My sweet Queen
放課後。廊下でミリちゃんに遭遇した。
「エルちゃん、メイドやるんだって?」
「えっ、また人脈・金脈・情報網?」
「いや、校内新聞に出し物一覧表が出てたから、それで」
「……」
私が情報に疎いだけだった。
「可愛いだろうなー。指名できる? 写真は自由?」
「指名は出来ないし撮影は有料だけど、ミリちゃんならサービスするよ〜」
「わー、ほんと?」
――ん?
もしやミリちゃん、私の接待を受けてくれるつもりなのか?
「けどミリちゃん、女性客は普通、執事が接客するものじゃない?」
「いいのいいの。執事ならうちにもいるし」
「……」
そうだった、この人はお嬢様だった。
「えっ、でも、執事さんがいるならメイドさんもいるんじゃないの?」
「えー、いることはいるけど、うちのメイドはああいう格好してないよ?」
「ああいう格好?」
「ほら、フリフリでヒラヒラの。いいよねー、夢があって」
「……」
なるほど。本物のメイドさんはもっと機能的な服装をしているに違いない。
「ところで、ミリちゃんのクラスは何やるの?」
「合奏団だよ。時間があったら遊びに来てね」
「合奏か〜。教室で?」
「ううん、第三音楽室。好きな楽器で飛び入り参加も出来るよ」
「へえ〜」
おぉ。楽しそう。
「ちなみに、ミリちゃんは何の楽器?」
「琴」
「――へっ!?」
「他にもいろいろ用意するよ〜。鼓とか尺八とか三味線とか」
「……」
和風オーケストラ?
「ち、ちょっとイメージと違ったよ……。で、何を演奏するの?」
「第九」
「えええっ!?」
第九――ベートーベン作、交響曲第九番。クリスマスとか年末とかによく聞く有名な曲。第四楽章には『歓喜の歌』という合唱が付いている。
「こ、琴と三味線でクラシックを!?」
「有名な曲なら誰でもすぐ演奏できるでしょ? 第九は合唱付きだから、楽器が駄目な人も歌で参加できるし――あ、ちゃんとバイオリンとかフルートとかチェロとかもあるよ?」
「和洋混合!?」
想像がつかない。
「うーん……よ、よく分かんないけど楽しそうだね? 時間があったら参加したいなあ」
「ふふっ、待ってるね」
ミリちゃんは華やかに笑った。
「エルム、エルム」
彼女と別れて廊下を歩いていると、クマが忽然と現れた。
平凡な容姿の、平凡な男子――偽装モードだ。
「ほら、校内新聞。取ってきたぞ」
「えっ!? あ、ありがと……」
ミリちゃんとの会話を聞いてたのか、こいつ?
私は校内新聞を受け取り、目を通した。ミリちゃんが言っていたように、各クラスの出展一覧表が載っている。
知り合いのクラスをチェックしようとしたが、ふと気づいた。
(あ。そういえば私、リューくんと涼和くんとナノちゃんのクラスは知らないや)
……いや、確かリューくんと涼和くんは体育祭の時にリレーで並んだ列を見たはずだが――あいにくそんな昔のことは覚えていない。
紫関先輩は――。
……。
放っとこう。
もしかしたら当日、仕事が入って学校には来ないかもしれないし。別に私の願望とかではなく。
(……ん?)
一覧表以外の記事に目をやると、私は意外なものを見つけた。
リューくんの写真が載っている。
「三年合同演劇?」
「ああ。それな」
すでにチェック済みらしく、クマが説明してくれた。
「中等部と高等部の三年生が、毎年一緒にやるんだとさ。メインキャストは投票で決まる」
「へえ。リューくん、選ばれたんだ」
演目は――。
……。
「ま、『真夏の夜の夢』? しかもリューくん、パック役!」
イタズラ好きで俊足の妖精……まあ、確かにピッタリだけど……。
「妖精野郎が歯ぎしりしそうだな」
「……」
私も今、そう思った。
「――おっ。電波メガネが来るぞ」
「はっ?」
電波メガネ!?
驚いて顔を上げると、廊下の先に門叶くんの姿が見えた。
「……。いや、あれは別に怪電波を受信してるわけじゃないんだけど……」
とはいえ、彼は今日も何やら読んでいる。本ではなく冊子のようだが、やはり視線は定まらず、ページと空中とをふらふらとさまよっていた。
だんだんこちらへ近づいてくる。耳を澄ませば、その呟きが聞き取れた。
「……女王様、私の女王様。私の光、私の憧れ、私の全て……」
「……」
は?
「今日はいつにも増してヤバい感じだな」
「う、うん……。ちょっと怖いかも……」
私がクマと喋っている間にも、門叶くんは近づいてくる。
「……あなたはお美しい。この国の、いいえ、この世界の誰よりも。ああ、私の女王様……。――篠沢さん」
「そのセリフに続けて名前呼ばないでくれる!?」
我々のすぐそばまで来た時、彼は突如、正気に戻った。
「これか。台本だ」
「いや、聞いてはいないけど――えっ、台本?」
門叶くんは冊子の表紙を見せてくれた。
「……『白雪姫』……」
そういえば、彼は十碧くんと同じクラスである。
「門叶くん、劇に出るの? 何の役?」
「鏡の精霊だ」
「えっ」
私はきょとんとした。
「――あっ、魔法の鏡? 女王様が『鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?』って聞くやつ?」
「ああ。その鏡に宿る精霊の役だ」
なんと。
十碧くん――小人以外にもあったじゃないか、妖精っぽい役が!
「いつの間にか決められていたんだが……女王の愛人兼奴隷としか思えない設定でね。魔法の鏡とはそういうものだったか?」
「……えっ……」
何ですと?
十碧くん――君がやるわけなかったね、そんな役!
(無駄にプライド高いからなあ……あの人は)
「しかも、最後は新しい所有者となった白雪姫にコロッと心酔し、今度は『お姫様、私のお姫様』と繰り返す……。女子の好みはよく分からないな」
「……」
ソレを門叶くんにやらせようという発想が凄いよ、D組の皆さん!
「い、いや、でも……似合うよ? 妙に」
「……。それは喜んでいいのか? 君の中の僕のイメージは『女王の奴隷』か?」
「ま、魔法の鏡って、この世のことを何でも知ってるんだよねっ? 博識な門叶くんにピッタリだよ!」
「……。台本を読む限り、あまり知的な印象は受けないが」
「……。知識と人格は必ずしも両立しないよね……」
そういう人は今、私の目の前にもいる。
「まあいい。決まったものは仕方ない。せめてセリフぐらいは完璧に覚えるよ――演技力は期待されても困るが」
「……」
そうか? 今のを聞いた限りでは、君は普段の交信中の調子でセリフを言えばいいだけに思えるぞ?
「では、篠沢さん。僕はこれで」
「う、うん。頑張ってね」
台本を広げ――彼は再び、ふらふらと視線をさまよわせた。
「……どうかお姿を、輝かしいそのお姿を私に。ああ、私の女王様。もっと私を見つめて下さい。もっと、もっと……」
「いや、ちょっと待って! ソレで交信するのはやめたほうがいいよ!?」
「なぜだ?」
行きかけた門叶くんは、ピタッと立ち止まって振り向いた。
真顔だ。
「……」
なぜってそりゃあ、目撃した人々が恐怖を覚えそうだから。
「れ、練習は、人のいないところでするべきじゃないっ?」
「……そういうものか?」
「そういうものだよ!」
――必ずしもそうとは限らないが、今は断言しておく。
「分かった。では、後にするよ」
意外と素直に冊子を閉じ、彼は普通に去っていった。
(……)
良かった。通行人の平穏は守られた。
「――いいことをしたな。偉い偉い」
馬鹿にしたような笑みを浮かべ、クマは私の頭を撫でた。
……皮肉か?
「あんた、消えてたの? 門叶くん、今あんたを完全に無視してたよね?」
「いや。単に、オレがここにいることに気づかなかったんだろ。あいつ、興味のあるものしか目に入らないらしいから」
「え――っ!?」
こんな近距離にいたのに!?
(……私が、こんなこと言うのも何だけど……)
――少しは周囲にも気を配ったほうがいいぞ? 門叶くん……。




