ノーブレス・オブリージュ
「メイド&執事喫茶ぁ? 紫関零がヨダレ垂らしてのたうち回りそうだな」
「シャレにならないこと言わないでくれる!?」
昼休み。私と十碧くんは屋上にいた。
「ていうか十碧くん、フェアリーが『ヨダレ垂らしてのたうち回る』なんて言葉使っていいの?」
「るせぇ、放っとけ!」
二人とも、すでにお昼は食べ終わっている。屋上には他に誰もいなかった。
十碧くんは校内新聞を眺めている。
「……」
ん?
「――メイド&執事喫茶? 紫関先輩が大喜びしそうだね。……ふふふ……」
「……」
わざわざお上品に言い直したよ、この人。内容は同じだけど。
「十碧くんのクラスは何やるの?」
「教室で劇をするよ」
「おぉっ、ギリシャ神話とか? 十碧くん、ナルキッソス?」
「イメージで決めつけるなぁぁっ!」
――パコーン!
今日は珍しく、校内新聞で叩かれた。
ナルキッソス――『ナルシスト』の元祖。水に映る自分の姿に恋をした美青年。十碧くんにぴったり。
……ん?
「ええっ!? てことは十碧くん、ナルシストの自覚あったの!?」
「心底驚いた顔するなぁっ!」
このフェアリー、意外と己のことを分かっているらしい。
「美しいものを美しいと思って何が悪い! 俺は美しい! 文句あるかぁぁっ!」
「文句ありません! 十碧くんはお美しいですぅぅっ!」
力いっぱい叫ぶことじゃないとは思うが。たとえ事実であっても。
(美貌と人格って両立しないのかな……)
そんなこともないはずだが。私の周囲は特殊なのか?
「ちっ……いつもいつも、無礼な発言ばっかしやがって」
十碧くんは、さっき私を叩くために一瞬で丸めた校内新聞を開き直した。あれは芸術的な速さだった。
「……で、結局何やるの? 妖精が出てくる話? 『真夏の夜の夢』とか? 十碧くん、パック?」
シェイクスピアの喜劇だ。パックは、劇中で一番人気の妖精である。
「……。だから、イメージで決めつけるなって」
十碧くんはちょっと目を逸らした。
(……)
やりたかったのか? パック。
「演目は『白雪姫』だ」
「えっ!?」
私はぎょっとした。
「十碧くん、小人その一!?」
「違ぁぁぁうっ!」
――べしぃっ!
今度は、開きたての校内新聞で叩かれた。
「小人たぁ何だお前! お前の中の俺はそんなイメージか!? ナルキッソスとパックと小人の合体か!? そんな無茶な人間が存在するかぁぁっ!」
いるじゃないか、私の目の前に。
「失礼しました!」
――とは思ったが、さすがに口には出せない。
「でも『白雪姫』って他に妖精っぽい役ないよ!? どうするの、十碧くん!」
「いや、別に僕は妖精役にこだわってるわけじゃないんだけど……」
なぜか儚げモードに切り替え、彼はぶつぶつと呟いた。
「『白雪姫』の小人ってドワーフだろう……小さな老人……いいんだ、僕の求めてる『妖精』じゃない……」
「……」
重要か? それ。
「じゃ……普通に王子様?」
「最初から普通に考えてくれないかな、篠沢さん」
「え――っ、十碧くん、それでいいの!?」
私はびっくりした。
「『白雪姫』の王子様って出番少ないよ? 最後にちらっと出てくるだけだよ? 小人のほうがよっぽど目立つよ? みんなにあんまり見てもらえないよ!?」
「俺は目立ちたがりじゃねえぇっ!」
――ぽすっ!
中途半端に開いた校内新聞で叩かれた。
「小人なんざ却下だ! 俺はフェアリーだ! やたらと注目されりゃいいってもんじゃねえぇっ!」
「そうなの!?」
――つまり、ただ目立つのが好きなわけではないと言いたいらしい。彼はあくまで、『妖精みたいな美少年』として認識されなければ意味がない。単なる目立ちたがりと一緒にするなと。
……でも、目立つこと自体は好きだよな、この人……。
「それに、出番は結構ある。女子が張り切って台本書いたからな」
「へえ」
「俺の王子姿を堪能したいそうだ。ふん、ファンの期待には応えないとな」
「……へえ……」
やる気満々だ。
(……白雪姫役、どうやって決めたんだろう……)
揉めただろうな、きっと。
「時間があったら観にいくね。十碧くんの王子様、かっこいいだろうなあ。中身はともかく」
「――今、何て言ったのかな、篠沢さん?」
「と、十碧くんの王子様、かっこいいだろうなあ! 中身も含めて!」
「よし」
慌てて言い直すと、彼は再び丸めた校内新聞を元に戻した。笑顔の一瞬だった。
「終演後は握手とか記念撮影とかするの?」
「いや、挨拶だけ。撮りたきゃ付き合ってやってもいいけど、多分そんなには時間がない」
「あっ、そっか。十碧くんのファンが殺到しちゃうよね、そんなことしたら」
このフェアリー、少なくとも校内での人気は本物だ。売れっ子アイドル並みに。
「……。いっそのこと、出し物は十碧くんの交流会にしちゃったほうが盛況だったかもね? 有名人がよくそういうイベントやってるし」
サイン会とか握手会とかツーショット撮影会とか。有料にしたら儲かりそうだ。
「それじゃ、クラスの連中が気の毒だろうが。そんな出し物じゃ文化祭に参加した実感がないだろうし」
「え」
『盛況』自体は否定しないんだ……。
「だいたい、それだと俺一人が働きっぱなしじゃねえか。交代も出来やしねえ」
「……」
そっちが本音だな?
「ふーん……。ちなみに、うちのクラスは握手も撮影もするよ。有料だけどね」
「……何?」
「飲み物や食べ物と一緒にメニューに載ってるの。他にも好きなセリフを言うとか『はい、あーん』とか、いろいろあるよ」
ちょっと――かなり――ものすごく――恥ずかしいが。
しかし、多数決で決まったことだ。やるからには『可愛いメイドさん』になりきらねば。
「……」
十碧くんは少しの間、私を見つめた。
「――エル」
「何?」
「予言しよう」
「予言?」
真面目な顔で、彼は言った。
「お前――当日は紫関零に買い占められるぞ!」
「えええええっ!?」
ビシッと断言された。
「いや、だから真顔でシャレにならないこと言わないでくれる!?」
「シャレじゃねえ、ただの事実だ!」
「なお悪いよ!」
救いがない。
「あっ、でも大丈夫! 指名は出来ないから!」
「――甘い」
十碧くんは眉をひそめた。
「想像してみろ。お前がメイドの格好して、他の客を接客してたとする」
「うん」
「そこへ紫関零がやってきて、のたうち回る」
「……うん……」
「お前が他の客と握手したり写真撮ったりするたび、奇声を上げて大騒ぎする。それを目撃した周りの連中がことごとくフリーズして、店内は異様な静けさに包まれる」
「……」
「そしてお前は決断を迫られる。とにかく無視して営業妨害を続けさせるか、四苦八苦してどうにか追い出すか、いっそのこと紫関零を接客するか――」
「……素直に紫関先輩を接客したほうがマシかもしれません……」
凄くすんなりと想像できた。
「ほら見ろ。買い占め決定だ」
「い、いいよ別に。ほんとに困ったらクマに助けてもらうから」
「はあ? お前はほんとに兄貴大好きだな」
十碧くんは呆れ顔をした。
「……まあ、時間が空いたら俺も見に行ってやる。その時は話を合わせろよ」
「……えっ……!?」
私はきょとんとした。
もしやこの人、私が困ってたら助けてくれるつもりなのか?
「……」
「……。何だ?」
思わずまじまじと見つめていると、十碧くんは不審そうな表情を浮かべた。
「いや、何か裏があるのかと思って」
「どういう意味だぁぁっ!」
――どしっ!
校内新聞付きチョップが飛んできた。
「俺は損得勘定至上主義者じゃねえ! うちのクソババアと一緒にすんなぁぁっ!」
「一緒にはしてません! ご親切にありがとうございますぅぅっ!」
申し訳ないが、意外だった。
(……もしかして、お見合いに巻き込んだこと、結構気にしてる?)
紫関先輩の壊れっぷりはそのせいではないが――。
このフェアリー、思いのほか、責任感はあるらしい。




