停止中のため私の言葉が理解できていないのか、理解は出来ているが衝撃のあまり口もきけないのか――どちらにも見える。
「じゃあ二人とも、中へどうぞ――あ、そうだ」
私は姿勢を正し、笑顔を作った。
「お帰りなさいませ、ご主人様。お帰りなさいませ、お嬢様」
「篠沢さん、そんなことをおっしゃったら――」
「おおおおおっ!」
紫関先輩が雄叫びを上げた。
「ああっ……天国っ……!」
「そ、そうですか? 私には意味と趣旨がよく……」
「いいんですよ、初姫さんは清らかなままでいて下さい!」
「ケーキセットはいかがでしょうか、お嬢様っ!?」
数分後。私はクラスメイトの執事と一緒に紫関兄妹を接客していた。客寄せの執事とは別の人だが、彼も美形だ。
メニューを見ると、紫関先輩はとろけそうな顔をした。一方、初姫さんは不思議そうだ。
「『栗さんのドキドキかくれんぼ』……?」
「モンブランです! お、美味しいですよっ?」
執事の彼は、なるべく紫関先輩を視界に入れまいとしているらしい。顔が不自然に逸れていた。
「おおぉ、篠沢恵瑠夢が俺に水を! 笑顔でおしぼりを! ああっ、可愛い!」
「……」
「……」
ちなみに、うっかり先輩を見てしまった店内の人々は硬直している。
「なあっ、チョコプレートにラブメッセージ入れてくれるか!?」
「はいはい……」
注文すると思いましたよ、それ。
……おっと、いけない。
「――かしこまりました、ご主人様」
「お……おおおおおっ!」
私が笑顔で小首を傾げると、紫関先輩はパアッと喜びを爆発させた。
「――ハッ!?」
ふいに、初姫さんが目を見開いた。
「篠沢さん、分かりました! これは『プレイ』というものなのですね!?」
「いいんですよ、初姫さんはそんなこと悟らなくて!」
というか誰だ、そんな言葉を教えたのは!
「えーと、紫関先輩……じゃなかった、ご主人様。オプション全部買いますよね? 握手と『はい、あーん』とツーショット撮影と……チョコプレートを渡す時の『好きなセリフ』は何にします?」
「ああっ、篠沢恵瑠夢が俺のことをよく理解してくれている! もちろん全部買うっ! おおぉ、幸せ過ぎて怖いぃっ!」
「……」
そういうアナタのほうが怖い。
「ふ、普通にケーキをいただくわけにはいかないのでしょうか……。『はい、あーん』は必須ですか……?」
「いえっ、そんなことは!」
初姫さんに真面目に聞かれて、執事の彼は困惑していた。
(……ごめん……)
なぜか罪悪感を覚え、私は心の中で謝った。
……私が悪いわけではないはずだが……。




