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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
52/341

ノーブレス・オブリージュ

「メイド&執事喫茶ぁ? 紫関零がヨダレ垂らしてのたうち回りそうだな」

「シャレにならないこと言わないでくれる!?」

 昼休み。私と十碧くんは屋上にいた。

「ていうか十碧くん、フェアリーが『ヨダレ垂らしてのたうち回る』なんて言葉使っていいの?」

「るせぇ、放っとけ!」

 二人とも、すでにお昼は食べ終わっている。屋上には他に誰もいなかった。

 十碧くんは校内新聞を眺めている。

「……」

 ん?

「――メイド&執事喫茶? 紫関先輩が大喜びしそうだね。……ふふふ……」

「……」

 わざわざお上品に言い直したよ、この人。内容は同じだけど。

「十碧くんのクラスは何やるの?」

「教室で劇をするよ」

「おぉっ、ギリシャ神話とか? 十碧くん、ナルキッソス?」

「イメージで決めつけるなぁぁっ!」

 ――パコーン!

 今日は珍しく、校内新聞で叩かれた。

 ナルキッソス――『ナルシスト』の元祖。水に映る自分の姿に恋をした美青年。十碧くんにぴったり。

 ……ん?

「ええっ!? てことは十碧くん、ナルシストの自覚あったの!?」

「心底驚いた顔するなぁっ!」

 このフェアリー、意外と己のことを分かっているらしい。

「美しいものを美しいと思って何が悪い! 俺は美しい! 文句あるかぁぁっ!」

「文句ありません! 十碧くんはお美しいですぅぅっ!」

 力いっぱい叫ぶことじゃないとは思うが。たとえ事実であっても。

(美貌と人格って両立しないのかな……)

 そんなこともないはずだが。私の周囲は特殊なのか?

「ちっ……いつもいつも、無礼な発言ばっかしやがって」

 十碧くんは、さっき私を叩くために一瞬で丸めた校内新聞を開き直した。あれは芸術的な速さだった。

「……で、結局何やるの? 妖精が出てくる話? 『真夏の夜の夢』とか? 十碧くん、パック?」

 シェイクスピアの喜劇だ。パックは、劇中で一番人気の妖精である。

「……。だから、イメージで決めつけるなって」

 十碧くんはちょっと目を逸らした。

(……)

 やりたかったのか? パック。

「演目は『白雪姫』だ」

「えっ!?」

 私はぎょっとした。

「十碧くん、小人その一!?」

「違ぁぁぁうっ!」

 ――べしぃっ!

 今度は、開きたての校内新聞で叩かれた。

「小人たぁ何だお前! お前の中の俺はそんなイメージか!? ナルキッソスとパックと小人の合体か!? そんな無茶な人間が存在するかぁぁっ!」

 いるじゃないか、私の目の前に。

「失礼しました!」

 ――とは思ったが、さすがに口には出せない。

「でも『白雪姫』って他に妖精っぽい役ないよ!? どうするの、十碧くん!」

「いや、別に僕は妖精役にこだわってるわけじゃないんだけど……」

 なぜか儚げモードに切り替え、彼はぶつぶつと呟いた。

「『白雪姫』の小人ってドワーフだろう……小さな老人……いいんだ、僕の求めてる『妖精』じゃない……」

「……」

 重要か? それ。

「じゃ……普通に王子様?」

「最初から普通に考えてくれないかな、篠沢さん」

「え――っ、十碧くん、それでいいの!?」

 私はびっくりした。

「『白雪姫』の王子様って出番少ないよ? 最後にちらっと出てくるだけだよ? 小人のほうがよっぽど目立つよ? みんなにあんまり見てもらえないよ!?」

「俺は目立ちたがりじゃねえぇっ!」

 ――ぽすっ!

 中途半端に開いた校内新聞で叩かれた。

「小人なんざ却下だ! 俺はフェアリーだ! やたらと注目されりゃいいってもんじゃねえぇっ!」

「そうなの!?」

 ――つまり、ただ目立つのが好きなわけではないと言いたいらしい。彼はあくまで、『妖精みたいな美少年』として認識されなければ意味がない。単なる目立ちたがりと一緒にするなと。

 ……でも、目立つこと自体は好きだよな、この人……。

「それに、出番は結構ある。女子が張り切って台本書いたからな」

「へえ」

「俺の王子姿を堪能したいそうだ。ふん、ファンの期待には応えないとな」

「……へえ……」

 やる気満々だ。

(……白雪姫役、どうやって決めたんだろう……)

 揉めただろうな、きっと。

「時間があったら観にいくね。十碧くんの王子様、かっこいいだろうなあ。中身はともかく」

「――今、何て言ったのかな、篠沢さん?」

「と、十碧くんの王子様、かっこいいだろうなあ! 中身も含めて!」

「よし」

 慌てて言い直すと、彼は再び丸めた校内新聞を元に戻した。笑顔の一瞬だった。

「終演後は握手とか記念撮影とかするの?」

「いや、挨拶だけ。撮りたきゃ付き合ってやってもいいけど、多分そんなには時間がない」

「あっ、そっか。十碧くんのファンが殺到しちゃうよね、そんなことしたら」

 このフェアリー、少なくとも校内での人気は本物だ。売れっ子アイドル並みに。

「……。いっそのこと、出し物は十碧くんの交流会にしちゃったほうが盛況だったかもね? 有名人がよくそういうイベントやってるし」

 サイン会とか握手会とかツーショット撮影会とか。有料にしたら儲かりそうだ。

「それじゃ、クラスの連中が気の毒だろうが。そんな出し物じゃ文化祭に参加した実感がないだろうし」

「え」

 『盛況』自体は否定しないんだ……。

「だいたい、それだと俺一人が働きっぱなしじゃねえか。交代も出来やしねえ」

「……」

 そっちが本音だな?

「ふーん……。ちなみに、うちのクラスは握手も撮影もするよ。有料だけどね」

「……何?」

「飲み物や食べ物と一緒にメニューに載ってるの。他にも好きなセリフを言うとか『はい、あーん』とか、いろいろあるよ」

 ちょっと――かなり――ものすごく――恥ずかしいが。

 しかし、多数決で決まったことだ。やるからには『可愛いメイドさん』になりきらねば。

「……」

 十碧くんは少しの間、私を見つめた。

「――エル」

「何?」

「予言しよう」

「予言?」

 真面目な顔で、彼は言った。

「お前――当日は紫関零に買い占められるぞ!」

「えええええっ!?」

 ビシッと断言された。

「いや、だから真顔でシャレにならないこと言わないでくれる!?」

「シャレじゃねえ、ただの事実だ!」

「なお悪いよ!」

 救いがない。

「あっ、でも大丈夫! 指名は出来ないから!」

「――甘い」

 十碧くんは眉をひそめた。

「想像してみろ。お前がメイドの格好して、他の客を接客してたとする」

「うん」

「そこへ紫関零がやってきて、のたうち回る」

「……うん……」

「お前が他の客と握手したり写真撮ったりするたび、奇声を上げて大騒ぎする。それを目撃した周りの連中がことごとくフリーズして、店内は異様な静けさに包まれる」

「……」

「そしてお前は決断を迫られる。とにかく無視して営業妨害を続けさせるか、四苦八苦してどうにか追い出すか、いっそのこと紫関零を接客するか――」

「……素直に紫関先輩を接客したほうがマシかもしれません……」

 凄くすんなりと想像できた。

「ほら見ろ。買い占め決定だ」

「い、いいよ別に。ほんとに困ったらクマに助けてもらうから」

「はあ? お前はほんとに兄貴大好きだな」

 十碧くんは呆れ顔をした。

「……まあ、時間が空いたら俺も見に行ってやる。その時は話を合わせろよ」

「……えっ……!?」

 私はきょとんとした。

 もしやこの人、私が困ってたら助けてくれるつもりなのか?

「……」

「……。何だ?」

 思わずまじまじと見つめていると、十碧くんは不審そうな表情を浮かべた。

「いや、何か裏があるのかと思って」

「どういう意味だぁぁっ!」

 ――どしっ!

 校内新聞付きチョップが飛んできた。

「俺は損得勘定至上主義者じゃねえ! うちのクソババアと一緒にすんなぁぁっ!」

「一緒にはしてません! ご親切にありがとうございますぅぅっ!」

 申し訳ないが、意外だった。

(……もしかして、お見合いに巻き込んだこと、結構気にしてる?)

 紫関先輩の壊れっぷりはそのせいではないが――。

 このフェアリー、思いのほか、責任感はあるらしい。



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