お弁当
クマと契約してから、楽しみになったことがある。それは食事だ。
『篠沢恵瑠夢』は何でも出来る。料理の腕も完璧だ。今の私は、毎日手の込んだメニューを満喫していた。
お弁当も、もちろん手作り。
毎朝自分で用意しているというのに、手が勝手に動く感じなので、誰か他の人が作ってくれてる気分だけど。
(さて、今日はどこで食べようかな……)
できれば、誰もいないところでのんびりしたい。そう思った私は屋上へ向かった。
ドアを開け、明るい太陽の下に出る。さて、と周囲を見渡した――途端、回れ右して校舎内へ戻りたくなった。
なんと、来海くんがいるではないか。
(うげ)
屋上には花壇とベンチがある。咲き誇る花々を背景に、自称フェアリーはうるわしく座っていた。
可愛らしくも鮮やかな色彩に引き立てられ、ふわふわの淡茶色の髪が風に揺れる。澄んだ瞳がキラッと光る。映画の一シーンのようだ。
まずい、見つかる前にズラかろう。――と思ったが、時すでに遅し。ふいにこちらへ顔を向けた彼と、しっかり目が合ってしまった。
「――何だ、お前か」
その瞬間、儚げな風情は吹っ飛んだ。顔も態度も不遜なものへ一変する。
「……」
屋上には、他に人はいない。『観客』が私だけでは、来海くんもフェアリーを演じる気にならないのだろう。
「お前もここでメシ喰うのか?」
「う……うん」
『お前も』ということは、来海くんもここでお昼を食べるようだ。よく見ればそれらしい袋を持っている。
どうしよう。別の場所へ行こうか。しかし、『うん』と答えた直後に回れ右するのも失礼な気がする。
「――座らないのか?」
「……」
突っ立ったままの私を、来海くんは不審そうに睨んだ。
「おい、無視するなよ。座れっつってるだろ」
「は、はいっ!」
私は飛び上がり、慌てて来海くんの隣りに腰を下ろした。
(さ……さっさと食べて、退散しよう……)
そう思い、急いでランチシートを広げ、お弁当箱を開けた。
「――おぉっ!?」
途端、来海くんが声を上げた。私はビクッとした。
「えっ、何?」
「お前っ……!」
彼は、何やら驚愕の面持ちで私のお弁当を凝視した。
鮭とグリーンピースの混ぜご飯、薄切り肉でチーズとアスパラガスを巻いたロールカツ、くり抜いたトマトに詰め込んだハム入りポテトサラダ、デザートに三種類のマカロン……。
「何てもの喰ってやがる! カロリーすげえぞ、それ!」
「あ……ああ。そう?」
言われてみれば。
「揚げ物にマヨネーズに炭水化物……しかも結構ぎっしりと!」
「……」
私も改めて、自分のお弁当を見た。
とても綺麗で、ものすごくおいしそう。けど、確かにかなりのボリュームだ。明らかに『美少女』の食べる量ではない。
「何やってんだよ、太るぞ! 体重ってのは増えるのはあっという間なんだぞ! 減らすのは大変だけどな!」
……知ってるよ……。
しかし、今の私には無縁の話だ。『篠沢恵瑠夢』は太らない。
いくら食べてもほっそりしたまま。徹夜を続けても肌はぷるぷる。どんなに不摂生な生活をしようと、美貌もプロポーションも完璧なまま。
「……じゃ、来海くんは何食べてるの?」
「俺!? 俺は……コレ」
と、来海くんは自分のお弁当箱を開けてみせた。
中身は――レタス、ミニトマト。そしてリンゴのスライスが二、三切れ。
サラダ……ですらない。見たところ、ドレッシングも付いていなかった。
「……これだけ?」
「僕、もともと少食なんだ。お肉もお魚も苦手だし……」
いきなり儚げモードに切り替えて、来海くんはちょっぴり恥ずかしそうにうつむいた。
「……本当は?」
「もっとガッツリ喰いたいさ。肉も揚げ物も大好きだ。特にメンチカツ」
またいきなり本性モードに戻って、来海くんはなぜか偉そうにふんぞり返った。
「けど、みんなの夢を壊すわけにはいかないだろ。フェアリーは牛丼も焼き肉もラーメンもハンバーガーもフライドチキンも食べないんだ!」
「……」
意外と庶民的なものが好きらしい。
しかし、『みんなの夢』って何だ。自意識過剰。
「だからって、それだけじゃ足りないでしょ。倒れちゃうよ」
「俺が足りないならお前は喰い過ぎだ! いつもそんなに喰ってるのか? それでどうしてそんなに細いんだ。吐いてるのか?」
「ち、違うよ! ていうか来海くん、フェアリーが『吐く』なんて言葉使っていいの?」
「るせぇ、放っとけ!」
口が悪いな、このフェアリー。
「信じらんねえ……揚げ物にマヨネーズに炭水化物……」
まだ言ってる。
「……来海くん」
ふいに、ある考えが浮かんだ。
「ひょっとして、太りやすい体質?」
「……っ!!」
来海くんは、畏怖と驚愕の入り混じった表情を浮かべた。
「お前っ……ひょっとして、いくら食べても太らない体質なのか!」
そして、ほんの一瞬だけ羨ましそうに私を見て、それから悔しげに顔を歪めた。
「負けねえ……お前には絶対負けねえぇっ!」
あとはぷいっと目を逸らし、来海くんは自分のサラダ(もどき)を黙々と食べ始めた。
「……」
私は少し申し訳ない気持ちになった。
(そうか。綺麗な人は陰で努力してるんだな……)
私は違う。今の自分は、クマに作ってもらったもの――ニセモノだ。
本当の私は、来海くんにライバル視してもらえるような子じゃない……。
何だか、ちょっとしんみりした。




